無休
多田野が島に帰ってきた翌日、扶桑帝国はアメリア本国と帝国の南に広がるアメリアの植民地ともいえる島々、通称アメリア諸島の解放・攻略作戦『イ号作戦』を開始し、アメリア側の僅かな駐留軍と旧式の艦が多い植民地軍との間で海戦が始まった。本国近海での艦隊決戦による戦争の早期集結を望んでいたアメリアは大きく出鼻を挫かれた形となった。
一方、戦域とは反対に位置する北の第12独立艦隊は戦争とは無縁だった。
多田野は今日も書類仕事に精を出し、艦はこれから、新たな僚艦を迎えに行くついでに訓練すると訓練海域を航行中だった。
外洋に出て少し揺れが大きくなってきたが、これくらいならまだ仕事が出来ると多田野は手を止めない。
「あの。そろそろ、一度、お休みと取られたらいかがですか。」
井上が書類を整理しながらそういった。
多田野が書類から顔を上げると井上の顔には少し疲れの色が見て取れた。意外にも、井上の事務処理能力は、ここ何日間かの指導で、書類によっては内容を精査し、多田野は署名のみをすればよいというものも出始めているほど、高いものだったが、今日は出撃関連の書類が多く、始めてから3時間半が経っても、まだ3分の1ほどしか終わっていなかった。
「やはり、出撃すると書類が多くなるな。少し休もうか。」
井上の顔が少しほっとしたものに変わり、窓際の棚まで紅茶を淹れに行く。
「でも、司令はすごいですよ。他の司令は書類仕事がお嫌いな方が多いので、訓練航海でも3日はかかるといいますから。」
「3日か。もう少しのんびりやってもいいかもしれないな。」
多田野は大きく伸びをして応接セットの方に移った。
通信士がドアをノックした。井上がちらっと多田野の方を見てからドアを開ける。
「『第12独立艦隊ハ明日到着のユ102輸送艦隊ヲ、チャーラ島まで護衛セヨ。』とのことです。」
軍令部の決まりでは作戦決定後、できるだけ、早く作戦命令書を届けることとなっているが、しかし、このタイミングで持ってこなくともよいだろうと、多田野は恨み節の一つでも言いたくなる。
少なくともこれで、受領書の作成と戦闘装備の補充に関する書類は追加された。多田野の落胆を知ってか知らずか、通信士は命令書を渡すとすぐに艦橋へと戻っていった。
「神様はなかなか提督を休ませてくれないですね。」
井上はせめて一服なさってくださいと紅茶を置いた。
「ああ。そうだな。井上さん。悪いけど、規定通り、作戦参謀の橘中佐をこれを届けてくれる。」
井上は、多田野の机に受領書の書式を置くと、もちろんですと敬礼をして部屋を出て行った。




