C班の事情 ~無月島は今日は晴れだった~
C班・・・天童・大木・千谷・橘・望月・四宮
「全員集まったわね。私たちは無月島の中央にある森の探索よ」
天童はそれだけ言うと、早くもリビングの外に向かって歩き出した。
残りのメンバーも慌て天童を追って歩き出す。
天童は一瞬後ろを振り返り、全員がついてきていることを確認すると、歩きながら話を続けた。
「まずあなた達に言っておくけど、私の言うことは絶対よ。もしあなた達が私の指示に従わずに勝手な行動をとって窮地に陥っても、決して助けるつもりはないわ」
天童はそう言うとリビングの扉を開け玄関ホールへと出て行った。天童はそのまま立ち止まることなく今度は無月館の外に出ようと歩みを進める。
今度は振り返ることなく天童が話し出す。
「重ねてもう一つ言っておくことがあるけど、私は馬鹿が嫌いなの。特にさっきの千谷さんみたいに、自分はたいして何も考えていないのに、感情だけで人のやろうとしていることを邪魔する人は。要するに、あなた達凡人の劣った頭脳で私の思考をトレースしようとしたって無駄だから、私のやることにいちいち口出ししないでほしいってことね」
天童は無月館の出口の前で立ち止まると、橘たちのほうを振り返り、酷薄な笑みを浮かべながら言った。
「もしそれが嫌なら私の班から抜けて勝手に動いても構わないわよ。いえ、どちらかというならあなたたちがオオカミ使いに殺されてくれれば、その殺され方を参考にしてオオカミ使いの行動パターンもはっきりするだろうし、私としては有り難いわね。どう、千谷さん。あなたは私のやり方が気に入らないみたいだし、別行動を取ってくれても構わないわよ」
天童の一方的な言動に、皆それぞれ軽蔑や呆れ、畏怖などの視線を込めて彼女を見返した。
特に天童の発言に対して憤りを隠せずにいる千谷は、我慢しきれず彼女に食って掛かった。
「天童さん、いくら何でも自分がとてつもなく身勝手なことを言っていることは分かってますよね。そんなことを言われてあなたの指示に従いたいと思う人がいると思いますか?」
天童は千谷の発言を鼻で笑うと、一切躊躇することなく言った。
「別に私が気に入らないのなら好きに動けばいいわ。まああなた達みたいな凡人がいくら足掻いたところで、どうせ殺されるだけでしょうけどね」
千谷も天童に負けじと言い返す。
「もし私たち全員があなたとは別行動するってことになれば、あなたはたった一人で殺人鬼がいるこの島で生き抜かないといけなくなるんですよ。もちろん他の班と合流してもいいですけど、そっちにはもう既に別のリーダーがいるので今みたいに好き勝手はできないと思います。そうなるくらいなら、今この班でもう少し協調性をもってリーダーを続けたほうがいいんじゃないですか」
天童はそれに対してにっこりと笑いながら返した。
「あなた達がそうしたいなら構わないわよ。私がわざわざリーダーをやってあげているのはあなた達のためだもの。もし私一人だけが生き残るように動いていいのならとっても簡単。浜田って男と同じく部屋にこもっていればいいだけの話だからね。さて、いい加減あなたと言い争いをするのにも飽きたわ。さっさと私の指示に従うのか、それとも私とは別行動をするのか決めてくれるかしら」
天童の異様なまでの自信に、橘を除いた全員が彼女を信じていいのか、それとも別行動をしたほうがいいのか視線をさまよわせながら考える。
皆がどうすべきか考えをまとめ切れていない中、真っ先に発言したのは橘だった。
「僕は天童さんに従うよ。別に構わないよね」
「もちろん。歓迎するわ」
天童は薄笑いを浮かべながら、橘の申し出を受ける。
橘がさして迷うことなく天童についたのに誰もが驚き、千谷が代表して理由を聞いてきた。
「どうして天童さんに従うんですか? 彼女に従っても捨て駒扱いされるだけだと思いますよ?」
不思議そうな顔をしながら橘が言う。
「なんで? 天童さんは僕たちのためにこの班のリーダーとして助かるための方法を考えようとしてくれるんでしょ。わざわざ天童さんに反対してチームの輪を乱す必要なんてないんじゃない?」
