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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第一章:視点はだいたい橘礼人
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裏切者の羊 ~橘礼人第二の策~

 橘と如月が部屋を出て、扉を閉めようとすると、そこには望月が立っていた。

 まさか扉の外に人がいると思っていなかったため、橘は驚いた表情で尋ねた。


「望月さん、わざわざ部屋の前で待っててくれたの?」

「あ、うん。最初は死体なんて見たくなかったから、早くリビングに戻ろうと思ったんだけど、礼人君のことが気になって」


 少しはにかみながら答える望月を、如月が冷笑する。


「こんな時でも可愛いアピールをするとは恐れ入ったわ。大体何で部屋の中に入ってこないで、わざわざ外で待ってたのかしら」


 むっとした表情になって望月が言い返す。


「死体の近くにはいたくなかったんだからしょうがないじゃない。如月さんこそ、役に立ちもしないくせに一緒に部屋に残ったのは、礼人君へのアピールのつもりでしょ」

「言ってる意味が分からないわね。ついさっきまでこの部屋にはオオカミ使いがいたのよ。彼一人をこの部屋に残して行くのはいくらなんでも危険だと思ったから残っただけ。下衆な勘繰りはしないでもらいたいわ」


 二人の間に火花が散る。またしても板挟み状態になってしまった橘は、あたふたしながらも話題を変えようと試みた。


「それよりさ、藤里さんがどうなったのか知らない? さすがに裸のままでいるわけにはいかなかったと思うんだけど」


 きつい視線を如月に投げかけながらも、できるだけ穏やかな口調を装って橘の質問に答える。


「藤里さんなら、多摩さんに連れ添ってもらって一度自分の部屋に服を取りに戻ってたよ。その後は、そのまま多摩さんについて医務室に入って行ったと思うけど」

「今度は彼女、多摩さんに依存し始めたわけね。まあ多摩さんは女とはいえかなり強そうだし、彼女の許容範囲に入ったみたいね」


 一度ため息をつくと、望月との睨み合いをやめて如月はそう言った。

 苦笑しながらも、橘はさらに質問を加える。


「他のみんながどこに行ったかは分かる?」

「うーん、さすがに全員の位置を把握はしてないかな。ただ、ほとんどの人がリビング・医務室・遊戯室のどれかの部屋には入って行ってたと思う」

「そっか。じゃあ僕たちはリビングに向かおうか。たぶんあそこに一番人が集まってると思うし」


 橘の提案の元、三人は自分たち以外誰もいない静かなホールを通って、リビングへと戻っていく。床に敷かれてある絨毯のために、相変わらず足音もほとんどしない。人が死んだ後だというのに、いや、人が死んだ後だからこその静寂なのか。

 こうも簡単に、さっきまで生きて会話をしていた人が死に、二度と手の届かないところに行ってしまう。そして何より、そのことをあっさりと受け入れてしまう自分に、如月は言いようもない不快感を感じていた。




 リビングへと続く扉を開ける。

 橘らがリビングの中に入ると、四人の人間が彼らに目を向けた。

 メンバーは小林、千谷、伊吹、空条、それといまだ眠ったままの浅田だ。

 リビングのドアが閉まると同時に、小林がメモ帳とボールペンを装備して、三人のもとに急ぎ足でやってきた。


「お帰り三人とも。それで、橘君は白石さんの死体を調べてたみたいだけど、何か発見はあった? 私も軽く調べてみたけど、背中に刺し傷一つだったから、それが致命傷で間違いないと思うんだけどどうかな? 背中を刺されてるってことは、おそらくうつ伏せになって寝ていたところを背後からざっくりと刺したんだろうな。あえて白石さんだけを殺して藤里さんを殺さなかったのは、私たちへの恐怖を伝染させる目的と考えるべき?まあ一度に大量に殺すつもりがないことは、今までの傾向からなんとなく分かっていることではあるけど」


