チュートリアル:初戦闘
一週間以上ぶりに小説を書くので、そのリハビリ的な。プロットも大雑把でサクサク行きます。
続くかは分かりませんが、せめてあらすじ詐欺にならないように石を砕いて妖精を酷使するところまでは書きたい。
ネタバレ:この世界ではリセマラは出来ません。
いつでも気軽に遊べるソーシャルゲーム、“神魔のファンタズム”。通称「神ファン」。
俺―――遊城幸寿は、このゲームの大ファンであった。
日夜ネットの掲示板でデッキコンボの議論を重ね、隙を見てはアプリを立ち上げ、エラーを見つけては運営に抗議メールを叩きつけ、当たり前のように時間延長するメンテナンスにもはや達観した気持ちで「知ってた」と言う。それくらいこのゲームにのめり込んでいた。
始動から3年弱。ソシャゲ戦国時代にて淘汰されかけている神ファンだが、それでも俺は一日欠かさずログインし、課金額こそ少ないものの対戦リーグランキングでは常に上位を維持する実力を持っていた。
神ファンは所謂TCG型のゲームだ。もちろんカードの交換要素は無い。
神魔が封印されたカードを集め、それらを組み合わせてデッキを作り戦うのが主な内容である。まあオーソドックスな内容だ。
これだけだと他にもよくあるが、神ファンはただカードの優劣を競うほど単純な戦闘システムではなく、さらには戦況を容易にひっくりかえせる「スキル」と呼ばれるシステムがあり、これらがバランス良く出来ているため、俺は青春を神ファンに捧げてしまったのだ。
スキルの説明をする前にカードを種類から述べるが、まずモンスターやら召喚獣やらの、実際に戦う奴らが封印されている「神魔カード」。次に神魔の能力を上げる「武具カード」。そして最後に色々とトリッキーな効果を持つ「技能カード」の3種類が存在する。
そして、各カードにはスキルが存在し、特定の敵に強かったり、数ターン自身の能力を上げたりなどなど、様々な効果を持つ。
一口で説明するのは難しいが、基本的に雑魚カードは存在せず、組合せによっては低ランクカードでも輝く奇跡的なバランスに仕上がっている。
この物語は、俺こと遊城幸寿、プレイヤー名“ゴーシュ”が、神ファンの記念すべき3周年の日に、いつものようにアプリを立ち上げたところから始まる。
◆ ◆ ◆
―――現世の禊が発生しました。世界は再構成されます。
―――再構成に伴い、世界は漂白され、時点αまで巻き戻ります。
―――再構成に伴い、降臨する救世の現身に現時点βの情報がインプットされます。
―――再構成が完了しました。プロローグが開始されます。
―――ようこそ、救世主さま! この世界はあなたを待っていました!
◆ ◆ ◆
気が付くと、草原の上に突っ立っていた。
「…………は?」
見渡す限りの大草原。辺りには何もなく、遥か彼方に木々生い茂る森や天を貫く巨峰が見える。
空は快晴で身を撫でる風は非常に心地よいが、俺自身は混乱の極致でありそれを感じる余裕はない。
「ど、どこだここ!?」
目の前の光景は写真でしか見たことが無いような大自然であり、日本では―――少なくとも俺が住んでいた地域には存在しない。
そこで、この光景を自覚する前のことを思い出そうとするが、いくら頭を捻っても全く思い出せないことに気が付いた。
名前は問題ない。歳も家族も思い出も。昨日の夕食だって思い出せる。ただ、今立つこの場所に来る前のことはこれっぽっちも思い出せなかった。まるで記憶がぶつ切りにされたような感覚だ。
夢かと思って頬を引っ張ってみるが、これはしっかりと痛い。
ならどういうことかと頭を悩ませていると、背後から声が掛かった。
「こんにちは! もしやあなたが救世主さまですか?」
慌てて振り返ると、そこには妙な生物がいた。
見かけは人間の女性である。金の髪に翡翠の瞳、歳は十代の中ごろであろうか。身体つきは出るとこは出ていて、身に纏う薄絹のような衣服も相まって清楚さと艶めかしさが両立した“美”を生み出している。
ただし、その背には昆虫類を思わせる羽が生えており、体長は15センチほどである。
「あー! 何か目つきが厭らしいです!」
羽虫が何か言っているが、それは無視する。
「君は?」
「わたしはリリィ。救世主さまのサポートを務める神代の妖精です!」
そう言って、羽虫は偉そうに胸を張った。
