16 冒険準備
ダリウスに会った明朝。俺は小屋の倉庫で使えるものを探していた。ゼミが始まるまでの間、短期で出来る冒険者ギルドの仕事を受けようと決めたからだ。家にいるより外に出ている方がこの世界の知識や経験を得られるし、お金も稼げて一石二鳥。そして外に出るとなれば、魔物対策になりそうな武器や防具があった方が心強いだろう。
この小屋を初めて訪れた時、軽く倉庫を覗いたら剣を見かけた。他にも使えるものが眠っているかもしれない。案内された時に聞いた話しによれば、元々この小屋は学院の倉庫として活用されていたらしい。それを二部屋に改装して今の居住スペースが設けられたとのことだ。
まっ、仕事に使える物がなかったとしても、何かしらに役立つ物はあるだろう。ちなみに学院長からは既に許可を頂いている。むしろ倉庫にはいらない物しかないから全部あげると言われたほどだ。それって倉庫じゃなく、粗大ゴミ置き場じゃないのかと思ったが、タダで貰えるならば細かい事は気にしない。なにせ俺には財産と呼べる物があの植物ぐらいしかないからな。
というわけで遠慮なく探している。特に身を守れるような防具が欲しい。防具なら武器と違って、使い方にさほど左右されずに効果を得られる。だがパッと見た限り、正直使い方もわからないヘンテコな物ばかりで埋め尽くされていた。ほとんどの物は魔法の授業で使う物だと思うが……。
俺は調べやすい用に、場所を取る大きな物を壁側にまとめた。大きな物というのは木材や樽等々で雑多だ。中には見た事のある物体もある。滑車に巻かれた大繩だ。まさか運動会があるのだろうか?
探し初めて十分程。目当てのものを見つけた。上下一式揃っていてかなりの上物だ。なぜなら防具に触れた時、所々ぼんやり赤く発光したからだ。学院の門のように魔法が施してあるとみて間違いない。素材的には鉄と革で作られており、多少年季が入っているものの、ガタつくような事はなさそうだ。全体的の見た目は直線的でアールデコを感じさせるものだった。
まず靴だが、ハイカットのスニーカーのように踝より少し高い所までカバーしており、踵、爪先、足首が重点的に鉄によって補強が施してある。外見は靴の割に角々しい作りだ。膝当ては長方形の黒い金属が腿の方へ突き出るようになっている。これによって地面に膝をついても痛くないし、膝蹴りなんてしたら強烈だろう。脚部は脛側と脹脛側に別れていて、二つは湾曲した八角柱を縦に割ったような形だ。表面は名刺ぐらいの鉄板がいくつも折り重なって仕上がっている。これは見た目通り脚をサンドイッチするようにして挟み、横に付いたベルトで繋げて留めるようだ。だが実際装備してみると、ベルトで最大限に調節しても少し緩いままで、走るとズルッと落ちてしまう。どうしたものかと試行錯誤していると、膝当てにひっかける部分があることに気が付いた。それを使ってもう一度装備してみると――。
「なるほどなるほど。これはいいね」
挟んで止めるだけならば、絆創膏や包帯のように締め付けが気になっただろうが、膝当てに留める仕組みによって吊り下げる効果が働いている。その分、膝に負担が掛かりそうだが、膝当てのベルトは腿全体を締めるようになっているため、総合的に足全体で負荷を分散させているのだ。というわけで、脛側と脹脛側を繋ぎ止めるベルトは、元々緩く済むようになっていたようだ。実際に屈伸してみると緩みの効果が発揮して快適。しかも脚部表面の細かく分けられた鉄の重なりは、動きに合わせて柔軟に可動する仕組みだと分かった。
次は上半身。こいつはベストの形をしている防具だ。こちらも大小様々な鉄板で細かく別れており、脚部と同じく重なり合って繋がっている。これも実際に腰を折って体を動かすと、離れたり重なったりと、動きの阻害をしないよう入念に計算して作られているのがわかる。このベストも脚部同様に正面背面で二つに別れ、脇下と肩のベルトで留める仕様だった。
うーむ。この防具のデザイナー。かなり良い仕事をしているんじゃないだろうか。個人的にグッドデザイン賞を授けたい。ま、剣道で使うような防具しか知らない俺が、とやかく評価をつけるなんておこがましいか。もしかしたらこれが標準的な防具の作りかもしれないし。
若干ごわつきそうだが、ベストは肌着の上から装着した。多分それで正しいはずだ。鉄の部分が肌に当たると冷たいし、万一肉が挟まったら痛すぎる。それからちょっと迷ったが地味に肌寒いので、その上にお気に入りの黒のマウンテンパーカーを着た。
