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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第一章:視点はだいたい橘礼人
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閑話:厨房での喧噪

「それでは、千谷さんを探しに行ってくるであります!」


 高らかにそう告げると、音田は厨房を飛ぶように走りながら出て行った。

 厨房に残されたメンバーは、さてどうしたものかとお互いの顔を見回した。

 今厨房にいるのは、先の話し合いで料理担当に任命された真目・沢知・空条の三人と、人数が減って大変だろうと気を利かせてやってきた望月と如月の二人だ。

 料理を作る、といっても人数がかなり多く、何を作ればいいのか頭を悩ませざるを得ない。まして、オオカミ使いは食材に毒が入っていることはないと言っていたが、それが真実かどうか分からない以上そもそも用意された食材を使っても構わないのかさえ疑問である。

 ただ、つい先ほど、小腹がすいたといって音田が冷蔵庫に入っていた生のキュウリをそのまま食べていたため、食材自体に毒が入っているという可能性は低そうだが。

 そんな微妙な緊張状態の中、それらのことをまったく気にした様子もなく冷蔵庫へと向かい食材を選ぶ女が一人――真目だ。

 そもそもみんなが緊張していることにさえ気づいていない様子で、堂々と冷蔵庫に入っている食材を確認していくと、


「よし、今日の夕飯はシチューにしましょう!」


 冷蔵庫から取り出したニンジンを片手にそう叫んだ。

 皆がやや呆気に取られている中、真目は鼻歌を歌いながら次々とシチューに必要な具材を取り出していく。


「やっぱり大勢集まった時の定番メニューはシチューかカレーですよねー♪ ちょっと人数が多いんで野菜切るのとか時間かかりそうですけど、まあ一時間もあればできるんじゃないですかねー♪ お、これはこれは高そうな牛さんもあるんですねー。シチューはシチューでもクリームシチューではなくビーフシチューを作りましょうか。もし余裕があるならじっくりと煮込んでいきたいところですけど、早く作らないと音田さんが餓死してしまいそうですし―♪ あ、でも、明日以降の料理は今の内から準備しておけばいいわけですか! よーし、そうとなれば素早くシチューを作り上げて明日以降の料理の下拵えもしちゃいましょう!」


 一人でどんどん話を進めていく真目を見ていた他のメンバーも、ふと気を取り戻し、真目の手伝いを始める。


「えっと、じゃあ僕は野菜を切っていこうかな」

「じゃあ、私は牛肉を手ごろな大きさに切って軽く味付けしておきますね」


 空条と沢知もそれぞれ真目が取り出した食材を持っていき、料理を開始する。

 料理のできない如月と望月は、彼女らの邪魔にならないよう隅っこを移動しながら皿の準備を始めた。


「それにしても随分と大きい厨房だよね。以前無月館に来たときは厨房は見なかったから、まさかここまで大きいとは思ってなかったよ。余裕で十人以上が作業できるスペースがあったなんて」


 皿を運びながら、望月が感嘆の声を漏らす。

 かつてこの館――ではなくとも同じ内装の館に住んでいた如月からしてみると、あまり不思議には感じられないのだが、それを口に出して言うわけにもいかない。如月はできるだけそのことを意識しないようにしながら淡々と答えた。


「まあ客室が二十以上あるのだから、場合によっては二十人以上の人物に同時に料理を提供する必要があるでしょうしね。必然的に厨房は大きくなるのじゃないかしら」

「うーん、でも二十人同時に食べる必要はないんだし、ここまで大きな厨房にする必要はなかったと思うんだけど」

「もしかしたら、旅行客に対してこの厨房での料理教室をするサービスを考えていたのかもしれないわ。これだけ立派な厨房で料理できる機会なんてめったにないでしょうし、真目さんのような料理好きの人達にはとても喜ばれそうだから」

「ああ、なるほど。でも私が旅行に来た時はそんなサービスなんてなかったけどなぁ。まあ仮にあったとしても参加しなかっただろうけど」


 おおよそ皿を出し終えた二人は、次に野菜の盛り付けや、パンの配膳などを行っていく。万が一を考え、ときどき空条や真目、沢知が変な行動を起こしたりしていないか――主に毒を入れたりしていないか――をチェックすることも忘れずに行っている。とはいえ、作っている彼ら自身が自分の料理をちょくちょく味見しているので、毒が入っている心配は全くなさそうだ。それに三人とも、普段とは異なりかなり手際よく動いている。

 沢知は普段のボーっとしたイメージとは違い、きびきびとした動作で、大学生である如月や望月よりも年上に見えそうな雰囲気を醸し出している。

 空条も、いつもの自信なさげな表情に変わりはないが、自分の料理の腕には自信があるのか、迷いのない様子で素早く野菜をカットしている。

 普段の行動からすると一番不安だった真目も、こと料理に関してはかなりの腕前であり、全く危うげなく料理を進めている。


「空条も普段からこれぐらいの自信を持って動いてれば、それなりにかっこいいのに……」

「やっぱり真目さんはすごい人のようね。いわゆる天才というやつなのかしら……」


 やや圧倒された様子で、料理無能者の二人組は小さくため息を漏らした。

 そうこうしているうちに、リビングの方から大きな声が聞こえてきた。


「千谷さん連れてきましたよー」


 声がしてから数秒後、やや疲れた様子の千谷を連れて音田が厨房にやってくる。


「おお! 私がいない間に随分と料理が進んでいますね! クンクン、この匂いからすると今晩の献立はビーフシチューと見た! 少し味見させてくださーい」


 そう言って、音田は作りかけのビーフシチューや、皿に並べておいたパンを勝手につまみ始めた。真目が「あ、それはまだできてないから」と、珍しく慌てた声で音田のつまみ食いを阻止しようとする中、空条が千谷にやってほしいことを説明する。


「今はビーフシチューを作ってるんだけど、大体その準備は終わってきたから、前菜に用意しようと思ってるあれを……」

「そうですか、ではさっそく取り掛かります」


 千谷がやってきたことでいよいよいらない子になりそうな二人は、端の方に身を縮こまらせながらひそひそと会話を交わす。


「やっぱり料理はできたほうがいいのかしらね?」

「うーん、まあ料理をしている姿って思ってたよりかっこいいものだな―とは思うけど。あんまり得意じゃないっていうか、めんどくさいっていうか……」

「まあ今の時代は男も料理する時代なわけだし、無理にやる必要はないわよね」

「そうだよね。料理はやりたい人がやればいいと思うな」


 料理をしなくていい言い訳を語りつつ、なんとなく厨房で時間をつぶす二人。

 と、突然、「ぎゃー!」と真目の叫び声が厨房内に響き渡り、そのすぐ直後に「わぁー!」という音田の慌てた声と、「ガシャン」という皿が割れる音が続いた。

 驚きながら二人へと視線を向けると、なぜか服の一部が焦げ、ところどころにビーフシチューと思われる汁がついた音田と真目がへたり込んでいた。また、その周囲には無残にも粉々に砕け散った皿の破片が。

 唖然とする如月たちをよそに、顔を見合わせた二人は同時に立ち上がると、リビングにつながる扉の前まで歩いていく。

 そして、勢い良く扉を開け放つと、リビングでくつろいでいるメンバーに大きな声で呼びかけた。


「手が空いてる人は手伝ってくださーい。人数が多くて皿とかの準備が大変で困ってまーす」

「音田さんは全く使い物にならないので誰か変わりに来てくださーい! ピンチヒッターカモーン!」


 二人の発言(特に音田)を聞いていた厨房内の人たちは一様に思った。


(お前のせいで困ってんだよ!)

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