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これが最初の魔法論  作者: 界人 峻一
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6 諦めから始まる事


「不思議な魔法を使われたようですね。これは何かの模様か、それとも文字でしょうか?」

「ええ。私の国の文字です。それよりごめんなさい。これ身分証として大丈夫ですか?」 

「本来は魔素を練って当ててくださるだけでよかったのですが、形状が大きく変わったわけではありませんし、問題ないでしょう」

 そりゃよかった。

「ではエージさん。あなたの魔力がカードに通ったので身分証は完成です」

 カードね。情報が入力されたって事はデジタルカードみたいな認識でいいんだろうけど、しかしまぁ、どういう仕組みなんだ? どうして俺の脳内イメージが魔法に???

「――なので、あなたという事を証明できるのです。このカードは――」

 この不思議な現象が魔法? あまり実感が湧かないな。俺は疑いの目でカードをあらゆる角度から検分してみた。エースと書かれたギルドカードは、本当にトランプカードを模している。真ん中に大きくアルファベットのAが浮き出ており、左上と右下にも小さなAが浮き出ている。ちなみに右下の部分はしっかり逆様表記で、柄はスペード。浮き彫りのエンボス加工を施したというわけなので、裏は逆に凹んでいるはずだが、裏返してみると真っ白で平坦のまま。ということは、実際にトランプカードとして使えるな。使う機会ないけど。 

「エージさん。聞いていますか?」

 やばい。初めての魔法に気を取られてしまった。すぐに俺は頭を下げた。

「っと。すみません。もう一度お願いします。あと私の名前は」

「礼儀正しい方だと思っていましたが、話を聞かないのはダメですよ」

 美人係員は俺の言葉を遮り、冷たい音色でそう言い放った。雰囲気も明らかに変わって……?

「今、冒険者なりたてのあなたにとって、とても大事な話をしています」

 ――え? なにこれ? 雰囲気なんて曖昧なものじゃない。係員を中心に空気が揺らいでいる。見た目的には暑い日の道路上。アスファルトの熱で生じる陽炎に近い。そして揺らぎは係員の周りに留まらず、じわじわと増えて俺の周囲にまで広がっていき、ホール全体が静まり返っていった。

「エージって野郎が怒らせたぞ」 「なんて愚かな奴だ」 「さっさと狩りにいくぞ」

 小声で冒険者達がそんなことを言っているのが聞こえてきた。美人が怒ると本当に怖い。

「おっしゃる通りです。申し訳ございませんでした。どうかもう一度お聞かせください。お願い致します」

「……よろしい」

 揺らぎは潮が引いていくように消えていき、周りの冒険者や他の係員から一斉に安堵の溜息が漏れた。

 名前の訂正はまたの機会にしよう。そんな事どうでもいいじゃないか。俺は没頭してしまう癖があるからこれからは注意しないと。なにせ魔法以外にも、凄まじく珍しい物事がそこら中にある。気を抜けばまた周りが見えなくなりそうだ。


 その後、美人係員様の音色は通常運転になり、受注方法、報酬の受け渡し、依頼の分別等について説明してくれた。

 要約すると、ギルドの壁一面に貼られている大量の依頼書の中から仕事を探して選び、その依頼書を受付に渡すと受注。仕事が終わった後は、依頼主からのサインを貰う。ただし魔物などの討伐や、植物採集などの仕事は依頼主と会う機会がない事が多く、自ずとサイン不要の場合もある。その代わり仕事をやり遂げた証拠を持ち帰り、ギルドで鑑定が行われるそうだ。報酬はそれらの確認をした後、ギルドから支払われるのが基本とのこと。無論、手数料は引かれているだろう。サインで完結した依頼の場合はこの窓口へ。それ以外はカウンター両端に設置されている素材証明窓口。そこで鑑定を行った後にこの窓口で支払われるそうだ。

