表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これが最初の魔法論  作者: 界人 峻一
15/25

15 時間と面談


 俺は丁寧に頭を下げた。「辞退させていただきます」

 あの授業から一週間程。特に目立った問題もなく、心よりも体が先にこの世界の暮らしに馴染んできた。そんな頃合いで学院長に呼び出された。内容は授業を定期的に行ってほしいという要請である。燃焼実験改め、燃焼魔酸素実験の反響は良く、生徒や先生の口伝いに噂は広まり、当然学院長の耳にも届いた。そこで学院長は、そんなに好評なら授業を持ってほしいと。まぁ、こういう流れなわけだけど、今それを断っているところだ。

 雇用主の真っ当なお願いに逆らうというのは、いささか問題かと思うがもう少し時間がほしい。もう少し知識を身につけておきたいのだ。しかし、交渉は色んな意味で分が悪かった。直接的ではないが、首をチラつかせて恐喝まがいな雰囲気になっている。

 学院長室は研究棟の最上階にあり、上品な木製で作られた両開き扉を開けて中に入ると、落ち着きのあるモダンテイストな空間だった。壁一面に本が敷き詰められ、最奥に高級そうな大きな机。その向かい側にローテーブルと、ゆったりとした大きなソファが二つ並んでいる。つまり、ザ・執務室って感じだ。ただ、壁の棚に整然と置かれた大量の本については少し妙なところがあった。一般的な執務室のイメージによくありそうな辞書みたいな本だが、良く見ればうっすら滲んで見えるのだ。これは魔素を練ると出てくる空気の揺らぎと同じで、出どころは本自体のようなのだ。

 ちなみにこの揺らぎは本だけじゃない――。

「私は仕事としてお願いしているのよ? あなたも仕事でここに来ている。……そうよねえ?」

 学院長からも出ていた。


 元々学院長は冒険者による実践的な魔法授業を求めて俺を雇った。だから俺が授業をやるのは当たり前といえる。しかしだ。授業を開いた結果、生徒とのやりとりの中で異世界から来た何も知らない男だと露見するかもしれない。そうなれば首真っしぐらだ。よってバレかねない行動は極力控えたい。もちろん学院に貢献したいとは思っている。だからこそ常識を備える時間がほしいのだ。今の俺は何としても、この幸運な環境にすがっていくしかないのだから。

「もちろん仕事はします。ですが魔法の知識は本当に乏しいのです。間違いを教える可能性もあります。だからもう少し時間がほしいのです。先日の授業も突然だったので準備不足だったのです。もし今すぐというなら、物理や数学ならば教える事ができます」

「あれは教師が風邪で休講。穴埋めに暇なあなたが授業をやるのは当然でしょう? そしてあなたは持ってる知識を使って素晴らしい授業をしたのよ」

 俺は学院長を強く、真っ直ぐ見つめた。

「学院長。立場はわきまえています。ですがお願いです。もう少し時間を頂きたいのです」

 年期の入っていそうな執務机に、学院長は両肘をついて顔の前で手を組んだ。そしてしばし目を瞑ると、彼女の体から漏れていた陽炎が増していった。冒険者ギルドの美人係員が怒った時や、リースとの演習時にも陽炎を目の前にしたが、これにはかなりの威圧感があって微動だにできない。

