責任
多田野は彰子とともに負傷者がごった返す医務室に来ていた。
ヨーテイの医務室は居住区域の中央にあるため、被害はあまりないように見えたが、被雷したとみられる途中の居住区域は薄い煙が立ち込め乗員たちが忙しそうに行ったり来たりしていて、多田野は改めて自分の判断の大きさを思い知らされていた。しかし、医務室で処置を受けていた負傷兵達は皆、多田野に笑顔で敬礼を向けていた。
軍医の三上は民間からの出向の若い医師で、一度に担ぎ込まれた負傷者に体力を大きく奪われたようだったが多田野と彰子を見つけると思い出したように敬礼をしてみせた。
「先生、橘中佐が倒れた。それと負傷者の具合は。」
三上はベットにエルナを寝かせ、手際良く処置を施していく。
「中佐は脳震盪ですね。負傷者の容態ですが、4人が骨折。他の15人は擦過傷と打撲で大したことありません。」
三上はそこまでいってカーテンを引いた。薄いカーテンでも少しはざわつきが軽減される。
「重症なのが一名。配管が破損して、高温の水蒸気を浴びたらしく重度の熱傷。」
「どの程度ですか。」
多田野の問に三上は残念そうに首を振った。
「治療は試みてますが、もう…。一つ飛ばして一番奥のベットにいます。」
多田野と彰子は一番奥のカーテンを開けた。
全身に包帯をグルグル巻かれた男が寝て、包帯の間から目と口と鼻だけが見えている。
真新しい白い包帯はもうすでに所々ジワリと血で染まり始めていたが、それでも、男は突然現れた艦長と司令に驚きながらも敬礼をしようと試みていた。
彰子がもはや、少しも上がらなかった男の右手を優しく抑える。
「申し訳ありません。」
男はか細く掠れた声でそういった。まだ若い声だった。
「いいのよ。山崎一等水兵。」
多田野は彰子が声だけで末端の兵の名前を呼んだのに驚いた。山崎が嬉しそうに笑う。
「あの、輸送艦は無事でありますか。」
「輸送艦は無事だ。敵潜水艦も離脱した。もう大丈夫だ。」
多田野ははっきりと頷いた。
「よかった。」
と、山崎は心底安心したように大きく息を吐き出した。
自分の判断で命の尽きかけようとしている男が自らの守る輸送艦の無事を気にしている。多田野は目頭が熱くなるのを感じて、慌てて山崎から目を逸らした。しかし、山崎のよかったという一言は多田野の心を少しだけ慰めた。
「看護婦さん。水を。」
山崎のか細い声では聞こえないだろうと多田野はカーテンから頭を出したが3人いる看護婦もそれぞれ5人ほどに囲まれて処置をしている最中だった。
「私じゃダメかしら。」
と彰子は水のみを手に取り、ためらうこと無く血塗れた山崎の頭の下に手をいれて、唇を濡らすくらい、ほんの少し水のみを傾ける。
もう山崎に水を飲むだけの力は無く、水が頬を伝って流れていった。
「艦長殿に水を飲まさせていただけるとは…。同期の奴らに自慢したい。みんな艦長が大好きですから。」
山崎の目がニコニコと笑いながら幸せそうにゆっくりと閉じていく。
いつの間にか、後ろに立っていた三上が力なく首を振ってみせた。
「うんと自慢してやりなさい。」
そう山崎に声を掛けた彰子はまだ笑みを作っていたが、声が少し湿っていた。
「泣いてはダメですよ。私も初めてですが、彼は任務を全うして死んでいったのです。」
自らに言い聞かせるようにそう呟いた彰子に多田野は何も言えなかった。
ただ、彰子の肩にそっと手を置いた。




