チュートリアル:初回ガチャ
余談ですが、僕はアプリの事前登録にハマってしまった重症患者です。
夢現なこの世界に来てから、三日が経った。
そして、街を目指して歩き始めてから、同じく三日が経った。
……神ファン以外にもソシャゲはいくつかやったことがあるが、これほど酷いチュートリアルは初めてだ。
今日も朝から歩きに歩き―――この時点で現代人代表のもやしっ子の俺には耐えられないはずだが、不思議とこの世界に来てからは体力が増大していた。それでも疲れるものは疲れるが―――、一向に変わらない景色に辟易としながらリリィを弄って気力を保っていると、ある時「あ!」と声を上げてリリィが羽をはばたかせて森の奥へと飛んでいく。
「救世主さま! 街が見えてきましたよー!」
鬱蒼と生い茂る森の先、木々の切れ目の陽の光の中へと消えていったリリィからお気楽な声がかかった。だが、不思議なものでその言葉を聞くだけで重かった足が軽くなり、光を目指して駆け出した。
森を抜けると、打って変わってそこは広大な丘陵地帯だった。身を撫でる風が心地よく、ひとつ伸びをして深呼吸をする。
丘陵地帯の中央には言葉には出来ないほどの大きな湖が存在し、さらにその中心に都市が丸ごと浮いている。陽光は湖面で煌めき、白亜の城塞都市をこれでもかと輝かせる。
緑と青と白のコントラストが映える素晴らしい景観。これこそが神魔のファンタズムの世界でも有数の美しさを誇る都市、“湖上都市レイクオール”である。
◆ ◆ ◆
「「着いた~」」
城壁での検問を抜け都市内に入ると、今までの疲れがどっと押し寄せてきたように草臥れてしまう。リリィも同じように俺の方に腰を下ろしているが、こいつに関しては途中から俺の頭やら肩やらに乗っていたため信用できない。
「さて、それではまずは教会に行きましょうか!」
教会。神ファン世界にはいくつかの都市が存在するが、その中で共通して存在する重要施設の一つである。
神ファンでの教会の役割は、端的に言えば「ガチャ」である。
プレイヤーは冒険やら詫び石やら課金やらで手に入れるアイテム“輝石”を使い、これを教会にて天へと捧げることで神魔のカードを手に入れるのだ。
無論、教会で悪魔やら邪神やらがカードとして出てくることには触れてはいけない。
そして、プレイヤーは手に入れた輝石を神へと捧げ、態々出張ってきてくれた天使たちに対して「んだよRかよ、ペッ」とか「はいはいドブガチャドブガチャ」などと不敬極まりない悪態をつくが、これも気にしてはいけないのだ。
さて、そんな訳で街中を進み、リリィに先導されて街の北側へとやって来た。レイクオールは城壁に守られた円形の都市で、東西南北の四つの地区に分けられている。四つの地区はそれぞれの特色があり、東は領主邸など政治系の機関が集まる場所で、西は軍の訓練所など軍事系の機関が集まる地区。そして南は商店や民家が特に多く集まる場所で、北は教会や学校、英霊の広場など、その他都市には欠かせない機関が存在する。
ゲームではそこまで詳細な設定は無かったため知らなかったのだが、リリィが教えてくれた。やけに俗世間のことに詳しい妖精である。
「さあ、ここが教会ですよー。ここで神魔英傑に祈りを捧げ、その力の一端を紙片に封じて授かるのです」
リリィの解説を聞き流しながら荘厳な趣の門をくぐり、聖堂の中へと入る。そこは円形のホールとなっており、壁には一定の間隔でステンドグラスが嵌っており、神話時代の出来事を模した絵が光を透過して輝いていた。
「すげぇ……」
それは、思わず圧倒されてしまうほどの神聖さだった。目の前に広がるのは神話の歴史を語り継ぐ文化の象徴であり、神や悪魔と現代の人間を繋ぐ架け橋であった。何千何万と連なった長い歴史が、光を通して網膜へと焼き付き視線が逸らせない。
しばらくして棒立ち状態から解放され、今一度聖堂内を見回してみると、ステンドグラスの前に跪き、手中に光を集める人が幾人か存在する。手に入れた輝石を捧げ、カードを授かっているのだ。それぞれ違うステンドグラスの前に跪いているが、恐らく祈りを捧げるステンドグラスの絵柄によって授かるカードのジャンルが違うのだろう。要はピックアップガチャである。
「さあ、救世主さま。わたしたちも祈りましょう」
そう言って、リリィは俺に輝石を五つ渡し、あるステンドグラスの前に導いた。天に神が浮かび、地に悪魔が座し、そしてその間で英傑たちが剣を取る。聖堂内で一番大きな聖典であった。
周りの人の見様見真似で片膝をつき、両手を組んで瞳を閉じる。すると、目蓋を透かすようにして輝石の輝きが生じ、五つの輝きはそのまま天へと昇っていく。瞳を閉じているため見えないはずなのだが、分かる。そういう物なのだと、何故か納得できた。
やがて、天から燃えるような輝きが降りてきて、それが俺の前で一際大きな光を放ち、一枚のカードとなって宙に浮かぶ。そこまで来てようやく瞳を開くと、そこには脳内のイメージ通り、一枚のカードが緩やかに回転しながら淡い光を放っていた。