 白石の死で動揺したのか興奮したのか、矢継ぎ早に話す小林。その勢いに押され、橘と望月が引き気味に距離を取ろうとする中、クールな表情を崩さずに如月が口を開く。


「落ち着いて小林さん。白石さんの死に動揺する気持ちは分かるけれど、貴方が焦っても何も解決しないわ」


 如月の冷めた一言に、小林の勢いが少ししぼむ。照れたような笑みを浮かべ、小林は頭を掻きながら言った。


「あはは、ごめんね如月さん。いやー本物の死体を見たのって初めてでさー。なんかちょっと興奮しちゃったっていうか。全く、これじゃあどっちが年上かわかんないねぇ……」


 最後はやや自虐的に呟く小林。

 こんな異常事態に遭遇したことなど殆どの人がないだろうし、年齢なんてあまり関係ないことだとは思う。というよりも、この状況下でもこれだけ落ち着いていられる如月が、だいぶ異常だといえるだろう。まあそれは李や橘自身にも当てはまることなのだが。

 小林が落ち着いたのを確認すると、彼女の相手を如月に任せ、橘はソファーに座っている千谷と伊吹に声をかけた。


「千谷さんと伊吹さん、少し話がしたいのですが、いいですか?」


 声をかけられた二人は、驚いたように橘を見返しながらもうなずいた。


「じゃあ場所を移したいんで、いったんリビングの外に出てくれますか」


 橘の言葉を横で聞いていた望月が、不思議そうな表情で聞いてくる。


「何でここで話さないの? それにどうしてあの二人?」

「ごめん、今は話せないんだ。ただ、オオカミ使いを捕まえるためにどうしてもやっておきたいことなんだ。できれば何も聞かずに信じていてほしい」

「……分かったよ。私は礼人君を信じてるから。でも気を付けてね。あの二人のうちのどちらかがオオカミかもしれないんだから」


 ささやき声で望月が警告する。だが、そんなことはまるで心配していない様子で、橘は笑顔を作り頷く。


「大丈夫だよ。じゃあ、行ってきます」


 橘は二人を連れリビングの外に出る。


「ここだとオオカミ使いに狙われやすいし、僕の部屋まで行きたいんだけど、いい?」

「私は構いませんけど」

「好きにしろ」


 二人の了承を経て、橘の部屋まで向かうために二階へと上がる。

 移動中、誰も一言もしゃべらずに歩いていく。伊吹が何を考えているかはよく分からないが、千谷はこぶしを握り締めてつらそうに顔をゆがめている。仲間が死んでいくのを、ただ黙って指を銜えて見ていることしかできない現状が、すごく歯がゆいのだろう。

