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三 〜それぞれの思惑〜

 喧嘩をしたから、茜の晩ご飯は抜き。なんて意地悪なことはしない。葵はいつもと同じように晩ご飯の材料を買って帰宅した。いつもと違うのは、メニューが茜の好きな物ばかりだということだ。

 茜からあんな風に言われるなんて、今でも信じられないでいたが、理解を得られないまま健吾と付き合うことは出来なかった。

「騙されるだけ……か」

 その言葉が気になり、上の空状態で調理していたら、両手を行き来していたハンバーグが、ぺしゃんこになってしまった。

「あわわ」

 こんな感じで時間が掛かってしまい、気が付いたときには六時を過ぎていた。

 玄関の扉が開く音がして、茜の声が聞こえてきた。

「お、おかえり〜」

 いつもより早い帰宅に戸惑いながら、玄関に向かって叫んだ。調理をする手を早めると、着替えた茜が降りてきたと同時に出来上がった。

「いつもより早かったね」

 茜は問い掛けに答えずにソファに座り、テレビをつけた。

「出来たから、食べよう」

「……」

 黙って食卓についたので、まだ怒っているのかと落ち込んでいると、手に巻かれている包帯にやっと気が付いた。

「どうしたの?」

 驚いた葵は、駆け寄って手を取った。

「ちょっと突き指しただけ」

「大丈夫?痛い?」

 自分のことのように心配している姉のことを見て、茜は一息吐いた。

「大丈夫だから、食べよう」

「う、うん。食べさせてあげようか?」

「左だから大丈夫よ!」

「あっ、そうだね。ごめんね」

 茜の少し荒い言い方に、身体をこわばらせた。

「ほら、早く座って」

 これ以上、怒らせたくなかった葵は急いで席に着いた。

「いただきます」

「い、いただきます」

 食べ始めてしばらくの間は、二人とも何も話すことなく黙って食べ続けていた。いつもお喋りをしながら食べているので、

テレビの音が大きく聞こえた。

 葵は大好きなジャガイモを食べても、まったく味が分からなかった。どうすれば茜の機嫌が直るのか考えようとしても、

何も思い浮かばない頭の中は真っ白だった。

「なんか、私の好きな物ばっかり」

「え?」

 不意に話し掛けられて、イスから身体が浮き上がった。

「そ、そうだね。何でかな」

「しらばっくれなくてもいいよ」

「はい」

 茜の冷静な声色に、目論見が見透かされているのが分かって俯いた。

夕飯が手に着かずションボリしていると、意外な言葉が掛けられた。

「ごめん、姉さん」

「……何が?」

 ちょっと顔を上げて、上目遣いに見る。

「私って、素直じゃなくて。さっきは酷いこと言って、ごめんなさい」

 怒っていると思っていた茜に、頭を下げられて困惑する。なんと答えたらいいのか分からなかった。

「騙されるなんて言っちゃって、後悔してる。許してくれる?」

「許すもなにも、私は怒ってないから。てっきり、茜の方が怒っているんだって」

「私も怒ってはないよ。ただ……」

「ただ?」

「……だけ」

 今度は茜が俯いて、ボソボソと小声で呟いた。

「え?何て言ったの?」

「悔しかっただけ!」

 声は荒いが、上げた顔は真っ赤に染まっていた。

「……あっ」

 その言葉の意味に気が付くまで、数秒を要した。先に彼氏が出来たことが悔しいのかとも思ったが、

赤みが引かない妹を見ていて察した。

「そうだったの」

 途端に葵の表情は、姉のそれになった。茜の後ろに立ち、そっと抱きしめる。

「ありがとう。何があったって、私は貴方のお姉ちゃんだから」

「うん。分かってる」

 その微笑みと優しさが、他の男にも向けられるのはやっぱり悔しかったが、それも仕方のないことだった。

「あの男に苛められたら言ってよ。とっちめてやるから」

「うん。ありがとう」

「早く食べよう。冷めちゃう」

「そうだね」

 茜は止まっていた手を忙しなく動かした。

「ハンバーグ美味しいね。このチーズが良い味だしてる」

「ふふふ」

 そんな照れている妹を見ていたら、自然に笑みが零れた。

「な、なによ」

「何でもないよ。ふふ」

「ふん」

 葵は、そんな憎まれ口を叩く妹を、包み込むように見つめていた。

「一緒にお風呂に、入ろっか」

 そんな葵の誘いに、茜は嬉しそうに頷いた。

 妹の公認を得た葵は、晴れて健吾と付き合うことになった。親ではなく妹の公認というのも変だが、茜の存在はそのくらい大きかった。


 お風呂から上がると、葵は自分の部屋でこれからのことを考えた。

 次の日からというもの、それまでの生活が嘘かと思えるほど、葵の心の中は健吾のことでいっぱいになるのだが、

「付き合うって、何をするんだろう」

 こんな言葉を口にするくらい、初めは何も想像出来なかった。

「ただいま〜」

下の方から、母親が帰ってくる声が聞こえた。

「そうそう。お弁当だ」

 栄養が偏っているからお弁当を作って欲しいと言われたことを思い出した葵は早速、行動に移した。弁当のおかずは、

葵が晩ご飯のおかずと一緒に買ってきているから、作る物は決まっている。

「お母さん。お帰りなさ〜い」

 叫びながら階段を駆け下りていき、居間でくつろいでいた母親の隣にドスンと座った。

「なあに。騒々しい」

「あのね。私、男の子とお付き合いすることになったの」

「ええっ!!」

 残業で疲れて帰ってきて、ソファに沈み込もうとしていた上半身が跳ね返った。

「嘘でしょ?」

「こんな嘘、つくわけないでしょ」

「ホントなの。どんな子?名前は?」

「え〜と。遊馬健吾君といって、駆け出しのタレントさんだよ。性格は、まだよく分からないけど」

「そう」

 タレントという所が少々、引っ掛かったが、葵が選んだ人なら大丈夫だろうと思い、何も言わなかった。

「それでね。お弁当を作って欲しいって言われたから、明日から作るんだけど、一人分作るなんて面倒だから、五人分全部、私が作る」

「そう。分かったわ。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「うん。ゆっくり寝ていていいからね。よしっ、もう寝ようっと」

