四人のリーダー
「それで、結局オオカミ使いは捕まえられなかったと」
李が感情のこもらない声で言う。
彼の発言通り、浜田と沢知を筆頭にオオカミ使いを追いかけていたメンバーは、結果として地下に逃げて行ったオオカミ使いを見失ってしまった。
一通り地下を探索した後、特に得るものもなかった一行は、(浜田を除いて)全員で再びリビングに集結した。
「仕方ないだろ、オオカミ使いってのはこの館にある隠し扉や隠し通路のことも熟知してるんだ。そう簡単に捕まえられるか」
ムッとした様子で大木が言い返す。
「別に責めてるわけじゃない。ここまで大掛かりな計画をしたやつが、そんなにあっさりと捕まるとは思ってないからな。だが、ずいぶんとサービス精神が旺盛だな。このくだらないゲームを盛り上げるためなのかもしれないが」
「さっきの追跡劇のどこが僕たちへのサービスになっているんだい?」
李の言葉を聞き、不思議そうに白石が問いかけた。
「別に、俺たちへのサービスってわけでもないのかもしれないがな。だが、今後の俺たちが行動するにあたっての、貴重な情報を与えてくれたことは事実だろう」
いまだに李の言いたいことがわからず、首をひねっている人がいる中、李に代わって天童が語りだした。
「ふぅ、頭の回転の遅い人たちといるのはとても疲れるわね。彼が言いたいのは、ゲームマスターが現れた時の私たちの動きのことよ。この一事があったおかげで、私たちがこれからやることになるグループ分けもやりやすくなったでしょ」
納得した様子で、白石は一度大きくうなずいた。
「ようやく李君の言いたいことがわかったよ。要するに、オオカミ使いが現れたおかげで、僕たちそれぞれが緊急時にどのような対応をするかがわかったということだね。天童さんの言ってたグループ分けがしやすくなったっていうのも、僕たちの行動力がわかったことで、偏ったグループを作り出さずに済むってことだよね」
白石が一人うんうんと頷いていると、真目が控えめに手をあげながら口を挟んだ。
「あのー、グループ分けって何のこと。私たち、えっと橘君? が出て行ってから、オオカミ使いが現れるまでほとんど何の話もしてないと思うんだけど。私聞き逃してたのかな?」
白石が笑いながら答える。
「いや、安心して真目さん、特に聞き逃したりはしてないよ。ただ、李君や天童さんは、すでにこの後の動きを考えてるみたいだからグループ分けって言葉が出てきただけだよ。つまりさ、この後僕たちはオオカミ使いを捕まえるために、もしくは殺されないために動かないといけないけれど、さすがに全員一緒に動くのはあまりに効率が悪いよね。だから、五・六人のグループに分かれて動いたほうがいい、と李君や天童さんは考えていたってこと。だよね、二人とも」
天童と李が軽く頷くのを見てから、白石は話を続ける。
「そういうわけだから、さっそく行動班の班員分けをしていきたいんだけど」
白石がここまで言ったところに、突然速見が口をはさんだ。
「白石さん、行動班を分ける前に、一つ先に決めておきたいことがあるんですが、いいでしょうか?」
白石は少し驚いた顔をしながら言う。
「もちろん構わないよ」
白石の許可を受け、速見が話し出す。
「皆さんも考えてるとは思うのですけど、このゲームは、場合によっては何週間もかかるかもしれません。オオカミ使いの言葉を信じるなら、食料には毒などは仕掛けられていないようですし、料理担当を決めておきませんか。もちろんだれ一人かけることなくここから脱出できることが望ましいですけど、そんなにうまくいくとは限りませんから。この状況下でそんなことって思うかもしれませんが、ストレスのたまりやすい環境下でこそ、栄養補給を含めてまともな食事をとることが重要になると思うんです」
「速見君の言いたいことはわかりました」
速見の提案を聞き、白石は鷹揚に頷いた。
「確かに、食事については先に考える議題だったかもしれませんね。行動班を決める際にも、料理ができる人が一人はいるような状況のほうが望ましいかもしれませんし。では、この中で、それなりに料理ができるという方はいらっしゃいますか」
白石の問いかけを受け、女では真目・千谷・沢知、男では四宮が手をあげる。白石は満足そうにうなずきながら言った。