最後に肘から手首をカバーする手甲だ。こいつはシンプルに腕に通して紐で縛るだけだが、外見が明らかに異質。初めて見た時、真っ先にアールデコだなと思ったのはこいつの存在が大きい。手甲内側の面はフラットなつくりだが、体の外側になる面は蜂の巣のような連続した六角形があって、実に幾科学的なデザインをしているのだ。また肘と手の甲には膝当てと同じく、長方形の突起物が伸びている。そのためパーカーの上から装着するほかない。ちなみに手の甲側にある突起物は、拳までは届かないのものなので、単に手首自体をカバーするためのものだろう。
防具を装着し終えて着心地を確かめていると、この防具が置いてあった付近で短剣が目に入ってきた。鞘から抜いてみると両刃の造りで耐久性の良さそうな黒刀だった。もちろん武器の事なんて全然詳しくないのだが、黒というイメージがそう思わせた。こういうのをダガ―と呼ぶのかもしれない。剣は学生の頃に剣道をしていた時期もあったので、少しは心得があると思うんだけど、実際の剣は竹刀のように軽くはない。俺にはこの短剣ぐらいが丁度いいだろう。無論、短剣を扱うのを初めてだから剣道の経験がどこまで生きるかは分からん。
こんな世界だ。少しは筋トレしないといけないな。面倒だけど。
さて、装備に手間取ったこともあり、出発まで大分時間がかかってしまった。さっさとギルドへ向かおう。
冒険者ギルドへ到着すると、次々とギルドから冒険者が慌ただしく出ていくところに遭遇した。団体移動といっていい規模だ。
ポカーンとしながら一行を見送った後ギルドへ入ってみれば、ほんの数人の冒険者しか残っていなかった。前に来たときは物騒な人がたくさんいたので萎縮したけど、今回は心に余裕が生まれた。
俺は湾曲している壁面に貼られた依頼書をじっくりと見回ったあと、簡単そうな薬草採集の依頼書を何枚か取って受付に持っていった。
「こんにちはー」
「こっ、こんにちは!!」
大きな声で元気いっぱいだね。この方は先日対応してくれた美人係員ではなく、とても若い子で頭の上に兎のような大きな耳がついている。
カウンターは係員との間に鉄柵をはさむため、俺は話しやすいように少し柵に近づいた。と、見せかけて本当は可愛いウサちゃんを拝むために近づいた。
「この紙、一応持ってきたけれど、いらなかったかな?」
俺が選んだ仕事は無期限と書かれていたものだったので、特に必要なさそうに思えた。
「えっと。――そうですね! 無期限のお仕事は、終わった後に素材を持ってきて頂ければ大丈夫です!」
教えてくれたお礼を言い、紙を掲示板へ貼り戻そうとカウンターから離れようとすると、柵の下側に空いている隙間からシュッと腕が伸びてきて服をギュッと掴まれた。
「わたしが! やっておきますので!!」
「あ……ありがとう」
「ところで、さっきたくさん人が出ていくのを見たけど、何かあったのかな?」
「街の東に大量の魔物が出現したんです。なので三級以上の冒険者にお願いして、街の守備隊と一緒に討伐に向かってもらったところなんです」
おっと。これは雲行きが怪しい。心配になって詳しく聞いてみると、先ほど見繕った依頼書は北から西にかけて植生地があるそうで、その辺りであれば問題ないとのことだ。
ついでに外に出た際、基本的な魔物の注意事項を一通り聞いてみた。まず魔物は街から離れる程強くなるのが一般的らしい。とはいえ強い魔物というのはそもそも出現頻度が少なく、出現してもすぐに高額な金額で討伐依頼が発行されて狩られるそうだ。逆に弱い魔物は総じて繁殖率が高く、街の近くでも一定数生息している状態ゆえに、それらの大半が無期限の依頼書で張り出されたままらしい。
今回は街の近場の森を巡るだけ。もし魔物と遭遇しても弱い魔物ということなので、よほどの事がない限り逃げれば大丈夫だろう。もちろん安全という意味ではないので、周囲の警戒は怠らないようにと注意喚起してくれた。
運動はけっこう得意だし、足も同年代と比べて早い方だし、とりあえず遠くに行かなければ大丈夫だ。問題ない。
「丁寧に教えてくれてありがとう」
「とんでもありません! わたし新人ですから、至らないことがあれば何でも言ってください!」
一生懸命な感じが初々しくて癒される。
「いえ、私も新人ですからね。これからもよろしくお願いします」
そして手を振ってもらうために手を振ってギルドを後にした。もちろん彼女は笑顔で手を振り振りしてくれた。それだけでも可愛いが、その手に合わせてピコピコ揺れるうさぎの耳も可愛い。癒しすぎる。
