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これが最初の魔法論  作者: 界人 峻一
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5 マイカード


 遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。爽やかでありつつも重厚に響いているようだが、少し遠いようで音自体は小さい。時計塔にあるような古めかしい巨大な鐘が鳴っているのかもしれない。

 音の方へ顔を向けて確かめると、街の中心の方から鳴り響いている――と思った矢先、鐘の音は左からも右からも次々と聞こえてきて、最後にはこの広場にあった鐘も鳴り始めた。

「おお――」

 大気穴が木霊して、地面が微かに震えているのを足裏で感じる。

 しばらくして鐘は止み、その余韻と空気の静けさに浸りながら街を眺めたあと、息を吸って立ち上がる。俺は植物を大事に抱えて冒険者ギルドへ出発した。




 冒険者ギルド。こんな状況じゃなければワクワクするような響きだ。

 門兵に身分発行の件を聞いてダリウスに相談した際、彼は俺が商業ギルドに行くと思い込んでいたようで、冒険者ギルドで身分発行すると言った時は大分不思議がっていた。自己紹介で仕事内容を話したときに商人と受け取っていたからだろう。まぁ、広く捉えれば間違ってもないし、そのとき詳しく説明をしなかったから仕方ない。俺自身もダリウスの思っていた通り、一旦は商業ギルドで発行しようかと考えた。しかし、考えてみるとこの世界の商業や工業を全く知らない。何より通貨も知らなければ価値観も分からない。よって商いをする仕事が務まるわけがない。

 というわけで最も単純で簡単な仕事を斡旋しているギルドは何かとダリウスに聞き、冒険者ギルドだと即答してくれたのでそれを選んだのだ。

 冒険者ギルドへの道のりをダリウスから教わったところ、広場から三つに別れている大通り。その真ん中の道を進んで街の中心へと向かう。その後、大通りとぶつかる十字路があり、それを左に曲がるとギルドがあるそうだ。

 初めは足取りが重かった。知らない世界で知らない街を一人で歩くというのは心細い。だが、しばらくすると好奇心が足取りを軽くしてくれた。

 パスカルの街並みは煉瓦や石で造られた建物がほとんどで、どれもシンプルな構造。さらにそのシンプルに拍車をかけるのが、電柱らしい物体が一切無いところだ。丘上から見たときも無いなとは思ったが、本当に一切無い。そのため地下配線という事を疑ったが、街灯らしきものがあっても電気のコードのような物体は付いていない。魔法があるからだろうか。あまり科学は進歩していないのかもしれない。

 道についてもう一つわかった。普通、道の両脇に必ずあると言っていい排水溝がそこにないのだ。そんなことはないだろうと、じっくり視野を広げて周囲を見てみると、家と家の間にそれを見つけた。どうやら家屋の裏手の方へ流れているようだ。それがわかった途端、石畳の道にもその排水溝へ水が誘われるように工夫されている事がわかった。つまり、排水溝は道筋に沿っているのではなく、家屋に沿って作られているのだ。

 こうなると今度は上水方法が気になる。水の供給はどのようにしているのだろう? 丘上で見た川が大元になるだろうけど、地面の下にパイプが走っているようには思えない。井戸だろうか?


 こうして街を観察しながら歩いていると、あっという間に大きな十字路に辿り付いた。そこを曲がってからは武装した集団を見かけるようになって、その人らを目で追っていくと簡単に冒険者ギルドの建物を見つけることができた。

 建物は他と同じく円柱型でドーム状の屋根。周りと比較すると結構大きい。入口の大きな扉は黒い木で作られた観音開き。扉には紋章のようなものが掘られていて、剣と斧と狼のような生き物が描かれていた。

 予想はしていたが実際に来てみると、やはり物騒な印象が強くて少し怖い。しかし仕事のため、身分証のために入らねばならない。俺はその扉を押し開いて中へと入った。

 緊張のせいで背中がじっとりしてきたので、背中側のシャツをパタパタさせて風を通す。「大丈夫、大丈夫」そう控えめに呟いて自分を落ち着かせた。

 冒険者ギルドの中は思ったよりも明るく、暖かい感じだった。円柱型の建物の半円分は天井まで吹き抜け。その天井は全面ガラス張りで、そこから外光がたくさん降り注いでいる。天井から目線を下げていくと、壁伝いに緩やかな螺旋階段があって、吹き抜けではない方の半円分につながっていた。つまりこの建造物は、筒を半分に割って片方が天辺までからっぽで、もう片方が居住スペースとして中身が詰まっているわけだ。