羽虫、もといリリィの言葉に引っかかりを覚える。“リリィ”とは、俺が前からやり込んでいるソシャゲ、“神魔のファンタズム”に登場するサポートキャラだからだ。そしてよく見ると、リアルに人間が小さくなっているので若干気持ち悪いが、特徴は“リリィ”の設定画と酷似している。
さらに、もう一度周囲の光景を見回す。神ファンの最初のチュートリアルは“神代の大草原”と言う場所から始まる。状況的には一致していた。
「一応聞くけど、ここは?」
「え? 神代の大草原ですけど……まさか、救世主さま! 記憶を失っていらっしゃるのですか!?」
そう言ってリリィは慄いた。
神ファンでも同じである。救世主=プレイヤーは記憶を失っているという設定で、サポートキャラであるリリィにこの世界の常識を教えてもらうのである。
そこまで考えたところで、ふと陽の光が遮られ陰に包まれた。
目の前で滞空するリリィは俺の背後に視線を向けるや否や顔に驚愕を張りつけ、釣られて俺も振り返る。
するとそこには、強大な体躯を誇る翼竜―――ワイバーンが降り立ったところであった。
「あわわわわ」
翼竜の大きさは高さだけで3メートルはある。確かにチュートリアルではワイバーンを相手にした記憶があるが、実際に相対すると身が竦む。
どうするべきかとリリィに視線をやるが、この羽虫は小刻みに振動するバイブレーションと化していて役に立ちそうもない。
取りあえずリリィを引っ掴み、全速力で翼竜から離れる。余裕で追いつかれそうではあるが、だからと言って他に手は思いつかないし、あそこに留まるのは論外だ。
リリィを掴んだまま走っていると、今更ながら身に付けている服が学生服であることに気が付いた。とは言えカバンは無いし、感覚からしてポケットの中にも何も入っていない。
「おいリリィ! どうにか出来ないか!?」
「……うぷ、気持ち悪い」
「おっと」
立ち止まって手を離すと、リリィは空中で器用に蹲った。思えば全力で走るために手を大きく振っていた。掴まれていたリリィへの影響は言わずもがなである。
それにしても、今のは俺が悪いにしても、何とも言えぬこの残念さである。
どこからか水の入った器を取り出して飲むリリィに俺は再度問いかけた。
「それでリリィ。どうだ?」
「んく……はい。では、神魔英傑を呼び出し戦いましょう! とは言え救世主さまはまだ降臨されたばかり。今回はわたしの手持ちを使いましょう」
そう言うと、リリィは先の場所に留まったままのワイバーンに向き直り、両手を前に突き出し高らかに叫んだ。
「契約に従い封印を解かん。いでよ神魔、我が御旗の下に!」
すると、翳した両手を基点に大きな幾何学模様の魔法陣が広がり、眩い光を放った。
やがて光が収まると、展開されていた魔法陣はリリィの手の内へと収縮し、代わりに五体の神魔が姿を現す。
ゲームの中で見慣れた彼らが現実となったその姿に、俺は思わず目を見開いた。
勇敢なる騎士ブレイブ(SSR)
優雅なる騎士グレイス(SR)
寡黙なる術士タシターン(SR)
臆病なる銃士ティミド(SR)
誠実なる癒士オネスト(SR)
現れたのは馬に騎乗した五人の勇者たち。ゲーム開始当初から根強い人気のあるカード群「騎士団」シリーズのカードたちだ。ちなみに後ろの括弧は各々のレア度である。
ぶっちゃけ、物語の終わりに戦う魔王くらいなら武具と技能カードをそれなりに揃えれば倒せるデッキである。高々ワイバーン相手に出すのは大人げなくも思えてくる。
召喚を終えたリリィは今度はこちらに手を翳し、小さな魔法陣を展開した。
「さあ、救世主さま。指揮権は譲渡しました。わたしがサポートしますので、今回はこの子たちでワイバーンを―――」
「その必要はない」
「……へ?」
リリィの言葉をキメ顔で遮り、一歩前に出る。
言葉にし難いが俺と神魔たちの間に半透明のひものようなが繋がっているような感覚がある。恐らくこれが指揮権を表すもので、要は神魔を操るためにはこのパスみたいので繋がっている必要があるのだろう。
この世界が何なのかは分からないが、現実なら全力でやらざるを得ないし、夢なら夢で精一杯楽しまないと損だろう。
俺は口に浮かぶ笑みを自覚しながら、リリィを後ろに控えさせ、神魔に指示を出す。
「ブレイブ、グレイス前進」
と言っても、相手はワイバーン。しかも単体だ。指示なんて大層な言い分だがこれで十分勝てる。
武具や馬具が青にカラーリングされたブレイブと、赤にカラーリングされたグレイスが勢いよく駆け出す。その勢いたるや凄まじく……って、おいおい。行き過ぎなんですけど!?
