D班:気づいたら一人多い
「しかし、本当にこんな作戦で大丈夫なのかねぇ」
多摩がそうぼやくと、多摩の斜め後ろを歩いていた波布が、あきれ顔で言った。
「何を今更言ってんだよ。速見の策に賛同したのはてめぇも一緒じゃねぇか」
多摩はむっとしたのか、振り返ると波布を睨み付けた。
「ああそうだよ、私だってこの作戦を認めたよ。でも実際に速見が危険な状態にあるのを見ていて、あんたは何も思わないのかい」
「別に何も思わねぇよ。そもそも今の速見なんかより、一番最初に勝手に単独で動き出した浜田って野郎や、今現在リビングで一人寝続けてる浅田ってやつのほうがよっぽど危険だろ。速見の心配をしてる暇があったら、まずあいつらの心配をしてろよ」
多摩はあきれたように波布を見つめると、言い返した。
「浜田ってやつも浅田ってやつも、好き好んで今の状況を作ってるんだ。だけど速見は違う。この状況を打開するために、あえて自分の身を危険にさらしてるんだよ。どうしてあんたは私たちを助けるために必死に動いている人間と、身勝手に危機に陥っている人間とを同列に並べてんのよ」
「そりゃあ人間の命はだれしも平等、だと考えてるからじゃないですかね」
波布はさもどうでもいいといった様子で、軽口を返す。
そんな波布の様子を見てため息をつく多摩をよそに、波布は続けて言った。
「大体、危険な状態にあるっていったって、俺達から少し離れて、一人森の中を動いてるってだけじゃねぇか。何かあった時にすぐに助けられるってほど近い距離ではねぇが、姿ははっきりと見えてるんだ。そんなに危険じゃねぇだろ」
「どうしてそんな風に言えるのか聞きたいね。森の中ってだけで危険はかなり高いんだ。オオカミ使いが近づいてきてもすぐには気づけないかもしれないし、何か罠が仕掛けられてるとしたら森のほうがはるかに多いだろう。しかも一人でだ。もしオオカミ使いがこの状況を見たら、速見を狙わない理由がないって程の好条件だろう」
多摩との言い合いに飽きたのか、波布は森の中を歩いている速見に視線を戻し、小さな声で呟いた。
「つっても、別に大した策じゃねぇよなぁ。自分一人を森の中で動き回らせてオオカミ使いを誘い出すって。こんなんでオオカミ使いと対話になんか持ち込めんのか。最初に速見が言っていたとおり、やるんだったらもっと徹底して単独で行動させるべきだっただろ」
呟きが聞こえたのか、多摩が再び睨んできたため、波布はおとなしく口を閉じた。
「あの、二人とも少しいいですか……」
二人の間に沈黙が訪れたタイミングを見計らい、おずおずと空条が後ろから話しかけてきた。
「なに」
「なんだよ」
二人が空条の方を振り向かずに聞き返すと、より怯えたような声になりながら空条が言ってきた。
「その、とりあえず後ろを振り返ってくれませんか」
「だから一体何なんだよ」
そう言いながら、波布と多摩が後ろを振り返ると、びくびくした表情の空条の後ろに、沢知と何やら話し合っている伊吹の姿を見つけた。
本来この場にいるはずのない伊吹の存在に驚き、二人が固まっていると、伊吹は視線を二人に向けてきた。
「どうかしたのか? 速見から目を離してこちらを見つめて」
「いや、どうかしたのかって……。あんた、何でここにいんのよ?」
落ち着き払った伊吹の態度に困惑しながらも、多摩は素直に疑問を吐き出した。
「ここにいる理由か。そうだな、他のグループが動き出すまで一切会話すらしていなかったD班が気になったから追ってみた。その結果が今この場に私がいる理由だな」
「お前、何のために班分けしたのか分かってんのかよ? お前みたいに勝手な行動するやつを出ないようにするためだろうが」
波布が頭に手を当てながら言う。
伊吹は全く反省する様子もなく、飄々と言い返した。
「だとすれば班分けした意味はないな。特に誰からも咎められずにここまでこれたのだからな。それより、速見を囮にしてオオカミ使いをおびき出し、対話に持ちかける。この作戦はいささか無理があるだろう。そもそもここで少し話した程度で計画を中止にするようならば、こんなことは始めからするまい。さっさと彼を呼び戻して、別の作戦を練るべきだ」
波布はその言葉に賛成するように頷きながらも、面倒くさそうに言った。
「俺も心の底からそう思うよ。でも速見が自分から言い出したんだぜ。この案を受け入れてくれないなら別行動するとまで言ってだ。んなわけで、止めようがなかったんだよ」
伊吹がその言葉を聞き、口を開きかけた瞬間。今まで黙って伊吹の横を歩いていた沢知が、唐突に走り出した。