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左遷艦隊  作者: マーキー
南方の小艦隊
27/50

迎撃

思いの外疲れていたようで多田野はすっかり寝入ってしまい、艦が外洋に出たころ、ようやく艦橋に入った。

遠く水平線には微かに夕焼けの名残が残っていたが、空と海はすでに、ほの暗くなり、灯火管制によって各種操作盤の蛍光色の光のみとなっている艦橋はどこか幻想的だった。多田野は、すっかり座りなれた司令官席に腰を下ろす。

彰子とエルナが両脇についた。

「隣に見えるのが、今回、当艦隊と此方側の沿岸を担当する第5艦隊です。」

彰子の声に多田野が右を向くと、ほとんど、空と一体となりつつある黒い船体が連なっているのが見えた。

「重巡3、軽巡4、駆逐6の艦隊です。第5艦隊は南方攻略艦隊では小さい方ですが、やはり荘厳ですなぁ。すでに偵察機は出してあります。間もなく敵艦隊を発見できるかと。」

このような状況でも日野は、まるで観艦式を見に来た軍艦マニアのようにのんきにそう言い、楽しそうに第5艦隊を見つめている。

不意に楢橋が手を上げた。敵艦隊発見の合図であった。

「敵艦隊発見。敵艦多数。先行する第5艦隊と当艦隊の間を進行中とのこと。」

エルナがリアルタイムに近い形でこの海域上の艦隊の動きを把握するために司令官席の前に設けられた机に海図と艦隊を示す駒を置いた。机の天板には電気が埋め込んであり、プラネタリウムのように艦橋の天井に海図が浮かびあがる。

第5艦隊が敵艦隊に対してイの字を書こうと右に少し頭を振る。それに合わせて偵察機から敵艦隊が頭を抑えられるのを阻止しようと右に転舵したと報告が入り、エルナが海図の上の駒を報告通りに動かしていく。敵艦隊は第5艦隊を最初の目標に定めたようで互いに右へ右へと頭を振り続けている。

多田野は敵艦隊の退路を塞ごうと艦隊を直進させることにした。

いよいよ、敵艦隊と第5艦隊が同航戦に入ろうとした時、多田野の耳に楢橋の緊迫した声が聞こえた。

「さらに敵艦隊。010。戦艦2重巡2軽巡2駆逐3。第5艦隊、敵射程内に入ります。」

新手の敵艦隊が敵艦隊につられて完全に右に転進しつつある第5艦隊の頭を塞ぐ形となる。

「偵察機はなぜ、気付かなかったの。もう一機上げて。」

エルナが戦場を把握出来るように自ら偵察機の範囲を事細かに設定し直している。

第5艦隊が右に旋回すれば、多田野の艦隊とぶつかり、かといって、左に旋回すれば、A艦隊との距離は縮まり、後方と側面から敵の砲撃を受ける。

危険な策だが急回頭で艦隊前方を空けるしかなかった。

「右回頭90度。」

多田野はそう叫ぶと自らの艦を示す駒を右に90度回転させた。

「了解。左回頭90度。本艦の前を空けます。艦隊進路をツルギにも打電。回頭後、直ちに最大戦速。」

意図をすっかり読んだ彰子が指示を完全なものにして伝え直す。

「既存の敵艦隊をAとし、新出の艦隊をBとします。」

急な転舵による圧に耐えながらエルナが海図の上に新たな駒を置いた。訓練の成果でそれほど隊形を乱すこと無く第12独立艦隊は右急回頭を完了させた。

「ツルギより『感謝スル。右旋回』との報。」

「敵B艦隊、右に転舵。A艦隊も反転しました。」

B艦隊が多田野の艦隊の外側を通るように転舵し、多田野達は第5艦隊とともに左右を敵艦隊に挟まれる形となる。形としては悪いが、戦艦の射程に入っても、重巡主体のA艦隊が攻撃位置につくには、まだ時間がかかり、左右からの一斉射撃を受けることはない。

「ここは左旋回できるようになるまで待つべきです。」

エルナが珍しくそう意見した。

「後、どのくらいだ。」

エルナが素早く計算を開始して答える。

「およそ10分。8分半で敵戦艦の射程に入ります。15分後にはこちらも射程に捉えますが、敵両艦隊から砲撃を受けることになるでしょう。」

両艦隊から砲撃を受ければ、確実に多田野達の未来は無かった。

多田野はもう一度海図に目を落とした。

「ツルギに打電。此方の左旋回に合わせて左旋回されたし。左だと念押しを頼む。」

楢橋が不審そうに一瞬多田野を見る。

楢橋の復唱を待って多田野は駒を右に15度傾けた。

「まずは右に15。」

「それでは、頭を抑えられます。敵の思う壺です。」

エルナが引ったくるように駒を元に戻す。

右ですかと彰子は笑った。

「おお。敵と一戦交えますか。当艦隊の速度なら戦艦なんかの頭を塞ぐのは簡単です。」

日野が彰子に同意するように言い、金沢も威勢よく声を上げた。

彰子が首を振る。

「我々は囮。」

多田野は彰子との連係に手応えを感じながらも、やはりその鋭さに怖さも感じていた。

彰子の号令一下、アサマは右に15度、頭を振った。

B艦隊がやや右に転舵するのが見える。敵は多田野達が一気に勝負を付けるために頭を抑えに来たと思っているだろう。例え、何か企みがあると感じていたとしても一方的に砲撃が掛けられる状況下で逃げるという選択肢はない。多田野は艦橋でほくそ笑む敵の姿が見えたような気がした。

「敵艦視認。敵艦発砲。」

観測手の声がして、特有の遠雷のような音が聞こえる。敵の照明弾の光がすっかり暗くなった海面をゆらゆら照らし、続いて敵の初弾が、かなり遠くに落ちたのが見えた。射程の長い敵戦艦からの一方的な砲撃が続く。南郷の必死な操艦で巧みに敵弾を回避しつつ、彰子はジグザグ航行の平均的な進路を読みながら、僚艦の動きにも気を配り、艦隊進路を予定通りの位置へ持っていく。それでも、網を絞るように敵弾の着弾範囲が纏まり始め、アサマの周りに水柱を立てる。

指示を出す声も命令を復唱する声も砲撃音に負けないように次第に大きくなり、艦橋がかなり慌ただしくなってくる。

「軽巡アヤセ二階堂艦長より『転舵ノ理由ヲ問フ』白石艦長からも同様の電文を受信。」

「敵弾が夾叉したら左に回避。全艦に『進路を維持したまま、回避行動を続けよ』と打電。」

楢橋が了解と叫んで、打電を開始した時、敵弾がアサマの近くに落ちたらしく、艦が大きく動揺した。彰子が伝声管に向かい、直ぐ様、人心の動揺を鎮める。

「了解。戦艦しか撃てないんだからそう簡単には当たらないわ。回避に専念して。」

「左旋回可能まで後1分。」

前回の反省から司令官席の背もたれをガシっと掴んでいたエルナが興奮した声でそう叫んだ。

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