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強欲少女と人間不信  作者: 朔
プロローグ
2/2

01 零れる空気


 





 時間はゆったりと過ぎて行った。

 しかし気がつくと、私はいつの間にか高校生だ。

 もしくは、たった今高校生になっている途中、とでも言おうか。

 なぜなら今は入学式。

 このとても長く思える儀式が終わらないと、高校生にはなれない。

 嫌に欠伸が出そうになるのは、午後だからだろう。

 少しの緊張と面倒くささを欠伸と共に噛み締めて、大人しく校長先生の挨拶などを聞き流していた。

 それから、先生方ひとりひとりの短い挨拶。

 少し離れているが、ふくよかな体をしたセンセー方が多いようだ。

 教師も高齢化なのだろうか。


 そんな中、若々しい声の割に落ち着いている声が、聞き覚えのある名前を発した。


 「3年A組副担の神林(かんばやし)です」


 その名前に反応した私は、スイッチが入ったかのように、顔を上げた。


 「俺も先生1年だから、ヨロシク☆」


 1年生に投げかけられた言葉に多少驚く声があったが、1番の原因はそれではない。

 特に女子のざわめきから聞き取れるのは、新米教師である彼の容姿。

 背は高めで少し細身―スーツを着ているので分からないが、きっと程良く筋肉がついているだろう―芸能人ほどでは無いにしろ顔も整っていて、なかなかの好青年だ。


 しかし、私が驚いたのはそこではない。

 名字までだが、彼は確かに『神林(かんばやし)』と言っただろう。

 それはどこか懐かしい、〝親戚の兄〟の名前であった。

 顔も、どこか昔の面影がある。

 ―そう、兄は、教師になっていたのだった。


 SHRが終わり、周りがざわつき始め、帰り支度を始める。

 初対面なのに打ちとけ合った者同士や、同じ中学の者同士などが話をしたり、ふざけあったり。

 そんな光景を横目に、私は中学からの友人―那子(なこ)と教室を出る。


 「加奈ちゃん、高校もクラス一緒だね!」


 私は彼女の素直な性格が好きだ。

 嘘も吐かないから信用もできる、とてもいい友人だ。


 「そうね、那子一人だと危なっかしいから、少しは安心だわ」

 「えー、何それ!私だってしっかりしてるよ!」


 那子は怒っても可愛い。

 怒ってるように見えないからね。


 「そう言えば式が始まる前に、同じクラスの男子が喧嘩したんですって」

 「喧嘩?そんな荒くれ者たちがこの学校に集まっているというの!?」

 「…那子、最近どんな本読んだのよ」

 「そんなに変な本じゃないよ~、ヤクザの漢気を描いた作品だよ~」


 那子は本が好きで、よく読んだ本に影響されることがある。

 だから話している最中にそれっぽいナレーションを付けたり、…ちょっと変わってる子だ。

 でも、そんなことをするのは私の前だけ。

 私といる時の那子は、まるで別人になったりする。


 「で、その男子が先輩に絡んで一方的に暴力を振るったらしいのよ」

 「うわ~、怖いね~」

 「だから、那子もそういう男に引っかかんないように気を付けなよ」

 「うん、気を付けるけど、加奈ちゃんも気をつけてね!」


 私の心配じゃなくて自分の心配をしてほしいのだけれど…。

 それ程、この子は危なっかしく、ときにはトラブルに巻き込まれる人物なのだ。

 だが、その気遣いは素直に受け取らなければなるまい。


 「うん、ありがとう」

 

