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二 〜告白〜

 翌日の昼休み、葵は言われるがまま体育館の裏までやって来た。

こんな人影がない所に、例え呼び出されたからといって本当に一人で来るとは、葵は疑うということを知らなかった。

「遅いぞ」

 声の主は、もちろん健吾だ。腕組みをして、仁王立ちをしていた。

「昼休みになって、何分経ったと思っているんだ」

「え?え〜と、三十分かなぁ」

「三十二分だ」

 駆け出しとはいえ、芸能人の健吾は時間にうるさかった。

「何で遅れたんだ」

「だって、お弁当を食べていたから」

「弁当?こっちが先だろう」

「そんなこと言われても」

 特に、昼休みに入ったらすぐになどと言わなかったのだから、その理不尽な言葉に葵は嫌悪感を抱いた。

「まあ良い。ところで、昨日の撮影のこと、誰にも喋ってないだろうな」

「喋ってないです」

「本当か?」

「本当です」

 健吾は葵の目を、しばらく見つめた。

 芸能人だけあって、その目には力がこもっていた。やましいことがあれば、思わず目を逸らしたかもしれないが、

喋っていない葵は口を真一文字にして耐えた。

「嘘じゃないみたいだな」

「あんな風に言われたからには喋らないよ。でも、理由くらいは教えて欲しいな」

「理由?そんなこと話す必要ない」

「じゃあ、喋っちゃうかも」

 葵は見かけによらず強気に出て、健吾の一方的な言いように反抗した。

「可愛い顔をして、言ってくれるじゃないか」

 また鋭い目を向けるが、葵は一歩も引かなかった。

「くそっ。分かったよ。お前、名前は?」

 健吾はコンクリートの床に座りながら聞いた。

「水瀬葵」

「水瀬か。俺は遊馬健吾だ。もう知っているか」

 葵は隣に腰を下ろして頷くと、続きを促した。

「なんて言えばいいのか。ようするに、あんな仕事をしていることを学校の奴に知られたくないんだ」

「どうして?」

「どうしてって。ガヤだぜ。あんなの……。クラスメートの奴らは、友達だけどライバルでもあるんだ」

 ガヤなんていう仕事をしている自分が恥ずかしくなった健吾は、葵から顔を背けた。

「どうして?立派なお仕事じゃない」

「立派?どこがだよ。あんなの誰でも良いんだよ」

 デビューしてからというもの台詞のある役を貰ったことがない健吾は、自分に腹が立ってそう言い放った。

「あっ、ごめん」

明らかに恐がっている葵の表情を見て、気まずくなる。

「確かに、あの役はそうかもしれない。でも、目標に向かうための大切な仕事でもあると、私は思うよ」

「目標……」

「なにかある?」

「まずはドラマの主演だな」

「そう。じゃあ、ガヤでも真剣にやれば、監督さんの目に留まるかも知れないんだよ」

 まるでマネージャーのように言う葵に、健吾は自然に笑みが出た。

「ふっ。マネージャーと同じことを言うんだな。素人にまで言われるとは思わなかった」

「私だって、一応、プロの遊馬君に、こんなこと言うなんて思わなかったよ」

「一応は余計だ」

 葵の頭に手をやり、小突くまねをする。

「きゃ。もうっ」

「ははははは」

 健吾の心は、見上げた青空のように晴れやかだった。その顔を見て、初めは素っ気ないと思っていた健吾の印象が変わっていた。

「ホント、冷たい人じゃなかった」

「誰がそんなことを」

「梨奈ちゃんだよ。知ってる?D組の雲雀さん」

「雲雀か。もちろん知っているよ。有名だからな」

 アイドルとして成功していたのに、それを捨てた梨奈とは、いつか話をしてみたいと思っていた。

「ところで、水瀬。なんで昨日、あんな時間にあんなところにいたんだよ」

