イケメン妖怪ハンターリックの冒険(最終章後編)
リックは古今無双のスケベな妖怪ハンターです。
しかし、そのスケベを封印し、今は幼馴染のガックと共にかつては親友だったポックがいる洞窟に向かう事になりました。
その洞窟はリック達がいるところから十万八千里。天竺に程近い所です。
「どうやって行くにゃん、ガック?」
リックはあのお師匠様との旅を思い出し、身震いしました。
「心配するな、リック。俺の知り合いがきんと雲を持っている」
ガックはフッと笑って言いました。きんと雲とは一っ飛び十万八千里の空飛ぶ雲です。
「え?」
嫌な予感がするリックです。
「もしかして、猿?」
恐る恐る訊いてみました。するとガックは、
「いや、猿じゃない。俺のお師匠様さ。公私に渡ってな」
その言葉で、お師匠様が誰なのか、わかりました。
(そういう事かにゃん……)
リックは項垂れました。
「さすがお前様の幼馴染ですね」
何も知らないリックの妻の遊魔は笑顔全開です。
(遊魔を守らないといけないにゃん……)
憂鬱になって来るリックです。
ガックの案内で、リックと遊魔は切り立った山を目指しました。
「あの天辺にいる」
リックはその頂上を見て気が遠くなりました。恐らく某スカイツリーの三倍はあります。
「こっちに来てもらう訳にはいかないのかにゃん?」
嫌な汗を掻きながら尋ねました。するとガックは、
「物臭な方だからな。無理だと思うぞ」
腕組みして頂上を見ました。
(気が進まないにゃんけど、ここは一つ、遊魔に頑張ってもらうにゃん)
リックは意を決して遊魔に耳打ちしました。
「そうなんですかあ」
遊魔はあのお師匠様の口癖を真似て応じました。
そして、一歩前に進み出て、頂上を見上げ、
「おじいちゃーん、遊魔だよ! 遊びに来たよー!」
大きな声で呼びかけました。
「え?」
ガックはキョトンとして遊魔を見ました。
次の瞬間、
「おお、遊魔か! 懐かしいな!」
きんと雲に乗ったハゲ頭の老人が嫌らしい笑みを浮かべて頂上から飛んで来ました。
唖然とするガック、苦笑いするリック、何も知らずに大喜びする遊魔です。
「お前、鴻均道人様と知り合いなのか?」
ガックは仰天しました。道人は仙人界の頂点に立つ人物なのです。彼はリックに気づき、
「何だ、お前も一緒なのか、猫?」
不機嫌そうに言いました。リックはグッと堪えて、
「遊魔、道人様にお願いするにゃん」
「はい、お前様」
遊魔はウルウルした瞳で道人を見つめます。道人は顔を紅潮させました。
(おお、愛の告白か?)
途方もない事を考える生まれついてのスケベです。
「おじいちゃん、その雲を貸してください。遊魔の、お・ね・が・い」
遊魔はリックの演出の通りに言いました。それを見て、ガックが鼻血を噴きました。
(可愛い! ポックを倒したら、この子を彼女に……)
恋人であるミイと妹であるケイの事はすでに過去の事になっている外道なガックです。
「おおお!」
道人も鼻血を盛大に噴き出し、クラクラしました。
(大丈夫かにゃん、ジイさん?)
リックは道人の身体を心配しました。
「よし、貸しちゃる! いつまでも貸しちゃる! その代わり、儂のお妾さんになるのじゃ!」
道人は興奮気味に言いました。
「いいですよ、おじいちゃん」
意味がよくわかっていない遊魔は笑顔全開で応じました。顔が引きつるリックです。
(用がすんだら、とっとと逃げるにゃん)
それから、リックとガックは道人に事情を説明しました。
すると道人は真顔になり、
「それならそうと最初から言わんか、愚か者! ポックの悪行には天界も困っておったのじゃ」
「ええ?」
リックはガックと顔を見合わせました。
道人の話では、ポックは天界にあったある道具を盗み出し、そのせいで強大な力を手に入れたらしいのです。
(西遊記の王道にゃん……)
鉄板ネタの展開に呆れるリックです。
「奴が盗み出したのは、我が不肖の弟子である太上老君が作りし分身丹という秘薬」
道人の言葉にガックは眉をひそめました。
「分身丹? それほどの秘薬なのですか?」
道人は大きく頷いて、
「分身と言っても、自分の分身を作るのではない。洋の東西を問わず、この世に存在した者を自分の思い通りに作り出せるのだ」
リックはその時ある事に気づきました。
(もしかして、ミイもケイもモモも……)
でもそれ以上考えたくないリックです。
「ポックの配下には時空を超えて集まった者達の分身がおる。生半可な事では太刀打ちできん」
道人が言うと、ガックは、
「心配ご無用です、お師匠様。我に秘策あり、です」
ドヤ顔で笑うガックを見て、一抹の不安を覚えるリックです。
(ガックのあの笑顔、嫌な予感がするにゃん)
リックとガック、そして遊魔は道人の大型きんと雲を借り、ポックがいる洞窟を目指しました。
「お前らは死んでもいいが、遊魔だけは生きて帰らせろよ」
道人が勝手な事を言いました。
「お師匠様、誰も死なずに帰ります故、ご案じなさいませんよう」
ガックはこれでもかというくらいの気取った顔で言いました。
「そうなんですか」
道人はあるお師匠様の口癖で応じました。
(先が思いやられるにゃん)
リックは胃が痛くなりそうです。
「お前様、楽しいですね」
遊魔は空を飛ぶのは久しぶりなので、嬉しそうです。更に憂鬱になるリックです。
(こんな感じで勝てるのかにゃん?)