 葵が勢いよく立ち上がると、父親が帰ってきた。

「ただいま」

「お帰りなさ〜い。お父さんにも報告しなきゃ」

 言うが早いか廊下に出ていく。

「あっ、ちょっと待ちなさい」

 止める声も虚しく、差しだした手を顔に当てた。

「お父さん、私、男の子と付き合うことになったの。だから、明日からのお弁当は私が作ってあげる」

「何?」

 葵は、呆然とする父を残して階段を駆け上がった。その後ろ姿を見送った父は、ちょっと寂しそうな表情で居間に入った。

「男親の辛い所ね」

「そうだな」

 顔を見合わせた夫婦は苦笑した。


 翌日の昼休み、茜がいつものように弁当箱を持って葵の席に行くと、葵の鞄から弁当箱が二つ出てきた。

いつも起きるのが遅い葵が、今朝は自分より早く起きていたので何事かと案じていたのだが、フタの閉まった合計五個の弁当箱を見て、

すぐに分かった。

「あの男の所に行くの?」

「うん」

 あっさりと肯定された茜は一瞬、頭がクラッとしてよろめいた。

「だ、大丈夫?どうしたの?」

「まさか、お弁当の中身って同じなの?」

「当然じゃない。違うのを作るのなんて手間だもん」

 認めたとはいえ、なんで姉と付き合っている男と同じ弁当を食べないといけないのかと思ったが、口に出すと悲しむだろうからやめた。

「じゃあ私は遊馬君と一緒に食べるから、茜ちゃんは一人で食べてね」

 返事を聞くまでもなく、弁当箱を二つ持って教室を出ていく。取り残された茜は、その行動の早さに唖然とした。

「あはは。茜、一人?」

 メロンパンを持った梨奈が背中から話し掛ける。健吾の教室の方へ走っていく葵を見たらしく、わざとらしく言う。

「何で、あいつと同じお弁当を食べないといけないわけ?」

 それが姉を取られた気持ちから出た言葉だと分かっていた梨奈は、茜の頭を優しく撫でた。

「よしよし。私が一緒に食べてあげるから」

「う〜」

 妹の思いなどいざ知らず、これから始まる恋愛というものに期待満々の葵は、意気揚々と芸能科の教室前まで来た。


「あれ?いないなぁ」

 廊下から遠目に中を覗いてみたが、健吾の姿は見えなかった。

「すみません。遊馬君は……どこに」

 仕方ないので、教室に入ろうとした男子に声を掛けると、興味津々に近づいてきた。

「遊馬?何々。君、健吾の彼女?」

「え?え〜と」

 健吾が友達に自分のことを言っているのか分からなかったし、自分から「彼女です」なんてとても言えずに口籠もっていると、

その男子は教室に向かって大声で叫んだ。

「みんな、健吾の彼女が来てるんだけど、あいつどこに行ったかわかるか?」

「えっ、あっ」

「健吾の彼女だって?どこどこ」

「あいつ彼女いたのかよ」

 教室の中にいた全ての生徒の視線が葵に集中した。恥ずかしがり屋の葵は、その視線にとても堪えられず走って逃げようとしたら、

廊下の向こうから健吾が歩いてきた。

「水瀬、どうした」

 葵に気が付いた健吾が駆け寄ると、その胸の中に飛び込んだ。

「こいつらに苛められたのか?」

 微かに震えている葵を気遣いながらクラスメートを睨んだ。

「ちょっと待て、何もしてないって。そんなに睨むなよ。この娘がお前を探していたから、みんなに聞いただけだって。なあ」

「そうそう」

 他のクラスメートも口々に否定した。

「水瀬、ホントか?」

「う、うん。ごめんなさい。みんなが一斉にこっちを見たから恐くて……」

「そうか」

 顔を上げた葵は、咄嗟とはいえ抱き付いていたことに気が付いてパッと離れた。頬を紅潮させて俯く。

「初々しくて可愛いねぇ。健吾の彼女なんだろ?」

「そうだよ」

 健吾が即答したので、葵はそれに反応して顔を上げた。するとクラスメート達が、手を合わせたりして驚かせたことを詫びたので微笑むと

