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夜凪のバーで、面倒な女に恋をした  作者: ななよ廻る
3杯目 マンハッタン - After closing time

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9/21

第2話

 閉店後になると、バーのお姉さんは私服に着替えてきた。

 2月も半ばを過ぎたが、まだまだ冬の盛り。肩を出した服は寒そうだが、店内だからの服装なのだろうか。


「待たせたね」


 まるで待ち合わせみたいな台詞に、心拍数が上がる。

 黒いオフショルダーの私服にもまだ慣れていなくて、別人のようなしっとり感に釘付けになってしまう。服どころか、雰囲気まで着替えてきたのかと感じてしまう。

 女性は化粧1つで別人になるというけど、服だけでも十分に人が変わる。魅力もまた、万華鏡のようにキラキラと。


「……どうして誘ってくれたんですか?」


 踏み込んだ気がする。

 でも、気になって止められなかった。

 前回は偶然。けど、今回は必然、というより故意だ。そこには理由がある。

 カウンター内に入りながら、バーのお姉さんは答える。


「強いお酒を出してしまったから」


 なら、出さなければいいのでは。

 そう口に出しそうになったが、それで『じゃあ、次からそうするね』と言われて、こうして誘われなくなった?

 嫌だ。


 色濃く心に浮かぶ感情。

 だから、深く訊くことはできず、口をつぐむしかなかった。どうにも攻め手になれない。こういうのを、惚れた弱みというのだろうか?


「……いや、惚れたとかそんなそんな」

「まだお酒が残っているのかな?」


 カウンターで身悶えてぐでぐでする俺を見て、バーのお姉さんは笑って小首を傾げた。

 酒は残っているけど、酔っているのは別のことにだ。

 なんて、さらっと言えたらよかったのになー、と恋愛経験の少なさに辛い。


「私から誘ったけど、大学は大丈夫?」

「もちろん」


 大丈夫じゃないです、と心の中で付け加える。

 日付を跨いで来店して、いまは午前3時半くらい。朝日にはまだ早いが、それでもそろそろ朝と言える時間だろう。

 大学の講義は1限を取ってないので午前10時と遅めだ。


 必修は取っているけど、その他は緩めに時間割を組んでいる。余裕はある。でも、朝まで飲んでいられるほどじゃない。

 だから、大丈夫じゃない。

 朝の講義は間違いなく、睡魔と二日酔いとの戦いになるけど、このときこの瞬間のためならいつだって戦う覚悟がある。……駄目だったら、こそっと休むし。


「はい」


 カウンターから出てきたバーのお姉さんが隣の椅子に座ってカクテルを渡してくれる。

 ……。


「あの、でも……さすがにアルコールは」

「ノンアルだから、安心して」

「ですよね」


 ほっとする。

 ここから酔い潰れたら、同じことを繰り返す馬鹿になってしまう。


「乾杯」

「か、乾杯」


 カチン、とカクテルグラスをぶつける。

 甘く、酸っぱいオレンジ系。青春の味みたいなんて感想を抱きつつ、こっそりバーのお姉さんを窺う。

 なんか……普通に2人で飲んでるみたい。

 これをデートと呼ぶのは違うかもしれないけど、それでも、その言葉に近づいていて、ノンアルなのに体が熱くなってくる。


「おいし」


 ちろり、と唇を舐める仕草に色気がある。

 その頬は微かに紅潮する。俺のとは違ってバーのお姉さんのは普通のカクテルだったんだろう。


 この人がお酒を飲むとこ、そういえば初めて見る。

 バーテンダーのときには、当然飲むわけがない。常連さんに誘われているのを見たことがあるけど、『仕事中ですので』と丁寧に断っていた。


 だから、他のお客はこの人のお酒を飲んだことなんてなくて、その特別感に優越感を覚えてしまう。

 そんな些細なことで。

 小さい男だ。でも、嬉しい気持ちはあとからあとから心の水面に浮かんできて、胸中を満たしていく。


「大学は大変?」

「え、あ」


 意識が違うところにあって、返答が遅れる。

 しどろもどろな自分の反応にカーッと頬が熱くなる。せっかくこうしてチャンスが巡ってきたんだ。いまはこの人に集中しよう。と、彼女を見て……さっと目を逸らす。


 駄目だ、いつもよりしどけなくて直視できない。


「そう、ですね。大変、大変ですね」


 これ答えになってる?

 そんな不安が過ぎるが、間違ってもいないとも思う。


「大学にバイトに、一人暮らしもようやく慣れてきたところで、忙殺って感じでしょうか」


 本当に目の回る日々だ。

 先なんて考える余裕もなくて、なのに周囲は自分の道を決めている。その差に、最近は焦っていたけど、いまはそうでもない。

 その理由は……わかってる。


 この人に、想いを寄せるようになってから。

 指針なく、ただ海を漂っていたような航海に、目的地ができた。

 ただただ真っ直ぐ舵を取る。


 熱中している。周りが見えなくなっている。

 でも、なにもなかった俺にはすべてが冒険のような毎日で、勘違いだったとしても、身を滅ぼすことになったとしても、いまだけはこの心地よさに酔っていたかった。


 ちらりとバーのお姉さんを見ると、「ん?」と首を傾げられる。

 どうしたの? と、その愛しい所作で訊いてくる。

 余裕があって、俺とは大違いだ。


 ――もう少し、意識してもらいたいなぁ。


 高望みだ。けど、なにかできることはないかな、と熱に浮かされた頭で考える。


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