私の彼氏がヤンデレだったようです。(逆転?)
薄暗い彼の部屋で、もつれあう私と南くん。
「ごめんね。でも、南くんが悪いんだからね……」
「や……やめるんだ。美園…っ」
ぎゅっと縄で大好きな南くんの手足を縛っていく。
抵抗はあまりされない。むしろ、おずおずとだけど、素直に手を差し出してくる。
よかった。
……抵抗したらもっとひどいことしなきゃいけなくなるもの。
ちくりと心が痛む。私だって本当はこんなことはしたくない。
ただただ可愛い女の子でいたい。
特に南くんにはそう思われたい。
でも、しょうがないんだ。しょうがないんだ。
何度も言い聞かせて、手を動かす。
よし。隙間なく縛れた。この前は、ちょっと緩くてすぐ解かれちゃったものね。完璧にしなくちゃ。
両手両足をぎちぎちに縛られて顔をゆがめる彼の頬に手を添える。
顔を背けようとする南くんの首を固定して、ぎゅうと抱きつく。
普段、南くんは私が触れるのを避けようとするので、拘束時には甘えたくなる。
逞しい胸板からばくばくと心臓の音が聞こえる。あったかい。
思えば、彼が縛られているときにしか、ちゃんと触れ合ったことはないかもしれない。
恋人同士なのに、おかしいよね。
くすと笑う。
「南くん。南くん。南くん。」
右手で目蓋を塞ぎ、次いで唇に指を滑らせる。
「その目で私以外を見ないで
その口で私以外を呼ばないで。」
空ろな目で、ぼんやりと呟く。
「私は、私は、こんなに貴方が好きなのに。」
ぎろり。と目を吊り上がったのが自分でもわかる。
「ねえ、どうして。どうして、昨日こそこそと女の子と喋ってたの?」
唇に置いた右手を首に移動させて、ぐっと押す。途端、南くんは咳き込む。
「…ぐっ…ごほっ、ごほ……それは」
「言えないの?」
「……そうじゃ、ないけど。」
「じゃあ、さくさくと説明してくれる?待たされるの、趣味じゃないの」
そう吐き捨てて、首の後ろに手を回して、そのまま抱きつく。
ぴったりと、彼に寄り添うような形になる。
ふるふる南くんがちょっと震えてる。寒いのかな。室温は確かにちょっと低いかも。
もっとくっついてあげよう。えい。
ぴとり、と南くんの胸に顔をうずめる。ああ。幸せ……。
「……えっと、昨日のこと説明するから、ちょっと離れてよ……お願い……近すぎる」
心底嫌そうな声で言われた。
酷い。ちょっとだけ傷ついた。
「なんで、そんなこというの。」
低い声が出る。
え。頬を触ったときは嫌がってなかったよね。
密着したから?近づきすぎ?そんな。
「ねぇ、私がこんなにこんなに南くん好きだって言ってるのに、私の目を盗んで他の女の子と喋って、ちょっと触れたら嫌がって……ねぇ、南くん」
声が震える。
あれ。ちょっとだけ、本当に不安になってきた。
「南くん、本当に私のこと好きなの?」
「そんなの……」
「決まってるっ僕は美園のことを……」
「愛してるよ。美園を愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるっ。僕は気が狂うほど美園を愛してるっ」
息継ぎなしで愛を叫ぶ南くん。
ああ。よかった。いつもの南くんだった。
いや……よかったのかな。別に気が狂うほどじゃなくていいんだけどな。
って、あれ。
南くん。いつのまに、縄解いてる?どうやったの?
「美園は本当に縛るのがへたくそだよね」
と呟いた南くんは自由になった両手をふらふらと振る。そのままぎゅっと抱きしめられる。
「この家さ。今誰もいないんだよ。僕の部屋で密着なんてしたら多分、僕、我慢できないから、離れてって言ったんだけど、あんなに密着してくれたよね。つまりは美園、いろいろと覚悟はできてるんだよね?」
えっと、えっと。この次、台本ではなにするんだっけか。あれ。思い出せないよ。ど、どうしよう。
思い出せないので結局、素で返答するはめになる。
「か、覚悟って?」
「妊娠して高校やめる覚悟とか?」
「……そんな覚悟できるわけないでしょおお?!」
「散々煽ったんだもの。覚悟できてるのかと思った」
「全然ないですっっ。ごめんなさいっ謝るから勘弁してくださいっ!」
ぎゅって抱きついただけじゃん。なんで「そんな今から頭を1センチずつ丸かじりするけど文句ないよね。」みたいな宣言されなきゃならないのっ。
あのね。そもそも、南くんがいきなり「襲うの我慢できなくなるから」って宣言して今週一週間私のこと、1メートル以内に入れてくれなかったから、私が南くんを手足拘束してスキンシップとったんじゃないですかー?
おわかり?
あ。はい。でも、さっきはちょっと調子に乗ったかもしれないです。睨むのはやめてください。っていうか、私のこと縛らないで。それは絶対禁止だって約束したよねっ?!
「お願いだから、私のこと好きなら、我慢してほしいなっ」
涙目で訴えると、南くんは「……うん」と、ため息のような返事をした。
私は、1ヶ月前、南くんに告白した。
優しくて、イケメンで、親切な南くん。
最初は友だちだったけど、だんだん好きになっていた。
告白したとき、彼は一瞬だけものすごく嬉しそうになって、でも、すぐに苦しそうに顔をゆがめた。
「ごめん。付き合いたいけど、付き合ったら美園に迷惑かけると思う」
そう断られた。
彼はものすごく嫉妬深く交際相手をぎっちぎっちに拘束したくなるのだそうだ。前の彼女は、彼の拘束と嫉妬に耐え切れずノイローゼになりかけ、最終的に転校して彼から逃げたらしい。
それ以来、「自分はおかしい」と自覚があって、苦しんでいるけど治らないらしい。
そんな、彼に私は提案した。
とりあえず、
「私が、南くんをむちゃくちゃ拘束するので、拘束される気持ちを分かってみよう」と。
我ながらあほな提案だったと思うんだけど、案外うまくいってしまったのだった。
正直な話、私は、つきあった人に対して、超放任主義なので拘束したくなる気持ちはよくわからない。
昨日の女子との会話だって、無理やり捕まって、勉強教えてただけだろーなー。南くんあたまいいもんなー。って、のほほんと思ってる。
でも、私が演技でも、嫉妬して他の女の子と喋らないように拘束するのが、彼は嬉しいみたいだ。
さっきみたいに病的に嫉妬したフリをすると、「愛されてる」と安心するようで、私への嫉妬が弱まる。
いやぁ、ほんとう。共学なのに、たった一人の男子も目に入れないでほしい、と泣かれるよりは「女子を目に入れるな」と病んだ演技で命令しているほうが楽だ。
っていうか、南くん。無理な命令を忠実に実行してるのがすごいよね。昨日、勉強教えながらも、女の子のほう実は見てなかったもんね。正直、ドン引くぐらいすごいよね。
「美園。美園。美園。」
「その目で僕以外を見ないで
その口で僕以外を呼ばないで。」
両腕の檻のなかで。
彼はさっきの私と同じ言葉を口にする。
彼の笑顔は、蕩けるほど甘く幸せそうでーーーー
私は、つられて、少し笑ってしまう。
……そろそろ、ヤンデレシリーズ連載にまとめたほうがいいんだろうか。
うーん。