 部屋につくと、電気をつけ、適当に座るように促した。二人が椅子やベッドに腰かけるのを確認すると、さっそく橘は問いかけた。


「白石さんの死を、二人はどう受け止めてる?」

「どうって、辛いし悔しいに決まってるじゃないですか」

「……」


 いくらか怒ったように答える千谷と、無言のままの伊吹。

 橘は首を横に振ると、少しがっかりした表情で千谷を見た。


「そうじゃなくて、違和感を感じなかったか、ってこと」

「違和感?」


 何を聞かれているのかが理解できていないらしく、千谷が首をかしげる。すると、唐突に伊吹が口を開いた。


「白石を殺したのがオオカミ使いではなく、藤里だという話か」

「そう。そのことについてだ」


 当然のようにそう話す二人に驚き、千谷が慌てて口を挟んだ。


「待ってください! それって一体どういうことですか? 白石さんはオオカミ使いに殺されたんじゃ」

「どうしてそう思ったの?」


 真面目な表情で、千谷を見つめる。戸惑った様子で視線をふらつかせながら、千谷が答える。


「そんなの、オオカミ使いが白石さんの部屋から出てきたからに決まってるじゃないですか」

「でも、白石さんの部屋にいたのは藤里さんも同じでしょ。だから、藤里さんが白石さんを殺したと考えるのは別におかしくないよね」

「そ、そんな……。でも藤里さんには白石さんを殺す動機がありません!」

「動機なんて今は関係ないだろう」


 千谷の必死の反論を、伊吹が感情のこもらない声で否定した。


「状況がオオカミ使いではなく、藤里が犯人であることを指し示している」

「状況って……」


 千谷の悲痛な声を聞こうともせず、まるで独り言のように伊吹が語りだす。


「まず、白石は背中を刺されて殺されていた。となれば、当然ナイフのような刃物を使って刺したのだろう」

「それはもちろん、あの時オオカミ使いが持っていた銃剣の剣で刺したんじゃないですか」

「ふむ。だがあの剣には血がついている痕跡はなかった」

「そういえば、そうですね……」


 必死に先程の記憶を思い出そうと、頭に手を当てて千谷が考え始める。


「もちろん、部屋を出る直前にハンカチか何かで血を拭いた可能性や、別のナイフで刺した、とも考えられる」

「それを言うのなら、私たちが部屋の前に集まった後に殺したのではないでしょうか?」

「それはあり得ない。藤里自身が、白石が襲われたから逃げた、と言うような発言をしていた。それに、もし我々が集まった時にまだ生きていたのなら、さすがに目を覚まし、抵抗の一つもしたはずだ」

「確かに、藤里さんがそんなことを言っていた記憶はありますね……」

「そうなると、やはり藤里が叫ぶ前に白石は刺殺されたことになる。ここで重要となるのは、落ちていた掛布団だ」

「掛布団?」


 千谷が不思議そうに同じ言葉を繰り返す。二人の会話を黙って聞いていた橘は、伊吹がそのことまで気が付いているのに、安堵のため息を漏らした。


「あの掛布団、なぜ床に落ちてくしゃくしゃになっていたと思う」

「そんなの、藤里さんが逃げるときに床に落としていったのでは?」

「いや、それだけであそこまでくしゃくしゃになるとは思えない。あれこそが、白石を刺した犯人が藤里である証拠だ」

「それって、いったいどういう……」

「詳しくは、私よりも彼の方が詳しいだろう」


 なぜか自分で話そうとせずに、唐突に伊吹は橘に話を振った。わざわざ見せ場を作ろうとしてくれたのか。はっきり言って余計な気づかいだが、迷惑顔はせずに橘は代わりに答えた。


「僕が調べた限り、あの掛布団には複数箇所にナイフで刺されたような跡があったんだよ」

「複数箇所? でも刺し傷は一つしかなかったはずですよね。それに藤里さんが刺したというなら、彼女が返り血を浴びていないと……、もしかして!」


 千谷が驚愕した表情で橘を見つめ返す。橘はそれを無言で肯定すると、話を続けた。


「そう。その二つの疑問を同時に解消するのは、藤里さん自身に返り血がつかないよう、丸めた掛布団を盾にしてナイフで刺した、という答えだ。その時白石さんが起きていたのかどうかは分からないけど、仮に起きていたとしても問題ないだろうね。怖がって後ろに隠れるように動いた後、抱き着くふりをして刺せばいいだけの話だから」


 やや唖然とした表情ながらも、千谷がこっくりと頷く。


「その方が自然なのは、事実、ですね。オオカミ使いがわざわざ返り血を浴びないよう、布団を盾にして刺す必要はないはずですし。それに、オオカミ使いの立場からしたら、私たちを怯えさせた方が都合がいいはずだから、返り血を浴びた凄惨な姿で登場した方がよかったはず。……でも、そうすると一つ問題があるんじゃないですか?」


 ようやく千谷が頭を働かせ始めたことに喜びつつ、橘は素知らぬ様子で聞く。


「問題って? もしかして藤里さんが使ったはずの凶器のこと?」

「そうです。よくは確認していませんが、ベッド周辺には血の付いたナイフは落ちていませんでしたし、もちろん藤里さん自身もそんなものは持っていなかったはずです……全裸でしたから」


