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左遷艦隊  作者: マーキー
南方の小艦隊
21/50

懐刀

山中は北有栖川司令の私室を自分の執務室として使っている様だった。山中は丁寧にドアを閉めると、レコードに針を落としてから、多田野達に椅子に座るよう勧めた。

蓄音機から微かにクラシックの音が流れる。

「私が同席してもよろしいのでしょうか。」

大佐は恐る恐る山中に聞いた。

大佐は旗艦艦長であり、艦隊内の会議には参加するが、艦隊司令部における会議には作戦参謀が同席するのが正しい。多田野も山中が大佐をここに同席させる理由を計りかねていた。さらに言えば自分自身がなぜ山中に呼ばれたのか多田野にはわからなかった。

「構わない。君が実質的な作戦参謀だと私は考えている。エルナ君には作戦参謀は無理だろう。」

山中は軽く笑いながらそう言って大佐に椅子に座るようもう一度勧めた。

多田野は大佐に目でここにいるように伝え、山中は大佐が椅子に腰を下ろすのを待って、一回り声を落として話を始めた。

「今、現在、国民だけでなく我が軍の大多数の将校すら、この戦争の戦況を理解していない。これは大本営が情報統制をしているからだ。」

多田野達の前の机の上にある地図には、真ん中に細長く帝国本島が書かれ、今、多田野達がいる南のチャーラ島と本島の西、アメリア本土との国境に浮かぶ矢方島と呼ばれる要塞島が赤く丸付けられている。

「国力から見れば、我が帝国に勝ち目はない。そこで、軍令部は資源地帯であるこの辺りの島々を解放し資源量での均衡を得た上でアメリアと本格的に事をかまえる事にした。南方解放間のアメリアの攻撃は矢方島要塞が一心に引き受け、その為に必要な戦力は辺境基地及び、帝国本島の北部、南部から集結させる。つまり、帝都のある本島中部と矢方島に南方攻略以外の全戦力を投入し死守するという作戦だ。」

多田野は軍令部の作戦に言葉が無かった。

守備範囲を限定することで重要拠点を守るということは決して悪いことではないが、防衛戦力すら不足しているという事実は由々しき問題である。

「しかし、それでは当該地域に住む国民はどうなるのですか。」

耐えきれないと大佐が感情をあらわに立ち上がった。

「軍は本島、北部及び南部のすべての基地の戦闘能力をゼロにしたことをアメリアに非公式にリークした。当該地域の希望する国民に基地を開放もしている。諜報部はAIA | (Ameria Intelligence Agency )の諜報員が確認したことも察知しているということだ。」

帝国の無謀な行為によってアメリア軍は帝国北部、南部への攻撃理由を無くした。むしろ、攻撃を実行すれば非戦闘員への虐殺行為で国際世論を敵に回すことになる。しかし、それは国民を盾に使うということに他ならない。

「アメリアは国民の間で厭戦ムードが高いと聞く。さらにウエスタ大陸とのバランスを考えれば、ここで海軍国の我が国と大規模な艦隊決戦は避けたいところだろう。それに我が国の重油や弾薬等の備蓄はもって後5ヶ月。正直言って、アメリア側は待ってればいい。実際、戦闘は小規模なものだけで、戦線は膠着している。にもかかわらず、南方に集められたのは旧型艦や軍令部に批判的な提督ばかりで、艦隊編成もバラバラ。戦線構築には後少なくとも3週間は掛かる。」

「それでは、実質、2ヶ月で南方を攻略しろと言ってるようなものじゃないですか。」

南方諸島は大小合わせて20以上の島がある。そのすべてに軍事基地が無いとはいえ、5つ以上はあるだろう。事後処理や矢方島への輸送も考えれば、かなり、タイトなスケジュールになる

「幸いに油田のある重要拠点チタ島の防備はそれほどでもない。遊撃に出ている艦隊も大したことはないだろう。ヨーテイの代わりの重巡に、さらに軽巡と駆逐艦を1隻ずつ預ける。君の好きな島から落としてくれ。」

多田野は出撃までにかかる時間を知ろうと大佐を見た。

「最低でも2週間は必要かと。」

大佐が多田野の意図を汲んで答える。

山中も結構と頷いた。

「でも、なぜ我々にこんな話を。」

少し無礼な言い方に大佐が慌てて多田野の腕を軽く引く。山中は笑った。

「君が伊戸の息子だからだ。私と伊戸は海軍士官学校の同期でね。当然、神城も知ってる。」

多田野は父親の名前が出て安心しそうになる自分を抑えて、山中の話の続きを待った。努めて冷静で状況を見なければ、また犠牲を払うことになると多田野は感じていた。

山中が感心したようにため息をつき、窓辺に立った。

「殿下やその父上様にあらせられる正人親王殿下が皇太后陛下に疎まれていたという噂、あれは、事実だ。宮廷費の割り当てを減らされても支出が減るわけでもなく、家財を売っても財政は一向に好転しなかった。そこで、武官として仕えていた私は伊戸に相談し、殿下を軍に入れることにした。俸給は出るし、国民へのパフォーマンスにもなる。恐れながら軍事的才能のない殿下でも内地なら安全だ。」

確かに、3年ほど前、北有栖川家が財政破綻しているという噂は国民の間に広まった。そのすぐ後、当主の息子である克人殿下が海軍に志願したことで国民は大いに驚き、噂は立ち消えとなり、海軍志願者が一気に増加したという経緯は多田野は急増した書類処理という形で身を持って知っている。

多田野は立ち上がって、山中のすぐ近くに立つ。

窓からは遠くにチャーラ島の原生林が見え、足元に目を転じれば真っ黒に焼けた兵がせっせと荷を運んでいる。

「一条はその経緯を知った上で殿下を前線に出した。偵察によれば南方守備艦隊は大したことない。闇雲に攻撃を仕掛けても殲滅はできる。この戦争、一条は勝つ気など無い。資源を確保してアメリアと講和に持ち込み、より良い条件で南方の資源を手に入れる。最もその為に南方攻略艦隊は壊滅するがね。」

壊滅という言葉に大佐が息を飲む。

「つまり、一条長官は厄介払いを兼ねていると…。」

多田野の言葉に山中はその言葉が適当だなと苦々しく頷いた。

「この際、一条派以外の海軍将校を根絶やしにしようということだろう。だから、私はこの南方艦隊の数を減らしたくない。それでは帝国がアメリアに勝っても亡国になってしまう。それに、あそこで荷を背負う兵までも下らん政争で殺すことはあるまい。」

多田野は山中の真意を知り安心するとともに黙って敬礼した。

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