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左遷艦隊  作者: マーキー
南国の司令官
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待機

白石は、作戦参謀を兼任した事で与えられた2部屋続きの高級将校用の部屋で備え付けのソファーに腰を掛けてぼんやりと窓の外を見ていた。

いつの間にか、日は傾き、海はオレンジに染まりはじめている。

先程から、白石の忠実なる部下は、見張りの無力化に成功し、窓から、逃げるように伝えている。

白石は机の一番下の引き出しをそっと開けた。

偽造した世界中の旅券と紙幣。逃げる準備はすべて整っていた。

しかし、白石は視線をまた海へと戻した。

『白石乃梨子』の生活は少なくとも白石にとって、今までで一番穏やかな『日常』だった。

対象者を待って、廃屋で埃に塗れながら、何週間も待ち続けることも、味方から殺人鬼でも見るかのように怯えられ、生還すら期待されないことも、ハニートラップとして、脂切った男達から、色目を使われることも一夜を共にすることもない。

「司令が私を殺すのを戸惑っているのが一番の証拠よねぇ。」

白石は、自分でも気が付かないほど満面の笑みで、そう呟くと、ようやく立ち上がって西日が眩しくなった窓にカーテンを引き、ゆっくり今回の戦争について考え始めた。

今まで、開けっ放しのカーテンを引いたことで部下が一人入ってきた。

施設時代からの戦友で、白石が最も信頼する妹のような三笠真由子だった。

「何をお考えですか。ボス。」

三笠は白石をボスと呼ぶ。

「この戦争のことよ。なぜ、一条はこんな戦争を起こしたのかしら。」

三笠は何も答えなかった。

三笠の訓練されたその表情筋は一切の表情を消していたが、白石の目は口角のほんの先の僅かな疑問符を捉えていた。

工作員は暗殺や破壊工作のプロである。もし、余計な考えを起こして、反旗を翻せば、自国の国家元首など簡単に暗殺できる存在であることを意味している。だからこそ、理由は考えさせない。命令を実行するだけで良い。有機物で出来た機械。それが工作員であった。

しかし、白石は今、第2近衛艦隊の作戦参謀であり、白石もそれを認めていた。カーテンの端をひらひらともてあそびながら、白石は思考の海に入っていった。

上下関係の厳しい軍人にとって自分の派閥を作ることは、一定の地位のバロメーターとして、夢のようなことだというのは、真っ当な軍キャリアを歩んでいない白石にもなんとなく察しがつく。

しかし、家柄と賄賂やスキャンダルでのし上がった一条が、その影響を完全に潰せなかった伊戸という人間は、明らかに一条の敵う相手ではない。利に聡い一条をして、そのことに気づかないことはないはずだった。

「司令に近衛を任せれば、我々の任務にどのような影響が出るかしら。」

白石は、側で黙っている三笠を気遣い、ごく当たり前の質問を振った。

「近衛艦隊を任せれば、多田野司令の権限は高まります。当艦隊にも、現に人員が補充されるようです。暗殺対象にこのような権限強化を行えば、成功率は下がります。」

三笠が淡々と答え、そうねと白石が呟いて、会話は途切れた。白石はまた1人自らの頭と向かい合う。

伊戸元軍令部総長の軍縮路線を歩み続ける陸海軍と違い、今なお十分な兵力と兵器が充足され続けていることからも、民主化の流れの中で、皇帝という身分が残るためには軍事力が必要であるのは間違いなかった。だから、近衛部隊には大きな権限が付与される。

そうして、皇帝は、自らの戦力を持つことで、軍と政治のどちらの舞台からも一定の独立性を持っていた。帝都には、第一近衛歩兵師団と第一近衛艦隊がおり、この第二近衛艦隊という盾が壊れても、実質は害もない。しかし、『皇帝陛下麾下の近衛艦隊が攻撃され、司令が死んだ』という情報は国民の危機意識を確実に煽り、軍拡機運の高まりに軍需産業から、多額の賄賂が一条の懐に入る。アメリアとの戦争は一条が糸を引いた内乱によってアメリア側から講和となり、一条はアメリアとの戦争を終わらせた軍令部総長として政治的な力も持ち始めるだろう。

白石はそこでハタと気がついた。

最初から、一条の目的は軍内部の権力闘争で終わるものではなかった。で一条として前々から準備していた工作が全て上手く纏まった段階で、邪魔なものを排除し、計画を実行に移しただけだったと。

一体、一条にとって、一石何鳥になるのか。

一条の気味の悪い薄ら笑いが白石の頭を掠め、悪寒に身震いする。

「やっぱり、死ななきゃならないのね。」

と一人呟いた白石といえども、どこか死は怖かった。

三笠は黙っていた。

不意に扉がノックされる。

三笠がどこかに消えたのを確認した白石は食事の時間ねと汚れてもいないテーブルをティッシュで軽く拭いて、入室を促した。

「失礼します。白石大佐。」

入ってきたのが、昼食を届けてくれた下士官ではなく、手に銃を持った彰子であったことに白石は、驚きながらも、顔には一切出さず、訓練された表情筋は彰子を笑顔で迎え入れた。


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