 健吾は、女子高生が放課後に商店街をウロチョロしていたのが気になっていた。ちょっと寂れた商店街に、まさか知っている奴がいるとは思わなかったからだ。

「何でって、夕飯の買い物をしてたの」

「買い物?そういえば、袋を持っていたな。まさか、お前が作っているのか?」

「うん。家は両親が共働きだから。平日は私が作るの。家事なら何でもやるよ」

「へぇ〜」

 料理なんてまったく出来ない健吾は、それだけでも感心していた。

「さっき食べたっていう弁当もか?」

「お弁当は、お母さんの手作り」

「そっか」

 健吾が残念そうに呟いたので、不思議に思い聞き返した。

「なんで?」

「いや、俺のも作ってもらおうかなって」

「え?何で私が、あなたのお弁当を作らないといけないの?」

「夜に仕事があると、ロケ弁ばっかりで栄養が偏っているからさ」

「理由になってないよ」

「じゃあ俺達、付き合おうぜ。それなら、彼氏に弁当を作るのは自然な流れだ」

「え?」

 一瞬、思考が停止した葵は、目を瞬かせた。そして次の瞬間、顔が紅潮してきた。

「な、何を言っているか、分かんない」

 葵は恥ずかしくて、この場を早く離れようと立ち上がった。

「待てよ」

 葵の腕を引っ張り反転させると、胸の中に引き入れた。

「本気なんだ。今まで何回か告白されたけど、自分から告白するのは初めてなんだ。どうやら一目惚れみたいだ。俺のこと、嫌いか?」

「嫌いも何も、よく知らないよ」

「じゃあ、これから教えてやるよ」

 強気な言葉で落とそうとしているからプレイボーイなのかと思いきや、健吾の心臓の高鳴りが葵の耳に響いていた。

それだけ緊張しているのが分かる。

「嘘じゃないの?」

「え?」

「一目惚れって」

「ああ」

 恋愛には慎重な葵も、健吾の押しの強さに傾きつつあった。健吾の胸の中にいると、何だか安心できた。

身体中が浮いたようにフワフワした感覚に陥っていた。

―――「ホント葵は、男に縁がないから」

 どうしようか迷っていると、先日の、茜の言葉が思い出された。

―――茜ちゃんは、付き合ってみなさいって意味を込めて言ったんだよね。

 健吾を受け入れる方へ、心の天秤が傾いていたとき、トドメの一言が囁かれた。

「好きだ。付き合ってくれないか」

その優しさが込められた言葉に、葵は落ちてしまった。

「うん」

「ホントか?」

「うん。よろしくね」

「やった」

 あまりの嬉しさに、力一杯抱きしめて喜ぶ。

「く、苦しいよ」

「ごめん。嬉しくて、つい」

 その言葉を物語っている歓喜の表情に、葵もつられて微笑んだ。

―――茜ちゃん、きっと驚くよね。喜んでくれるかな。

この時、まさか口論になるとは、夢にも思っていなかった。


 放課後、部活が始まる前。

葵が交際宣言をすると、梨奈は喜んでくれたが、茜は何も言わなかった。

「なに黙っているのよ、茜。ついに葵ちゃんにも春が来たんだよ」

 明らかに不満顔の茜と違い、梨奈は付き合ってみることを歓迎していた。

「恋愛は一回きりって昨日、言っていたけど、男ってどういう生き物なのか理解するためにも賛成だな。良かったね、葵ちゃん」

「ありがとう」

「どうしたのよ、茜。何か言ったら?」

 まだ何も言わない茜の態度に違和感を覚えた梨奈は、恐がっている葵を気にしながら聞いた。

「葵なんて、男に騙されて終わるだけよ」

 やっと口を開いたかと思えば、とんでも無いことを口にした。きっと喜んでくれると思っていた葵の顔から笑みが消える。

 梨奈は、その場を去ろうとした茜の腕を取って謝るように促した。

「お姉さんに向かって、何てこというのよ」

「ふん」

茜は振り返りもせずに、その手を振りきると走っていってしまった。

「茜。待ちなさい」

 梨奈は追いかけようとしたが、沈んだ顔をしている葵を置いていくことをためらった。