それと同時に、今度はワイバーンも翼をはためかせて飛翔し……って、こっちのターン終了してないんですけど!?
「くっ、タシターン2つ前進、後に魔法攻撃! オネストは前二人の回復だ! ティミドは魔法職二人の前で待機。援護に徹しろ!」
慌てて指示を出し、残りの緑と黄と白の騎兵を前に進ませる。
ゲームならばこれで十分だが、先の光景を見るとあまりゲームの時のルールに囚われない方がよさそうだ。
ソシャゲ時代の神ファンの戦闘は、組んだデッキを使ってのターン制バトルだった。その戦いは例えるならチェスで、チェスと違うのは駒の能力は好きなものを好きなだけ入れることが出来るということだ。ただし注意が必要なのは駒にはそれぞれコストが存在し、強力なものは得てしてコストが大きいのだ。そこら辺はデッキ構築の際に頭を悩ませることになる。
そして、定位置から動かせないキング=プレイヤーを打ち取れば勝ち、という形式である。
だがしかし、当たり前と言えば当たり前なのだが、今目の前に広がる光景は現実だ。敵はこちらの準備など待ってはくれない。と言うか“ターン”などと言う概念は無さそうだ。俺はどちらかと言うと制限時間ギリギリまで熟考し、あらゆる可能性を考えてから手を進めるタイプなのだが、これでは常に移りゆく戦況に手を加えるには遅すぎるだろう。まあ後々慣れていくしかないか。
そんなこんなでその後も指示を出し続け、最終的にブレイブがすれ違い様に放った斬撃がワイバーンの胴を両断し、ワイバーンは光の粒子へと姿を変え、虚空へと消えて行く。
どうやら最初の接触でブレイブが翼を斬り裂いていたらしく、あまり高くまで飛ばれなかったようだが、ゲームと違い飛翔する敵は厄介な存在になりそうだ。ゲームだと隣のマスなら剣だろうと拳だろうと攻撃は届くが、現実になってしまえばそんなこと有り得ない。ここら辺は要検証だな。
そんなことを徒然と考えていると、リリィがやけにきれいな瞳で前のめりになって話しかけてきた。
「す、すごいです救世主さまっ! 初戦闘を難なく、しかもわたしのサポート無しでクリアするなんて!」
「いやまあ、あれくらいなら余裕かな」
だってもうちょい頑張れば魔王に通用するデッキだったし。
「それより、そろそろ街に行こうよ」
「あ、そうでした。どうやら救世主さまは着の身着のままの様子。まずは街に言って道具を揃えましょう!」
そう言って頷くリリィを見つめていると、きょとんとした顔で首を傾げられる。
「どうかされました?」
「いや、街に行かないのかなって。と言うか、どうやって街に行くんだ?」
「ほへ? どうやってって、もちろん徒歩ですけど?」
「……とほ?」
内心の愕然を何とか押し留めて無表情で問うと、リリィは笑顔で「はい!」と答えた。
「三日ほど歩けば近くの街に出られます。さあ、頑張っていきましょう!」
そう言って拳を空高くへと突き上げ、全長15センチの妖精は意気揚々と進み始めた。
その姿を見ながら、ゲームならホームボタンで一発なのに、ともはや意味の無いことを考えながら、ドナドナされる仔牛のように、遥か彼方の森をさらに越えた先の街を目指して、とぼとぼと歩き始めた。
続きはそのうち。