急襲
予定された2週間の訓練の11日目を無事消化して第12独立艦隊は夕日のチャーラ島に戻ってきた。
心地よい疲労感の中、細かい反省はあるものの艦隊の練度向上と活き活きと動く乗組員達に充足感を感じながら多田野はぼんやりと近づきつつあるチャーラ島を見ていた。北有栖川と山中が大本営に呼び出され、昨日から基地を留守にしているせいか繁華街の明かりと喧騒がいつにも大きく見えると思った時、けたたましい警報音とともに伝令兵の声がチャーラ島に響いた。
「敵艦隊接近。チャーラ到達まで4時間。命令書に従い、各艦隊は直ちに出撃準備にかかれ。住民の皆さんは憲兵の指示に従ってください。」
弾かれたように艦内が一気に慌ただしくなった。
「緊急命令書、受信。当艦隊は第5艦隊とともに島右手の海域を受け持てとのことです。」
楢橋が暗号電文を翻訳して作戦の詳細を読み上げていく。司令部が電信による緊急命令出してきたことが、事態の切迫性を告げ、多田野を少し焦らせる。
「燃料と弾薬の補給を最優先。」
「大佐。出撃準備完了までの所要時間は。」
「2時間はください。」
彰子の声も少し慌てていた。
2時間。
通常の出撃準備の1.5倍の早さではあるものの敵の位置を考えると決して早くはない。
島の水上機基地から、索敵機は出ていたはずだが、アメリア諸島の複雑な島影と敵が自ら打って出てくるわけはないという慢心が敵艦隊の発見を遅らせた敵側の完全な奇襲だった。
「提督。現状のまま、敵艦隊が進行した場合の進路予想です。」
そういって、手慣れた様子でエルナが海図上に線を引いていく。これまでの訓練で、エルナは作戦を立案するというよりも情報をまとめるという艦橋での自らの立ち位置を掴んでいた。
「補給は我々が行います。提督はそれまでお休みください。」
珍しく、休めといったのはエルナだった。
そしてこれまた珍しく彰子もエルナに賛成の意を示した。
「橘中佐のいう通りです。疲労は判断を鈍らせます。主計や烹炊などの兵科に補給作業をさせて、訓練明けの兵たちにも交代で休息を取らせますので。」
それでも、多田野は自分が先に休息を取ることを渋った。
守備海域はチャーラ島近海、すなわち諸島の端の海であり、作戦を考えようにも、島や注意すべき岩礁すらなく、大陸まで大海原が広がっているだけである。確かに、出撃まで司令という職種に仕事はないが、皆が働いているところで休めるほど多田野はまだ権力慣れしていなかった。
しかし、艦橋に現れたツインテールを見た時、多田野は自らの負けを察した。こうなる事を見越した彰子が手を回していたようだった。
あの食事会の後、彰子と井上はなぜか仲が良かった。上下関係は厳格に守っているものの事務仕事で彰子が多田野の執務室にくるとどこか2人が姉妹のように思う時もあった。
「提督。眠らなくとも目を閉じて横になるだけでも、きっと気分が変わりますよ。」
と提督を休ませることが第一任務と張り切っている井上はツインテールをピンと揺らし、多田野の腕をかるく持った。多田野はおとなしく私室へと連行されることにした。




