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左遷艦隊  作者: マーキー
南国の司令官
47/50

誕生

基地を歩いていた歩哨を無理やり、二人ばかり護衛に任命して、多田野はモロ島を歩いていた。

近代化を題目に世界中で著しい都市化が進む中、正しく、モロ島は原生の村であった。

そこに住む住民が通れればよいと草を刈っただけの道が、脈絡なく作られ、壁代わりに周囲に大量に自生している細い竹を張り巡らせ、この島の固有種だという大きな葉、ジュロを敷き詰め屋根とした素朴な家が、思い思いの場所に建てられている。村人は、農作業に従事しながら、軍服姿の多田野を見て、手を振り、笑いかけている。

しかし、つい、35年ほど前まで、小競り合いを繰り返していたアメリアと帝国はアメリア諸島の領有権を主張しないことで、規模と戦線を限定し、バランスを保ってきたが、モロ島に石炭が出る事がわかったアメリアは突如モロ島に侵攻。独立を守りたかったモロ島は帝国に救援を要請、帝国は皇帝の名で厳重抗議するも、均衡が崩れることを恐れた伊戸をはじめとする海軍軍令部は軍事的対抗手段を取ることを事実上、拒否し、外交交渉により、南の抑えとしてチャーラ島を手に入れたという歴史は村人たちの笑顔について、多田野に負い目を感じさせるには十分だった。

島の長であるニーギニの住まいは、集落の一番奥の高台にあるログハウスであった。工業化していないこの島にとって、丸太を使ったこの建物が、どれほど価値があるものであるかは、想像に固くない。

「ようこそ、我が家へ。」

護衛を外に待たせると、ニーギニは、扉を開けた。

家の中は、がらんとした一部屋に ござが敷かれ、その上に皿やらコップやらが雑然と置いてあるだけで、家具もなく、質素というより、何もなかった。

「まぁ、座ってくれ。」

ニーギニに勧められるまま、多田野はござに腰を下ろした。通気性があるのかひんやりとして座り心地は悪くなかった。

古びたホーローのマグカップに、水が注がれ、目の前に出される。

「伊戸のが、こんな立派な息子になるとな。」

「失礼ですが、父とはどういう関係だったんですか。」

ニーギニは少し首を傾ける。

「複雑だな。師であり、部下であり、戦友。ライバルでもある。」

突然、さて、久しぶりに話すかとニーギニが昔語りを始める。ニーギニがなぜ、わざわざ多田野を自宅に招いた

「この島は、海賊の末裔の住む島でね。私も、昔は、アメリアと戦った軍艦乗りだった。木製の手漕ぎ舟しか持ってない田舎者と油断して、のんびり降伏勧告に来たアメリア海軍に、その小舟で奇襲をかけて、重巡1隻と軽巡2隻、それから駆逐艦3隻を奪ってやった。」

多田野はとんでもない人に会ったと水を口に入れた。近代艦艇を白兵戦で制圧するなど、普通なら、大ぼら話だったが、モハメッドでの、戦いなれたモロ島の乗組員たちを見ている多田野は、納得せざるを得なかった。

