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幸せのラビリンス

作者: 仲瀬充
掲載日:2026/03/24

★プロローグ

リゾート地とはいえ10月の下旬とあって降りたのは母子(おやこ)づれの二人だけだった。

バスを降りたあと母と娘は道なりに歩いた。

右手前方に数棟のホテルが見えてきたところでバス通りの国道をそれて海ぞいの道に下りた。

国道の崖下を縫う道は幅が狭いうえにシーズンオフで車も人も少ない。

建ち並ぶ中の一つのホテルの真下で二人は道の海側の防潮堤に背を預けてホテルを見上げた。

西日を受けている壁面のまぶしさに娘は額に手をかざした。

「どの部屋なの?」

「たぶんあそこ」

母親は2階の端の部屋を指さす。

二人の立つ路面からは4階分ほどの高さだ。

「虹だ、きれい」

娘はホテルの背後の山の上空に虹が出たのを目ざとく見つけた。

「雨が上がったばかりだからね」

会話はそれきり途絶えた。


海とホテルを交互に見やって時を過ごすうち娘が()れた。

「まだなの?」

「日が沈みかけたからそろそろのはずよ。あ、ほらっ、カーテンが開いた」

「へえ、あれがおじいちゃんとおばあちゃんなんだ」

「お父さん、あんなにやせちゃって。手を振ってみれば?」

「そしたらママがいるの、おじいちゃんにバレるんじゃない?」

「長く会ってないから大丈夫」

娘は片手を頭上でゆっくり左右に振りながらホテルに顔を向けたまま言った。

「今日が最後になるんなら会いに行けばいいのに」

「今さら合わせる顔なんてないし」

母親は少し()を置いて言った。

「でもそれは向こうだっておんなじで、」

「あっ、おじいちゃんとおばあちゃんが!」

母親の言葉をさえぎって娘はホテルの角部屋を指さし、今度は両手を大きく振り出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