 学院長様はゆっくりと息を吐かれた後おっしゃいました。

「私が欲しているのは物理や数学の先生ではないし、働かない先生でもないわ。冒険者が教える魔法の授業を、今、やってほしいのよ」

 学院長から漏れていた陽炎が、まるで触手のように俺の体に纏わりついてくる。

「やって、くれるかしら?」。

「…………はい、よろこんで……」

 屈服する他なかった。この言葉に学院長は嬉しそうに両手を一度叩き、周囲の陽炎を一瞬で消した。同時に俺は倒れるように地面に膝をついて肩で呼吸した。

「ありがとう!」

 どうやらいつのまにか息を止めていたようだ。学院長に断りを入れてからソファに座って呼吸を整える。

「フフフ。あなたの懸念もわかります。学院には優秀でやっかいな生徒が多いものね」

「はぁ」

「では、エイジ先生にはゼミの授業を受け持ってもらいます」

 学院長はすっかり上機嫌になって、その内容を教えてくれた。

 話しをまとめると大学のゼミと似ていて、授業内容を先生が自由に決めるていいらしい。一応の大目的は定まっているようで、魔法の質の向上。そのための研究や修練をする授業内容になっていれば良いとのこと。また、ゼミ授業の教室は研究棟で、ゼミの始まりは切りの良い月初め。それまでは一旦休暇となった。今は八月下旬なので、九月頭から再スタートということになる。

「一週間後じゃ短いと思うけど、これで許してね。もちろんその間、小屋と食堂も自由に使っていいわ」

 たまたまかもしれないが、俺の希望も少しは考慮してくれたようだ。とはいえ、知識を蓄えるのに一週間じゃ全然足りないだろう。


 さて、この世界で目覚めてから十五日過ごしているわけで、一応それなりの簡単な事は把握している。この世界の暦は、七日で一週間。五週間で一ヶ月。十ヶ月で一年。つまり一年は三百五十日。時刻については鐘の音によって調整されており、この音で人々は日々の時間を把握して過ごすのだ。実際に何度も鐘を聞いて調べたが、鐘は街の中心にあるお城から最初に鳴っている。その音伝いに各地の鐘も鳴り、街全域に時間を知らせる仕組みだ。もちろん腕時計で計測してみたわけだが、なんと一日の時間は地球とほぼ同じ二十四時間。鐘が鳴る回数は一日五回、三時間ごとに鐘がなる。それを腕時計と照らし合わせてみれば、大体が六時、九時、十二時、十五時、十八時に鐘が鳴る。大体というのは日の出に合わせて最初の鐘が鳴り、日の入りに合わせて最後の鐘が鳴るからだ。

 で、学棟で行われている授業は週に三日で、研究棟で行うゼミ授業については同日の放課後か、それ以外の空いてる日に一回以上開くことになっている。

 ちなみにゼミをしない生徒にとっては、他の四日間は休みという事になるが、大多数の生徒にとっては休みイコール仕事というのが一般的のようだ。よってそのあたりを考慮して、ある程度調整しなければならない。

「――じゃ、これを受け取ってちょうだい。ちょっと早いけど、色々準備しといてね」

 月の最終日と聞いていた給料が早めに支給された! 一日二千ジュールで休みを省いた十日分。二万ジュールを頂戴した。これでギルド登録料金の千ジュールのために、勝手に売ったダリウスの魔石料金三万ジュールを返済できる。

 お金の問題は早めに片付けておきたい性分だ。即返しに行こう。俺はルーブ学院長に再三お礼を言って学院長室を後にした。




 その日の夕方。ダリウスが働いている宿屋兼飯屋に向かった。だが、すぐに道がよく分からなくなり、冒険者ギルドでもらった地図を開いた。

「あ〜、そうかそうか。そうだった」

 ドーナツの穴から十字に伸びる四本の大通り。それらは街の外へ繋がる東西南北の門に行き着く。円状に走る三つの大通りは、ドーナツ内側の円周を城壁通り。ドーナツ真ん中の円周が中央通り。ドーナツの外側の円周を外壁通り。ダリウスの店は西大通りと北大通りを繋ぐ中央通りの真ん中付近だ。

 あ、ということは学院に来るとき通過していたのか。気がつかなかった。まっ、あの時は周りに気を取られてそれどころじゃなかったから仕方ないな。中央通りはかなり人通りが多い。ダリウスの商売も繁盛している事だろう。