今度は、

「驚かして、ごめんね」

「良い奴だから、仲良くしてやって」

「可愛いねぇ」

 謝罪の中に混じっている冷やかしの言葉に、また恥ずかしくなって俯いた。

「なんか、お前に用があるらしいぜ。後で詳しく教えろよ」

 健吾が来たことで役割を終えたクラスメートは、教室の中へ引っ込んだ。

「どうしたんだ?」

「う、うん。お弁当作ってきたの。一緒に食べようと思って」

「ホントか?」

 よっぽど嬉しかったのか、弁当箱に向かって手を合わせた。

「大袈裟だよ」

 照れ笑いをしつつ、健吾が持っていた物に気が付いた。今まで気が付かなかったそれは、購買から買ってきたパンと紙パックだった。

「遊馬君、それ」

「ん?ああ、これか。これは夜にでも食べるからいいよ。ちょっと待って、置いてくるから」

 教室に入り鞄に突っ込むと、葵の手を取り中庭へ向かった。


 この学校の中庭はけっこう整備されている。校舎に囲まれた中庭の中央には大きな噴水があり、その周りには様々な植物が植えられていた。

芝生も綺麗に刈り込んであり、二人は木立の下あるベンチに並んで座った。

「そんなに大した物はないんだけど、どうぞ」

「ありがとう。有り難くいただきます」

 弁当箱の蓋を開けると、いかにも手作りといった感じのおかずが詰められていた。それだけでも嬉しいのに、栄養が偏っているという健吾の

言葉を重視した、おかずが更に喜ばせた。

「ん。美味い」

「ホント?良かった」

 次々と食べ進む健吾を見ていると、今までにない感覚が葵を包んだ。

美味しいという言葉に対する嬉しい気持ちは、同じ男でも父親とは違う。隣に座っている男の子と自分は付き合っているんだということを

実感する。

「これってナスだよな」

「うん。麻婆茄子だよ。ヘルシーで美味しいんだよ」

 健吾の箸を持つ手が一瞬止まったが、すぐに口に運んだ。

「どう?」

「うん。美味しい」

 実はナスが嫌いなのだが、葵はそれに気が付かなかった。

「ご馳走様」

「お粗末様です」

 お茶を飲んで一息吐いた健吾は、ジッと葵の顔を見た。

「俺達、付き合ってるんだよな」

 そう改めて言われると恥ずかしい。葵は黙って頷いた。

「そうそう。さっきは、ごめんな。クラスの男どもめ」

「ううん。大丈夫だよ。それよりいいの?みんなの前で公言して」

「良いも何も、隠す必要ないから」

「そうなんだ」

 芸能人といえば、恋愛ごとは隠すものだと思っていたので意外だった。自分のように、両親には言っているのだろうかという疑問も湧いた。

「昨日、お父さんに付き合っていること言っちゃったんだけど」

「水瀬のお父さんて厳しいのか?」

「ん〜、どうなんだろう。よく分かんない」

 未だ反抗期が来ていない双子の姉妹だからなのか、特に厳しく何かを言われたことがない。門限を言い渡されたこともなければ、

叱責されたこともないので、友達が父親をうるさがる気持ちも理解しがたいものがあった。

「それは、親に愛されている証拠だよ」

「そうかな」

「そういえば今度の体育祭、何に出るんだ?俺は水泳に出るんだけど」

「あっ、私も同じだよ」

 葵は水着を買いに行かないといけないことを思い出して憂鬱になった。

「そうなのか。……どんな水着だ」

「どんなって、普通のだよ」

 葵は健吾の視線が下から上へ上がってくるのに気が付いて身をよじった。

「あっ、変なこと想像しちゃダメだよ」

「健全な男には無理ってもんだ」

「もうっ」

 いくら奥手とはいえ、付き合うということはどういうことなのかは理解している。だが今は、水着を見られるというだけで恥ずかしいと

思っていた。


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