イタリア娘再び。
翌日は曇り空。
何処と無くどんよりしている私と同じ空模様。
夕馬が起きる前に朝食の準備をする。
ふと思い出す昨日の光景……。
不覚にも逃げ出してしまうなんて。
でも、あの中に入れない自分がいたのは事実で、意気地なしになった。
あの子の笑顔、恋する女の顔してた。
「夕馬? 起きて! 朝だよ」
カーテンを開け、夕馬を起こした。
曇り空が少し明るくなってはいるが、陽射しはない。
「ん……。 おはよ」
のそのそ起きてきた。
「全く朝弱いね。 よく今まで起きられたじゃない」
ベッドのシーツをはがしながら聞いた。
「うん。 いつも起こしてもらってたから」
その言葉に手が止まる。
「誰に?」
言葉を飲み込んだ。
浮かぶはあの子の顔だ。
「ふーん」
テキパキとシーツを取り終えた。
飲み込んだ言葉は言わないまま。
「ご飯食べて。 遅れるよ?」
朝から嫌な気持ちになりたくない。
色々気にし過ぎだ。
洗濯機にシーツを押し込み思った。
「じゃあ。午後電話するから。 今日は来いよな」
そう言うと出掛けて行った。
今日は陽射しはないが、洗濯はしなければならない。
乾燥機を使い洗濯をした。
その間、掃除機をかける。
今日も勿論あの子はいるだろう。
夕馬に寄り添い。
私の事言ってないのだろうか。
一気に襲う不快感。
私は家にある材料で、昨日のナッツクッキーを焼いた。
私の為に色々揃えてくれたらしい。
クッキー焼くのは久々だ。
前はよく焼いていた。
ナッツ入りクッキー。
あの味、きちんと再現できるかな。
コーヒーに合うか分からないけど。
私の頭に浮かぶ未来の二人。
いつか店を出せたら。
クッキーもメニューに入れてもらおう。
午前中は掃除やら、クッキーやらで過ぎて行った。
夕方近くになり、夕馬から電話が鳴り、私は店に出掛けた。
胸がザワザワする中、店まで歩いた。
途中夕馬が迎えに来ていて、二人で店に入る。
やはり店内は落ち着きある内装であった。
私はカウンターに行き、店の主人に挨拶。
お土産も渡した。美人の嫁として紹介され、
気恥ずかしくなる。
しかし、きちんと紹介されて嬉しい。
成る程と、何故か納得された。
お土産もニコニコしながら受け取り、夕馬について話してくれた。
イタリアでの生活は、私の知らない事だらけだが、夕馬の暮らしぶりを聞けて良かったと
思う。
出されたコーヒーはとてもコクがありながらも、甘さが口に広がった。
拘りブレンドらしい。
私はついでに焼いたクッキーも持参したので、 夕馬に告げた。
「クッキー? へー。 頂きます」
ラッピングしたクッキーのリボンを解いた。
「風生は器用だよね。 ラッピングとかきれいにしてさ」
急遽、近くの雑貨屋さんで買ったラッピング用リボンと袋。
良かった……。
「ナッツ入ってるんだ? 甘さ控えめで美味しいよ。 マスターも食べてみる?」
ここまでの会話は英語。
観光客の多い街。英語を話す。
マスターは小太りの初老の男性で、イタリアのイメージを崩さない人だ。
笑顔が素敵な紳士。
にこやかに私のクッキーを一口。
「とても美味しい。 苦味の少ないコーヒーに合うかも知れなね。 ラテとか……」
いや。そんな真剣に……。
私達が談笑している中、店のドアが開いた。
ふと振り向き、ドキリとした。
「有里。 遅かったね」
平野さん。
私の顔を見て少し驚いた様子で、カウンター内に入った。
「ハーイ。 マスター。 夕馬さん。 ごめんなさい、 買い物してて」
キッチン台に紙袋を置きながらそう言った。
夕馬さん?名前で呼ぶな。
て言うか、さっきまで居なかったな。
私は平野さんに挨拶した。
「お久しぶりです。 夕馬……。 高野がお世話になっています」
一応おじぎ。
目を少し大きく開き 「お久しぶりです……」
一言だけ言った。
この反応は、知らない反応だ。
「平野さん? そろそろ準備して」
夕馬に言われ、袋の荷物を片付ける。
何かまた……。
段々閉ざされる空間が広がってきた様な。
「風生? 大丈夫? 」
「大丈夫よ。 何か忙しそうだね」
「仕事帰りの人が来るからね。 夕飯後の一息に」
そう言いながら、コーヒー豆をブレンドし始めた。
カウンター内の棚には、ビッシリコーヒー豆が並んでいて、何種類もの豆をブレンドしている。
私の知らない世界で働く夕馬。遠くに感じた。
あの子も何やら仕事をしている。
洗い物をしたり。
ともかく私の立ち入る場所ではない。
カウンターの外と中。
完全に違う世界……。
夕方は来店が多い。
私は邪魔にならない様に端の方で店内を見ていた。
時折聞こえるカウンター内の笑う声。
陽気なイタリアの人達の話し声。
広がっていく何とも言えない私の気持ち。
平野さんは全く無視している。私の存在。
何しに来たんだ?