耕造は妻の久枝(ひさえ)がベランダで洗濯物を干すのを見るのが好きだ。

物干し竿のハンガーに衣類をかけたあとはしわを伸ばすために両手の平でパンパンと軽くたたく。

没我の境地と言えば大げさだが無心で目の前の作業に向き合う姿は実にいい。

「行ってくるよ」

早朝からのワイドショーを食事しながら30分ほど見て耕造は日課のウォーキングに出た。


「おはようございます!」

登校する高校生が元気よく挨拶をしてくれる。

出勤途上の若者たちも好ましい。

彼らはこれから働きに出るのだと思えばそれだけで年金暮らしの耕造には尊く思える。

うつむいて歩いていようものならエールを送りたくなる。

眠い目をこすりながらの出勤、職場内の人間関係や職務の煩わしさ、居酒屋での同僚との憂さ晴らし。

そんなことに明け暮れる日々もリタイアして振り返れば懐かしくかけがえのないものなのだ。


しばらく歩くと新築マンションの工事現場にさしかかった。

工事車両の出入り口に道路を挟んで警備員が立っている。

二人とも還暦はとっくに超えていそうで耕造とそう変わらないかもしれない。

さっき見たワイドショーが思い出された。

昨今の政治情勢についてコメンテーターたちが華やかなスタジオで意見を述べていた。

一方彼らの親ほどの年齢のこの老人たちは立ちづくめでダンプの誘導や交通整理をしている。

昔ならいろんな考えを巡らせたろうが今はもう両者を比較しようとは思わない。

比べたところでどちらが幸福かさえ軽々(けいけい)に判断できない。

確かなのはそれぞれに自分の人生を生きているということだけだ。


物事を比べて価値を判断すれば苦悩が生じると耕造は考えている。

人は他人の境遇はもちろん、自分の過去や未来にさえ目を向ける。

()(かた)を振り返れば後悔、行く末を思えば不安。

過去も未来も現存しないのに常に持ち越し苦労や取り越し苦労を抱えこむ。

それは青空の下で雨を心配して傘をさしているようなものだ。

理屈を言えば比較の対象は不遇な他者というケースもありうる。

そういった人たちと比べれば自己の現状に感謝し知足(ちそく)の境地に至るはずだ。

しかしそう理屈どおりにはいかない。

飢えもせず屋根の下で眠れることをほとんどの人は生得の権利のごとく当たり前に思っているからだ。

空気があればこそ生存できることに感謝できる人間が皆無に近いのと同じことだ。


もっと根本的なところで対概念(ついがいねん)の問題もある。

たとえば幸せになりたいと願うとする。

すると皮肉なことに現状は幸せでないという自覚が自動的に生じてしまうのだ。

したがって幸福を強く希求すればするほど不平や不安がつのることになる。

そして当面の望みがかなったとしても多幸感は長続きせず欲望は肥大化する一方だ。


ここで素朴な疑問が生まれる。

一切の比較や価値判断をせずに欲望も抱かない。

そんな生き方が現実的にできるだろうかと耕造は自問してみた。

現役の勤め人や商売人にはまず無理だろう。

しかし今の自分のようにリタイアした身なら可能かもしれない。

ということは人の一生において前半と後半でパラダイムの転換が起きうるということになる。

子供が縁側に座って悟り顔でお茶をすする姿は不自然で滑稽だ。

同様に老人が些細なことで取っ組み合いの喧嘩をするのも不自然で見苦しい。

後者の例は現実に散見されるが、それはパラダイムの転換、まともな年の取り方がいかに難しいかを証明している。


「可愛い子には旅をさせよ」「苦労は買ってでもせよ」

こういった言葉は人生の前半の生き方を示唆(しさ)しているように思われる。

当の若者たちもそれをいとわないベクトルで生きている。

遊園地に行ってもわざわざお金を払ってお化け屋敷やジェットコースターで怖い思いをしたがるくらいだ。

それが人生の後半になると虫メガネで遠くを見たときのように一転する。

人生の見え方、とらえ方が若いときとは真逆と言っていいほど変わるのだ。

このことが近年の耕造の一番の関心事になっている。


あれこれと考えて歩いているうちに耕造は疲れを覚えて町役場で休憩することにした。

1階のロビーのソファーに腰をおろした。

あたりを見回すと手を前に組んで立っている案内係らしい若い男性職員が目に留まった。

その立ち姿や穏やかな表情に耕造は好感を抱いた。

首から下げたIDカードの氏名欄には「内田」とある。

入口付近でまごつく来庁者がいればすかさず近寄って所用の部署のカウンターまで案内する。

部署が2階や3階ならエレベーターに半身だけ乗りこんで行き先階数と「閉」のボタンを押す。

彼は案内を終えると軽い会釈(えしゃく)をして来庁者のそばを離れる。

エレベーターまで案内した場合にもドアが閉まりかけて相手からは見えないにもかかわらず頭を下げる。

まだ若いのに業務を超えた誠意がにじみ出ている。


耕造は感心するあまり彼についての想像をたくましくした。

年齢的には入庁したての20代前半で独身だろう。

仕事ぶりからすれば私生活も堅実で自炊しているのではなかろうか。

スーパーに寄って一人分の食材を買ってアパートに帰る。

料理はあまり得意でなくフライパンを使った簡単なメニューが中心といったところか。

自分で作った食事なのに「いただきます」と合掌する(さま)まで目に浮かぶ。

朝はすっきりと目覚めて二度寝することなく朝食の用意にかかる。

和食といきたいところだが時間的な制約からトーストとコーヒーが妥当だろう。

ときには目玉焼きやサラダも添えるだろうか。

食べ終わるとスーツに着替えてアパートを出る。

身なりはきちんとしていても住まいは家賃の安い古アパートが似合う。

ドアに鍵をかける場面ではつい南京錠(なんきんじょう)を想像してしまった。


家に戻ると耕造はさっそく久枝に内田青年についての好印象を話し始めた。

すると久枝は耕造が予期した以上の関心を示して熱心に耳を傾けた。

数日後、今度は久枝が役場の知り合いを通して聞き知ったという内田氏についての情報を耕造に語った。

役場に知り合いがいたとは初耳で耕造は意外に思ったが情報の中身にはもっと驚かされた。

内田氏は4月に転勤してきたばかりで当役場には入庁したてだが年齢は耕造の想像よりひと回りほども上の30代半ば。

そして若いころはやんちゃなヤンキーだったようで二十歳(はたち)前にもうけた子供もいる既婚者だという。

耕造は自分の人を見る目のなさを思い知らされてしまった。

それでも内田氏への関心はますます高まった。

彼の過去からするとよほどの苦労や努力をへて人格を磨き現在にいたったのだろう。