「きっと何かあるのよ。本心のわけないって」

 葵は何も言わず、気まずい雰囲気が流れた。茜は、きっと喜んでくれると思っていたので、あんな反応を示したことにショックを受けていた。

「帰る」

 しばらく黙っていた葵は、急に立ち上がって教室を出た。

「え?一人で大丈夫?」

「買い物しないと」

「そう」

 かなり心配だったが、今は茜の方が先と判断した梨奈は、葵を一人で帰して体育館に向かった。


 体育館に行くと部活は既に始まっていて、とても茜を呼び出すという雰囲気ではなかった。仕方がないので、終わるまで図書室で待つことにした。

図書室には梨奈の他に、本を探しているらしい生徒が一人と、受付の図書委員が一人いるだけだった。

「早く終わらないかな」

 窓側の席で時間が過ぎるのを待っていた梨奈は、体育館を見下ろしていた。

梨奈が芸能界を引退したのは高校に進学するためだったから、遅れた分を取り返すため必死に勉強したが、図書室でなんか勉強していたら邪魔が入るので家庭教師に来てもらった。

だから、こんな時間に学校の図書室にいるなんて、初めてのことだった。

 梨奈が水瀬姉妹のことを気に掛けるのには理由がある。

 中学時代から週刊誌の記者に追い回された梨奈は、周りに気を遣い、一人でいる時間が多くなった。何をするにも一人で、それで良いと思っていた時期もあった。

しかし、その一方で本当は違うというのも分かっていた。だから、高校に入ったら友達を作ろうと決意していたのに、早くも入学式に、どこかの記者に捕まってしまった。

また孤独な生活が始まるのかと落ち込んでいたら、急に記者の身体が横に飛んだ。訳が分からずキョトンとしていると、目の前に茜が立っていた。腕を掴まれていたので暴行かと思い、どうしようかと悩んだ末に体当たりしたのだと聞いて、お腹を抱えたことが、最初の出会いだった。

 それからというもの茜は特別な存在だったし、妙に気があった。茜が運動部でなかったら、もっと一緒にいられるのに、と思うほどだった。

 だから、仲良し姉妹の二人が羨ましかったし、さっきみたいなことは早く解決させたかった。

「まだかな〜」

 溜息混じりにその言葉を何回言っただろうか。

「あれ?この娘見たことある」

雑誌コーナーから適当に持ってきていたカメラ雑誌をめくっていると、グラビアアイドルとして載っている女の子に知っている顔があった。

「ふうん。まだやってるんだ」

 梨奈が引退しようか迷っていたときに、同じように辞めたいと言って相談してきた人だった。いわゆる売れないアイドルの、一つ歳上の女性だった。その時は自分のことで精一杯だったので曖昧に答えたのだが、自分は引退したのに対して続けていたようだ。

 カメラマンに向かって放っている満面の笑みの裏側は今、どういった心境なのだろう。

「ん〜」

腕を上げて伸びをすると、一人の生徒が視界に入った。

その女の子は、受付に座っていた図書委員だった。胸の名札を見ると、「一年F組遠矢美羽」とあった。

―――背高いな、この娘。

 ゆうに百七十センチを越す身長は、どう見ても体育系少女だ。

自分と同じように体育館の方をジッと見つめて何回か溜息を吐いているので、不思議に思った梨奈はふと話し掛けてみた。

「なんで溜息吐いているの?」

「別に」

 愛想が良いとか悪いとかではなく、何となく心を閉ざしているように感じたが、特に追求することはしなかった。

 受付に戻ろうとした美羽の後ろ姿を追っていると、立ち止まって一言だけ言った。

「ここ、五時までだから」

「え?早く言ってよ」

 図書室の閉館時間など知らなかった梨奈は、五時を回っている時計を見て立ち上がった。本を探していた生徒は、いつの間にかいなくなっていた。梨奈は急いで雑誌を戻すと、鞄を持って図書室を出た。

