表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜凪のバーで、面倒な女に恋をした  作者: ななよ廻る
7杯目 ロゼワイン - 酔いが覚めるとき

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/29

第5話

 近くにあった広場でベンチに座って、はぁ、と息を吐く。

 蓮さんと出会った冬からずいぶんと月日が経った。季節も変わって、すでに夏が到来したかのような暑さになっている。口から吐いた息がしらむことはもうない。


「どうぞ」

「ありがとう」


 近くのカフェで買ったコーヒーを手渡す。自動販売機でも缶コーヒーでもよかったけど、そこはまぁせっかくならと。デートだし。持ち帰りでお願いしたら、俺のカップには『Good Luck♡』と書かれていた。どこ行っても応援されてばっかりだなと笑えてくる。そんなに頑張ってる感があるのか、俺は。


 陽は高く、空は青い。

 デートの終わりとするには早いし、できればもっと一緒にいたい。でも、蓮さんには仕事があるから、これ以上引っ張り回すわけにもいかなかった。俺とは違って、気軽に休むわけにもいかないはずだ。


「……にが」

「ブラック?」

「ちゃんとガムシロもクリームも入れてますよ」


 コーヒーが苦手というわけじゃない。むしろ、日頃から飲む方だ。

 なのに、今日の舌はやけに苦みを感じ取る。なぜなんだろう、と思って、緊張のせいかと早鐘する心臓が答えてくれる。

 デートの終わりに。

 そう決めていたことといえ、緊張するなという方が無理だろう。


「――俺は、蓮さんが好きです」


 告白なんて、何度したところで慣れるわけもないし、慣れていいと思わないから。

 隣に座る蓮さんを見る。

 彼女は俺を見ていて、以前のような驚きはない。


「好きだから、付き合ってほしい。ちゃんと返事を聞きたい」


 1回目の告白のように、肉体関係だけ進んで、心の距離が離れるなんて嫌だ。

 どう思っているのか。恋人になってくれるのか。

 ただ、答えがほしかった。


「私、は」


 深海のように暗い青色の瞳が波打つように揺れている。

 唇を浅く噛んで、長いまつ毛をかすかに伏せた。デート中の余裕なんてなくなっていて、立場が逆転したように挙動が不安定になっている。


 見つめていた瞳が、ふと地面に落ちる。

 蓮さんの膝の上で、白くなるくらいぎゅっと手が握られている。

 駄目なのかな。


「私も……好きだよ」


 不安を拭い去る、好意の返答だった。

 なのに、喜びきれないのは、蓮さんの瞳が薄い膜を張ったように濡れていたから。次第に、呼吸は浅くなって、見る見る血の気が引いていく。好きな女性の青ざめた顔を見て、やったなんて男がいるものか。


「蓮さんっ」

「だから……」


 心配する俺を他所に、彼女は震える肩を抱いて言う。


「君と、恋人になるのが怖い……っ」


  ◆◆◆


「ごめんね」


 雪山で遭難したような蓮さんを送って、バーまで戻ってきた。その顔はまだ青白くて、このまま帰して本当にいいのか心配になる。


「せめて、もう少し落ち着くまで一緒に」

「大丈夫だから」


 気丈に振る舞っている、というよりは、遠慮の顔をした拒絶に感じた。

 彼女に伸ばした手は中途半端に浮いたまま、ぱたんと太ももを叩いた。


「今日は楽しかったよ。ありがとう」


 またね、なんて次の約束もなく、お礼だけを残して蓮さんは階段を下りていく。店の中にいなくなるのを見届けて、はー、と焼け始めた空に溜めに溜めた感情を吐き出す。


「怖い……か」


 ふと、思い出すのはホテルでの蓮さんの言葉だ。

 ――私みたいな面倒な女、やめておきなよ。


「確かに、面倒な女だな」


 中高の同級生とか、同じ学部の生徒とか。

 そうした関係の女性を好きになっていれば、もっと簡潔だったはずだ。恋が成就するかはともかく、告白をすれば返答があって、関係は変わる。結果が出ないまま、こんなに引きずることもなかったはずだ。


「でも、しょうがない」


 そんな面倒な蓮さんを好きになって。

 こんな状況でも、前よりずっと好きなんだから。



 翌夜よくや、バーに訪れると“Close”の看板がかかったままだった。


「休み?」


 週1不定期休みと聞いていたけど、今回は連休なのか。

 もしかして、体調が悪い?

 別れ際の様子を思い返すと、一番ありえそうだ。


「……連絡先、交換しとくんだった」


 訊いて断られたら、なんて不安に負け続けていた過去の自分が憎い。


「明日になれば、やってる……よな」


 それは、そうあってほしい、という願望めいた言葉だった。

 ただ、どうしてか、虫の知らせのような不安があって。

 その予感が裏付けるように――明くる夜も店は閉じたままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