開戦
艦での生活も一週間が過ぎると、揺れも気にならなくなり案外、快適に過ごせることに多田野は気がついた。
提督という仕事も艦の運用は中佐以下優秀な艦長達に任せておけば良かったし、他の提督が根を上げるという書類仕事も溜めることさえなければ、軍令部に比べ、圧倒的に少なく、また、従卒の井上の事務能力が高いこともあり、常になんとなく心にのしかかる精神的重責以外は楽なものだった。
実際、今日も多田野は朝から三時間ほどで本日分の決済書類のほとんどすべてを処理する事ができていた。
多田野が大きく伸びをして昼は何を食べようかと思案していると、にわかに艦内が騒がしくなる。
誰かが走ってくるような金属音が聞こえ、ノックもそこそこにドアが乱暴に開けられる。
若い通信士が興奮して入ってきた。
「大変です。アメリアが我が国に宣戦を布告しました。我が艦隊に出撃命令です。」
あの時、伊戸が予備役に追いやられ、主戦派が勝った時点で想定できた事とはいえ、1月弱でアメリアと開戦するというのはかなり無謀な作戦だった。
アメリアと扶桑の国力の差は少なくとも6倍はある。
多田野は通信士から渡された命令書を読んだ。
『第12艦隊は命令受諾後、即時出港し、指示された海域を哨戒せよ。』
多田野はすぐさま添付されていた海図を広げて、指示された位置を確認する。
ここから、20キロ程南下したアメリアのシーレーン監視用小規模離島基地の近くらしい。資源を確保できるわけでもなく緒戦においてそれほど戦略的に重要な目標ではないものの小艦隊を以って離島基地への輸送を妨害し、直接、戦闘に参加する艦艇を減らそうという軍令部の作戦は多田野にも理解できた。
通信士が多田野が海図から顔を上げるのを待って情報を付け加える。
「艦長から、既に出港準備にかかり、提督のご命令でいつでも出港できるとの事、伝えるよう申し遣っております。」
相変わらず、仕事ができる艦長だった。
急いで、艦橋に上がると、中佐以下艦橋要員が敬礼し多田野を迎えた。
多田野は少し緊張した面持ちで、答礼すると艦橋最後部の司令官席に腰掛けた。
「提督。全艦出港準備完了しています。」
中佐が多田野の右隣に立って準備完了を告げ、名前を覚えたばかりの艦橋要員達が、一斉に振り返り、いつでもという顔で多田野を見た。
「これより、出港する。」
多田野の号令一下、ヨーテイ以下第12独立艦隊は初めての戦場へと出港した。