リビングでの会話
話が一段落したことから、それぞれ緊張を解きソファに寄り掛かった。
「はぁ、何だか疲れたなー」
橘の左隣で望月が腕を伸ばす。
「白石さんってもっと落ち着いてて、物静かな人かと思ったけど、結構仕切りたがりの人だったね。でも、礼人君は本当によかったの、リーダーやらなくて? それに李って人に随分ひどいこと言われてたけど、何か言い返した方がよかったんじゃない? あ、礼人君って下の名前で呼んでもいい? そっちのほうが親しみやすくていいんだけど」
橘は右隣に座っている如月を気にしつつ、望月に答える。
「もちろん礼人でいいよ。それと千里の言ってたことは言い方こそきつかったけど、そんなに間違ってないから。僕がリーダーをやるようなタイプじゃないのは事実だからね(というか絶対にやりたくない、疲れそうだから)。人をまとめるのとかは苦手だし。白石さんも確かに少し強引な気はするけど、結果的に僕たちを引っ張ってくれてるし、僕としてはとても助かるけど」
「えー、でも礼人君もT大学行ってるんだし、とっても頭いいんでしょ。実際高校生の速見君なんかより、ずっと適任者だと思うんだけどな」
「本人が自分には向いてないって言ってるんだから、別に無理に薦めることでもないでしょう。それに橘君は今のところましな発言は一つもしてないと思うんだけど。肩書だけで人を選ぶと痛い目見るわよ」
橘をはさんで如月も会話に加わる。望月は口元は笑ったままだが、少し強張った声で言い返した。
「別に私は礼人君のことを肩書だけで信頼したわけじゃないよ。それにましな発言はしてないっていうけど、礼人君は誰も動こうとしない中、自分から進んで浜田さんを呼びに行ったじゃない。あとオオカミ使いに襲われたってことは、礼人君は少なくともオオカミじゃないってことでしょ」
「浅はかね、あなたは。それらすべて自分がオオカミ使いの仲間ではないことをアピールするための演技の可能性もあるでしょ。そういえば、あなたはさっき空条君に対してかなりきついことを言ってたわね。役に立たないとか。あれがあなたの本性なのかしら。だとすればまた随分と猫かぶって橘君に接してるのね」
「あれは、空条が優柔不断で話がなかなか進みそうになかったから仕方なく……。それに、私が誰にどう接しようと如月さんには関係ないでしょ。それとも、如月さん、私が礼人君と親しく喋っているのに嫉妬したのかしら」
二人の間からは目に見えない火花が散っている。ちょうどその中央にいる橘は何とかこの状況から脱出しようと、おもむろに立ち上がった。
「そういえば、皆さんはこの無月島に来たことがあるってオオカミ使いは言ってましたけど、それって本当なんですか?」
橘は話をリビングにいるメンバーに振ってみる。
すると、ずっと目を閉じてソファに座っていた多摩が口を開いた。
「あの仮面の男が言ってた通り、私と王谷は少なくとも一度、無月島に行ったことがあるよ。確か一年か二年も前の話だったと思うけど。私の通ってる大学に、無月島への旅行を勧めているポスターが貼ってあってね。値段もお手軽だったし、無月島ってのがどんなものかちょっと興味もあったからね」
「それで、俺のことを誘って一緒に行ったんだよな」
途中で牧がにやにやしながら口を挟む。多摩は牧を睨みつけた。
「あんたは黙ってな。しかし、以前試しに行ってみた旅行のせいで今こんな理不尽な目にあってると思うと、やってらんないわね」
多摩は一度舌打ちをしてから、不機嫌そうな表情のまま口を閉じた。
橘は多摩の迫力にビビりながら、ほかの人に顔を向ける。
「多摩さんの話を聞いてもう一つ気になったことがあるんですけど、この無月島って本当に月が見えなくなるんですか? そんな場所が存在するなんて聞いたこともなかったですけど」
「ふふふ、橘君はまだ見てないのですね、この無月島の真の姿を! 見たらきっと驚きます、それはもうひっくり返って地面に頭から突っ込むくらい驚くはずです。私は実際地面に頭から突っ込みました!」
なぜか自慢げに音田が話す。正直どんな光景を見たとしても、地面に頭から突っ込むようなことはないよなと橘は思い、音田を生暖かい目で見つめた。
(音田さん、なんとも残念な子だ)
橘が音田を生暖かい目で見ていると、横にいる望月が苦笑しながら補足説明をしてくれた。
「音田さんの言い方はかなり大げさだけど、実際月は見えなくなるよ。月どころか空も太陽も。ちょうど今が月が見えなくなる時期だったはずだし、この館の外に出てみれば私の言ってる意味も分かると思うよ」
望月のいたずらっ子のような笑顔を見て、こんな状況であるにもかかわらず、橘は無月島に来たことにワクワクし始めていた。
そんな橘を見つつ、先程白石に言い負かされてから不機嫌だった牧が口を開いた。
「そんなことより、これから俺たちのリーダーになる、白石とか李のことを教えてくれよ。本人がいない今のうちなら話しやすいだろ」
そう言うと、牧はリビングにいるメンバーの顔を見回し始めた。
「そうだな、まず白石のことを知ってるやつは……」
「あーそれそれ私私。小林凛お姉さんだよ。白石さんについてのことだったらいろいろ知ってるけど、何が知りたいの」
今までほとんど話に参加していなかったからだろう。かなり欲求不満になっていたのかここぞとばかりに身を乗り出した。
「そうだな、やっぱ第三者の視点から見たあいつの性格かな。白石ってのは見た目こそ温厚そうだが、あの話の進め方からすると、自分の思い通りに動かなくなると途端にキレるタイプだと思うんだよなぁ」
若干白石に対して険のある言い方なのは、さっきのリーダー決めの際に言い負かされたからだろう。
「うーん、白石さんの性格ねぇ。確かに自分の思い通りに動いてないとイライラするタイプの人ではあるかな。以前白石さんの会社に取材しに行ったとき、みんな白石さんのことは優しい人だって言ってたけど、事業が自分の思い通りにいかないときは、声を荒げたりすることもあるとか言ってたかな」
やっぱりな、といった表情で満足げに牧はうなずいている。そんな牧の様子を気にすることなく、小林は続ける。
「でも、白石さんが頭いいのは事実だから、リーダーとしてはいいと思うんだよね。白石さんの部下も、白石さんの判断や予想が外れることがほとんどないから、結果としてはすごく信頼を寄せてるみたいだったし。実力はある人のはずだよ。だから牧君、あんまり白石さんのことを困らせるようなことはしないほうがいいと思うよ、お姉さんは」
小林から、最後にくぎを刺されて少しむっとしたようだが、気を取り直して今度は李について橘に尋ねてきた。
橘は少しの間、何を話そうかと悩んだが、結局李の印象が悪くならないように擁護しておこうと思い至った。
「千里についてですか……。とりあえず皆にわかっておいてほしいのは、千里のあの態度はすっごく冷たいように見えるかもしれないけど、あれは本心じゃなくて、本当は」
と、橘がそこまで言ったところで、リビングの扉が開き、四人が戻ってきた。




