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左遷艦隊  作者: マーキー
動き出す影
40/50

憧憬

大佐は司令私室にいた。

机の上に書類が溜まっており、本棚の本の向きもバラバラではあったが、男の部屋というのに、自分の父親の書斎と比べても案外と綺麗に纏まっているものだと大佐は思った。

モハメッドからの脱出の途中、意識を失った多田野は、陸戦隊の懸命の活躍と作戦参謀の献身的な頑張りによって、アサマまでたどり着き、軍医の三上の処置と手術によって一命を取り留めたが、レントゲンもないアサマの医務室内の弾丸摘出手術だったため、乗組員から輸血を募るほど切開部分も大きくせざるを得ず、術後も高熱が出ていた。

大佐はもう一度、ベッドに横になる多田野を見た。

無論、褒められたものではない。

それでも、大佐は気がついたら、ここにいた。

大佐も軍人の家に生まれ、父親に認めてもらうため、「女性」軍人と言われないため、必死に頑張り、軍人としてはそれなりの経歴、経験をしてきたはずだった。今までなら「完璧」に指揮できていたと大佐は思っている。

しかし、今は違う。

多田野の存在によって、大佐の「完璧」は崩れ去った。

だからこそ、多田野の考えに触れようと大佐は今、司令私室にいる。

戦闘指揮にしても、艦隊運営にしても、大佐が今まで見てきたような軍令部出向の坊っちゃん提督ではない。親しみやすく、細かい操艦など任せるところは任せるが、全体的な指示は的確に有無を言わせぬ力をもって命令してくる。そして、多田野は艦隊のすべての人間に慕われている。軍人としての矜持から、抑えていたが、大佐ですら那岐島の船着場で初めて会った時、私と歳もあまり変わらないのにという気持ちが確かにあった。

ベテランの下士官や猿渡艦長も面白くなかったと大佐は思う。しかし、たかが数ヶ月で多田野は自らの艦隊を作り上げた。

例えば、内火艇から光信号で提督負傷の知らせが来た時の艦隊の団結は凄かった。

艦隊内で矢継ぎ早の交信が行われたのはもちろんのこと、出血が酷いと聞くやいなや、アサマだけでなく僚艦の下士官や兵達まで、「提督の為に」と腕まくりをしていたという。

僚艦の下士官や兵と艦隊司令官にどのような繋がりがあるのか、また、作れるのか大佐は知らない。

そこまで考えて、ふと、大佐の中に笑いがこみ上げてきた。

大佐は多田野を起こさぬように声を殺すように笑うしかなかった。


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