人生の求道者(ぐどうしゃ)といった感じで耕造は親近感を抱いた。


「西さんの前世はインドの苦行僧だったんじゃないですかね」

耕造はかつて若い同僚にそう言われたことがある。

定年退職まぎわにプライベートで誘って二人で飲んだ席でのことだった。

普段から目をかけていた後輩だが彼には予知能力があるともっぱらの噂だった。

「僕は人が亡くなるのが分かるんです」

当日もそんなことをさらりと口にした。

死を目前にした人は顔に薄い(もや)のようなものが掛かって見えると言う。

「僕の前世なんかも分かるかい?」

話の流れで耕造がそんなふうに問いかけたのかもしれない。

インドの苦行僧と言われて耕造は笑い飛ばしたが、時がたつにつれてそうかもしれないとの思いが強まった。


中学生のとき夏休みの宿題として水彩画が課された。

暑い中を写生に出かけたくなくて想像で風景画を描いた。

前景は緩やかな下り斜面の木立ちで斜面のふもとを1本の田舎道がうねりながら横切る。

木立ちを透かして見える中景は夕焼けに染まる田んぼや(わら)ぶき屋根の農家。

遠景には薄紫色に霞むなだらかな山並みを描いた。

半世紀以上も前なのに構図をはっきりと覚えている。


あの絵と同じように前世の自分は山中で修業しながら夕焼けの村里を毎日見下ろしていたのではなかろうか。

そして寂しさに耐え切れず修業を放擲(ほうてき)して俗世への転生を願ったのだろう。

輪廻転生(りんねてんしょう)は確かにあると耕造は信じているがその根拠は単純だ。

前世を指摘した後輩もそうなのだがすばらしい若者たちを何人か知っているからだ。

彼らは転生を繰り返し、生まれたスタート地点が既に自分などとは異なっているのだろう。

そうでなければ20歳や30歳の若さで人格が驚嘆すべき高みに到達するはずがない。

耕造が思うに彼らは個の修業を終えて利他のレベルで何かをなすために転生したのだろう。

自分一人の生き方にさえ右往左往している自分とは大違いなのだ。


ある日、自宅の周辺を散歩していた耕造は路上の白い落書きに目がとまった。

道の端っこのほうに小さないびつな円形のペンキの跡がある。

ほかにも何か所か同じような塗り跡があったので謎が解けた。

それらは落書きではなく路側帯の白線の消え残りだった。

耕造の住む住宅団地は造成されて20数年がたつ。

その間に路側帯を示す白線が摩耗してほとんど消えてしまったのだ。

そうと気づいてからも散歩のたびに気になった。

健気(けなげ)にも(みじ)めったらしくも見えた白いシミはしかしある日突然消えた。

白線が塗り直されたのだった。

新たに路側帯の白線を引くことを誰が言い出したのだろう、費用はどれくらいでどこが出すのだろう。

今度はそんなことが気になりだした。


自分の旺盛な好奇心は感受性が強いせいなのだろうと耕造はずっと思っていた。

あるとき親戚の幼児が何にでも興味を持つようすを見てふとジャネーの法則を思い出した。

年齢が幼いほど日常は未知の経験にあふれている。

そのため子供は大人より1日が長く感じられ、逆に大人は短く感じられるという説だ。

耕造はそれを魂の生まれ変わりに当てはめてこう考えてみた。

自分は転生回数の少ない未熟者だから好奇心が強いのではないか。


いくつになっても変に子供っぽいのもそれで合点(がてん)がいく。

人生とは何かを考えあぐねてたわむれに庭にうつぶせになったことがある。

目を閉じてじっとしていると芝が鼻腔に匂い手のひらと頬がチクチクする。

こういう嗅覚や触感が生きているということの正味(しょうみ)なのだろうか。

そんなことを思っていると手の甲がムズムズしだした。

目を開けるとアリが()っていた。

手はともかくズボンの裾に入りこまれるとやっかいだ。

それにまた庭に大の字に伏している自分を隣人が目にしたらどう思うだろう。

そんなこまごまとしたリスクを気にして立ち上がるのもまた生きていればこそかと苦笑した。


生きている実感をつかみたいと思いながら耕造は現実から逃避したい衝動にかられもする。

そんなときには半透明のセロハン紙を透かして外を見ることにしている。

百円ショップでセロハン紙のセットを買い、赤、緑、青と試してみて一番しっくりきたのは黄色だった。

黄色いセロハン紙を顔に押し当てると眼前の実景が古い写真のようにセピア色に変貌する。

その非現実感に陶酔するのが若いころから今にいたるまで耕造はずっと気に入っている。


「孤独」も耕造が抱える長年のテーマだ。

気の置けない人と楽しい時間を過ごしていてもふいに孤独を感じてしまう。

親しい人であればあるほどその孤独感は強烈に襲ってくる気さえする。

これも一人きりで修業していたであろう前世の名残りなのだろうか。

孤独とはどういうものか、我が子で実験したことがある。

長女がまだ幼かったころ一緒に街に出かけた。

娘は何か買ってもらえると思ったようで喜んでついてきた。

繁華街のビルの谷間にある小さな公園のベンチに娘を座らせた。

「父さんはちょっとおしっこしてくるからここで待ってて」

そう言って耕造は公園の一角の公衆トイレに向かった。

そしてトイレには入らずに離れたところに隠れてようすをうかがった。


時間の経過とともに娘は落ち着きをなくしていく。

さらに時間がたつとベンチを立ってトイレに駆けこんだ。

すぐに出てこなかったのは個室一つ一つの中までのぞいて回ったのだろう。

トイレを出た娘の表情には不安を通り越して緊張と(おび)えが見て取れた。

そしてやみくもにトイレの周辺をうろつきまわったあげく元のベンチに戻った。

通りがかりの老婦人が泣きべそをかき始めた娘を不審そうな目で見た。

この辺が潮時だろうと耕造は姿を現わした。

「ごめん、ごめん、待たせたね」

娘はものも言わず両腕で耕造の腰にしがみついた。


「どうしたのだろう」という疑問が「来ないかもしれない」という不安に変わる。

そして「もう来ないのだ」という悲しみが絶望に、あるいは絶望が悲しみに移行する。

悲しみと絶望がないまぜになったその孤独感は傍観していた耕造の胸にも痛いほど沁みた。

それでも娘の孤独と自分が抱える孤独は異質なもののようだ。

泣きじゃくる娘を抱きしめながら耕造はそんなことを考えていた。

後年(のち)になって耕造はこの1件も長女との確執に影響したのではないかと後悔した。


覚えておこうと思いもしないのに記憶に定着している数々の出来事がある。

それらは2種類に大別できそうに思われる。

自分の生活や精神を(おびや)かした出来事と快適にしてくれた出来事。

簡単に言えば嫌な思い出と楽しい思い出だ。