「これでも僕も料理はかなり自信があるんです。ですから、今挙手してくれた四人を含めて、僕たち五人が料理担当ということでよろしいでしょうか?」
すると、先の事件以来橘にくっついていた望月が立ち上がった。
「ちょっと待って。空条も料理できるでしょ。あなた大学では料理サークルに入ってるんだから」
望月の突然の告発に、ソファーの端でひっそりと縮こまっていた空条は、びくりと体を震わせた。
「いや、僕なんかの料理を皆に食べさせるなんて……。あくまで料理は趣味だから、こんな大勢の人に食べさせるほどの料理は作れないよ……」
「空条君、そんなに気にしなくてもいいと思うよ。何も君一人で作るってわけでもないんだし、私や真目さんも一緒にやるんだから。それに、料理は作るだけじゃなくて誰かに食べてもらったほうがいいと思うな。もしおいしくないって言われたら次はそうならないように工夫すればいいだけの話なんだから」
空条を励ますように、千谷が言う。それでも踏ん切りがつかない空条に対し、
「どうせオオカミ使いを捕まえるのの役には立てないんだから、料理ぐらいは手伝いなさい!」
という望月の大喝を受け、結局空条も料理をすることとなった。
橘は隣に座っている如月に対して聞く。
「如月さんって料理できなかったっけ?」
「ごめんなさい。私はほとんど料理はしないの。今私が住んでる家にはそもそもキッチンがないし。それより、李や天童さんは料理できないのかしら。あれだけ偉そうな態度をとってるんだから料理ぐらい軽々とこなしてもよさそうなのに」
如月がそういうと同時に、二つの鋭い視線が橘を射抜いた(ような気がした)。これ以上この話をしていると後々身の危険がありそうなので、橘はひとまず口をふさぐ。
「さて、それじゃあ料理担当者も決まったことだし、今度こそ行動班のメンバー分けをしようか。それとも、先に食事をとりたかったら僕らで作るけど、どうする?」
各自どうしようか考えているようだが、おなかが空いている人はいなかったらしい。誰も食事にしようと言い出す人がいなかったので、白石は話を続けた。
「それじゃあ、食事はいったん後にして、行動班のメンバー分けをしていこうか。ただ僕はオオカミ使いが現れたとき、それを追ってたせいで誰がどう行動していたかはよくわかっていないんだよね。だから、それぞれ自分がどう行動したのか言っていくのはどうかな」
白石の提案に、天童が異を唱える。
「そんなまどろっこしいことしてたら日が暮れるわ。そんなことしなくても、少なくとも一人、私たちの行動を見てた人がいるでしょう―――ねぇ、李君。あなたはゲームマスターが現れたとき、一切動じずに座ったままだったものね。まさか怖くて足が動かなかった、なんてことはないでしょうね」
天童の皮肉交じりの言葉に対して、李は全く表情を変えることなく頷いた。
「ああ、当然見ていた。俺が見た限りだと皆の動きは大きく三グループに分かれたな。まず、俺同様オオカミ使いに一切頓着せず、ソファーから動かなかった奴ら。俺を除くと、伊吹・浅田・黒崎の三人だな。まあ動かなかった理由が何なのかは知らないがな」
名前を呼ばれた三人は、特に反応することなく(浅田に至ってはそもそもリビングに来てからずっと寝ているが)黙って目を閉じている(黒崎はさっきから何かぶつぶつと呟いているが)。みんな一風変わったメンバーだ。
「それからオオカミ使いを追いかけるでもなく、かといってじっとしているわけでもなく扉の周りをうろついていた奴ら。空条・四宮・波布・星野・望月・真目・藤里の七人だな。まあこいつらに関しては、単に自分がどう動いていいかわからず迷ってた雑魚だな」
「いや、雑魚って。ただ、強そうな奴らが追ってったから、下手についていくと邪魔になっちゃうかなって思って」
四宮の言い訳じみた話に一切耳を貸さず、李は話を続ける。
「そして最後に、言うまでもないと思うがオオカミ使いを追っていった奴らだ。浜田・白石・牧・大木・速見・天童・多摩・小林・千谷・音田・沢知の十一人だな。浜田はまた部屋にこもったが。それとオオカミ使いに襲われていた橘と如月はこのどれにもカウントしてないが、まあ二つ目のグループと考えてもいいだろう」
李から橘に軽蔑の目線が注がれているようだが、まあ気のせいだろうと橘はスルーした。
「さて、大きくは今の三グループだ。ここからメンバーをうまく振り分けていきたいが」