 少々複雑なのは、依頼書と冒険者の区分けだ。依頼書には、巡回、総合、探索、駆逐という大まかな四つの用語で分類されており、これに加えて準三級から一級までの四つの等級が割り振られている。この等級は依頼内容の難易度を示しており、冒険者にも同一の等級が与えられている。冒険者成り立ての俺で言えば、準三級という一番位の低い等級になるため、準三級の依頼書しか選べない。そして準三級の冒険者が選べる依頼は巡回依頼しかない。よって巡回以外の総合、探索、駆逐の依頼書全てが、三級以上に割り振られているという事だ。

 四つの仕事内容について、具体的な違いがよく分からないので質問したいが、ついさっき怒らせてしまった後だからな。俺は彼女の話を遮らないよう、話しを黙々と聞くことにした。すると冒険者ギルドカードの注意事項に話しが移り、再発行に初回発行時の十倍お金がかかると言われた。

「…………えっ!? あの、話の途中ですみません」

 これはさすがに遮るしかない。俺は無一文。しかもカードを作っちゃった後だ!

「今のお話は、初回発行にお金が必要という事でしょうか?」

「はい。無料ではありません……」そこで俺の懐事情に勘付いたのか、彼女は眉をへの字に曲げて続けた。「申し訳ございません。最初に説明すべきでした。初回発行は全てのギルドで一律1000ジュールなのです」 

 あぁ。誰もが知っている常識中の常識って事か。全てのギルド、という部分がそれを匂わせている。

「そうだったんですか。すみません……お金が……」

「いえ! 申し訳ございません。身なりも良く、言葉遣いや礼儀のあるお人柄。身分のお高い方かとお見受けいたしまして、そこまでの細かな説明は失礼かと思い、疎かにしてしまいました」

 うーん、物の言い方が上手だ。悪く言えばそんなに田舎者だとは思わなかった。そして文無しで来るような場所じゃない、という事を上品に言われているのだ。または1000ジュールにケチをつける人には見えなかった、とかだろう。

 ともかく知らなかったとはいえ、俺がタダでできると思っていたのがそもそも間違いなのだ。俺も頭を下げた。

 けれども、身なりが良いとはどういうことだ……。

 そこで自分の服を見て気がついた。ダリウスは変な服と言っていたが、作り自体は街で見かけた衣服と比較して高価に見える気がしないでもない。特に今着ている上着の素材は撥水加工もされていて、この街の人々の目には物珍しく映るはずだ。

 と、身なりについて考えたところで、上着のポケットにつっこんでいた物を思い出した。

「そういえばこの赤い石。よく分からないけど、もしかして売れるのかな?」

 係員さんの顔がパーッと笑顔になった。

「魔石ですね!」


 結果、その魔石とやらは三万ジュールで売れたため、カードの発行料金はそこから支払った。

 よかった。隣の冒険者が赤い小石を受け皿に出していたのもあってピンときたのだ。この魔石は今朝、スリーテイルという魔物を看取った時に拾ったものだが、魔物を倒したのはダリウスだ。よってこれはダリウスの物。すまぬ。ねこばばしたことになってしまった。俺は生活に見通しができたら返金すると誓った。

 魔石を渡した後、金銭について正直にわからない事を伝えると、係員さんは嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれた。ここでのお金は紙幣ではなく、硬貨によって行われていて、鉄貨1ジュール、大鉄貨10ジュール、銅貨100ジュール、大銅貨1000ジュール、銀貨1万ジュール、大銀貨10万ジュール、金貨100万ジュール。この七種類とのことだ。つまり呼び方が変わっただけで、日本のお金の分け方と大体同じ。あとは物価を知ればいい。

