陰謀
「第12独立艦隊が重巡1軽巡2駆逐艦6と交戦中です。」
遠藤は副官がもたらした突然の情報に困惑した。
副官は、第12独立艦隊からの大本営宛の通信を傍受したから、間違いはないと言った。
開戦したからといって、この辺境基地の、しかもたった3艦の艦隊に作戦行動が命じられるわけはない。
「場所は。」
「ここから南に50キロの海域です。」
何のためにと遠藤は思った。
確かにアメリアの小型離島基地があった海域ではあったが、緊張緩和のために一ヶ月前に非公式に閉鎖されたはずであった。つまり、両軍ともこの戦略的価値のない海域に艦隊を出撃させる理由が無かった。
「第12独立艦隊と交信しますか。」
と副官が聞いた。
遠藤は首を振る。
初めての実戦というだけでも通信に出る余裕などないだろう。ましてこの戦力差であれば必死の回避行動をしているはずだ。救援が先だった。
軍令部には遠藤の旧知の男がいる。遠藤は乱暴に受話器を取った。
「軍令部の初島に繋げ。」
初島は遠藤は優秀な元部下で今では軍令部で作戦立案を担当する第1課の末席にいる実直な男である。
「初島です。お久しぶりです。遠藤艦長。」
初島は懐かしそうに挨拶をしたが遠藤はああと言っただけで、いきなり本題を切り出した。
「初島。第12独立艦隊が敵の猛攻を受けてる。全く、軍令部は大本営にどんな命令を奏上したんだ。」
しばらく、受話器の向こうで書類を調べるような音がして、初島は不審そうな声で第12独立艦隊には作戦命令は出ていないと言った。
「何…。出てない。しかし、彼らは現に交戦している。確かめて来てやる。命令を出せ。」
遠藤は受話器に噛みつかんばかりに怒鳴った。
「しかし…。それは、私の権限では…。あ、長官自らがお出になるそうです。代わります。」
電話の声が困ったような初島の声から新しく軍令部長官に任命された一条のものに変わった。
元貴族だったという家柄だけを頼みに海軍で出世をし、権力闘争ばかり考えているようなこの男が遠藤は大嫌いだった。
「遠藤か。久しぶりだな。確認してみるが第12独立艦隊には現在、何の作戦命令も出していないはずだ。」
もう一刻の猶予もないのだ。命令の有無を確認する段階ではない。やはり、この男は将たる器ではないと遠藤は思った。
「長官。しかし第12独立艦隊から、そのような報告が来ています。至急、救援を。」
「こちらも、突然の宣戦布告で混乱している。私は常々、戦場を知らない政治家どもにイライラさせられてきたが、ここまで、バカばかりとは。」
「つまり、救援は出せないと…。そういうことですか。」
「いや、そうではない。相当の時間がかかるという事だ。私だって緒戦で艦艇に損害は出したくない。それに、あの艦隊の司令官と旗艦艦長は伊戸大将のご子息と神城中将のご令嬢だ。もし、何かあれば、せっかく、世界平和を祈ってらっしゃるお2人も…なぁ。」
一条の言葉を聞いて遠藤は背筋が寒くなるのを感じた。
「せめて、自分を。今すぐ行けます。」
それでも、遠藤はなおも食い下がった。伊戸と同じ瞳を持つ男を消してはいけないという思いが強かった。
「進言はありがたいが、それ以上は大本営の統帥権侵害になるぞ。もちろん、無断出撃もな。」
一条はそう言うと一方的に電話を切った。
遠藤は受話器を叩きつけてから、出撃すると行って部屋を出た。