今回の経路は北門から街の外へ出て、一番近くの森に入り、西の方へ大きく回って西門から帰ってこれるルートにしよう。これなら特別遠くもないし、近くの森だから迷子になることもないし、魔物がたくさん出現したという東に対して反対方向。これなら安心だ。
そんなわけで北門広場に到着。良い匂いがどこからともなくしてくる。自然といくつかある屋台に目が行き、昼食を考えていなかった事に気がついた。
俺は匂いにつられるまま適当な屋台を選び、昼飯用にサンドウィッチを買った。いや、サンドウィッチを買っているつもりはなかったのだが、結果的にそうなった。というのも、その屋台は焼いた肉に串を通す典型的な串屋に見えたのだが、全くもってその予想は間違いだった。
屋台の前に行き、並んでいる肉を適当に指をさして注文。すると店のおっさんが作り置きの肉に火を通し始めた。その間に少し雑談をしたのだが、俺が冒険者成り立てだと言った途端、「だと思ったよ! 冒険者は毎朝毎晩見てっけど、お前さんは新顔だったからな!」と始まり、どういうわけかおっさんのトークにも火が付いた。
冒険するにはまず体を作れだの、慎重に行動しろだの、肉食って太れだの、少々お叱り気味にまくしたてられた。ま、その通りなので愛想笑いをしつつ、うんうん話しを聞いていると。
「――ったく! ともかく無理してケガするんじゃねぇぞ! お前さんの顔はちゃーんと覚えたからな!」
なにこのツンデレ。ほっこりするんだが。
そんなこんなで串が通った肉の焼き直しが終わったわけだが、それで調理は終わらなかった。おっさんはパンの塊をどこからともなく取り出すと、包丁でサクッと切って典型的な食パンにした。するとその食パンに緑色と茶色のソースを塗り付けて串肉を置き、パンを二つ折りにして挟んだ。その後、飛び出た串だけをシュッと抜いてサンドウィッチを作ったのだ。そしてここからが面白い。抜いた串を二つ折りにした食パンの開く側に縫い付けていったのだ。普通なら食パンが縫い付けに耐えられず千切れてしまいそうだが、まるでゴムのように伸びる柔らかなパンで千切れなかった。そうして手際よく縫い終えた後、鉄板でサンドウィッチを転がし、表面がきつね色になって完成。
おっさんは「よーしよし!」とかなんとか言いながら、出来たサンドウィッチを大きな包み紙でクルクルッと巻いて渡してくれた。ちなみにソースは野菜ソースでしょっぱい物らしい。
いやぁ~。これは美味そうである。食べるのが楽しみである。おっさんにお礼を言ってまた来る事を約束した。これがまずいわけがないのである。確信である。これは何と言う名前なのかわからんが、とりあえず串パンサンドと名付けておこう。
昼飯用の食料をゲットし終え、北門へ向かう。
俺と同じく、門から出ようとしている人の後ろに張り付き、その人に倣ってギルドカードを用意。すぐに順番が来て門兵にギルドカードを見せると、東へは絶対に近づくなと注意され、通門の許可がすんなりおりた。
若干の肩透かし。憂慮していた通行費用みたいなものが無かったからだ。街へ入った時もお金は掛からなかったが、そういう事はしていないのか――。
俺は薄暗いトンネルをくぐり、北門から街の外へと出た。その時。
「おい! ちょっと待て!!」
結構な怒鳴り声に心臓がバクつく。お金払ってないからか? いや、請求されなかったし。
挙動不審に見られないようゆっくり振り返ってみれば、呼び止めたのは門の外側にいた兵士だった。
「やっぱりお前さんか! 良かった良かった! 無事に冒険者になれたみてぇだな!」
その人の耳を見てすぐにわかった。この街に初めて来たあの日、一日限りの身分証をくれた犬耳兵士さんだ。
「お久しぶりです! 先日はどうもありがとうございました。おかげさまで冒険者になれまして、今は学院のお仕事をしていますよ」
「がっ、学院ってリンドールか!?」
かなり驚かれた。どうやら学院はこの街にとって大手企業のようだ。良いとこで働けて良かった。派遣だけど。
その後、彼から東の方には絶対に行くなと釘を刺されてから北門を出た。北門はこの街に初めて来たときに通った門だ。なんだか感慨深い気持ちになる。それにパスカルの街は暖かな人が多い。俺のような変な奴にさえ声をかけてくれる。外に出るって事で緊張していたけれど、なんなんだよ全く……本当にありがたい。