千谷は全く納得いかないのか、語気を強めて橘に詰め寄った。
「今まで天童がどれだけ身勝手なことを言っていたのか、橘さんだって聞いてたでしょう。天童が私たちのことを助けるつもりでいるなんて考えられません。どうせ浅田君のように捨て駒として使おうと思っているだけなんですよ、自分が助かるために」
千谷は随分と天童のことを嫌っているようだ。ついに呼び捨てをするようになっている。
橘は興奮している千谷とは対照的に、全く動じることなく淡々と話す。
「千谷さん、もし天童さんが嘘を言っているとしたら、自分一人でも助かるって言ったことだと思うよ。だってこのゲームは人数が多くないとどう考えたって勝てないよね。天童さん一人じゃオオカミ使いが正面から襲ってきても対応のしようがないしさ。だから、天童さんは自分が生き残るためにも僕たちに生き残ってもらわないと困るわけじゃないか。だったら捨て駒になんてしないで、単純にオオカミ使いをおびき出すための方策を考えてくれるんじゃないかな。もちろん、その間にオオカミ使いを捕まえるための人間が死なないで済む方策も一緒にさ。だよね、天童さん」
ややひきつった笑みを浮かべながらも、天童は小さく頷いた。
「ええ、もちろん。ただ私一人でも生き残れるってことは、別に嘘じゃないわよ」
「そんなこと分かってるよ。あくまで天童さんが嘘を言っていると仮定した時に、その言葉が一番嘘の可能性が高いと思っただけ。最初から天童さんが嘘をついているなんて僕は思ってないよ」
橘がさらりと天童の言葉を受け流す。
そんな橘と天童の様子を見ていた望月が、一度小さく頷くと、橘の意見に賛同してきた。
「千谷さん、私も礼人君の意見に賛成かな。千谷さんは私たちが捨て駒として使われるんじゃないかって心配してるみたいだけど、礼人君が言っていたようにこのゲームは人数がたくさんいたほうが絶対に勝ちやすいんだから、天童さんだってそうそう仲間を見殺しにしたりはしないと思うんだ。もちろん天童さんがオオカミだったら話は別だけど、もし本当にオオカミが天童さんなら皆に敵愾心を持たせるようなことは言わないで、もっと信頼を集めるように努めてると思う。だから私は天童さんはオオカミじゃないと思うし、それは彼女がこのゲームに勝つために私たちを見殺しにしたりはしないって保障になると思うの。それに、礼人君だったら天童さんの暴走も抑えられそうだし」
最後の一言は天童に聞こえないよう、千谷にだけ小声で伝えた。
千谷はそれでも天童に従うのが嫌なのか、しばらくの間言葉を発さずに黙っていたが、大木と四宮も天童に従うと宣言したのを聞いて、渋々ながら天童に従うことを認めた。
「まああんま心配する必要なんてないと思うぜ。俺たちの班には大木さんもいるし、そもそも六人もいるんだからオオカミ使いが襲ってきても何とかなると思うし」
四宮が、こぶしを握り締めて悔しそうにしている千谷を励ます。
「そうだな、いざとなったら俺がみんなを守るから安心しろ。力だけならオオカミ使いってやつには絶対に負けないからな。不安なら俺の背後に隠れていればいい」
四宮に続いて大木も励ましの言葉をかける。
だが、相変わらず千谷の気持ちは晴れないのか、苦い顔のままだ。
そんな千谷を嘲るような目で見ていた天童が、不意に口を開いた。
「さて、いい加減外に出ましょうか。さっき言ってたけど橘は無月島に来るのは初めてだそうね。今が夜だったら面白い光景が見れると思うけれど、リビングにあった時計の時刻が正しいのならまた今度になるわね」
そう言うと、天童は扉を開けて無月館の外に出て行った。
橘らも天童に続いて外に出ていく。
外に出た彼らが最初に目にしたものは、真っ青な海と、雲一つない海色の空だった。
天童が言う。
「あら残念。時計が指していた通り今は昼だったようね。これじゃあどうして無月島って言われているのかを見せられないわね」
橘は一度ゆっくりと深呼吸し、外の新鮮な空気を体内に取り入れると、ぽつりと呟いた。
「無月島でのゲーム初日は、雲一つない晴れの日に始まったのだった」