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左遷艦隊  作者: マーキー
動き出す影
36/50

跳弾

後日、言い回し等の軽い修正があるかもしれません。

アリークは伝声管に飛びついて何か怒鳴ったが、モハメッドは止まることなく、旋回を始め、主砲まで撃ち始めた。

ようやく、扉の前で待機していた双方の陸戦隊が敵味方もなく部屋に流れ込み、それぞれ多田野とアリークを守るように対峙した。

一瞬の緊張の後、アリークは大きく手を上げて、何か命令した。モハメッド側の陸戦隊が訓練された一糸乱れぬ動きで銃を下ろす。そうして、アリークは一転、帝国語を喋り始めた。顔を見なければ、外国人とは思えないほど流暢で綺麗な発声だった。

「申し訳ない。この艦の副長が私に反旗を翻したようです。」

アリークは驚く多田野の顔など全く気づかないかのように少し早口になりつつ話を続ける。

「副長は督戦隊の脅迫に屈しました。私と多田野提督を始末する兵を送り込むと言っています。我々の友情の証にあなたにこれを差し上げます。左舷後方の内火艇をお使いください。万一、交渉がうまく行かなかった時用の脱出艇として、いつでも使用可能な状態になっているはずです。我々の陸戦隊が食い止めてる間に早く言ってください。2つ目の通路を曲がり、ラッタルを上がるのが近道です。」

アリークが差し出したのは自らが帯びていたアメリアの高級士官用の銃だった。

「司令はどちらに。」

多田野の質問に聞くだけ野暮とばかり、アリークは執務机の後ろに掛けてあった棚から小銃を取り出し、突き上げながら、何か叫んだ。モハメッド側の陸戦隊が雄叫びを上げてアリークと同じように小銃を突き上げる。

部屋の外から足音が聞こえてくる。

アリークは多田野の肩をがっしりと掴んだ。

「もう時間がない。部下を頼む。」

アリークの声はもう先ほどの温和なものではない。何人も寄せ付けない覚悟を決めた軍人のものであった。

そのまま、多田野とアリークはしばらく無言の対話をした。結局、多田野は何も言わず頷いた。

それを見て、ふっと微かに笑ったアリークがそっと手をどけて、自ら率先して扉を出た。

艦内に銃声が木霊する。

混乱に乗じる為、銃撃戦が少し激しさを増すのを待って、多田野も扉を出た。

その瞬間、跳弾が多田野の大腿部に穴を開け、衝撃を感じて思わず、膝をついた多田野の白い軍服がみるみる血に染まってゆく。

作戦参謀が多田野の肩を持つように慌てて支え、傷の手当てをする為に1つ目の角を曲がり、空いていた部屋に入った。

作戦参謀は手慣れた様子で多田野を適当な椅子に座らせ、前に跪いて傷の状態を確認していく。

すでに多田野のズボンの左側はベットリとした血で真っ赤に染まり、焼けるような痛みの中、トクトクと鼓動に合わせて激痛が襲ってきていたが、多田野自身は体が痛みについていけないのか、なぜか傷を負ったのが他人のように冷静に感じていた。

助かったと礼を言った多田野を傷を見る作戦参謀の真剣な目が黙らせ、大丈夫ですかと近づいてきた伍長が、キャッと短い悲鳴を上げた。それでも、伍長は握りしめるように持ってきた陸戦隊の携行品である応急袋を作戦参謀に渡し、自分もとそのとなりにしゃがみこんだ。

「提督。今、応急処置を。あまりご無理はなさらないでください。」

と作戦参謀は手際よく袋から必要なものを出して、少し乱暴に消毒液を傷口に振りかけ、伍長と協力して傷口と思われるところにガーゼを当てて、包帯でぐるぐるときつく巻いた。応急処置も終わり気分的にも余裕の出た多田野は、少し気だるくなった身体に意識的に力を入れ、周りを見回してみる。備品倉庫なのか、折りたたみ式の椅子やテーブルがたくさんある小さな部屋だった。

その時、全艦にアリークの声が響いた。アメリア語だった。作戦参謀が小声で訳を始める。

「モロ島の戦士として戦う者は多田野提督を助けよ。止血帯をマークに…と言っていました。」

しかし、アリークの声は銃声によってここで消えた。瞬間、多田野はキュッと唇を噛み締め、会見場に同席した作戦参謀と伍長は伝声管に敬礼した。

アリークが捕らえられた以上、一刻も早くここから逃げる必要があった。

多田野が痛みをこらえて立ち上がった時、もう一度、伝声管から息も荒く、くぐもったアリークの声が聞こえた。今度は多田野にわかる帝国語だった。

「多田野。行け。我が友よ。」

伝声管から2度目の銃声が艦内に響いた。

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