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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第二章:視点はおそらく李千里
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 いまだに毒の影響が残っているからだろうか。ややふらふらした足取りでゆっくりと歩いてくる速見。だが、その表情は以前と変わらず、怯えや恐怖とはかけ離れた精悍な顔つきのままだ。

 李はこちらに近づいてこようとする速見に、


「そこから動くな。まずはどうしてお前がここにいるのか説明しろ」


 と、冷え切った声で告げた。李のあからさまに警戒した態度に、困惑したような笑顔を浮かべつつも、素直にその場で立ち止まる。

 そして、危害を与えるつもりはないということを示すように両手を上にあげると、自身の背後に視線を投げかけた。


「僕もそこまで今の状況を理解できているわけではないんです――起きたのはつい先ほどですし。今この場にいる理由としては、彼女の話を聞いたうえで僕なりにベストな行動をとった結果、というしかありませんね。もちろんこうして李さんに会えたのは偶然ですよ」

「彼女?」


 速見の視線につられ、彼の背後の闇へと目を凝らす。

その視線に誘われてか、彼女――如月綾花が蛍光灯の下の明かりに照らされて姿を見せた。

 本来ならリビングにいるであろう人物の登場に、李はやや動揺した声で問い詰める。


「なぜお前が……! まさかとは思うが、今無月館にある隠し扉は全て開いているのか」

「全てかどうかは分からないわ。ただ、いくつか隠し扉が開いてて、この地下通路に入れるようになっていたことは事実よ」


 淡々とした口調で如月が答える。だが、その言葉が含んでいる意味は決して少ないものではない。少なくとも、李は自分の考えを改める必要に迫られていた。

 顎に手をやり、一瞬黙考したあと、彼はいつもの落ち着きすぎる位の声で如月に再度質問する。一言、

「リビングで何があったのか話せ」

 とだけ。

如月は李の傲慢ともいえる態度に呆れた様子でため息を漏らすと、静かな声で語り出した。


「あなたがオオカミ使いを追って厨房に入ってから数十秒後、突然リビングの扉が開けられて二人の黒子が入ってきたのよ。そして、オオカミ使いが持っていたのと同じ電気棒? のようなものを持って襲い掛かってきたの。私が知る限りだと、天童さんが真っ先にその棒で気絶させられていたわ。他の人がどうなったのかは分からない。無我夢中でリビングから飛び出して、皆バラバラにはぐれてしまったから」

「黒子? 歌舞伎とかに出てくる黒い衣服と頭巾を見にまとった、あの黒子が襲ってきたのか?」

「ええ、某バスケ漫画に出てくる黒子ではなく、その黒子よ。先に言っておくけど、なぜ彼らが現れたのかなんて聞かないでね。私だって何がなんだか分からないんだから」

「別にそんなことは聞かない。……が、そいつらが俺たち羊の中の誰かである可能性は?」

「あなたがリビングを出て少ししたら来たって言ったでしょ。だから、可能性があるのはあの時リビングにいなかった四人だけよ。多摩さん、藤里さん、沢知さん、それに速見君」


ちゃっかり名前を入れられた速見が、苦笑しながら如月を見る。


「ひどいな如月さん。貴方はその黒子たちが現れたとき、僕が医務室でまだ寝ていたことを知っているじゃないですか。わざわざ、僕の身を案じて真っ先に見に来てくれたんでしょう?」


 速見の言葉に疑問を覚え、李は視線を彼へと移す。


「お前は黒子の姿を見ていないのか?」

「はい、如月さんから話しを聞いただけです。『オオカミ使いに紹介されていない人間が現れて、私たちを襲ってきている』と。加えて、医務室の一角にこの地下通路に続く隠し扉が開いていたので、とりあえずはここに逃げ込もうという結論に達したわけです」


 次に、やや疑惑の視線を混じらせながら、如月へと顔を向ける。


「如月、どうしてお前は速見のもとに向かった? それに、多摩や藤里は医務室にいなかったのか?」

「何やら疑われているのかしらね、私は。……真っ先に医務室に向かった目的は単純よ。黒子たちがオオカミ使いの味方だとすれば、当然リビングにいる私達だけでなく医務室の彼らのことも襲っているかもしれない。そちらの方が人も少ないし、襲うのはたやすいでしょうから。だから、理由の一つは速見君たちの心配をしていたから。もう一つは、すでに襲った場所であるなら再度訪れる可能性は低いかと思ったからよ。それから、私が医務室に行ったときにはベッドで寝たままの速見君がいるだけで、他の三人の姿はなかったわ」

「……かなり奇妙な状況だな」

「そうね、すごく疑わしい状況ね」


 疑われて当然の発言をしていることを察しているのか、あえて自分の言葉を真実だと訴えかけようとはせず、淡々と物語る。そんな如月の姿をしばらくの間じっと見つめていた李だったが、ふと顔を背けると「やめだ」と小さく呟いた。


「今ここでいくら疑おうと、取れる行動は限られている。お前の話が真実だとするなら、今無月島内にいる奴らは全員バラバラな状況なわけだし、目下優先することはそいつらを探し出すことだな。依然として、このゲームの攻略に人手が必要なことに変わりはないのだから。……とりあえず、いったん無月館内に戻りたい。お前たちが入って来るのに使った医務室の隠し扉まで案内してくれ」

「いいんですか? まだ無月館内には黒子たちがいるかもしれませんし、危険かもしれませんよ。それに、李さんだって気づいているでしょう? 今がオオカミ使いたちの心臓部――隠し扉の操作室と僕たちを監視し続けているモニター室――を急襲できる千載一遇のチャンスだってことに」


 不思議そうな声を上げる速見をちらりと見ると、李は小さく首を横に振る。


「状況が変わった。相手がオオカミ使い一人でない以上、仮にそこを見つけたとしても俺たちの戦力じゃ敵う通りがない。それに、絶対有利であるはずのオオカミ使いがルールで説明されていない人物を投入してきたのも、どこか気にかかる。いったんは体力回復のためにも無月館に戻りたい――危険というならどこも同じだしな」

「まあ、李さんがそういうなら、僕に異論はないですよ」

「私も特に反論はないわ」


 二人が頷いたのを見て、李は後ろにいるはずの黒崎にも聞く。


「黒崎、お前はそれで構わ…………いない、だと……」


 振り向いた先に黒崎の姿はなく、ただただ光を飲み込む薄暗い闇が広がっているばかり。

 唖然とした表情で彼女がいたはずの場所を見続ける李に対し、恐る恐る速見が言う。


「黒崎さんなら、僕が来た途端にすぐに逃げていきましたよ。てっきり李さんが小声で逃げるように指示したのかと思っていたのですが……違ったようですね」


 速見の言葉が聞こえていないのか、李はただただ呆然とした表情で暗闇を見続ける。

 今彼の頭の中でどんな思いが渦巻いているのかは分からない。ただ、彼の体はその現実を受け入れがたいらしく、痙攣を起こしているかのようにぶるぶると震えていた。


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