イタリアの空で。
翌日、目覚めた私は夕馬を起こさぬ様、そっとベッドを出た。
時計を見れば朝の六時。
夕馬を起こすのは七時と聞いていた為、それまでに朝食の準備をしよう。
食材は冷蔵庫を開けた時揃っているのを確認している。
しかし、ここはイタリア。和食は今の所無理だ。
私は手早く着替え部屋を出た。
身なりを整えキッチンの冷蔵庫を開けた。
無難にトーストとオムレツかな。
ボウルに卵を解き、コーヒークリープを少し入れ、塩をふる。
ゆっくりかき混ぜ、バターを熱したフライパンへ投入。
菜箸でまぜながら形を整える。
夕馬の好きなチーズとハムを細かく切り一緒に入れた。
クルクル巻いて、火が通れば完成だ。
トースターに食パンをセットし、後は簡単なサラダを作った。
時計を見て夕馬を起こしに行く。
「夕馬。 起きて〜」
カーテンを開け、夕馬のほっぺをペチペチと叩く。
朝の日差しが部屋に差し込み、気持ちがいい。
天気は良さそうだ。
「風生……? おはよ」
私をギュっと抱き締めた。
新婚夫婦そのものの朝の光景。
胸の中がくすぐったい。
支度を済ませた夕馬がテーブルについた。
私はできたての朝食を並べる。
「では。 異国の地での朝食、 いただきます」
両手を合わせ、いただきます。
「やっぱり風生の作る物は美味い。 寂しい生活だったから、 嬉しいよ」
「朝から何を言ってるの。 ほらさっさと食べて。 学校でしょ?」
「二人でゆっくりは、 まだだなぁ。 忙しないのが残念」
オムレツを食べながら呟いた。
私だって早く夕馬とゆっくりしたい。
でも、今は我慢だ。
朝食を終え、夕馬は出かける準備をした。
「風生。 午後カフェに来るだろ? オレの嫁を紹介したいし」
「紹介……。 まあ、 旦那様がお世話になってるし、 挨拶しないとね。 お土産買ってきたし」
「流石」
慌ただしくもそんな会話をした。
私は携帯を渡され、夕馬の連絡を待ちカフェへ出向く事になった。
それまでは自由時間。
「じゃ、行って来る」
夕馬を見送り、朝食の片づけを始めた。
掃除と洗濯をし、ちょっと休憩。
忘れていたが、私は静養中の身。
余り無理はできないが、家にいても勿体無い。
私は日差し柔らかな街を散策する事にした。
イタリアの気候は日本と大して変わらないと聞いていたが、春といえ肌寒い。
私はスプリングコートをはおり、大き目のバッグにガイドブックとお土産、水と薬、ストールを入れた。
備えあればである。
夕馬のカフェの地図もバッグのポケットに入れ、家を出た。
イタリアの町並みはとても綺麗で、古い建物も点在し歴史を感じる。
所々にオシャレなカフェもあり、夕馬が研究したくなるのも分かる。
「好きになれそうだな」
そんな言葉を口にした。
少しひんやりした空気もカラッとしていて気持ちがいい。
日本に帰りたくないかも。
私は観光客さながら、色々散策をした。
やはり見ておくべき場所は見ておかねば。
イタリアの有名地にまで足をのばす。
歩き回り疲れた私は、一軒のオープンカフェに入った。
カウンターに座りカプチーノを注文した。
出されたカプチーノを一口飲み驚いた。
本格的過ぎるのだ。
夕馬のコーヒーも確かに美味しい。
けれどやはり何か違う。
やはり本場物を学ばなければ、生半可に店など出しても無駄であろう。
私はカプチーノを飲み干した。
感じるのは夕馬との距離。
同じ会社にいた頃は、こんな距離は感じなかった。
行く道が違うのだろう。
普通の事務職の私。夕馬の側に見合うのだろうか。
側にいたい。一緒に夢を叶えたい。
でも私には何もできない……。
そんな時、店のマダムが私の前に何かを差し出した。
俯いていた私は顔を上げ、それを見た。
陶器のお皿に一枚のクッキーが置かれている。
マダムの顔を見た。
笑顔でクッキーを私に勧めた……。
英語でお礼をし、クッキーをかじる。
ナッツ入りのクッキーだ。
口に広がるナッツの味。とても美味しい。
マダムに元気付られ、私は外に出た。
言葉なくても人を元気にさせる。
何もできなくても、側にいるだけで支えられる。
私は何だか温かい気持ちになった。
歩き出した時、電話が鳴った。
『もしもし? 風生? 今どの辺?』
聞かれても分からない……。
『多分、 そう遠出はしてないと思うよ』
『地図見て来れる? カフェに』
『うん。 大丈夫だと思う』
『じゃ、 待ってるから。 気を付けて来いよ』
そう言って電話を切った。
さて。どうした物か……。
地図を取り出し、辺りを見た。
迷ってはいないはず。
私は何と無く歩き出した。
綺麗な町並みを横目にせっせと歩く。
暫く歩いて、ようやく目的地に着いた。
夕馬の働くカフェ。
小さな店構えだが、落ちついている。
お洒落とかでなく、コーヒー通が行く様な、そんなカフェだ。
だがイタリア。そこかしこに拘りがある。
私はそっと店のドアを開いた。
ドアの隙間から店内を見れば、いつか夕馬に連れて行かれたあの店に雰囲気が似ていて、やはり落ち着き感がある。
カウンター席に、テーブル席が数個だが、一つ一つが丁寧な創りのテーブルで、店内の装飾もやはり丁寧であった。
入ろうかどうか迷っていた時。
「あ! 」
小さく声をあげた。
イタリア娘が目に飛び込んで来た。
思いっきり忘れていたが、ここはイタリア娘の知り合いの店……。
私は思わずドアを閉めた。
仲良さ気に夕馬と接客をしていたのだ。
夕馬にくっ付き、笑っていた。
私には入れない世界がある様で、思わずドアを閉めた。
店の裏手に回り、芝生の上に座った。
「あの時と同じじゃない。 私の意気地なし……。 何の為に来たのよ」
バッグを抱え、顔を伏せた。
いつの間にかの夕暮れ空。異国の地で何してる?
「夕馬、 結婚の事言ったのかな。 言ったとしたら相当図々しい。 あの子……。 言ってなくてもだけど。 てか、 私が来た事伝えてない?」
頭がクラクラしてきた。
やばい……。
私バッグから水と薬を取り出し、飲んだ。
結局、店に入らず家に帰った。
バカバカしいのは承知だけど、どうしても入れなかった。
あの中に入れなかった。
家に帰り、そのまま寝室へ行き、雪崩れる様にベッドへ。
何も考えず、目を閉じた。
「風生? 大丈夫か?」
頬を撫でられ、私目を開けた。
「夕馬……。 ごめん……」
「具合悪い? 薬は? 病院行くか?」
「大丈夫。 ちょっと疲れたみたい」
「無理するなよ。 あれから店で待っても全然来ないし、 電話も出ない。 お前はオレを殺したいのか? 心配し過ぎた」
ベッドに入りながら、少し強い口調で言った。
「頼むよ。 心配させるな」
「ごめん……」
抱き締められ、謝った。
夕馬の腕の中は私の物。誰にもあげない。