リックはガックを見ました。ガックはまだドヤ顔をしています。
(ガックはスケベでロクでもない奴だけど、昔から喧嘩と駆け引きは抜群にうまかったにゃん)
ガックの秘策に賭けるしかないと思うリックです。
さすが、きんと雲です。たちまちリック達はポックがいる洞窟がある山の近くに着きました。
「お前様、これは何でしょうか?」
遊魔がきんと雲の上に備えつけられている数字が並んだ箱を見つけて言いました。
(まさか、距離で料金発生かにゃん?)
リックは道人の下衆さを思い知りました。
(やっぱり、仕事が終わったら、とっとと逃げるにゃん)
ガックは地上を観察していて、
「あれだな。間違いない」
そう言って指差しました。リックが見ると、
「ポック様の住処」
そう書かれた大きな看板が建てられていました。
(昔からポックは目立ちたがりだったにゃん)
苦笑いするリックです。きんと雲は着陸しました。
「待ちかねたぞ、ガック、リック。今日こそ昔の怨みを全て晴らしてやる」
ポックがたくさんの手下を従えて洞窟から出て来ました。
「何言ってるにゃん、ポック? 怨みがあるのはこっちにゃん」
リックはポックを睨みつけました。ポックはそれには応じず、
「やってしまえ!」
手下に命じました。
「うげ」
リックは手下を見て怯みました。そこには名だたる武将が揃っていたのです。
楚の武将である項羽。
蜀の武将、関羽、張飛。
魏の于禁、典韋。
呉の呂蒙、周泰。
前漢の将軍、韓信。
カルタゴの将軍、ハンニバル。
フン族の王、アッティラ。
マケドニアの王、アレクサンドロス。
大和の豪族、物部麁鹿火。
その他、どこの誰か知らないような武将達がわんさか居並んでいます。
(すごい面子にゃん。絶対勝てないにゃん)
逃げ出す算段をし始めるリックですが、
「相も変わらず、しょぼい手を使うな、ポック? そんな連中で、俺に勝てると思っているのか?」
ガックがまだドヤ顔で言ったので、ハッとしました。
(その自信はどこから湧いてくるにゃん、ガック?)
嫌な汗を掻きながら思うリックです。
「うおおお!」
歴史に名を残す武将達が鬨の声を上げて突進して来ます。
その勢いで地鳴りがしました。
土ぼこりも舞い上がり、PM2.5が心配な地の文です。
「ガック、どうするにゃん? 幻術でも対抗し切れない数にゃん」
リックはオロオロしました。
「そうなんですか?」
遊魔はボーッとしています。するとガックはニヤリとし、
「見るがいい、リック! この俺様が道人様の元で厳しい修行の末、会得した秘技を!」
バッと衣の下から無数のお札を取り出して空高く投げました。
「お・も・て・な・し。おもてなしせよ!」
時流に乗った掛け声を上げ、ガックはニヤリとしました。
空に舞ったお札はその掛け声に応じて美女軍団に変化しました。
(それが修行の成果かにゃん、ガック……)
リックは唖然としました。
「お兄さーん!」
どこかで聞いたような感じで、美女軍団は武将達に飛びかかりました。
そこから先は自主規制です。リックは唖然としました。
「参ったか、ポック!」
美女達に足腰立たなくされた武将達を見て、ガックは高笑いです。
「おのれ! それならば!」
しかし、ポックも負けていませんでした。
次に現れたのは、女の武将達でした。
ガックはそれを見て焦りました。
「うぬぬ、その手があったか……」
リックは半目になり、
(策が浅過ぎるにゃん、ガック)
そして、ニヤリとし、
「ここからは僕のターンにゃん。やっておしまい!」
遊魔の胸当てから無数の子猫が飛び出しました。
「おねいさーん!」
子猫は次々に女性の武将に飛びかかり、衣服を剥ぎ取ってしまいます。
そして、ここからも自主規制です。今度はガックが唖然としました。
「くそう、俺の負けだ……」
ポックは項垂れ、地面に膝を着きました。
(何だかバカバカしい勝ち方をしたにゃん)
リックは苦笑いして、ガックと顔を見合わせました。
「さあ、ミイとケイとモモを引き渡せ。そうすれば、命だけは助けてやる」
ガックがポックに近づいた時です。
「だあ!」
いきなりポックが青龍刀を出して斬りかかりました。
「うお!」
