プロローグ
「別れよう」
七月に入って初めての日曜日のデート。映画を見た後、ちょっと休むために入ったカフェで大事な話があると切り出され、彼氏である遊馬健吾にそう告げられた葵は、黙ったまま言葉を失った。その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
健吾は続けて何か理由を話していたようだが、葵の耳には入っておらず、その目はただ宙を漂っていた。家を出たときには青い空と白い雲を見上げて夏を感じ、もうすぐ来る夏休みにはどこに連れて行ってくれるのかなと思いを馳せていたのに、こんなことを言われるなど夢にも思わなかった。
「おい。聞いているのか?」
オレンジジュースが入っているグラスの氷が、涼しげな音を立てて崩れた。
「え?え〜と。もう一回」
「あのなあ。はっきり言うと、お前に飽きたんだ。だから、明日からはただの同級生に戻ろうってことだ」
葵の頭の中は真っ白になった。健吾の声、他の客が話している声、何もかもが耳からシャットアウトされ、健吾の口に合わせて、ただ頷くことしか出来なかった。
店を出て家に帰り部屋のベッドに腰を下ろすと、この二ヶ月半の出来事が思い出された。
「お帰り」
ドアの向こうから妹の声がしたが、返事は出来なかった。氷のように固まっていた身体を倒して枕に顔を埋めると、今まで一滴も出ていなかった涙が止めどもなく溢れてきた。