 彼女自身に気づいてもらいたい橘は、ヒントを提示して、彼女に自分で考えるように促す。


「とっておきの隠し場所が一つだけあるんだ。普段は目に見えていない場所なんだけどさ」

「! 分かりました。オオカミ使いが使っている隠し通路ですね! それなら、今あの部屋になくても納得です」


 ようやく千谷が自分たちと同じ考えにたどり着いてくれたことにほっとしつつ、橘は次の話へと乗り出していく。


「これで、藤里さんが白石さんを殺した犯人であることには納得してくれたと思う。でも、もっと重要なのはここからなんだ。まず、前提として彼女はオオカミじゃないということも理解してもらいたい」


 完全に頭が働き始めたらしい千谷が、当然といった表情でうなずく。


「それは分かりたくないけど、分かります。そもそもこの行為はオオカミ使いに何ら利益を与えていませんから。仮に彼女がオオカミだとしたら、あまりにお粗末すぎます」

「そう。となると、彼女は僕たちと同じ羊側だったということになる。ここで気になることは、彼女が単にお金に目がくらんで殺しを行ったのか、それともオオカミ使いに唆されて殺しを行ったのかということだ」

「それは、前者じゃないんですか? 彼女の行動は別にオオカミ使いに利益を与えていません。それどころか、自分の罪をオオカミ使いに擦り付けようとさえしています」

「うん、彼女は少なくともオオカミ使いの味方ではない。でも」

「君はどうしてその話を私たちにしているのかな」


 橘の言葉を遮り、伊吹が質問を挟んだ。話を遮られていくらか予定が狂った気分だが、この質問自体は想定のうちである。橘は用意していた回答を話す。


「二人が、オオカミの可能性が低い人たちの中で、最も頭のいい二人だと思ったから、です」

「どうして私たちがオオカミである可能性が低いと思ったんですか?」


 ありがたいような、それでいて疑問を押し隠せない表情で千谷が聞いてくる。


「あくまで僕個人の考えだけど、二人が他の人に比べて目立ってたように見えたから」

「どうしてそれがオオカミじゃない理由に?」


 少し困った表情を作りながら、橘は言う。


「あくまで僕の考えだから、二人が納得してくれるとは限らないけど。自分とは異なる集団に紛れ込まないといけない場合、普通は目立たないようにすると思うんだよ。あえて目立つことで逆に疑わせないって作戦もあると思うけど、こんな命のかかったゲームでは、やっぱりそういうことをする人はいないと思うんだ。なにせ、目立たなければそれだけ他人からの注目を浴びなくて済む。つまり、それだけぼろを出しにくくなるってことだ。だから天童さんとリビングで喧嘩を繰り広げた千谷さんも、わざわざ単独行動なんて目立つ行動をとった伊吹さんも、オオカミではないと思ったんだ」


 納得、とまではいかないようだが、千谷はそれ以上突き詰めて聞いてこようとはしなかった。が、伊吹は表情こそ変わらないものの、あざ笑うような口調で言ってきた。


「ならば、なぜ李という男を呼ばなかった。彼こそ、最も君の考えに合致した人物ではないかな」

「それは、千里が……」


 橘には弁解させようとせず、伊吹が続ける。


「君はなかなかに利己的な人物のようだ。この後我々に頼むつもりの内容は、危険であるから自分の友人にはやらせたくないと考えたのだろう。まあ別に構わない。できるなら、早く君の考えている頼みごとの内容を聞きたいものだ」


 伊吹の言ったことがどういうことか分からず、千谷が橘と伊吹の顔を交互に見る。

 思っていた以上に頭の切れる伊吹に、若干のやりづらさを感じつつも、彼の言葉通り自分の考え――もとい策を話し出した。


「今までの話を事実だとするならば、これ以上の犠牲者を出させないために二つのことを行わなければなりません。それは……」



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