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左遷艦隊  作者: マーキー
提督の誕生
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新顔

 ハヤサメを迎えて、那岐島に戻った第12独立艦隊は任務前の休暇をもらい、半舷上陸の体制にあった。

 選ばれた幸運な者たちは皆、家族や恋人のもとにいくなど思い思いに短い休暇を満喫をしているだろう。

 一方、帝都から来て、特に行くあてのない多田野は今日も艦の執務室で書類仕事に精を出していた。

「こうしてみると艦も静かだな。」

「提督。提督こそお休みになられた方が。今からでも船務科に。」

 井上もくじから外れた身分なのか多田野を手伝っている。

「いつ休むかの違いだよ。行くとこもないしね。それにハヤサメの艦長も来るらしいし。それより井上さんは良かったの。もし、あれなら、それこそ船務科に取り計らって。」

 井上はそれは職権乱用ですと笑った。

「それに家族とかいないんです。みんな私が小さい頃に事故で。」

「それは…。すまない。」

「提督。失礼します。神城です。」

 ちょうどいいタイミングで来たと多田野は彰子に感謝する。

「どうやら、僕の周りは仕事熱心な部下に囲まれてるようだ。」

 井上がニコッと笑ってドアを開ける。

「提督。補給物資に関する資料です。」

と彰子は分厚い書類を机の上に置いた。無論、補給物資に関することは船務科の担当で彰子の担当では無い。

「そんなの誰かに任せて君も休めばよかったのに。」

「船務長も上陸組でして。それに副長も上陸させましたので。」

 妻帯者の副長と代わってやったのかと多田野は書類にざっと目を通す。

「爆雷の追加補給要請か。橘中佐の要請かな。」

「ええ。橘中佐は『Off duty!』とか言って半舷上陸しましたけど、まさか、ご報告が。」

 彰子は驚いたようにいった。多田野は頷く。

「チャーラ島は我が方の勢力内とはいえ、『イ号作戦』の最前線基地ですから、その近海にはアメリアの潜水艦が潜んでおり、少なくない被害が出ている模様です。その為の処置と思われます。すでに各艦長にも連絡済みです。」

 実際、自分の仕事はサインだけなんじゃないかと多田野は思う時がある。

 これで彰子は上陸は出来ずとも自室で休めるはずと多田野は彰子の説明を聞きながら急いで後の補給も確認して書類に署名をし、判を押した。

「そういえば、そろそろ、ハヤサメの艦長がいらっしゃるとか。」

 彰子が書類を受け取りながらそう言った。

「そうだな。女性と聞いているけど…。」

 多田野の目線を察知した井上が手帳を確認して5分程でお見えになる時間ですと言った。

「なんたって、宣伝部隊ですから。きっと、女性進出にも一肌脱がされるんでしょう。」

 と彰子が言ったところで、水兵がタイミングよくドアを叩く。

「提督。駆逐艦ハヤサメの艦長、白石乃梨子大佐がお着きになりました。」

 白石はつややかな髪をアップにし、切れ長の瞳になんとも言えない色香と愁いを湛えている妖艶という言葉なぴったりな女性だった。年は多田野より少し上、30を過ぎた頃だろうか。桜色の唇が少し気だるげに言葉を紡ぐ。

「駆逐艦ハヤサメ艦長、白石乃梨子大佐。着任いたしましたわ。よしなにお頼み申します。司令。」

「ああ。よろしく頼みます。白石大佐。」

 多田野は瘴気に当てられたかのようになり、ようやくそれだけ言った。彰子と井上の視線が少し厳しいものに変わり、多田野の意識を覚醒させる。

「皆様、半舷上陸でお休みとか。私の艦も半舷上陸させてよろしいでしょうか。」

「はい。構いません。こちらがヨーテイの艦長、神城中佐と私の従卒の井上伍長です。」

 話の流れを彰子と井上に向けた多田野は、予め作成しておいたハヤサメ用の書類にサインを書き入れていった。

「私がこのヨーテイ艦長を務めます神城彰子です。」

「司令付きの従卒、井上麻里奈伍長であります。」

 とりあえず、自己紹介を済ませた2人が白石を見る目つきはなぜか厳しいものだった。白石は平然と微笑みを浮かべ、愛想よく頭を下げた。

「乗船許可は、上陸するという副長の日野さんという方に頂いたんですが。白石乃梨子と申します。よろしくお願いします。それにしても女の方が多いですね。では。神城中佐、井上伍長ごきげんよう。」

 白石はそういったが、彰子や井上には目もくれず、多田野に手を軽く額に付けるように敬礼して、執務室に淡い香水の香りを残して出て行った。

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