そう思っているのだろうか。
しかし結婚の事知らないの?夕馬。何故言わないのよ。
気まずい空気は嫌なのは分かるが、ハッキリ言ってくれなきゃ。
ようやく閉店。
夜はこれからと言う時間に店じまい。
日本とはやはり違うなぁ。
マスターと平野さんに改めて挨拶。
「夕馬さん。 最近モーニングコール要らないって言ってたから……。 水瀬さんがいらしてたんですか。 お身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、 ありがとう。 それより有休。 もうすぐ消化しますね……」
夕馬はやっぱり言ってない。
私からは言わず、さり気なく有休をもちだした。
「私。 イタリアにもう少しいようかと思いまして。 夕馬さんまだ帰国しないから」
何と無く予想していた答えだな。
「仕事辞めるの?」
「貴女と同じ休職にしようかと思いまして。
ここで色々勉強する夕馬さん残して、 日本には帰れませんよ。 ところで……。 お付き合いまだされていたんですか。 遠恋だし、 最近貴女の話をしないから、 別れたかと。 はっきり言って、 驚きましたが」
「ふふ。 色々ありがとう。 でも休職なんてしなくてもいいんじゃない? 夕馬の世話が目的ならね。 私がいるし」
その言葉に顔色を変えた。
マスターと夕馬はブレンドについてバックヤードにこもっている為、私達の話は聞こえない。
お互いかなり子供だ。
いや。私に余裕ないだけだ
振り絞る言葉は、次々切り返される。
流石は一筋娘だ。
「ねえ水瀬さん? 私達真剣に働いているんです。 高野さんも一生懸命勉強していて。 それを支えられるのは、 理解できる私だと思っています。 単なる身の回りの世話だけではありません。 貴女みたいにお気軽に来られたら、 迷惑です」
そうきたか……。
夕馬とこの子は真剣に働いている。
夕馬を支えたいとも。
揺るぎない心。真剣だから曖昧に結婚の話はできなかったのだろうか。
しかし、結婚した私達。
居場所なくても夕馬の側を離れたくない。
一瞬でも隙を見せたら持っていかれる様で。
しかしそれ以上の言葉は見つからない。
夕馬は何て言うのだろうか。
「飛行機。 取れたら帰って下さい。 高野さんの事はご心配なく。 貴女は病気治療に専念して下さい」
押し問答になりそうな時、夕馬が戻って来た。
「風生? 夕飯だけど、 マスターが一緒にって。 折角日本から来たから。 どうする? 体調悪い?」
「ううん。 平気よ? 楽しみだね」
「じゃ、 準備して来る。 あ、 平野さんもどう?」
夕馬の態度からして、この子とは何もないだろう。
だけど結婚してるって、早く言わないと。
「私もご一緒します」
揺るぎのない目で夕馬を見つめた。




