私は私…
翌朝、早めに起きた私は、昨日買った服に着替えた。
仕事用の服。 新品だけど、大丈夫かな。
夕馬を起こし、支度をさせた。
まだ眠そうに目をこする。
「夕馬、 朝弱いよ。 よく遅刻しないよね」
「遅刻はヤバイでしょ。 オレ、 一応あの部署のエースだもん」
否定はしない。
確かに仕事、よくできるし。
営業職の夕馬。 事務職の私。
同じ部署だが、接点はあんまりない。
夕馬の取ってくる仕事を、私は事務処理するだけ。
うちの会社は商社だ。営業たるものは、仕事をきちんと粉さなければならない。
事務は、それを支える。
私は短大を卒業し、就職難の中で、ようやく
今の会社に入社した。
夕馬も大学卒業して、同じ会社に入社。
仕事がよくできるので、あっと言う間に出世コース。
私は……。 無難に仕事するだけ。
なるべく目立たず、失敗もせず。
ごく普通に。
平凡だけど、これでいい。
夢とか目標とか、特にないし。
ただ、仕事は辞めたくない……。
自立したいと言う、変な意地がある。
男の人に頼り生きるのは、どうだろう。
「早く食べないと、 間に合わないぞ」
手早く朝食をとり、出勤。
「先に出るね。 時間、 ずらしてから来て
よね」
「はいはーい。 行ってらっしゃい」
夕馬と二人での出勤は、流石にになんだし。
変な意地が、邪魔をする……。
「おはよう」
いつもの様にオフィスの自分の席へ座る。
「あれ? 今日早くない?」
隣の席の友人が聞いてきた。
「うん、 たまにはね」
口が軽い友人は要注意だ。
「あっ! おはようございます。高野さん」
夕馬が出勤して早々、あの娘が夕馬に駆け寄った。
「ああ、 おはよう。 今日も元気だね」
営業スマイル。 そんな事するな。
夕馬狙いは多いが、最近特に夕馬にアピる
あの娘。
夕馬と仕事上、接点が多い。
「まただよ。 あの娘。 高野君狙い、分かりすぎ!」
友人の言葉に、ちょっとモヤモヤ。
「モテるからね。 高野君……」
平常心。
悟られたくない。
でも。 確かに最近夕馬に近づき過ぎ。
本当に狙ってる?
私より年下の、可愛い感じの娘……。
平野有里 。 名前もまあ、よくできてる事。
夕馬は別にって感じで流しているが、悪い気はしないよね。
仕事しないといけないのに、何か、やな気持ちになる。
あの子だったら、夕馬の夢、素直に喜んで応援するのかな。
私だって、夕馬の夢、叶うよ。何て言ってた……。
でも今は、素直になれない。
「水瀬さーん。 ちょっといい?」
不意に夕馬の顔が目の前にきた。
「うわっ! え……。 ごめん、何?」
ビックリした……。
「そんな驚かなくても……。 この書類! 宜しくね」
書類で頭をポンっと叩き、机の上に置いた。
「ああ。 うん、 分かった」
心臓に悪いよ。急に……。
私は夕馬の置いた書類を手に取り、パソコンに入力。
たまにこう言うやり取りがある。
ついこないだまでは、何でも無かった事。
今はいちいち、色んな感情が入り混じる。
夕方になり、帰る支度をしていた私の耳に、
あの娘の声が入ってきた。
「高野さん! いつ誘ってくれるんですか?
今度行こうって言ったじゃないの!」
チラリ。声のする方を見た。
……お嬢ちゃん、場所はわきまえようね。
ため息しか出ない。
ストレートに夕馬に感情を言えるのは、羨ましいが。
「いや、 本当ごめん。 付き合いとかあるしさ……」
困り気味の夕馬。
自分が悪い。
私は無視して、オフィスを出た。
夕馬はきっと来る。
あてもない確信。
暫くして、夕馬がこちらへ来た。
「随分、 おモテになる事」
可愛げない言葉だ。
でも、自分は偽らない。
「そんな事言わないでくれよ。 悪かった」
私に触れようとした手。
さりげなく振り払う。
「ここ。 会社!」
急いで会社を後にした。
「夕飯、 食べる?」
帰り道。駅まで後少し。
私は夕馬に聞いた。
「オレの家なら……」
「え? だって……」
「知ってるよ。 オレ。 着替え二日分。 風生の荷物、 ちょっと見た」
「はあ? 何やってんの! 最悪……」
拗ねる様に横を向いた。
「素直になりなさい。 明日帰ればいい」
夕馬の言いなり。 悪い訳ないけど、流されるのはいや。
可愛くないのかな……。
結局、またお泊りの私。
自分らしく生きていきたい。
でも、夕馬との時間も好き。
ああ、もう! 分からない!
私は私。夕馬は夕馬。
お互い違う人間だから、お互い尊重し合える関係でいたい……。
あんまりべったりは、苦手だ。
でも、夕馬はべったりしたいらしい。
合わせるべき?
嫌なら嫌って言えばいい事。
嫌われたくないから、自分を抑える。
やだ……。 こんな早く、気まずくなりたく
ない。
夕馬の腕にしがみついた。