疑惑
第12独立艦隊の帰還を那岐島はまるで戦勝パーティーのような歓待を以って迎えた。
開戦したと言っても、最前線ではないこの島にとって、『撃退』も一級の戦果として扱われ得る。多田野は逃げ帰っただけだという野暮を飲み込んで、艦橋から歓声に答えた。
港から聞こえる軍楽隊の音楽と人々の歓声に水兵たちは煙幕で真っ黒になった手と帽子を振って応えている。
「全く、とんだ初陣でしたね。」
日野が笑顔で甲板を見ながら呟いた。
「自分も提督が敵艦隊に突っ込めといった時は。」
「ええ。ダメかと思いました。それにしても、まさか魚雷をああ使うとは。」
南郷と金沢がそれに呼応して笑った。
「お疲れ様でした。提督。見事な采配でした。」
彰子が多田野に向かい敬礼し、日野以下もそれに続いて敬礼した。
しかし、多田野一人は少し浮かなかった。
あの位置に突然現れた敵重巡艦隊。作戦内容の流出があるとすれば、由々しき問題だった。
「提督。遠藤司令より『ソチラ二行ク。褒美ヲ持ツ』とのことです。」
楢橋がご褒美は何ですかねと付け加えて嬉しそうに報告する。
わざわざ、このタイミングで遠藤が通信をしてきたことを見ると、敵の出現について思うところがあるのだろうと多田野は考えた。少なくとも、皇族直属の独立艦隊に基地司令が褒美を持っていくという馬鹿をする司令では無かった。
「遠藤司令が来ることは秘匿事項とする。出迎えもなし。通信長、こちらは暗号と平文両方で了解の返事を。」
「秘匿事項ですか。かしこまりました。」
いの一番に艦長が『かしこまりました。』といったことで日野以下も黙らざるを得なかった。
彰子は早速、何かを察知したようで、さり気なく戦闘詳報を多田野に渡してきた。
全く、仕事が出来る艦長だと感じながら多田野はおもむろに帽子を取り、その影から詳報を受け取る。
「では、副長。後を頼みます。艦の清掃後は特別に風呂を許可して下さい。」
日野は承知しましたと敬礼をして多田野に答えた。
「済まないが、神城中佐は私の部屋に。」
かしこまりましたと彰子は多田野の後について艦橋を出た。