この両極端の間にあって思い出として思い出されもしない日々が幸せの正体だと今では思う。

それはともかくとして、耕造がウォーキングをしているときに脳裏に浮かび上がるのはほとんどが嫌な記憶のほうだ。

だいたいこれまでの生き方全般が汗顔の至りなのだ。

前世が求道者(ぐどうしゃ)だったとしたら警察官という職業に就いたのもそのせいだったのだろうか。

名利(みょうり)に関心がないのはいいが職務においても家庭においても生真面目すぎて自分にも他人にも厳しかった。

耕造にしてみれば自分なりの信念に従ったまでだが周囲にとってはさぞかし傍迷惑(はためいわく)な筋の通し方だったろう。

しかしながら、よかれと思って突っ走り結果として迷惑をかけたとしても過去の自分はそれで精一杯だったのだ。

わけ知り顔で波風を立てずに世を渡る、耕造にはそんな生き方はできなかった。


それではどう生きていけばいいのか。

「ほんとうにいい人ね。いい人はいいね」

『伊豆の踊子(おどりこ)』(川端康成)の一節だ。

旅の道ずれになった青年のことを踊子が仲間の女性たちにそう話す。

耕造も「いい人でした」と惜しまれながら死んでいきたいと切に願う。

ささいなことだがウォーキング中にアリが目に入れば踏みつぶさないように気をつける。

ところが対人関係となると醜い害意が折々に沸騰してしまう。

悩んだあげく耕造は人事も結局は自然現象なのだと考えることにした。

自然界に晴れの日もあれば雨の日もあるように人間界も善人、悪人がいる。

同様に個人の内部において聖人めいた自己と醜悪な自己が同居しているのも自然なことなのだ。

たどり着けもしない聖人の立場から自分の醜さを嘆いて自己嫌悪に陥るのは不遜(ふそん)というものだ。


耕造は市内の中心部に出かけた帰りは現役時代からの行きつけの小料理屋に寄ることが多い。

そんなある日のことだった。

女将(おかみ)銚子(ちょうし)を手にしてカウンター越しにお酌をする。

その手元を見るともなく見ていた。

「あんまり見ないでくださいな」

「うん?」

何を言われたのか分からず顔を上げて女将を見た。

「どうしたって手の甲には年齢が出ますもの。恥ずかしいわ」


そんなことが気になるのかと思った数日後に耕造は似たような経験をした。

久枝を乗せて早朝に車を運転していて信号待ちで停車したときのことだった。

車窓を通してほぼ真横から朝日がさしていた。

耕造はハンドルに置いた自分の手を見てぞっとした。

手の甲の全体に微細な縮緬(ちりめん)じわが鮮明に浮かび上がって見えた。

部屋の細かいほこりが光線の具合ではっきり見えることがあるがあれと同じ現象なのだろう。

助手席の久枝に見られはしなかったかと耕造は気恥ずかしい思いがした。


それにしても老いたものだ、手のしわに限らず耕造はそう思う。

寒い季節は足先が温もらないので靴下を履いて寝るようになった。

近ごろ聞き知った凍傷の話と同じだ。

雪山での遭難者は凍傷がひどければ手足の指が壊死(えし)して切断せざるをえなくなる。

極寒(ごっかん)が人間を痛めつける、耕造は凍傷をずっとそんなふうにとらえていた。

ところが実際は遭難者自らの体が命を守るために心臓周辺に血液の循環を集中させるせいなのだった。

老いた自分の心臓も体のすみずみまで血液を送ることにもう疲れているのだろう。


トランプに『神経衰弱』というゲームがある。

カードをすべて裏返しに伏せておいて任意の2枚をめくる。

数字が合致していればその2枚は自分の取り分となり次の2枚をめくる。

数字が合わなければ対戦相手の(ターン)になる。

初めはなかなかそろわないが暗記したカードが増えるにつれて符合する確率が高くなる。

この遊びは人生の答え合わせに似ている。

年をとるにつれてそれまでに見聞きした人生の断片の持つ意味が腑に落ちてくる。


耕造は晩年の父と同じように椅子に座ってズボンを履くようになった。

立ったままスッとズボンに足を通せばいいのにと思いながら若いころは父を見ていた。

しかし自分が年をとって分かった。

運動神経や筋力が衰えるとふらつくし履ける高さまで(もも)を引き上げるのも難しくなる。

体の柔軟性に関しては靴下を履いたり足の爪を切ったりするとき、手が足先に届かず難儀する始末だ。


年老いてようやく実感することはほかにも多々ある。

車の運転もそうだ。

ろくに歩けもしないような高齢者の自動車事故がニュースになるたびに早く免許を返納すべきだと誰しも思うだろう。

耕造もその意見に反対ではないが高齢者の身にもなってほしい。

本人の身になってとは言ったものの若者にはよぼよぼの老人が自宅を出てバスの座席に座るまでがいかに大変かは実感できまい。

乗降に手間取って他の乗客にも迷惑をかけると思えばますます気が重くなるだろう。

バス停に行くのに片側だけで3、4車線ある道路を横断しなければならないとしたら困難を通り越して命がけだ。


ウォーキングにしても耕造自身が以前は老人の暇つぶしか気ままな散歩のように思っていた。

しかし多くの老人にとってウォーキングは足腰の衰えを防ぐ義務としての苦行なのだ。

長く寝ついて家族に迷惑をかけないよう自分に鞭打ち、寒い日も暑い日も歩かざるをえない。

そんなウォーキングやジョギングを皮肉った川柳がある。

「足腰を鍛え鍛えてガンで死に」

SNS上で知って思わず笑ってしまったが耕造はまさか自分がそうなるとは思いもしなかった。


腰痛が加齢による慢性的な痛みを超えたように感じられて耕造はかかりつけのクリニックを受診した。

するとすい臓がんの疑いがあるとのことで総合病院での精密検査を勧められた。

結果はかかりつけ医の()たてどおりでしかも余命1か月の最終ステージ。

「それはそれは大変ですね」

診断結果を知らせると久枝は他人事のように言った。

なにごとにも動じない妻は耕造にとって精神安定剤だ。

死に方としてがんはありがたいと耕造は常々思っている。

急病や事故による突然死と違って死に向き合う時間が取れるし死後の様々な手配も可能だからだ。

最終段階に入ると長く寝つくことなく命が尽きる点も気に入っている。

「どうせ死ぬなら認知症なんかじゃなくがんがいいと思ってたけどすい臓がんってのはちょっとね」

「ほかのがんと違うんですか?」

「いちばん痛いガンなんだってさ」

「まあ」

「すい臓の近くにはいろんな神経の束が分布していてそれをがん細胞が圧迫するから激しく痛むんだそうだ。延命治療する気はないけどモルヒネでも何でもバンバン打ってもらって痛みだけは散らしてほしいもんだ」