俺は北門からすぐ近くの森へと入り、西に向かって森の中を移動していった。見たこともない草花や木を観察しつつ、元の世界との違いをどこか楽しみながら仕事をこなしていった。というのも、初めから仕事の薬草探しを特別熱心にやろうとは思っていなかった。一応今回の目的は、この世界について知る事……というか、触れて慣れる事と言っていいだろう。だから探検さえできればそれでよかった。薬草探しはついでだ。依頼書に書かれていた薬草の絵の特徴から、割と簡単に薬草の判別はつきそうなので、たまたま見つけたら採取していけばいい。
で、森へ入ってから三十分。大発見に遭遇した。俺は膝を折って地面を凝視していた。そこには鉛筆よりも小さな穴が無数にある。それまで“ほぼアリ”のような虫を見つけて観察していたため、その巣かと思っていたが、ほぼアリはその中へ入る事もなく出てくる事もない。辺りを再び注意深く見てみれば、穴は右往左往しながら一つの軌跡を作っている事に気がついた。
それを辿って行くと、絵に描いたような大きな双葉の植物にたどり着いた。膝ぐらいの高さがあり、茎は親指の二倍ぐらいあって太い。丸みのある双葉の一枚は、一般的な団扇ほどもある。それだけでも物珍しいわけだが、最も特徴的で不思議な所は茎だ。茎の中程から四つ股に別れていて、それらは根の方にいくほど細くなって地面に刺さっている。例えるならマングローブの赤ちゃんのような感じだろうか。当然、その細長い四つの茎は、あの無数の穴の大きさと一致している。
思いついた馬鹿げた答えに「まさかな」と思いつつ、その植物を引っこ抜いてみようかと茎をつまむと、やはりそのまさかで、四つの茎がニョキッと地面から出て動き始めた。
「うわあああああ!!!」
その双葉の植物は、四本の茎を順番に地面に刺しながら、“歩いて”茂みの方へ去っていった。魔素溜まりで見た光る植物、魔草にも驚いたがこの世界には歩く植物までいるらしい……。
森に入ってから知らない出来事ばかりで、俺の好奇心は止まらなくなった。植物や虫を観察するたびに常識の崩壊が起きていくのだ。明らかに昆虫の見た目でも足は六本とは限らないし、明らかに蝶々だが羽を羽ばたかずに飛ぶ。そうして度々足を止めて観察に熱中していると、謎の塊である魔物を発見してしまった。
幸いにも魔物は俺の存在に気づいていないようだ。ま、あれだけ田舎者のようにキョロキョロしていれば、先に気付けたのは必然かもしれない。俺は先に魔物を見つけた事で余裕があったので、無暗に逃げず攻撃せず、一旦観察してみることにした。今後この世界にいれば必ず関与してくる彼らを知っておきたいし、単純な好奇心もある。
遭遇した魔物の見た目を大雑把に言えば、大きな黒い犬って所だが、首回りに大小様々な角が無数に生えており、口からは鋭い牙が何本も飛び出している。首回りの角は外敵から身を守る進化って所だろうか? ……進化? 他の生き物と一緒で、魔物も進化の過程を踏むのか? 当然踏んでいそうだな。そうなると普通の動物との違いが気になってくる。俺は攻撃的な見た目というだけで感覚的に動物ではなく魔物だと思ったが、普通に考えて他に決定的な違いがあるはずだ――。
そんな事を考えていると、魔物は俺から見える範囲から離れはじめた。西の方へよどみなく歩いていくのだ。西に餌場があるのだろうか?
魔物か動物かは不明だが、魔物だとすればじっくり魔物を観察できる良い機会だ。多少危険を伴うかもしれないが、犬なら万が一襲われても何とかできるだろう。俺は好奇心に負けて少し後をつけてみる事にした。俺の行き先も西の方だしな。
足音で気づかれないよう、何度か見失う程に大きく間隔をあけて尾行した。実際、見失っても西へ進むと再発見できた。
だが俺は忍者ではない。バレないように尾行できるわけがなかったのだ。それに見た目が犬に近いと思っていたんだから、匂いでばれると考えるべきだった。しかも悪いことに俺は魔物を動物の一種だと考えており、その危険性を分かっていなかった。付け加えれば、この世界で初めて遭遇した魔物は死にかけていて、それに哀愁を感じて魔物の首を摩った事さえある。もしもこの世界の住人に目撃されていたら、相当な変人だと思われていた事だろう。それに日本で動物に襲われるというのは稀。むしろ人間の方が恐れられている。人間が近くに寄れば大方動物が自ら逃げていく。そんな犬猫による経験を軸にしている時点でダメダメだった。
今朝、わざわざ装備を探して準備してきたのに、魔物に襲われるなんて本当の所は考えてもいなかったのだ。