山の水だろうかよく冷えた水が多田野を少し落ち着かせる。

「艦の知識は有ったんですか。」

多田野の質問にニーギニは、豪快に笑う。

「軍艦のはないな。ただ、アメリア語は読めたし、後は乗組員から教えてもらった。」

「しかし、操艦の手順でさえ、膨大な量の手引が必要です。」

「それは、『操艦する』やり方だ。『動かす』なら、そんなに苦労はいらん。レバーを前進に倒して、操縦輪をぐるぐる回せば動く。」

当然、『ぐるぐる』回して艦艇が動くなら、海軍兵学校の訓練生たちの大多数はモロ島に脱走してくるだろう。

しかし、この人なら、出来そうだと思わせる力があり、多田野は話の続きを促した。

「後は、伊戸だ。当時、この島はアメリア、帝国双方と貿易していたし、両国の軍は石炭に目をつけていた。伊戸も、調査官として島に来ていた。」

「アメリア併合前のモロは双方に開かれた島だったんですよね。」

「そうだ。正確に言えば、アメリアの人造石油技術が、実用化し、ここが建築候補になるまでは。」

「でも、彼は他の奴らとは違った。戦争になっても、彼は残り、共にモロ島の為に戦ってくれた。彼の作戦通り、無人島群に篭って遅滞戦術をとったお陰で、我々は連戦連勝だった。島影に隠れ、アメリア艦を撃つ。損傷を受けた艦に乗り込んで、必要な物を調達する。爽快だった。若かった私と伊戸は打ち解け、アメリアを倒すこともわけないと思っていた。」

 父親と話すことがなかった多田野にとって、父親の若い頃の話は貴重だった。そもそも、伊戸は、自らの若い頃の話をしなかったらしい。亡くなった母親からも知らない話だった。

「アメリア軍の出現を聞いたその日も、運悪く伊戸は、居なかったが、私は意気揚々と出撃した。しかし、結果はボロ負けした。味方艦は次々に沈み、残ったのは駆逐艦に私の乗艦の軽巡だけになった。私の艦には島の部族の有力者達が乗っていた。沈むわけにはいかなかった。無論、アメリアも、逃がす気は無い。生き残るためには…。」

「囮が必要だった。」

 そう言葉を継いだ多田野の頭の中には、黒煙を上げ沈みゆく味方艦と、生き残った2艦に対する砲弾の音、着弾した時に出来る水柱。急な回避行動で艦が、軋む音、硝煙と何かが焦げる臭いまで再現された。

「そうだ。生け贄の方が良いかな。ともかく、私は駆逐艦に突撃を命じた。」

 多田野は、息を呑んだ。多田野には、残酷な命令の必要性とその命令に心かき乱される部下と上官が見えていた。例えば、輸送艦が襲われた時、自分の艦ではなかったら、盾になれという命令を下せたか。いや、負傷した者や死んでいった者達を見た今、同じ局面で自分は、艦を魚雷の間に滑り込ませられるのか。

 衝動に突き動かされて多田野は聞いた。

「迷いはありませんでしたか。」

ニーギニは、すこし、目線を遠くにしたが、少し微笑んでみせる。

「あった。今でも思い出す。駆逐艦の艦長は、幼馴染だった。でも、彼はなんて言ったと思う。」

多田野は首を傾げた。ニーギニは、目に溜まった少しの涙をこぼさぬように顔を上に向ける。

「『了解。俺の仕事だな。任せろ。』」

芝居がかった声だった。

「仕事ですか。」

 多田野の頭に瀕死の火傷を負いながらも護衛対象の輸送艦の無事を確かめた山崎の顔が浮かび、多田野は、唐突な昔話の意味を知った。

 と同時に、多田野の中で、父親とニーギニが重なり、艦隊勤務を拝命した時、何か言いたげだった父親の顔がよぎる。多田野は今一度、ニーギニの顔をしっかりと見つめた。

 またニーギニもその視線にしっかり目を合わせ、諭すようにさらに言葉を続けていく。

「そう。活路を開く事が彼の仕事だったんだな。我々のような司令とかいう職位は、重い砲弾を運ぶこともなければ、甲板で波を浴びることもない。船の下で、機関の振動の中で、油と汗にまみれることもない。その代わり、複数の艦の何千、何万という命を預かる。死んだ部下の事を気に留め、さらにいい手を考えるのも仕事だ。迷うなとは言わない。もし、迷ったら、部下を使え。部下はお前より優秀だ。」

「『部下を使う』ですか。」

と呟いてみて、多田野は、自分の心が楽になるのを感じた。

その顔を見て、ニーギニも多田野に微笑みかけた。

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