「これは……」
ゆっくりと手を伸ばしカードに触れると、仄かに暖かい。
手に取り覗き見ると、そこには緋色の翼を持った天使の絵と、燦然と輝く『神』と『炎』、『SR』の文字がある。
「こ、これは……凄いです! スーパーレアランクなんてなかなか見れません! これは凄いですよ、救世主さま!」
俺の肩越しに覗き見て、リリィが興奮を露わにしている。
スーパーレア、『神の炎ウリエル』。ソーシャルゲーム時代、何度もお世話になったカードだ。
コストが軽く、HPとAPは平均程度あり、何より「ウリエルが存在する限り場の神族炎属性全体の攻守を上げる」という強力なスキルを持つ。
そして、その上で言わせてもらおう。
「ちっ、ハズレか……」
「ええっ!?」
後ろでリリィが驚愕したように声を上げるが、俺の思いは変わらない。
確かにウリエルには何度もお世話になった。しかし、お世話になるのは少なくともカードプールが百を超えてからである。
理由は簡単、シナジーが薄いのだ。ウリエルのスキルの対象は「神族炎属性」限定である。だが、神族は基本的に光属性で、炎属性も居るには居るが、手に入れるにはうんと根気と時間が必要だ。
あと、リリィはSRが凄いのどうの言っていたが、初回ガチャはSR以上確定なのでSRが来るのは当然である。
序盤に必要となるのは、兎にも角にもシナジーである。軽いコストをバンバン出して、それらのスキルの相互効果でHP、APをドンドンあげて、ごり押しで相手を蹂躙する。それで物語の後半までは行けるし、PVPも下位リーグでは大体勝てる。
加えてスキル強化も必須である。このゲームはスキルにもレベルがあり、スキルレベルを上げるには同名スキルの合成が必要である。レベル1のスキルなんて弱くて話にならない。SSRのLv.1スキルよりもRのLv.5スキルの方が遥かに優秀な世界なのだ。シナジーが無い上にスキルレベルは初期値で、同名スキルはガチャ專のウリエルなど、現状必要なかった。
それよりも、味方のダメージを肩代わりする系のスキルや、無条件で相手にダメージを与える形のスキルの方が遥かに使いやすかった。
「これ、やり直せないの? 具体的にはこの世界に来るところから」
「よく分からないですけど、そんなの出来ませんよぅ……」
リセマラはどうやら出来ないようであった。まあ三日掛かるリセマラとかやってられませんけど。
と、そこまで考えて、俺の脳裏に天啓が舞い降りる。それはこの世界が現実となったからこそ出来るかもしれない裏技で、上手く行けば序盤で敵は居なくなる。
「なあリリィ。次はどうするんだ?」
「え、あ、はい! 次は英霊の広場に行きましょう!」
「おっけ。早く行こうぜ」
「あ、待ってくださいよー!」
そうして、俺は思考を重ねながら、次の目的地へと急いだ。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様でした! これで基本的な説明は終了です!」
一日かけて街を巡り、神代の妖精リリィによるこの世界の説明が終了した。
こんなに時間が掛かったのはゲーム時代に無かったこと、例えばこの都市や国の詳細な歴史、文化、生活様式なども説明されたためである。楽しかったし有意義だったが、少々疲れたな。
そんなこんなで日も暮れ始め、茜色の染まった街のなかで、俺とリリィは大通りに面する広場に会った噴水の縁に腰かけ、話をしていた。本当は今すぐにでも動き始め、カードを手に入れ強化したい気持ちもあったが、流石に草臥れた気持ちの方が大きい。もう少し休憩したら街に来てすぐに取った宿へと戻り、今日は休んでも良いだろう。
そんなことを考えていると、リリィが若干視線を泳がせながら口を開いた。
「最後に……その、今更なんですが、救世主さまのお名前を教えていただきたいのですが」
本当に今更だった。
まあ、よくあるよね。チュートリアルの終わりに名前を入力するタイプのソシャゲって。チュートリアルが数分で終わる場合が大半だから不思議に思わないが、今回の俺の場合は現時点で丸三日が経とうとしている。違和感が半端なかった。
「まあいいけど。えっと、俺の名前は遊城―――」
と、そこまで言いかけて、即座に言葉を止める。思わず普通に自己紹介しそうになったが、ここは「神魔のファンタズム」の世界なのである。何の因果か夢現の世界となってしまい、今までの軌跡も消えてしまったが、それでもこの世界では俺は普通の高校生、遊城幸寿ではない。
即ち、もう一人の俺とも呼べる、第二の名前。
「―――いや、ゴーシュ。俺の名前はゴーシュだ」
「ゴーシュ、さま……ですか?」
「流石に名前に様付けはこそばゆいな。呼び捨てか、せめてさん付けにしてくれ」
苦笑しつつ手を振ると、リリィは何故か瞳を輝かせて何度も頷いた。
「分かりました! 改めてよろしくお願いしますね、ゴーシュさんっ」
「ああ、よろしく。リリィ」
そうして、その後は宿の食堂で異世界料理に舌鼓を打ち、少々堅いベッドで夢の世界へと旅立ったのであった。