耕造夫婦がそんな話をしてからほどない土曜日の夕刻、ドアフォンが鳴った。

「子供たちが来たみたい」

自分の病勢を久枝が知らせたのだろうと耕造は思った。

隣県から連れ立ってやって来た長男の達也と次女の奈々を久枝は和室に通した。

耕造もリビングから移って親子4人での宴会が始まる。

「さあ食べて、あんたたちの好物ばかり用意したから。でも親子水いらずも4人じゃちょっと寂しいわね」

久枝の言葉に達也が頭をかく。

甲斐性(かいしょう)がなくて申しわけないな。嫁さんや孫の顔も見せられずに」

「そうね、今から急いでもお父さんはもう間に合わないし。それに奈々こそ焦らなくちゃ。来年は30の大台でしょ?」

辛辣(しんらつ)な久枝の舌鋒に3人ともたじたじだ。

「まあ、そう言うな。父さんが結婚したのは達也より1歳若いだけの31で母さんだって今の奈々の年だったじゃないか」

耕造はそう言ってビールのコップを手にした。

「じゃ最後の晩餐の乾杯といくか」

耕造の乾杯の音頭に奈々が眉をひそめた。

「お父さん、そんなこと言わないで。最後の晩餐はまだ早いよ」


達也のほうはビールを一口飲むと耕造の自虐を話の()ぎ穂にした。

「父さん、余命1か月って聞いてどうだった?」

「そうだなあ、若い者とは受け止め方がだいぶ違うと思う。個人という言葉があるがお前たちにとって死はかけがえのない個の消滅という恐怖なんじゃないか?」

「父さんは?」

「年をとると個人という感覚が薄れていろんな時空間とつながってるんじゃないかと思えてくる。だから死ぬのも隣りの世界へのなだらかな移行という感じだな」

若いころは3次元の座標の原点に立って世界と自分の関係を観察していたような感覚だったが今の耕造は自己の存在が希薄化して座標空間に遊離しているように感じられる。

最近よく見ているSNSの量子論の解説によれば過去、現在、未来は同時に存在しているという。

既視感(デジャブ)はその(あかし)なのではないか。

懐かしいという感覚も過去、現在、未来の同時存在と関係があるのでは。

耕造は自分なりにそんなことを考えたりもする。


「じゃお父さんは落ちこんでないのね。よかった」

奈々が安堵の表情を浮かべたが耕造も子供たちと自分の死を気楽に語れることが嬉しい。

「起きるのが誕生、寝るのが死と考えれば人間は毎日死ぬ練習をしているようなもんじゃないか。寝入る直前と同じで死ぬまぎわもぼんやりしてて恐怖も苦しみもないはずさ」

「1日と一生を結びつける考えは面白いね、仏教の転生輪廻みたいだ」

達也の言葉に耕造はビールの入ったコップを置いて視線を落とした。

「転生ということなら父さんはよほど生まれ変わった回数が少ないんだろうなあ。最近はこれまでの生き方を反省してばかりだ。特に愛子にはすまないことをした」

家族の間でずっとタブー視されてきた長女の話題を耕造はあえて口にした。

親子がじっくり話をするのは最後かもしれないと思えば今日はいい機会だと思われた。

「お姉ちゃん、どうしてるんだろう」

奈々がそう言ったきり口をつぐんだところへ久枝が新たに料理を運んできた。

「だから4人じゃ寂しいって言ったのよ。お父さんがあんまり愛子に厳しく当たるから出て行っちゃって」


久枝のあっけらかんとした物言いが沈みかけた場を救った。

「でもそのおかげかな。姉さんがいなくなってから父さん、僕と奈々を叱らなくなった」

耕造は苦笑するほかない。

「お前たちは反抗期らしい反抗期はなかったからな。それとも我慢していたのか?」

「いやなことと言えば名前をいじられたくらい」

そう言う奈々を久枝が怪訝(けげん)そうに見た。

「小学校でも中学校でも『はっちゃん』って呼ばれたりした。西なら奈々じゃなくてハチだろって」

算数の九九(くく)の話だとは耕造はすぐには分からなかった。

7月生まれだから『奈々』と名付けたが子供というのは何でもからかいのタネにするものだ。


「あんたは何かなかったの?」

「僕はいじめとかはなかったな」

達也は久枝にそう答えたが耕造は一度だけ達也が不満をもらしたことを覚えている。

彼が近所のガソリンスタンドでアルバイトを始めた学生のころだった。

スタンドは耕造の出勤経路にあり、ある朝徐行しながら車の窓ガラスを下げて「おう、がんばってるな」と声をかけた。

「ガソリン入れないなら声をかけないでよ」

達也にしてみれば照れ臭さを紛らわせたのかもしれない。

しかしすねたようなその返答は耕造には親離れの芽生えのように感じられた。

むしろ親のほうがいつまでも子離れできなかった。

達也が隣りの県の工務店に就職して数年後のことだった。

電話で近況報告とともに係長に昇進したと知らせてきた。

耕造と久枝はさっそく小雨の降る中を1時間かけて彼が受け持っている工事現場に向かった。

そして気づかれないように遠くに停めた車のワイパー越しに職人たちを差配する息子の姿を長いこと見ていたものだった。


「お姉ちゃんから連絡はないの?」

耕造ははっとして我にかえったが奈々の問いかけは久枝に向けられたものだった。

「知らないわよ」

「そう」

愛子が家を出てもう17年にもなる。

耕造にとっても大事な問題だったが女どうしのやりとりはそっけなく終わった。

ひょっとしたら久枝は愛子と連絡を取り合っているのではないか。

耕造は折々にそう思ったりもするが根拠のない勘にすぎないし確かめたことはない。

もし連絡を取り合っていたとしてもはぐらかされるのがおちだろう。


真逆(まぎゃく)だったんだ」

耕造は独り言のようにつぶやいた。

「真逆って?」

達也が聞きとがめるように言う。

「子育ての話さ。達也、人生は思い通りになるという説があるんだがどう思う?」

「世の中、思い通りにならないことのほうが多いんじゃない?」

「そう考える人間だって同じだ。思い通りにならないという思いの通りの人生になる」

「なんか屁理屈っぽいなあ」


「もう一つ気に入っている話がある。予備校の先生が『志望校を書いた紙を毎晩枕の下に敷いて寝れば合格する』と言ったんだがそれを実行した生徒はみな合格したんだそうだ」

「それもたまたまというか、偶然じゃないの?」

「ほとんどの生徒が眉唾ものと思うアドバイスだ。しかしそれを、いいことを聞いた、やってみようと思えるということは?」

「そうか。ばかばかしいことでも素直に受け入れる生徒なら勉強にも人一倍熱心に取り組むはずだから結局は実力が伸びて合格したってことか」

「うん、ポジティブ思考が大切ということだ。父さんはそれが分かっていなかった。警察官という職業柄もあってお前たちの長所を伸ばすよりは悪いこと、卑怯なことをしないようにという子育てをしてきた。特に愛子は」

そういった正義感が前世の影響かもしれないということは言い逃れになる気がして耕造は口にしなかった。


「でもそれはそれで大切なことなんだから間違いじゃないよ」

奈々のフォローの言葉を耕造は複雑な思いで聞いた。

社会人として正業を得て自活する、二人ともそれを実現して生きているだけで十分立派なことだと思う。

と同時に、可もなく不可もない人間に育ててしまったのではないかとの思いもぬぐえない。

「しかしなあ奈々、幼いころに食事中にテレビから流れてきた曲に感動して音楽の道を志したとか散歩中に見かけた虫とか花がきっかけで学者になったとか、そんな話を有名人たちが語るじゃないか」

「うん、それが?」

「テレビなんか見ずに早くご飯を食べてしまえとか散歩なら手を引っ張ってさっさと帰ったりとか、父さんは何事もそんなふうにするたちだからお前たちの可能性を伸ばしてやれなかったのかもしれん」