「――といったようになっています。例えば、銅貨30枚、大銅貨10枚は、硬貨を換えれば」

「3千ジュールと1万ジュールだから、大銅貨が3枚と銀貨1枚分だね」

「……その通りです」

 係員さんは俺の目をじっとみると、おもむろに手元で何かをしはじめた。こちらからは鉄格子もあるし、カウンターの高さ的に見えない。

「では、あなたが別の冒険者三人と手を組んで仕事を完遂し、13,000ジュールの報酬を山分けとした場合、あなたの取り分はいくらになりますか?」

 係員はニヤリと少々意地悪な笑みを作って問いかけてきた。

「四人で割ればいいわけだから3,000と、えーっと、250だね」

 係員は俺の答えを聞くと、また手元を動かしている。流れ的に筆算のような事をしているのだろう。それが終わると彼女はパッと顔を上げて「そ、その通りです」と言い、驚きと困惑が入り混じった表情をした。

 ……大げさだ。

 とまぁそんなわけで、ダリウスの魔石が3万ジュール。それがギルドカード発行料金で引かれ2万9千ジュールとなり、銀貨2枚、大銅貨9枚を頂戴した。

 次に物価的な部分を少し教えてもらった。そこらの飯屋で外食すれば銅貨3枚(300ジュール)ぐらい。一般的な宿で大銅貨2枚程(2000ジュール)だそうだ。日本の物価に置き換えて考えると、ジュールを大体三倍か四倍にすれば日本の円感覚に近いのかもしれない。


 俺は彼女の丁寧な対応にお礼を言った。田舎者では済まない無知加減だっただろうに。

「いえ、お困りの際は気軽になんでも聞いてくださいね」

 先ほど怒られた事を忘れてしまうほど、気持ちの良い笑顔だ。

「では、さっそく本日依頼を受けられますか?」

「うーん……」

 正直一人になって今後について考えたいが、一応情報は掴んでおきたいので試しにどんな仕事があるのか触り程度に聞いてみた。すると日雇い仕事や、食事付きの仕事。さらに住み込みの仕事もあるという素晴らしい情報が飛び出てきた。

 ものすごく恥ずかしい。きっと俺の状況を想像して回答してくれたに違いない。住居やお金は大事。俺はさっさと仕事を探すべきだと思い直した。というか当たり前だ。一人になって考えたいとか、そんな余裕ないだろうが。




 俺は一旦カウンターから失礼して、壁面に貼られている依頼書を眺めて一周した。凄まじい量の依頼書だが、よく見れば等級ごとに分別されていて分かりやすい。

 まず、準三級が受けられる巡回依頼は、およそ冒険者と名乗る職業のイメージとは似合わないものだった。具体的には力仕事や小間使い、店番なんてものまである。これらは市内で行うものだが、市外に出るものだと、薬草採集、木こり、運搬等があった。まぁ、幅広く取り揃えているのは良い事かもしれない。

 そして三級から受けられる駆逐、探索、総合の依頼は、巡回の内容とは一線を画していた。これこそ冒険者って感じで、魔物という単語がたくさん登場するのだ。で、肝心の内容だが、割と分別の名称に基づいていて、魔物を倒すものは駆逐依頼。少し遠出をして調査するようなものが探索依頼。ただ総合依頼は少々雑多で、用心棒だったり、護衛だったりと、やや複雑な仕事内容のものを総合に分類している傾向が見られた。

 二級に関して言うと数が少ない事もあって推測にもなってくるが、恐らく強い魔物の討伐や、レアな素材採取等で、一つの依頼に対して募集人員が多く、報酬額も高い。一級については依頼書が貼られていなかった。もしかすれば貼られていないのが普通で、貼られていれば街にとって大事の依頼なのかもしれない。

 ちなみに壁面の傍には係員が二人立っており、冒険者が係員に何かを聞いていた。少し聞き耳を立ててみれば、掲示板の内容を係員に読んでもらっていることがわかった。つまりあの冒険者は文字が読めないのだ。