李がそこでいったん言葉を切ると、狙ったように白石が話し始めた。
「李君、班なんだけど、まずはリーダーを立てて、そのリーダー同士で自分とともに行動する人を選んでいくってのはどうかな。そのほうがスムーズに話が進むと思うんだけど」
「別に構わないが、リーダーは誰にやらせるつもりだ」
「今までの会話から、リーダーにふさわしい人ははっきりしてると思うんだよね。まず李君。これに反対する人はいないでしょう。今までの話を率先的に進めてきたのは間違いなく李君だし、緊急時にもみんなの行動をきちんと把握している冷静さも十分リーダーの資質だよ。それから天童さん。真っ先に李君の言いたいことを理解してたし、かなり頭もよさそうだからね。それから、僭越ながら僕も、かな。この中で一番年上だし、皆をまとめる力もそれなりにあると思うんだよね」
白石は一息にそう言うと、全員の反応を見まわした。反論はないみたいだね、とぼそりと呟くと、白石はさらに言葉を続ける。
「僕としては先ほども言ったけど、五・六人の班に分ける、つまり四班作りたいんだ。私見ではあるけどこの人数が最もまとまりやすいと思うから。それで、もう一人リーダーを決めたいんだけど、僕は速見君を推薦したい。みんなはどう思う?」
白石の言葉に牧が声を荒げて反論した。
「ちょっと待てよ。なんで速見なんだよ! そんなガキよりも俺のほうがリーダーに向いてるだろ。つうか、まだ酒も飲めねぇようなガキをリーダーにって、何考えてんだよ」
白石は特に動じることもなく言い返す。
「僕はそんなにおかしなことを言ったつもりはないよ。僕は李君と違って、全員の行動を見ていたわけではないけれど、それでも、僕同様オオカミ使いを追いかけてた人の行動くらいは見てた。速見君は沢知さんと大木君の次を走ってたし、僕や君よりも緊急時の行動力は高いと思うよ。それに、まだ高校生とはいえ、彼の態度は君なんかよりもはるかに落ち着いている」
牧はいらいらしているのか、体をゆすりながら反論する。
「ちっ、だったら大木でいいんじゃないのか。そいつのほうが強いだろうし行動力も十分あるだろ」
「もちろん大木君がリーダーをやりたいっていうんなら、それは構わないけど。でも僕としては、大木君がおそらくこの中で最も強いからこそ、誰かの指揮下に入ったうえで、余計なことを考えずに力を発揮してもらいたいと思っている。まあこれは君にも言えることだけどね」
牧はただ白石に言い負かされるのが嫌なのだろう。ほかのメンバーの顔を見回して対抗馬となりうる人物を探し始めた。と、橘の顔を見た途端、牧は再び威勢よく話し出した。
「なら、橘って奴ならどうだよ」
突然自分に矛先が向けられた橘は、大いに動揺した。というか余計なこと言わないでほしいなぁ、と心の底から思った。
「オオカミ使いが言うには、そいつもT大生なんだろ。頭のいい奴にやらせたいんなら、速見なんかよりも橘のほうがましだろ」
「そいつはだめだ」
牧と白石の論争に突如李が口をはさむ。
「橘にはリーダーをやれるだけの資質はない。人をまとめるなんて愚か、自分勝手にどこかに行くような奴だ。リーダーなんてやれるわけがない」
明らかな否定の言葉に、牧は驚いたように口をふさいだ。橘としてはリーダーをやらなくて済みそうなので少しホッとする気持ち半分、李のひどい言いように落ち込み半分である。何か李に嫌われることしたかなと思い、後でとりあえず謝ろうと橘は決意した。
牧がそれ以上反論してこないことを見て取ったのか、白石が再び話を元に戻す。
「牧君以外に異議のある人はいないのかな。だったら、速見君にリーダーをやってもらいたいんだけど、かまわないかい」
「皆さんに異論がないのなら、僕は構いません」
速見は気負う様子もなく堂々と言い切る。
「大丈夫だとは思うけど、李君も天童さんもリーダーをやることに異論はないよね。もしあるようなら」
「別にない」
「私も構わないわよ」
白石の言葉を遮るように、李と天童が答える。そんな二人の様子を見て、白石は苦笑しながら言った。
「さて、じゃあ僕たち四人はいったんロビーに出ようか。そこでだれを選ぶか話し合おう。ほかの人はしばらくくつろいで待っててね。そんなに時間はかからないと思うから」
そうして、ほとんど白石が押し切るようにして決定したリーダー四人は、リビングの外に出て行った。