ガックは素早くそれをかわしました。ポックは次にリックに襲いかかりました。
「死ね。リック! 俺はお前が大嫌いなんだ! 死んじまえよ!」
ポックが目を血走らせてリックに青龍刀を振り下ろそうとしました。
「旦那様に何をする!」
遊魔が会心の真空飛び膝蹴りでポックを吹っ飛ばしました。
「ぐはあ!」
ポックは鼻血を噴き出しながら、地面に倒れました。
「旦那様、お怪我はありませんか?」
遊魔が目をウルウルさせてリックに尋ねました。
「ないにゃん、遊魔」
リックは微笑んで応じました。ガックはまた唖然としていました。
(リックの奥方、可愛いけど怖い……)
リックとガックは、洞窟の中に監禁されていたたくさんの女性達を解放し、皆に感謝されました。
女性達は 分身丹で作り出された偽物ではなく、全員本物でした。
リックはそれを知ってホッとしました。
(ミイもケイもモモも無事にゃんね)
遊魔が怖いリックは、女性達に何も言いませんでしたが、ガックはしっかりと自分の住んでいる所を教えていました。
「ガック!」
「兄様!」
そこへ恋人のミイと妹のケイが現れました。
「ミイ、ケイ。無事で良かった」
瞬時に真顔になるガックです。
(凄い技にゃん。教えて欲しいにゃん)
リックは思いました。
「リック、ガック」
そこへ孤児院のマドンナだったモモが現れました。
ガックはミイとケイを突き飛ばしてモモに近づきました。
(外道にゃん、ガック……)
リックは項垂れました。
「リック、これをオババ様に渡して」
モモは気取って声をかけようとしたガックを無視して、リックに言いました。
「え?」
モモが差し出したのは、猫又界の最長老である占い師のオババの水晶でした。
「ううう……」
モモに無視されたガックは項垂れてしまいました。
「残念だわ。折角再会できたのに、貴方には奥方様がいたのね」
頬を朱に染めたモモは潤んだ目でリックに言いました。
「うん」
心の中で血の涙を流すリックです。
(どうして僕には妻がいるにゃん……)
やがて、天界から太上老君がやって来ました。老君は分身丹を全て回収し、天兵ににポックを捕縛させました。
「ようやった、猫よ。褒美をあげよう」
老君はリックに高級またたびの詰め合わせを進呈しました。
「おじいちゃん、ありがとう」
遊魔が笑顔全開で言いました。老君は、
「遊魔はいつ見ても可愛いのう。霊宝天尊が寂しがっておったから、たまには遊びにおいで」
霊宝天尊とは酒飲みの仙人で、遊魔にお酌をしてもらっていました。
「はい」
老君は遊魔のお尻を撫でてから天界に帰りました。しかも、モモを引き連れてです。
「僕の奥さんに何するにゃん!」
リックは涙を堪えて叫びました。
(あのジイさん、おいしいとこを独り占めしたにゃん!)
モモの肩を抱き、高笑いする老君の背中を見て歯軋りするリックです。
「お前様、おばあちゃんの所に戻りましょう」
遊魔が笑顔全開で言いました。リックはガックを見ましたが、ミイとケイに詰め寄られてややこしい事になっているようなので、
「ガック、先に帰るにゃん」
遊魔と二人でサッサときんと雲で飛び去りました。
二人はたちまちオババの所に着きました。
「オババ、水晶を取り戻したにゃん」
リックが水晶を渡すと、オババは、
「ほれ、これが報酬じゃ」
遊魔が渡した金貨千枚を返してくれました。
「おばあちゃん、ありがとう」
遊魔が笑顔全開でお礼を言いました。
オババの所を離れたリックは、次に道人のいる山に向かいました。
(このまま道人様に会ったら、遊魔はお妾さんにされてしまうにゃん)
リックは遊魔を見ました。
「遊魔は僕の奥さんにゃん。道人様のお妾になっちゃダメにゃん」
リックは涙を堪えて告げました。
「遊魔は嬉しいですう、お前様」
遊魔はリックに抱きつきました。
(また今夜もハッスルするにゃん)
リックはきんと雲の針路を変えました。
「これからもずっと一緒にゃん、遊魔」
「はい、お前様」
リックの冒険はこれからも続くのでした。
めでたし、めでたし。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。