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左遷艦隊  作者: マーキー
動き出す影
38/50

車内

戦時補給艦隊司令となった遠藤は何回目かの輸送任務をこなし、帝都に戻ってきていた。

無論、司令自ら補給艦隊を率いる必要は全くない。しかし、根っからの船乗りである遠藤に陸でじっとしてろという方が無理である。うず高く積まれた書類と紙やインクの匂いに囲まれているよりは、広々と広がる海で潮と油の匂いに包まれながらアメリアの潜水艦に囲まれているほうがよっぽどマシだと遠藤は思っている。

それでも、約2週間ぶりの帝都を満喫しようと、港から出たところで北園と車が待っていた。人懐っこそうに片手を上げて微笑む姿は、とても国内有数の商社の経営者で貴族院議長という政財界を牛耳る親玉には見えない。

遠藤が車に乗り込むと北園が帝都の町並みを適当に走るよう運転手に命じた。

「急に悪いね。遠藤君。たった今、チャーラ島の山中君から連絡があって、君、御推薦の多田野君がモロ島をとったそうだ。しかも、モロ島には人造石油工場があり、アメリアからの離脱を望んでいる。もちろん、我が帝国はそれを支持するつもりだ。」

遠藤は驚いた。モロ島は南方における敵根拠地、シーク島の防衛の要であり、それなりの防衛艦隊がいるとの情報は戦争前から知られていた。従って、今回の第12独立艦隊の派遣はあくまで本隊の用意が整うまでの牽制と偵察のはずだった。それに気づいた北園がぼそっと情報を足す。

「降伏させたそうだ。」

そう聞いて遠藤は多田野ならやりそうな事だと北園がいるのも忘れ、少し笑った。

北園が視線を遠藤から窓に向ける。

通りにある商店は賑やかに客を呼び込み、女たちが店主や隣の客と笑いながら買い物を楽しんでいる。

「窓の外を見ても戦争中の国には見えまい。無論、少し物資は不足気味だか。アメリアという大国と戦って我々がまだ戦い続けられているのはなぜかわかるかね。」

遠藤は言葉に詰まった。そもそも、この戦争はわからないことばかりなのである。例えば、アメリア諸島の解放といいながらなぜ、帝都の西にある矢方島が主戦場なのか。

実際に矢方島に行くと戦況が膠着しての戦争の興奮も冷めてきた今、この戦争に疑問を持つものも多いと感じていた。

北園は思案顔の遠藤をちらりと見て満足そうに笑った。

「アメリアとて最大の輸出国を失いたくはないからだよ。適度に戦って軍部と内政に不満のある国民のガス抜きをしたかったのだ。講和条約で、より有利な貿易条項を飲ませれば、大統領の2期目も安泰だ。もっとも、こちらもあまり激しい攻勢をかけぬよう、アメリア側の話のわかる将軍たちに金はばら撒いたがね。」

つまり、この戦争にアメリアが本気ではないということだった。

しかし、遠藤が驚くことはなかった。むしろ今までの疑問が全て溶けていた。

商社の経営者となれば、世界中の人脈と情報をその手に握っているといっても過言ではない。実際、北園クラスになれば国家元首でも門前払いにできるくらいの力はあるのだという噂もある。

「今回の一件はすべて侯爵閣下の手の中ということですか。」

「いや、本来であれば、一条の動きを封じておきたかったんだ。これは次善の策だよ。しかもだ。」

北園はそこで言葉を切った。遠藤が顔を少し前に出して続きを促す。

「多田野の仕事が出来すぎる。こんな早くモロ島をとってはならなかったのだよ。」

「しかし、アメリア諸島の解放はこの戦争の目的ではありませんか。」

「建前だよ。もともと、アメリアも独立させたかった。フィリピヌ連合国などというふざけた傀儡を作ったはいいが、国内の人種差別思想に加え、島と島の部族間対立がひどく、経済援助だけで何億も掛ったわりに、アメリアの市場となるには文化レベルが足らない。すでに資源の採掘権はアメリアの企業が持っているし、もはや、アメリアが庇護下に置く必要は全くない。」

つまり、この戦争は必要のない戦争だったのかと遠藤は話を聞いているうちに一条への怒りがこみ上げてきた。

北園がいくら手を回しても、両国の境界ではパトロール艦隊同士の小規模で散発的な戦闘はある。砲弾が当たれば、傷つくものもいる。緒戦では死者も少なからず出た。

北園が遠藤の肩に優しく手をかけた。そうして、一層顔を近づけて、ここからは他言無用だと一転、厳しい

口調になった。

「一条は、アメリアにコールトン朝を復興させるつもりだ。すでにコールトン朝の正統後継者、アレクサンドラ・コールトンが西海岸のとある街に入っているらしい。一条はこの期に乗じてアメリアの土地を手に入れるという野心を抱いておるようだが、わしは、帝国が実効支配していたチャーラ島を返還して和平交渉を考えていた。しかし、モロ島に人造石油があれば、文官も今こそ好機と見るだろう。」

遠藤にはコールトン朝がアメリアが今の共和制に移行する時に追い出された王朝であり、昔はアメリア大陸全土を支配下に置いた大王朝だったという学校の歴史程度の知識しかないが、コールトン王朝がアメリアに乗り込む意味は十二分にわかった。

遠藤はゆっくりと姿勢を正した。

「それで、私は何を。」

せっかちだなと北園も背もたれにより掛かるように姿勢を戻す。

「外交使節団と工兵や基地設営物資をモロ島に輸送してもらえるか。」

「でしたら、使節団の荷物は船倉預けが良いかと。外交機密用のコンテナの中は軍は調べないことになっています。」

意味深に笑う遠藤に北園は静かに頷いた。

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