 ただ純粋なこの子の心と無垢な笑顔が好きなのだから。


 丁度、玄関は帰る生徒でごった返し、いつ自分の靴箱に到達できるか考えていた時だった。


 「神林先生、さよーならー」

 「さよーならー」

 「先生って、下の名前なんて言うの?」

 「耀(よう)、覚えとけよ~」

 「何の担当なんですか?」

 「理科系担当だけど、専門は化学かな~」

 「彼女いるのー?」

 「んー、秘密?」


 口ぐちに別れの言葉を告げられ、更には女子生徒に囲まれた上に質問攻めにされ、

 立ち往生している新米教師―神林耀がへらへらと笑っていた。


 「化学の授業のときに先生への質問コーナーを企画してるから、そのときにでも聞いてくれるかな?この後職員会議が入ってるから、また明日ね~☆」


 別れを告げる彼に女子生徒は何とも言えないような恍惚とした表情で、名残惜しそうにその場を去って行った。

 それを見送った彼は一つ、浅いとも深いとも言えない溜息を吐いた。

 その一部始終を、私は見ていた。

 恨めしく通行の邪魔だと言わんばかりの睨みを利かせて見ていた。

 ―私のことは覚えているのだろうか。

 覚えていてほしいという期待感と、変わってしまった彼への戸惑いとが混ざって、私の中で、私の中の何かがこみ上げてくる。


 「加奈ちゃん、どうしたの?突然黙っちゃって」


 話の途中で黙ってしまった私を心配しての、那子の言葉だった。

 「加奈ちゃん」その言葉に目敏く反応したのか、彼の目が私たちの方へ向けられる。

 そして、私と彼の目線がぶつかった。

 瞬間、息が止まって、時間が止まったかのような感覚に襲われる。


 「加奈ちゃん?」


 もう一度、那子が私に呼びかけ、前を向いたままの私の視線を辿るように顔を前に向ける。

 そこには彼がいて、彼は私たちの元へ歩み寄ってきた。


 「君たちはまだ帰らないの?」


 彼と会わなくなって何年が経ったのだろう。

 身長は以前も高いとは思っていたが、今ではすっかり見上げる程になっていて、少し低めの声も、声変わりして男性の低く落ち着いた声に変わっていた。

 あの頃、〝兄〟として慕っていた彼は、もう、ここにはいなかった。

 数年ぶりに会った彼は、あの頃とは全くの別人だ。

 そう確信した。

 (かつ)ての兄―神林耀を目の前にして、以前の彼の影を見つけるることのできない寂しさからか、視界が霞む。


 「か、加奈ちゃん…!?どうしたの?」


 目に涙を溜めている私を見て、那子は動揺したように言う。

 自分でも形容しがたい、この感情をどう処理したらいいのか分からなかった。


 「め、目に、ゴミが入ったみたい…」


 突然流れ出した涙に言い訳をつけて、目を擦る。

 そうすることが、精一杯だった。


 「目を擦ったら腫れちゃうよ」


 じっとしてて。そう言って、目を擦っていた私の手をやんわりと避けて、頬に彼の手が添えられる。

 少し上を向けさせられて、ポケットに入っていたのだろうか、取りだしたハンカチで優しく涙を拭った。

 一連の所作を終えると、すっと私から離れて行った。

 そのとき僅かに、ちょっと懐かしく感じる彼の匂いを嗅いだ。

 ―香水、してないんだ。

 なんだかくすぐったくて、ちょっと安心するような変な感覚がした。


 「じゃあね、気をつけて」


 少しチャラいと思っていた新米教師だが、案外ちゃんとしているのかもしれない。


 「帰ろっか」

 「…そうね」


 いつの間にか玄関ホールの喧騒は治まっていて、生徒の数も減っていた。

 人ごみに揉まれることなく、私たちは各々の下駄箱に辿りつく。

 これからの学校生活に対する期待感…、なんてものは無いけれど、靴箱の空気は思わず涙が出るような、そんな空気だった。







前回のスピンオフ作品?って感じです。

そんなに長くするつもりはないですが、内容が内容なので、ぐだぐだするところもござりましょう。

暫しの間、お付き合いくだせぇ。(^^;)


加奈と耀のお話です。

兄妹っていいなーと思って、内容は俺得な感じなので需要はないと思いますが、

自己満足でマイペースに更新していこうと思っております。

もし良ければ、暇潰として楽しんでいただければ幸いです。

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