「どこにいようかな。よしっ、あそこにしよう」

 吹奏楽部の演奏が聞こえる廊下を、梨奈が向かった先は保健室だった。

「先生〜。お腹が痛いので休ませてください」

 戸を開けると、保健室特有の消毒液の臭いがした。

「嘘を言わないの。帰宅部なんだから、早く帰ったら?」

先客、といっても梨奈と違って怪我をしたらしい生徒を治療中の先生に即答された。

「はは。まあ、今日は事情がありまして……って、茜?」

 誰を治療中かと思ったら、それは茜だった。ユニフォーム姿のまま、先生と対面に座って左手を出していた。氷嚢で指をアイシングしているので、突き指なのはすぐに分かった。

「大丈夫?」

 駆け寄って尋ねたが茜は何も答えず、先生が代わりに答えた。

「軽いようだから、こうしていれば大丈夫よ。今日は安静にした方がいいから、部活はここまでにして帰りなさい」

「分かりました」

 先生が湿布を貼って包帯を巻いている間、黙ってみていた梨奈は、処置が終わると同時に茜に話し掛けた。

「ねえ、茜。さっきの……って、ちょっと」

茜は誰もいないかのように、梨奈を無視して保健室を出ていった。

「ちょっと、茜」

「雲雀さん」

 後を追おうとした梨奈を、先生が呼び止めた。

「お姉さんと何かあったんでしょ。後悔していたみたいだから、話を聞いてあげて」

「はい。ありがとうございます」

着替えてから来るだろうと思い昇降口で待っていると、数分後に出てきた。しかし、梨奈の呼び掛けを無視して通り過ぎていく。

「待ってよ」

スタスタと早足で歩く茜の後ろを、追いかけていく。

「騙されるなんて。そんなことないよ。友達に聞いたら、遊馬は真面目な奴だって言ってたから。ねえ。何か言いなさいよ」

 梨奈が何を言っても言い返すことなく、茜はただ黙々と歩き続けた。

もうすぐ、二人の帰り道が分かれようとしたとき、ポツリと言った。

「まだ早いよ」

「え?」

「男と付き合うなんて、まだ早いって言っているの!!」

 茜は真剣な顔で、吐き捨てるように言った。

「だって、葵ちゃんが男に縁がないって言っていたじゃない。それって男に興味を持てってことでしょ?」

「そうだけど、違うの」

「どういうこと?矛盾してるよ」

「矛盾なんかしてないよ。まだ付き合うのは早いって言ってるの。葵のことは、私が守るんだって、決めてるんだから」

 茜は、仕舞ったという顔で口に手を当てた。

「守る?どういうこと?」

「梨奈には関係ないでしょ」

「あるから言ってるの」

 歩く速度を上げた茜に、追いすがりながら言う。

「言いなさいよ」

「……小さい頃、キャンプに行って、私が川で溺れちゃって、葵に助けてもらったときに決めたの。私が守るんだって」

「ああ。そう言うこと」

 茜は、大好きな姉を取られて悔しかったのだ。納得した梨奈は、ホッと胸を撫で下ろした。

「そんなことがあったんだ。お姉さん思いなんだね。じゃあ、そう言えば良かったじゃない。騙されるとか言って」

「そんなこと言える訳ないでしょ。展開が急だったし」

「遊馬は悪い奴じゃないって。もし、葵ちゃんが悲しい思いをしたら、遊馬をとっちめればいいよ。あんなこと言って、後悔してるんでしょ」

 否定しないと言うことは、後悔しているということだ。何も言わないので、話を逸らしてみた。

「あっ、もしかして茜って、溺れたのがトラウマになって泳げないとか?わっ!!」

 茜が急に立ち止まったので、背中に衝突してしまった。

「そうよ。悪い?」

「全然。運動に関しては完璧少女だと思っていたから、逆に可愛いよ」

 そう言って背中から抱きついた梨奈は、茜の頭を撫でた。

「何よ、馬鹿にして」

「どう?葵ちゃんに謝れる?」

「分かったよ。言い過ぎたのはちゃんと謝るし、今は見守ることにする。ただし、葵を泣かせたら、ただじゃ置かないから」

「うん。私からも釘を差しておくよ」

 梨奈は、とりあえず安心した。

「よ〜し、明日からあの男を、よく観察しないと。どんな男かちゃんと把握しておく必要があるし」

「なに言ってるの茜。クラスが違うじゃない」

「そうだけど、噂とかあるじゃない。梨奈も協力してよね」

 茜は抱きついていた梨奈の腕をほどいて振り返った。

「え〜と」

 答えに困っている梨奈にグッと迫って肩を掴むと、激しく揺さぶった。

「し・て・よ・ね!!」

「は、はい」

 迫力に負けてしまった梨奈は、後ずさりをしながら答えた。

「葵に相応しくないときは、徹底的に邪魔するんだから」

 どちらに転ぶか分からないが、葵の初めての恋がスタートした。


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