耕造の弁明を今度は達也がこともなげに打ち消した。

「僕も奈々もたいした才能はなかったんだよ。『嚢中(のうちゅう)(きり)』だっけ? 僕らに才能があったなら父さんがどんな育て方をしようがそれなりに世に出たはずさ」


奈々や達也が不満に思っていないとしても耕造は愛子の育て方だけはやはり悔いが残る。

最初の子供だったからか、きちんとしつけなければという義務感が愛情を上回ってしまった。

幼いころから食事をこぼすのさえ厳しく叱りつけた。

クッキーやビスケットを食べるときはゴミ箱を抱えさせたこともあった。

叱るということの根底には、自分の考えが一番正しくそしてその方針に相手を従わせずにはおかないという傲慢さがあるのだろう。

そんな一方的な耕造の育て方に復讐するかのように思春期に入ると愛子の不満が爆発した。

ことあるごとに反発し荒々しい言葉を発するたびに唇の端が醜くねじれた。

高校生になるとよからぬ仲間と夜遊びを繰り返した。

3年生になってからは外泊までするようになった。

我が子が深夜徘徊で補導されでもしたら警察官たる自分の面目は丸つぶれだ。

愛子の生活の乱れを耕造は詰問し叱責し手も出した。

久枝は夫と娘の間に立ってとりなしはするものの基本的には夫唱婦随(ふしょうふずい)の立場をとった。


寒いさなかの2月のある日、明け方に愛子は家を出た。

学校は自宅学習期間に入っていたので卒業に支障はなかった。

家、特に耕造に対する積もり積もった鬱憤を晴らすために卒業を機に家出。

久枝と達也と奈々はそんなふうに解釈したろうと耕造は思った。

しかし耕造だけが胸に秘めている真相はもっと深刻な修羅場だった。

その日、久枝は急死した友人の葬儀で前日から不在、達也と奈々は寝入っている時間帯だった。

愛子が深夜に帰宅した気配に起き上がった耕造はリビングに愛子を正座させて叱った。

耕造の説教に愛子もいつものように口答えして互いに興奮を募らせた。

ただ、いつもと違っていたのは愛子が反発の切り札のように妊娠している事実を語ったことだった。

それを聞くや否や耕造は激高して立ち上がり愛子の横腹を蹴りつけた。

横さまに床に倒れた愛子は腹部に手を当ててうめいた。

耕造もさすがに血の気が引いてしゃがんで手を差し伸べた。

その手を払いのけた愛子の鬼の形相(ぎょうそう)を耕造は今も忘れていない。

力なく身を起こした愛子は一旦部屋に入ったあと家を出てそれきり二度と戻ることはなかった。


「じゃ父さん、また。元気にしといて」

達也と奈々は一晩泊まって帰って行った。

「元気にしといて」という言葉を耕造は感慨深く聞いた。

「早くよくなって」とはもう言いたくても言えない言葉になったのだ。


二人が帰ったあと耕造は昨夜に続いて愛子の追憶にふけった。

子供から少し離れたところで人としての(みち)を踏み外さないように見守る。

そんなイメージが父親としての子育てのあるべき姿だと耕造は考えていた。

しかし子供が親に求めるのは共感というものなのだろう。

子供の身になって寄り添うという姿勢は当時の耕造には求めるべくもなかった。

ふしだらの相手はどうせ遊び仲間の誰かだろうと思った瞬間頭に血がのぼり蹴ってしまった。

誰からも愛される愛らしい子に育つようにと願って名づけた愛子。

それなのに家族との折り合いさえつかなかった。


その夜、ベッドに入った耕造は愛子が死んだ夢を見た。

棺の中の愛子は穏やかな顔をしているのが救いだった。

生前は口を開けば眉と目がつり上がり唇まで醜く歪んだ。

愛子でなく哀子……、あの子は生きているあいだが苦だったのだ。

小学生のころ集団登校する側を車で通りかかるとき軽くクラクションを鳴らすとはにかんだものだった。

その当時のあどけない面影を愛子の死に顔は宿していた。

夢からさめた耕造は慄然(りつぜん)とした。

この夢は虫の知らせなのでは?


