リビング集合
話もまとまり、部屋を出てリビングに戻ろうとしていたところで、突然甲高い声が飛んできた。
「あー! ようやく千谷さんを見つけました。そろそろご飯を作ってもらいたいと思って、探していたんですよー」
ピョンピョンと跳ねるように走りながら、音田が向かってくる。階段を昇ってくる際に一度転びそうになったが、無事転ぶことなく三人の目の前までやってきた。
音田はお腹をぐぅぐぅ鳴らして空腹を主張しながら、千谷の服を引っ張ってリビングへと連れて行こうとする。
「白石さんと四宮君が死んじゃったから料理担当の人が減って困っているのです。皆さんお腹は空いていないと思いますが、食べないと人は生きていけません。ここは一つ、今の緊迫した状況を忘れられるくらいの料理を作ってもらい、心機一転する必要があると思うのです」
「う、うん。分かったからちょっと引っ張らないでくれると嬉しいんだけど……」
ぐいぐいと服を引っ張られ、千谷が強制的にリビングへと引きずられていく。その様子を橘と伊吹が黙って見ていると、音田が千谷の服をつかんだままくるりと振り返り声をかけてきた。
「お二人も一緒にリビングに行きましょう。料理ができない私達でも手伝えることはいろいろとあるはずです。レッツゴー!」
空いている手を天井に向けて掲げると、再び千谷を引っ張りながらリビングへと跳ねていく。
橘と伊吹は顔を見合わせると、二人の後を追ってリビングへと歩きだした。
「千谷さん連れてきましたよー」
リビングの扉を開けるなり、音田が大きな声でそう告げながら部屋の中に入って行く。
音田に続いて橘がリビングに入ると、そこには先程とは違いたくさんの人が集まっていた。
これだけの人が集まっているのは久しぶりな気がして、なんとなく感動を覚えながらリビング内のメンバーを見回していく。と、ソファにゆったりと腰を掛けて目を閉じている李の姿が目に留まった。
橘は伊吹に軽く頭を下げた後、満面の笑みで李のもとに向かって行った。
「千里、さっきぶりだね。千里も音田さんに誘われてここに来たの?」
橘の声を聞き、李が億劫そうに目を開ける。そして口を開こうとはせず、頭を軽く前に倒して頷いた。
少しばかりくたびれたように見える李の様子に若干の心配を持ちつつも、気さくな口調で続ける。
「やっぱり人徳っていうのかな? 音田さんがいてくれたのはすごくありがたいよね。彼女がいなかったらこの状況の中みんなが一緒に食事をとる、なんて状況作れなかっただろうしさ。あ、でも、見た感じ全員が集まってるわけではないように見えるけど、見当たらない人は厨房にいるのかな?」
目の前で一方的に話し続ける橘に呆れた視線を注ぎつつ、李は気だるげな口調で答えた。
「全員がここに集まってるわけじゃない。いまだに寝たきりのままの速見をそのままにしておけないってことで、多摩南は医務室に残っている。それから藤里も多摩にくっついていまだに医務室にいる。あと例によって浜田は自室から出てくる気配はないな。他の奴らはお前の言った通り厨房にいる……」
やはりどこか元気のないような李の態度に、橘はこらえきれずに心配顔を向けた。
「千里、何かあったのか? もし白石さんが殺されたことを悔やんでいるんだったら、言い方は悪いけど、無駄なことだよ。仮に千里がホールにい続けたとしてもあの殺人は起こっただろうし、何より」
「うるさい、黙れ。そんなことは十分に理解している」
苛立たし気に橘の発言を遮ると、刺すような視線を向けてきた。
「あまり俺を見くびるなよ。白石の死を俺が未然に阻止することができなかったのは分かっている。あいつが羊側を裏切っていることに気づけていなかったんだからな。俺が気にしているのはこれからの食事の時間についてだ」
「千里ってそんな好き嫌いとかあったっけ? 何でも文句を言わずに食べるタイプだと思ってたけど」
あまりにも的外れなことを言われ、李は疲れたように目頭を押さえた。何とか頭痛を抑え込むと、普段の軽蔑したような視線を橘に注ぐ。
「この状況で俺がそんなことを気にしていると、本気で思っているのか? そもそも何でも食べるのはお前の方であって俺じゃないだろ。何を食ってもうまいうまいと言う味音痴のくせして一体何を……、こっちがどんな思いであれらのゲテモノ料理を食べていたと思ってるんだ……。ちっ、俺が言いたいのはそんなことじゃない。食事の席で必ず上がるであろう話題についてだ」
「話題……。食事に毒が入っていないかどうかってこと?」
「まあそれも多少は気にするやつもいるだろうが、それこそ音田のおかげであまり問題にはならないだろう。さっき適当に食材をつまみ食いしていたが、いまだにピンピンしているしな。そんなことより、お前だって気が付いているだろう。白石をだれが殺したかという話だ」
「ああ、そっちの話か」
軽蔑の視線をますます強める李。さすがの橘も自分が李をイラつかせていることに気づき、何とか誤解(?)を解こうとする。が、突如リビング中に響き渡った大きな声に阻止されてしまった。
音源は厨房とリビングの中間に立っている二人の女。音田と真目だ。
「手が空いてる人は手伝ってくださーい。人数が多くて皿とかの準備が大変で困ってまーす」
「音田さんは全く使い物にならないので誰か変わりに来てくださーい! ピンチヒッターカモーン!」
二人の服のあちらこちらに、何かをこぼしたかのようなシミと、焦げて黒くなった跡が残っている。それだけで厨房で起こったであろう悲惨さが窺われて、リビングの面々は一様にげんなりした。
そんな中。彼女たちの呼びかけに応じ厨房に向かう人、無視してソファに座り続ける人。そんな二種類の人に分かれ始める。意外にも李も厨房へと向かいだしたので、慌てて橘もついていった。
李の後をついていきながら橘は驚いた表情で言う。
「千里ってこういう時は動かずにいるタイプだと思ってたよ。料理なんてやりたいやつが勝手にやれって」
「お前は俺のことを全く理解していないな。人手が必要な時に協力せずにいるのは、どう考えたって非効率的だろ」
「はー、やっぱり千里ってツンデレなところがあるよね。効率云々とか口に出さずに、ただ彼らにだけ負担を負わせてるのが忍びないって、そう素直に言えばいいのに」
そう笑いながら李の肩をポンポンと叩いている橘の顔面に、李の肘鉄が飛んできた。