 ――というわけで、西大通りの緑豊かな学院の場所から鎮静な住宅街を通り過ぎ、中央通りを北に入って商店街のような雰囲気になってしばらく。目的のお店を見つけた。

 大体の場所しか聞いていなかったので、店が分かるか少々不安だったが、看板を見てすぐに分かった。

『ダリウストリース』

 名前がもろ入っている。ここで間違いないな。お店は例に漏れずにドーム状の建物で三階建てぐらい。飯屋と宿屋と言っていたから、二階からが宿扱いの部屋になっているのかもしれない。

 俺はウェスタンバーの入り口にあるような、腰から肩ぐらいまでしかない開き戸を押して入った。

「――んん? まだ店は開いてねえぞ! 仕込みの……!? よお! 久しぶりだな!」

 その声はカウンターの奥からだったが、すぐに顔を出して気づいてくれた。あの時と全く変わらない陽気なダリウスの声と顔だ。

 店内は小さめなファミレスぐらいの広さで、丸テーブルが十個程。奥の方は弧を描くように伸びたカウンターテーブル。開店準備の邪魔をしてるようで少々悪い気がするが、ともかく世話になったお礼を述べた。本当にあの時ダリウスと出会えてよかった。

 彼は照れ臭いのか大げさに笑いながら、とりあえず座れとカウンター席に俺を無理やり座らせた。

「今何してるんだ? 冒険者になったのか?」

「冒険者にはなったんですけど、今の仕事は冒険者らしくなくてですね。学院で働いています」

「なに!? 学院ってリンドールか?」

 肯定すると彼は大袈裟に驚いた後、満面な笑みで俺の肩をバンバン叩いて、これまた大袈裟に喜んでくれた。

 ――目頭が熱くなる。たった数時間一緒にいただけなのに。


「今仕込みの最中だからよ。ちょっと待ってろ!」

「いやいや、仕事の邪魔になるからこれで」

「アホ! 飯屋に来たんだろ。食ってけ!」続いて彼は木のコップをテーブルに置いた。「これでも飲んでてくれや」

 置かれたコップの中には赤い飲み物。ゆっくり一口飲んでみれば、カーッと喉が熱くなった。20パー、いや30パーあるかもしれない。キツイがほんのりと柑橘系の味もして上手い。

 しかし飯屋とはこれいかに。カウンター奥の棚にズラリと並んだ多様な酒瓶に目がいく。ここは飲み屋の間違いではないのかね。

「――あれぇ。こんな早くからお客さん入れてるのー?」

「おい! 裏から回れっていつも言ってんだろ!」

 従業員かな? 地味に後ろを振り向くようにして会釈しておく。

「いらっしゃ……あれ?」

 俺が座っているカウンターまで従業員さんが来たので、顔を上げてその子を見た。

「えっ! リース?」

「先生!! なんでうちの店にいるのー!?」

 うち? ……マジか。ダリウスの娘なのか?