しかし、どこでどんな死に方をしようとも所轄の警察署が身元を調べ上げて連絡をよこすはずだと耕造は自分を落ち着かせた。

そして不吉な夢を打ち消すような思い出をあえて記憶の中に探した。

「母さん、達也の端午の初節句のときの愛子、覚えてるか? 張子(はりこ)の虎の人形」

朝食を食べながら耕造は久枝に語りかけた。

「差しこみ式のしっぽを愛子が握ったらスポンて抜けたこと?」

「そんなに面白いかって思うくらい笑ってたな。抜けると思わなかったんだろう」

「愛子があんなに大笑いしたこと、後にも先にもないですね」

久枝も昔を懐かしむように目を細めた。


耕造は日に何度か電気ポットの湯でインスタントコーヒーを飲む。

ところがスイッチを押してもちょろちょろとしか出ないことがある。

愛子が家出したあとにそれが数回続いたところで察した。

残りの湯量をチェックして水を足していたのは愛子だったのだろうと。

トイレ内の格納棚へのペーパーの補充も同じでよく気がきく子だったのだ。

ポットの湯やトイレットペーパーが残り少なくなるたびに耕造は愛子の不在を意識せざるをえない。


余命が半月を切ったころ耕造は外出中に失神した。

用事で街に向かうバスに乗って20分ほどたつと具合が悪くなった。

そこから二つ先のバス停までがまんしたが生汗(なまあせ)まで出てきたので降りた。

バス停のベンチに座って治まるのを待っているうちに気を失ったようだ。

「大丈夫ですか?」

耳元で呼びかける心配そうな声で目を開けると耕造は地面に横たわっていた。

声をかけた中年女性はさぞ驚いたことだろう。

ベンチに座っている目の前の人間が路上へ滑り落ちたのだから。

「救急車を呼びましょうか?」との重ねての問いかけに耕造は気丈なふうを装った。

「大丈夫です」と答えて女性へのお礼もそこそこに流しのタクシーに手を挙げた。


帰宅後に持病の高血圧が原因なのではないかと思って家庭用血圧計で測ってみた。

すると血圧の数値は逆にこれまで見たことがないほど低く、上が70台、下が40台だった。

失神した時点ではもっと低かったはずで60未満なら危篤状態になるという。

それにまた少し失禁していたことも相まってショックだった。

死刑囚が刑の執行後に大小便を垂れ流すという話を耕造は思い出した。

普段は括約筋が緩まないように自律神経が働いているはずだから自分は一時的に死にかけたのではないか。

もしそうならば死ぬという体験の実感がつかめたわけでその点は収穫だったとも思った。

失神直前の感覚は「具合が悪い」としか表現できない不快感であり痛みや苦しみではなかった。

その不快感の昂進(こうしん)のあげくに気を失ったわけで意識が戻らなければ死んでいたというだけのことだ。

シャワーを浴びてベッドで安静にしていると血圧は数時間後に普段のレベルに回復した。

今回の失神とすい臓がんとの関連は分からないが心臓もだいぶ弱ってきたのだろう。

加えて腹部と背中の痛みが強くなり黄疸も悪化したので耕造はホスピスを併設する病院に入ることを決断した。


科学技術の進歩の分かりやすい例は天気予報だろうと耕造は思っている。

数十年前に比べて格段に精度が向上している。

小学生のころは予報がよく外れて遠足のときなどは悔しい思いをしたものだった。

あと半月たらずの命だという医者の推定も耕造には天気予報と同じくらい確かに思われる。

体重が急激に減少してきたのは食欲がなくなったせいもあるががん細胞の生長が栄養を必要としているのだろう。

腹をすかせた腕白盛りの子供がご飯をかきこんでいるようなものだと思えば微笑ましくさえ思えてくる。

しかし実際の痛みに襲われるとそんなのんきなことを言ってはいられない。

全身の倦怠感に加えてみぞおちのあたりや背中が激しく痛む。

女性の出産の痛みはいろんな表現で語られる。

鼻の穴からスイカを出すという比喩が有名だが他にも腰がちぎれる、骨盤をダンプカーでひかれる等々。

そんな激痛を3度も体験した久枝に負けまいと思って耕造は耐えた。


弱オピオイド系鎮痛薬に始まった痛みの緩和措置は最終段階のモルヒネ投与にまで進んだ。

モルヒネを使用すると聞かされて最初に考えたのは麻薬中毒になりはしないかということだった。

すぐに気づいたが余命いくばくもない身には無用な心配だった。

つけっぱなしにしておいたテレビから流れてきた情報も気になった。

(オー)型の人間は蚊に咬まれやすいとのこと。

耕造もO型なので困ったものだと思いながら見ていたがふと疑問がわいた。

蚊はどうやってO型の人間を識別するのだろう。

その仕組みが判明すれば血液型の判定に血液の採取は必要ないのではないか。

そこまで考えてこれも今の自分にはどうでもいいことだと自嘲した。


耕造が入院して以降、近しい親戚や知人の見舞いが相次いだがそれも一段落した。

「また来るから元気にしていて」

彼らは耕造のやせ衰えて黒ずんだ姿を目にしても一様にそう声をかけて帰っていった。

人はやさしくかなしいものだと耕造は思う。

生きて会うことはもうかなわないのにそう言わざるをえないのだ。

耕造はトイレに行ったついでに洗面所の鏡の前に立ってみた。

鏡に映った顔は予知能力を持つかつての同僚の意見を聞くまでもなかった。


10月の下旬に入って耕造は主治医から1週間の余命であることを告げられた。

その日の午後いっぱいはモルヒネの影響もあるのだろうがずっとぼうっとしていた。

意識がはっきりしてくるとそれまでの夢うつつの状態が至福の時間だったように思われた。

母親の胎内にいたときもこうだったのだろうかと思うような心地よさだった。

亡くなる直前に訪れるという中治(なかなお)り現象なのだろうか。

思えば入院生活というものは規則正しく平穏そのもののありがたい毎日の連続だ。

それなのに一般の入院患者の多くは無聊(ぶりょう)(かこ)って退院を待ち望む。

ひょっとしたら宇宙の創造も神の退屈の波動が原因だったのではないか。

森羅万象が混然一体となっているかのような原初的な意識体。

人々が神と呼ぶその意識体が平穏に眠っていて一度だけ身じろぎをした。

そのゆらぎがビッグバンを引き起こしたのではないか。


耕造がそんなことを思いながら夕食を終えると久枝が個室のドアをノックして入ってきた。

いつもなら午後の面会時間になるとすぐに姿を見せるのだが何か用事があったのだろう。

「ごめんなさい遅くなって。どうですか、調子は?」

「今朝の回診であと1週間って言われたんで子供っぽいことを考えついてね」

「どんなこと?」

久枝はいつものように耕造のベッド脇の椅子に腰かけた。

「子供のころ親に連れられて山登りに行ったときのことを思い出したんだ。頂上の部分はそんなに広くなくて頑張ればスコップで1メートルくらいは掘れそうだから面白いなって思ったんだ」

「なにが面白いんです?」

「地図帳が山の高さを書き直さなくちゃならなくなるじゃないか」

久枝は笑みを漏らした。

「ほんとに子供っぽい。でもそれが今朝の回診と関係があるんですか?」

「あんまりきっぱりとあと1週間って言われたんで意地でも2,3日長く生き延びて医者がどんな顔するか見てやろうと思ったのさ。これも子供っぽいだろう?」


「それはとてもよい思いつきです」

冗談めいた話に久枝が真面目すぎる顔つきで応じたので耕造は話題を変えることにした。

「ちょうど1週間後といえば10月25日だ。ということは?」

「ええ。お父さんの誕生日ですね」

「皮肉なもんだな、生まれた日に死ぬなんて。それはともかく死期が迫ると子供のころを思い出すものなのかな。今の時期の思い出といえば落ち葉たきの焼き芋だ。アルミホイルなんてなかったから直接サツマイモを放りこんだ」

