C班:殺されるときは一瞬で
四宮が倒れた姿を見た直後、しばらくの間時間が停止したかのように、誰一人として身動きをしなかった。
そんな静止した時間を再び動かしたのは、望月の上げた悲鳴だった。
「きゃーっ!」
叫ぶと同時に、望月はオオカミ使いとは逆の方向に一目散に逃げ始める。
望月の悲鳴が引き金になったかのように、オオカミ使いも銃を構えなおし、その銃口を千谷に向けた。
「おい! ここは俺が食い止めるからお前らはさっさと逃げろ!」
大木がそう言って、一人オオカミ使いへ突進を開始する。
「大木さん!」
千谷が大木を呼び止めようと彼に走り寄ろうとする。橘はそんな千谷の腕をつかむと、望月を追って強引に走り出した。
「放してください! このままじゃ四宮君だけじゃなくて大木さんまで……」
橘は千谷の言葉を無視して、残っている体力のすべてを込めて全力でその場から駆け去っていく。
最初は抵抗しようとしてい千谷だが、再びの銃声の音を聞くと、唇をかみしめながら、逃げるために自分の意志で走り始めた。
どれだけ逃げただろうか。後ろを振り返ると、そこにはもうオオカミ使いの姿はなかった。
橘が周りを見渡すと、地面にへたり込んでいる望月、肩で息をしている千谷、浅い呼吸を繰り返している天童の姿が映った。やはりと言うべきか四宮だけでなく大木の姿もなく、二度目の銃声で大木も死んだのだということが改めて実感された。
橘も体力の限界が来ていたので、近くにあった木に寄り掛かる。しばらくの間誰も口を開かず、呼吸を整える音だけが森の中に響いた。
しばらくすると、千谷が橘のそばに寄ってきて、橘の頬を思いっきり殴った。
まったく防御をしていなかった橘は受け身も取れずに地面に倒れる。
突然の千谷の行動に驚き、慌てながらも望月が声をかけた。
「ちょ、ちょっと、千谷さん突然どうしたの! なんで礼人君を」
「唯の八つ当たりです」
ぞっとするような低い声で、望月の言葉を遮るように千谷が言い返す。
千谷の迫力に押され、誰一人口を開かないでいると、彼女は誰にともなく語りだした。
「最初から分かってはいたんです。私たちがいかに無謀なことをしているのかは。にもかかわらず、それを止めずに今の今まで私は皆さんとこの森の中を歩いていた。それどころか、もしかしたら本当に何も起こらずに館の中に帰れるのでは、なんて甘い希望さえ持ってしまっていた。明らかに、私自身が愚かでした」
そう言うと、悔しさを押し殺すかのように千谷は拳を握り締める。
「相手が銃を持っていることは分かっていたんです。こちらの行動をどうやってか完全に把握していることも。不意を突かれたら何人いようが攻撃を防ぎきれない、そんなことは分かりきったことだったのに」
千谷は地面に転がったままの橘に向き直り、頭を下げる。
「殴ってしまってすみませんでした。あなたが悪いわけではなく、私自身の考えの甘さが原因だったのに。ただ、あなたのことを高く評価していた分、失望が抑えきれなくて」
「だったら殴られるべきなのは私だと思うけど、私のことは殴らないのかしら?」
「あなたなんて殴る価値すらありません」
天童の言葉を、千谷は躊躇なく切り捨てる。
地面に転がっていた橘はそこでようやく起き上がると、疲れの色を見せながらも特に緊張感のない声で言った。
「それはそうとさ、とりあえず無月館に戻らない? たぶんそんなにここから離れてないと思うんだよね」
橘のまったく悪びれていない言葉を聞き、千谷の橘を見る目にますます失望の色が濃くなった。
険悪な雰囲気を打破しようと、望月が焦りながらも千谷の近くに寄っていった。
「あのさ、今は仲間割れを起こしてるときじゃないと思うんだ。まだ私達だって助かったわけじゃないんだし、これからまた協力していかないといけないんだから。それと、礼人君や天童さんよりも責められるべきなのは私だよ。突然オオカミ使いが現れて、四宮君を撃ち殺したんだってわかった瞬間、もう何も考えられなくなって真っ先に逃げ出しちゃって。本当にごめんなさい」
望月の必死の謝罪に、千谷の顔つきも少しだけ緩む。
いまだに頭を下げ続ける望月に対して笑いかけながら、千谷は言う。
「望月さんみたいにまともな人がいてよかったです。ふぅ。誰が悪い、なんて言えないことは分かってます。望月さんの言う通り、まだ私たちはこの最低最悪のゲームから解放されたわけではありません。これからも協力は必須となるはずです。できるだけ余計な遺恨は残さないように努めます。ただ、もう二度と私は天童に従うつもりはありません」
天童のことを睨み付けながら、千谷は言い切る。
天童自身は特にそのことを気にした様子もなく、淡々とした視線を返す。
「ようやく愚痴も終わったのね。それじゃあ無月館に戻りましょうか」
こっちよ、そう言うと天童は一人森の中を突き進んでいった。
千谷が天童に憎しみのこもった視線を投げつけるのを見ながら、橘は望月の名を呼んだ。
「どうしたの礼人君? もしかして千谷さんに殴られたときに地面に頭でも打ったの?」
やや心配した様子で望月が近づいてくる。
橘は弱弱しく首を横に振りながら、望月に寄り掛かった。
「別に殴られたことは問題ないんだけど、走りすぎてもう体力が……。望月さん僕よりも体力有り余ってそうだし、悪いんだけど肩を貸してほしいんだ」
「ふつう逆だと思うんだけどなぁ」
橘のひ弱発言に苦笑いしながらも、望月は嬉しそうにうなずいた。