闇に封印されし記憶 その2
前の続きです。意外な人物の過去も・・・?
紫の話は続く。
「そんな中、いつしかあなたは楽園を夢見るようになった」
「うぐっ、そう・・・みんなが仲良く、平和に、暮らす・・・ううっ」
しかし相変わらず、ガラシャの頭痛もおさまる気配がない。
「人間と、他にも幻獣や妖精なんかがいて・・・」
「たまに、喧嘩や争いも、起こるけど・・・すぐに笑って、仲直り、できる・・・そんな、世界・・・を・・・」
「それって・・・!」
「そう、まさに幻想郷。しかし彼女の願いが届くことは無かった・・・はずだった」
やけに意味深げな言い方をする。
「おい、“だった”ってのはどういう意味だ?」
魔理沙が聞くと、ホワイトはまたもや珍しく、少し微笑んで答えた。
「ふふふ・・・“奇跡”が起こったのさ」
「叶うことなどない願い・・・しかしあなたには、捨てることができなかった」
「ぬうっ・・・ああっ・・・!!」
脳が焼き切れてしまうのではないかと思うくらいに、頭が痛む。これには紫も、ガラシャの体調を危ぶんだ。
「・・・さすがに危険かしら」
「構いません・・・続けて・・・下さい」
そう言うガラシャに、紫はどこからともなくカプセル剤を取り出して、手渡した。
「その前に、これを飲んでおきなさい。少しは楽になるわ」
「お気遣い・・・感謝、します・・・」
ガラシャが薬を飲み込んだところで、紫は続けた。
「そんな中で偶然か、それとも必然だったのか・・・あなたはある“能力”を開花させた」
「その能力は・・・“引き寄せる程度の能力”」
「“引き寄せる”・・・?一体、どんな能力なんだ?」
魔理沙が聞くと、ホワイトは両手から、大きさの異なる球体を二つ出現させた。
「“引力”というものがあるだろう。質量の小さい物体は、質量の大きい物体へと引き寄せられる力だ」
小さい方の球体が、大きい方の球体に吸い寄せられていく。
「ガラシャの能力はこの場合で言うと、こちらの大きい球に値するもの・・・つまり簡単に言うと、どんなものでも自分の所へ引き寄せて、持ってこられるってことさ」
「すげえ能力だな」
「ああ、そして彼女は無意識のうちにこの能力を使い、“幻想郷との境界”を自分の所へ“引き寄せた”・・・」
「・・・そうして私は、この世界へ・・・やって来た・・・」
さっきもらった薬のおかげか、頭痛がだいぶ楽になってきた。
「その通り。でも、この話はまだ終わりじゃない」
紫はそう言うと、ランプを消した。空間が闇に包まれる。
かろうじて、お互いの姿が確認できるぐらいだ。
「ここからはあなたの・・・“封印された闇”の部分の話になるわ」
「ガラシャはその“境界”を越えて、幻想郷へ渡った・・・しかし境界に、ある“忘れ物”をしてしまったのさ」
「“忘れ物”・・・だって?」
魔理沙が聞くと、ホワイトは無表情ながらも沈んだ声で答えた。
「彼女は苦しい記憶、悲しい記憶・・・そして監獄の中で抱いた醜い感情の全てを・・・封印して世界の境界に置き去りにしてしまった・・・」
「その“感情”は行き場所を失い、徐々に寄り集まってある形をなした。・・・あなたと対になる、形と感情を持った・・・」
「・・・まさか!!」
ガラシャはある人物に思い当たった。
「そう・・・僕が生まれたのさ」
無表情で言うホワイトの瞳は、黒い混沌としたものへと変貌していた。
「だったら、どうしてガラシャを殺そうとするんだ?」
「しかし彼は、生まれた瞬間からある矛盾によって苦しむことになった・・・」
「何の矛盾・・・なのですか?」
ガラシャの問いに、紫はふうとため息を一つつくと、哀れむように答えた。
「この世で最も苦痛を生じる矛盾・・・彼、ホワイトはみずからの“存在”自体に矛盾をきたしていた・・・」
「僕は本来ガラシャと一つのはずなのに、離れて別々になってしまった・・・“主人”を失い、行き場所をなくした“感情”は、どこへ行けばいいんだい?“主人”が生きている限り、死ぬこともできずに・・・ああ、苦しい・・・僕は今、とっても苦しいんだ」
ホワイトは顔を覆った。その指の間から、大粒のしずくが煉瓦の床に落ちていく。
「お前・・・」
思わず魔理沙がその背中に手を置くと、彼は無言で払いのけた。
「だから・・・だからガラシャを殺して僕もこの世界から消えてやる、そう決めたんだ。“主人”が死ねば、その“感情”は消滅するからね・・・!」
振り向いたその顔は、もとの無表情に戻っていた。
「さあ、おしゃべりの時間は終わり・・・そろそろガラシャも来るだろう」
そう言うとホワイトは、突然魔理沙の首を掴んで持ち上げると彼女の腹部に掌を叩き込んだ。
「ぐ・・・!かはっ・・・」
「それまで、もう少し眠っていてくれ」
その言葉を聞いた直後、魔理沙の視界は闇に閉ざされた。
ホワイトも・・・気の毒な存在だったんです。