 入口からすぐの所には、テーブルや椅子やらが落ち着いた雰囲気で置いてあり、いくつかの武装集団がそれぞれ静かに談話していた。意外な事に、武装の部分に目をつぶれば穏やかなホテルのラウンジと言っていい程の雰囲気がある。体育会系で荒事大好きというイメージだったが、冒険者達の佇まいを見る限りそうでもなさそうだ。

 とはいえ、武装をしているのは事実。正直いって怖い。刃むき出し状態の獲物を持っている人もいれば、死神が持っていそうな大きな鎌を肩に担いでいる人もいる。

 ……鎌の先っぽは、背中や反対の肩に刺さらないんですかね? 一応ちっぽけな男のプライドはあるので、恐怖は顔に出さないようにしていた。隠しきれているかは分からんが。

 武装集団が佇む危険地帯を抜けると、カウンターが扇型に長く伸びている。その長いカウンターはいくつかの窓口に小分けされていて、一昔前の銀行みたく、鉄格子が係員と冒険者の間にずらりと設置されていた。係員に危険がないように配慮しているのだろう。先ほどのラウンジの雰囲気だけで言えば、少し大げさのような気もしないでもないが、武装しているので当然の処置だろう。


 さて、身分証明のお願いだ。俺は空いているカウンターへ向かった。

「すみません」

 声をかけると、若干奥の方にいた係員がすぐに窓口に来てくれた。

「はい。どのようなご用でしょうか」

 滅茶苦茶美人だ。上からボタン三つもはずしたタイトな白いシャツに黒いパンツ。隣の係員も同じような格好なので冒険者ギルドの制服のようだが、ボタン三も空けるなんて、中々お目にかかれない。よってお目目の手綱をしっかり握っておかないと、ついつい視線がずれてしまうだろう。

「……こっ、こんにちは〜」

「はい。こんにちは」ニコッ。

 天使かよ!

「えぇっと、身分証が欲しいのですが、ギルドへ加入すればよいでしょうか? それと加入には条件や審査とかはありますか?」

「身分証はもちろんギルドへの加入が必須で、条件審査は特にないですね」

 ないのかよ! 

 身分証なのに条件審査がない。そんな馬鹿なことあるか。怪しい。怪しすぎる。俺は冒険者ギルドがどんな事をしているのか。加入後にどんな事をしなければならないのかを慎重に尋ねた。

 この面倒くさい質問に対し、気持ちよく回答してくれた彼女の話しを簡単にまとめると、冒険者ギルドは街のお助けマンみたいなもので、あらゆる依頼者から様々な仕事を請け負い、冒険者にその仕事を委託する仲介組織だ。仕事は多種多様で数多く、基本的に仕事の選択は冒険者に委ねられている。稀にギルド側から仕事を振り分ける事もあるそうだが、その件を抜きにすれば自ら進んで働かなくても良いらしい。しかし皆が怠け者になってしまえばギルドも困ってしまう。そこで身分証である冒険者カードの出番だ。

 冒険者カードはギルドの仕事をしないままだと半年で黒く変色するらしい。門兵にもらったカードは一日だったが、黒くなると身分証明として効力を失うのは同じ。つまり身分証が黒くなる前までに、仕事をしなければならないのである。実情的には生活がかかっているので、そもそも半年も仕事をしないという人はいない。そして仕事の度にギルドとのやり取りがあり、その際にカードも随時更新されていくため、失効を気にしている人はあまりいないとのことだ。

 とまぁ、話しを聞いた限りはこんなところだが、本当に条件らしいものがない。素性不明の人に仕事を委託して問題ないのか? これだと履歴書も経歴書すらいらないし、当然ポートフォリオすらいらない。苦労して制作したあのファイルを思い出す。あれを持って色々な会社に掛け合ったのは今では良い思い出だ。


 とりあえず危ない内容はなさそうだし、ギルドに入ろう。というか入るしかない。

「丁寧に説明してくれてありがとう。加入するよ」

「わかりました。ではこちらに記入をお願いします」

 ………………マジか。 

 謎言語に続き、またもや驚きの事実が発覚した。渡された紙には、名前、齢、種族、職、資格、という記入欄があり、それが【普通に】読めてしまった。

 なぜ、このニョロッとした外国語が読めるのか。俺はその紙を見ながら深いため息を吐いた。言葉の時は驚きと困惑だったが、今回は諦めの心情に近かった。

「あの、よろしければ代筆致しましょうか?」

「代筆、ですか……。多分読めてはいますので、書けるんだと思います」

 俺の不思議な物言いに首をかしげた美人係員から視線を下げ、この荒唐無稽な現実を飲み込んでペンを手に取った。すると『エイジ・ナガミネ、二十五歳、人間、なし、なし』と、筆は軽やかに進んでいった。

 どうやら文字すら理解し、書くこともできるようだ。これはもう逆にポジティブに捉えよう。よかったじゃないか。書けない読めないよりかずっと良い。ちなみに職の部分にはデザイナーと書きたかったが、この世界では無職という現実も飲み込まなければいけない。これは重たい。胃もたれ程度じゃ済まない程だ。収入ゼロという事は、このままだと数日で野たれ死ぬ。今すぐ生活基盤を整えないといけない。

 紙をぐっと掴み上げ、震える手で係員に手渡した。

 失業手当なんぞ、無いのだろうなっ! 


