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左遷艦隊  作者: マーキー
南方の小艦隊
28/50

交渉

チャーラ島司令北栖川克人と副司令山中は帝都にある軍令部長官の執務室の前にいた。

突然の出頭命令の内容は克人はもとより山中でもよくわからない。少なくとも山中は克人が南方艦隊の司令官を命じられて以来、軍令部に睨まれぬようにそれこそ、将兵の食事に至るまで軍法に違わぬよう一切を取り仕切ってきたつもりであった。

「話とはなんだろうか。」

ドアをノックする前、克人はわずかに躊躇って山中に小声で話しかけてきた。

山中は警備兵の位置をチラリと確認してから、努めて明るい口調で答える。

「不安ですか。どんな事があっても、殿下は私がお守りします。あなたは皇族です。余裕をお持ちください。」

実際、一条が何を言おうと克人が承諾しなければ、それ以上のことは出来ないと山中は考えている。それでも念のため、軍令部の外には近衛小隊を配置してある。

「大丈夫だ。細かい所は山中に任せる。」 

山中には痛々しい事だが、克人は自分に政治や軍事の才能がないという事がわかっている。山中は任務ということではなく北有栖川克人という人を守りたいと力強く頷いた。

克人がドアを軽く叩き、開けた。山中の予想に反して一条は上機嫌で歩み寄ってきた。

「突然、お呼びたてを致しまして申し訳ありません。殿下。」

一条は山中には冷たく敬礼をしただけで、克人だけに丁寧な挨拶をした。山中はこの狐めと罵りたくなる気を抑えて敬礼を返す。狐というのは反一条派の若い者達がつけたあだ名であり、同年代の将校の中にはアダ名を付けるなど女々しいと忌避する者も多いが痩せ痩けた頬と鋭い目、そして目的のためには手段を選ばない狡猾さ。一条を表すのにぴったりだと山中は好んでいた。

「久しいな。一条。なに。私も今や帝国軍人。そう固くならずともよい。」

克人も皇族の品位たっぷりに応じると、ゆっくりと勧められた椅子に腰を下ろす。

「実は矢方島への輸送艦隊の護衛が足らず、南方艦隊より、お借りしたいのですが。」

山中はすぐに第12独立艦隊だと思った。

南方艦隊の戦力上、そしてなにより第12独立艦隊の海軍内の伊戸派への影響を考えれば一条の手に渡すべきではない。しかし、一条は山中がいないかのごとく克人だけを見て話を進める。

「南方艦隊の戦力と昨今の燃料事情から考えましてそれほど大きな艦隊ではなく。そう、第12独立艦隊辺りが良いのですが。」

克人はふむ、いかがしたものかと山中を見た。

「第12独立艦隊を手放せば、南方攻略作戦にも多大な影響が出るでしょう。」 

克人からのバトンをうまく受け取り、山中は話し始めた。

一条も無視できなくなって少しだけ身体を山中の方に傾ける。

「今は南方の資源地帯を解放し、アメリアの資源供給を断つと共に我が国の安定的な資源確保を実現するのが急務ではないでしょうか。輸送任務であれば、高速輸送艦と遠藤中将の那岐艦隊を筆頭に強固な輸送体制が出来ているという話。わざわざ増援を送らなくとも必ずや作戦は成功しましょう。」

「しかし、少将。那岐艦隊も含め護衛艦隊は駆逐艦ばかりで構成され、水上打撃能力に欠けている。私としては第12独立艦隊の力を借りて、矢方島の輸送体制を盤石なものにしておきたいのだ。」

輸送艦隊に水上打撃能力が必要ということは、現状敵艦隊を押しとどめている矢方島防衛ラインが崩れ、敵艦隊が本格的に扶桑本島に攻勢を掛けたことになる。無論、矢方島はよく持ちこたえている。一条はなぜ、そんな理由を出したのかと思い、一条の目が隣に向いている事に気がついた山中は克人が納得したようにうなずきかけるのをさり気なく制した。

化け狐めと山中は出された紅茶を啜った。

独立艦隊は大本営直轄の艦隊であり、すなわち皇帝直属の艦隊である。皇帝陛下に実際的な統帥権は与えられていないはずであるから実質、海軍軍令部長官直属の艦隊であったはずである。皇帝が皇族である者に指揮権を譲渡した段階で、その者直属の艦隊となり軍令部も手を出せなくなる。では、なぜ一条は第12独立艦隊を克人に与えたのか。山中には一条ほどの者がこの様な間違いを犯すとは思えなかった。

「殿下、いかがですかな。南方艦隊は殿下直率の第3艦隊含め、戦艦、重巡を中心とした強力な艦隊が揃っております。第12独立艦隊が無くとも殿下の指揮の元なら必ずや勝利を収められましょう。何卒、この一条をお助けくださいますようお願い申し上げます。」

そう言って一条が頭を下げる。軍に属した皇族が客観的な理由なく軍令部長官の『頼み』を断ったといえば、かなり外聞が悪い。山中はすぐに話に割り込もうとした。

「少将。今、私は殿下とお話している。そういえば、第12独立艦隊が美人が多いとも聞きますなぁ。特に橘中佐とは個人的にお親しいとか。」

一条の言い方はかなりのんびりとしたものだったが、品のない脅しに間違いない。しかし、山中は一条の鋭い目線が刺さっている以上、克人が首を縦にふらないよう見守るしか無い。

「や、山中。第12独立艦隊は当艦隊に必要か。」

克人はぎこちなく顔を山中に向け尋ねた。

「この戦争の根幹を為す南方攻略作戦の貴重な戦力です。」

山中の答えに安心したように頷くと克人ははっきりとこう言った。

「私は部下を信頼している。その部下が必要と言うのだから第12独立艦隊は渡すわけにはいかない。一条。お前も輸送艦隊を指揮するものを信頼してはどうか。」

これで克人の勝利だった。一条が悔しそうに唇を噛み締める。

山中は克人が克人なりに帝国軍人として大きく育っていたことに気づき、克人にしっかりと敬礼をして答えた。

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