 その後、仕込みを終わらせたダリウスと一杯飲むことになった。もちろんリースもいる。

「リース! この人は大樽よりも大きなスライムと出くわしても怯えないんだぞ。お前の水魔法を見たって驚きもしなかったろ」

 たしかに。スライムを最弱だと思っていたからね。地球基準ですいません。

「うん。不思議な魔法でかわされちゃった。でも、どんな魔法なのか教えてくれないんだよー。先生なのに!」

「そりゃ自分で考えるのも大事なことだ。料理も自分で一生懸命考えて作ったもんを、お客さんが美味いって言ってくれた方がいいだろ?」

 リースは反論できず、可愛い唸り声をあげた。

「リースの水魔法は本当に凄かった。かわすだけで精一杯だったんだよ」

 一応宥めてみたものの、それでもくやしいのか、テーブルの上に小さな握りこぶしをつくっている。

「――っていうか、スライムってなに!? そんなに危ない魔物と会ったなんて聞いてないよ!?」

 あ。この流れは……まずいような……。

「言ってなかったかぁ? 実は少し前の朝にな――」

「たまたま! そう! たまたまダリウスさんと会ってね! それでスライムと遭遇したんですよねぇ?」

「おう! そうなんだよ! その時先生は頭がおか――」

「ゲッホ! ゴホッゴホッ!!」

「あたま? 何? 先生がどうしたの?」

「おう! 裸足で――」

「ヴォッホン! ゲッハ! ガハッ!!!」

「先生うるさい! 水飲んでよ!」

「あっ、はい」

「…………あー、まぁ、なんだ。先生は道がわからなくなっちまっててな、一緒に街へ向かってたんだよ。そしたらスライムがでてきたっちゅーわけよ」

「えー!? 裸足で迷子ー? なにそれー!」

 リースはケラケラと楽しそうに笑った。それ以降、ダリウスは察してくれたようで、際どい所は言わないでくれた。


「ところで気になっていたんですけど、リースはダリウスの娘で合ってますよね?」

「ああ。顔は似てねえが、頑固なところは似てんだわ!」と、豪快に笑って言うダリウス。

「ダリウスとリース。だから【ダリウストリース】という店名なんですね」

「ワハハ!! 大正解!!!」

 ダリウスは酒をあおって気持ちよさそうに話し始めた。

 常連にはダリトリの愛称で呼ばれているらしい。そのまんま店員店長の名前なので覚えてもらいやすくて受けがいいらしい。愛娘のリースは小さな頃からお店のために水魔法を練習して使っているそうで、今じゃ店の料理やお酒はリースの魔法がないと作れない物がたくさんあるらしい。親バカだがリースの店だと言っても過言ではないとダリウスは豪語した。そうしてお店のために上達したリースの魔法技術は、並ならぬ努力と共に学院に入学できる腕前に成長した、というわけだった。

 俺が素直にその努力を誉めると、リースはとても嬉しそうで恥ずかしそうにした。学院の生徒達は、皆真面目で大人びている印象だったが、やっぱり家にいるときは違うんだな。

 さらに二人は色んな話しをしてくれた。ダリウスは普段午前中に食材の買い出しや、狩りに行って直接食材を確保するそうだ。狩りはギルドの報酬も出るため、二次収入にもなる。その狩りで俺と出会ったというわけだ。リースは水魔法で料理に工夫をつけるのが上手で、味付けも彼女が優先的に決めている。しかも水魔法を使った新しい料理法も編み出したそうで、おかげで店は繁盛。娘を学院に行かせる工面もできたらしい。宿屋については幾人かの従業員を雇って商っているようで、あくまでメインはこの飲み屋ならぬ飯屋とのこと。それから少し気にはなっていたが、ダリウスの妻。リースの母親は、彼女が幼いときに病気で亡くなっている。デリケートな話しだと思って、こちらから伺う事はしていなかったが、ダリウス自ら自慢気にその事を話してくれた。それでもリースが逞しく、優しく育ってくれてるとダリウスは言い、これまたリースは嬉しいような恥ずかしいような微妙な表情をしていた。

 なんだか暖かい気持ちになる。母の死を乗り越え、ずっと親子でお店を守って生活している……。ああ、全く、良い話すぎてホームシックになってしまう。




 大分話し込んでいたのか、お客さんが入りはじめたので俺は退散する事にした。お金の件はリースから渡してくれるように適当な理由をつけてお願いした。もちろんこの食事代も上乗せしてある。十中八九、ダリウスは素直にお金を受け取らないだろう。ダリウスの人を見ればわかることだ。

「ホントにいいの? お父さんはいらないって言うよー?」

「いいんだ。お父さんは本当に立派な人で恩人だからね。頼むよ」

 そう言って半ば無理やりお金を渡した。リースは不服そうだったが、最後は承諾してくれた。

 俺は立ち上がり、カウンター越しに料理を作り始めているダリウスに向けて、もう一度お礼を述べた。

「またこいよ! 娘をよろしく頼むぞ! いろんな意味でな!!」

「バカおやじ!!!」

「ワハハハ!!」

 こうして図らずも初めての三者面談が終わった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