 全くどうなってるんだ、俺は。


 それから気を取り直してしばらく。これだ。今の俺にとってこれ以外の選択肢はない。こんなに好条件の仕事が残っているなんて奇跡だ。

 俺は同じカウンターに戻り、先ほどの美人係員に依頼書と自分のカードを渡した。

「…………こちらの依頼をお受けになるのですか?」

「? はい。受けたいです」

「…………かしこまりました」

 係員はカード発行の時と同じ手順で、分厚い本に依頼書とカードを同じ場所に挟んで手をかざした。

 というか、なに? 今の間。

「ひょっとして、あまり良くない仕事なんでしょうか?」

「いえ、そんなことは」

 否定されたのに、言い方的には肯定している気がするんだが……。

 作業を終えた彼女は、依頼書にサラサラと俺の名前を書いてカードと共に渡してくれた。


エイジケ・ミズシロ 

対象:準三級以上

区別:巡回依頼

内容:学院の授業補佐。及び雑務等

条件:住み込み

給付:一日2000ジュール(一月一括・現地払い)

期間:不定

補足:住み込みに伴い住居と食事つき

依頼主:リンドールパスカル魔法学院


 返却された依頼書にはカードの縁を象った四角い焦げ跡のようなものがあった。想像するにカードの情報が依頼書にリンクされたのかもしれない。

「依頼書は絶対に無くさないでください。それから長期依頼なので報酬は都度学院で支払われます。依頼が終了した際は依頼主のサインをもらって、依頼書をギルドまで持ってきてくださいね」

 さて、仕事を始めるために最も重要な事がある。俺は係員に魔法学院の場所がわからないと伝えた。

「こちらを差し上げます」

 まるで準備していたかのように、素早く簡易的な地図を机に開いて見せてくれた。

 地図には街の全貌が大雑把に描かれていて、簡潔に言うと大きな四重丸の中に記号のような印がたくさん描き込まれている。不思議なことに印が何を示しているのかわからなかった。文字は読めるのに。解るのは四重丸の一番外側の線が太い事もあって、これが街の外壁という意味だろう――。

 急に自分の目が泳ぎはじめた。

 この仕事はここで暮らすという事。この世界で生きるという事。つまり、あまり考えないように努めていたが、当分日本へ帰れそうにないという事。そもそもどうやって来たのかわからない。帰り方が分かるわけがない。

 俺は現在地と他の印の意味を聞いた。もちろんちゃんと聞いていたのだが、あまり頭に入ってこなくて何度か聞きなおした。

 ここには友も家族もいなければ故郷すらない。完全に孤立無援なのだ。


 説明を聞き終え、地図を美人係員から受け取った。その時、彼女はまるで握手をするかのように、俺の震える手を両手でギュッと包み込んでくれた。

「大丈夫。きっとうまくいきますよ」

 突然のことに顔が熱くなってしまったが、俺はしっかり彼女の目を見て、様々な事を教えてもらった感謝を伝えた。すると美人係員は笑顔で応えてくれた。

 無茶苦茶優しいな。初対面で手をギュッとしてくれるなんてすごい。キスの挨拶やハグの挨拶が外国にあるように、この国もスキンシップの濃い国柄なのかもしれない。中東の方だと、お互いのヒゲに触れ合うとかいうのもあるらしい。

 でもまぁ、流石に隠しきれなかったんだろうな。自分の手震えてたし。

「それでは、無事にまた帰ってきてくださいね。いってらっしゃいませ」

「本当にありがとう。いってきます」

 出口の方に踵を返せば、開けっ放しにされた扉から外の光が漏れていて「ああ、この先大変だな」と漠然と思った。そして光に誘い込まれるかのように冒険者ギルドを出発した。





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― 新着の感想 ―
[一言] 気になる点で、指摘した所をここまで考慮していただけるなんて思いませんでした。 少し申し訳ない気持ちになりました。 普段は、愉快痛快な「なろう作品」では、一々こんな事を指摘しません。 しかし…
[良い点] 描写が丁寧な点。 [気になる点] 言語が違うのにアルファベットが通じ、ギルド階級にアルファベットが使われている点。 世界観をしっかり設定してそうなのにもったいないと感じた。
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