 係員は俺から紙を受け取りさっと目を通す。一瞬俺の顔を見たが何も言われなかった。

 その後、古めかしいデザインをした分厚い大きな本を取り出してページをめくり、さっきの紙をページに差しこむとバタンと本を閉じた。続いてその本に係員が手をかざすと、なんと本の側面が弱々しく光を放ち始めた。数秒でこの不思議な光は消え、係員が先程のページを開くとあの紙が一枚のカードに変わっていた。名刺よりも若干大きいトランプカードぐらいのサイズ。門で兵士から貰ったカードと良く似ている。

「そんなに珍しいですか?」係員はクスクス笑いながら言った。

「うん。珍しい」

 俺は背伸びをして、カウンターテーブル裏で作業する様子を鉄格子に隙間から覗き見ていた。

「では、こちらのカードに魔力を当ててください」

 なっ、なんだと!?

 差し出されたカードを受け取らないまま俺は聞く。

「えぇっと、手を当てたりすればいいのかな?」

 係員は俺の微妙な問いかけに少々困ったようだった。

「そう……ですね。手にとって魔素を練っていただければ」

「わかった」

 わからん。魔素を練るってなんだ? 魔素は何度か耳にした。あれだろ。魔法っぽい何かだろう?

 とりあえずカードを受け取り、手のひらに載せてそれっぽく念じてみた。俺の内なる魔力。少しでいいから出てこい。たぶん、ちょっとでいいはずだ。

 一秒程度で済みそうな事なのかもしれないが、俺はじっくり三十秒ぐらい心の中で魔力出てこい呪文を唱えてみた。しかし何も起きない。起きる気配もない。内なるパワーも感じない。

 美人係員も応援してくれているのか、カードをじっと見つめていたが。「おかしいですね。一度カードをみせてください」

 係員さんが手を差し出してきたので、仕方なく無謀な念力を諦めてカードを返却した。

「カードに異常は無さそうですけど……」

 美人係員が後ろの方へ行って別の係員と相談し始めた。困った。雲行きが怪しい。このままだと身分証はもらえないかもしれん。

 そわそわして隣の卓を見てみれば、赤い小石を受け皿へ置いている冒険者がいた。恥は一時だ。俺はその冒険者に極めて愛想よく、フランクに聞いてみた。

「やあ。すみませんがちょっと聞いてもいいですか? 魔素を練るって知ってますか?」

「……はぁ?」

 後半の質問をした途端に物凄く怪訝な表情に切り替わってしまった。余程変な事を聞いているのだろうか?

「ええっと、間違いました。魔法を使う時に何かコツとかってあります?」

「コツ? そんなもん人それぞれだろうよ。イメージするだけなんだから」

「イメージ? 例えばどんなふうに?」

「まっ、基本は具体的に考えることだろ。水魔法だったら水自体を単純にイメージしても良い魔法は生まれないな。小川の冷たいせせらぎをイメージするとか。そんな感じだろ?」

「なるほど! ありがとうございます」

 俺は見知らぬ冒険者に頭を下げた。質問は変わってしまったが、魔法を起こせば恐らく魔素を練るとやらに近しい事が起きるだろう。多分。

 さっそく後ろへ行ってしまった係員を呼び、もう一度カードを貸してもらった。

「はい。ではお願いします」

 受け取ったカードを手のひらに載せて目を瞑る。今度は魔力出ろ出ろと念じるのではなく、冒険者に倣って具体的に何かをイメージする。といっても定番の火や水の魔法はいきなり俺には難しいだろうしなぁ。

 ――よし。できるか分からんが、カードの見た目を少しだけ変えるのはどうだろう。例えば本物のトランプカードに。 

「あっ!」

 係員の驚きの声で目を開いてみれば、カードは「A」という文字を象るように部分的に盛り上がっいて、エースのトランプカードになっていた。


 記念すべき初めての魔法。それはカードにエンボス効果を生み出す魔法だった。エンボスとは紙などに凹凸を作り、その陰影で絵や文字を表現する加工の事。主に紙媒体の物に施される事が多く、点字が良い例だ。

 とはいえ随分と地味な変化なので、魔法をしたというのにあまり驚きもしなかった。ただしみじみと思う。俺も魔法できるのか、と。




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