「待ちきれなくて早めに取り出すと外側はいいんだけど中はよく焼けてないんですよね」

共通の経験に久枝の顔もほころぶ。

「その生焼けの触感を『ガジガジする』って言ってたな」

「今の子供たちはそんな、」と言いさして久枝は大事なことを思い出したように両手を打ち合わせた。


「そうそう子供たちが、達也と奈々が明日来ますよ」

「そうなのか」

「それでね、ここから近い海辺のホテルを予約したから泊りがけでゆっくりお風呂に入ったりご飯を食べたりしようって。私もさっきここに来る前に電話で聞かされてあれこれ打ち合わせしたばかりなんですけど」

耕造がもう長くないことから計画したのだろう。

心づかいは嬉しいが少し不安に思った。

「外泊していいんだろうか」

久枝は微笑してうなずいた。

「あの子たちしっかりしてますよ。前もって主治医のお医者さんに電話したら遠いところでなければって言われたんですって」

「なら、いいか」

耕造は少し疲れを覚えて目を閉じた。


しばらくうとうとして目を開けると久枝は窓辺のソファーで本に目を落としている。

その横顔を見やりながら耕造は胸が詰まる思いがした。

入院して以来こうやって命短い夫の見舞いに日参する。

帰宅後は毎日どんな思いで一人夕飯を食べ、そして眠るのだろう。

本のページをめくりかけた久枝と目が合った。

手にしているのは通販のカタログのようだったので耕造は昔の思い出がよみがえった。

「それ、通販の本だろう? 何か買うのか?」

「ううん、ただ見てるだけ」

そう言って久枝は本を閉じた。


「アーケードの本屋で母さんと最初に待ち合わせたときもそんなやつを見ていたね」

耕造の言葉に久枝は驚いたような顔を向けた。

「そうだったかしら。よく覚えてますね」

久枝とは高校の文芸部の先輩後輩の間柄だったが卒業後はそれぞれに進学して就職した。

仕事が非番の日に市内のアーケードを歩いていた耕造はばったり久枝と出会った。

久枝は街なかのセレクトショップに勤めていて小用(こよう)で店を出たところとのことだった。

高校卒業以来だから十数年ぶりの再会だった。

この偶然をきっかけとして耕造が次回の待ち合わせを持ちかけたのだった。


「実はあの日の件でちょっと後ろめたいことがあるんだ」

「あら何でしょう?」

久枝は答えを楽しむような表情を向けた。

「本屋に入って母さんを見つけたとき、付き合うのは早まったかなと後悔したんだ」

「どうして?」

「変にぶさいくに見えたんだ」

「まあ」

今度は不愉快そうに眉を寄せたので耕造は慌てて言葉をついだ。

「人違いだったんだよ。前回久しぶりなうえに立ち話だけで別れたからよく顔を見おぼえてなかったせいかな。母さんは少し奥の無料のカタログ本が平積みされてるとこにいた」


「私はね、もっと申しわけないことがあります」

久枝はソファーを立って耕造のベッド脇の椅子に移った。

「お付き合いを始めて最初の誕生日プレゼントにもらった黄色のスカーフです」

「それが?」

「私が身に着けているの見たことないでしょう?」

「よく覚えていない」

「色が私には派手すぎる気がして」

「そうだったのか。黄色の財布は金運が上がるって言うしいいと思ったんだけど。そういえば車を買い替えるときに広い駐車場でも一発で分かる黄色にしようって言ったら母さんは反対したな」

「でもお父さんの気持ちは嬉しくて今も大事に取ってあります。私が後からお父さんのところへ逝くときはあのスカーフを巻いて逝きます。黄色は目立つでしょうからそれを目印に見つけてくださいね」


久しぶりの夫婦らしい会話に耕造はほっこりとした気分になった。

自分が求め続けていたのはこういう心温まる平穏な境地であり、もう思い残すことはないと思った。

「こんな話はひさしぶりだな。子供のころにかえったみたいで実に平和な気分だ」

「小さいころが一番幸せでしたね。遊ぶことが仕事で何の苦労もなくて。つらいことがあれば親が『おう、よしよし』って頭を()でてくれて」

「そうだったなあ。冬は寝るときに掛け布団が体に密着するように端々を押さえてくれた」

「年をとるって寂しいものですね。撫でてくれる親はとっくにいないし達也や奈々を今さら撫で撫でするわけにもいかないし」

「しかたないさ、人生は順ぐり順ぐりだ。達也や奈々もそのうちこんな話をするようになる。それにしても気分がいい、今夜は久しぶりによく眠れそうだ。遅くなるからそろそろお帰り。雨が降り出しそうだよ」


「そうね、それじゃまた明日」

久枝は立ち上がると耕造のベッドの掛け布団の四隅を押さえた。

「お父さん、」

「うん?」

「明日はね、」

久枝は病室を出ようとして言いよどんだ。

耕造が顔を向けると久枝はドアのノブに手をかけたまま振り返った。

「明日は達也たちが車でここに寄ってホテルに送ってくれるんですって」


翌日、夜来(やらい)の雨も上がりかけの昼下がり、奈々を乗せた達也の車が病院の玄関先に停まった。

ロビーで待っていた耕造夫婦が乗りこむと予約してあるという郊外のホテルには30分弱で到着した。

フロントで確認すると耕造夫婦が角部屋の201号室、達也と奈々が隣りの202号室。

リゾートホテルだけあって全室がオーシャンビューとの案内だった。

4人はとりあえず201号室のリビングでくつろぐことにした。

「お父さん、ガリガリじゃない。ちゃんと食べてないんじゃない?」

看護師をしている奈々はほんのしばらく会わない間にやせ細ってしまった耕造に遠慮のない感想をぶつけた。

「確かに食欲はないな」

達也がとりなすように言った。

「味で評判のここのコース料理ならいけると思うよ。父さんの分は量は少なくていいから嚥下(えんげ)しやすいように調理してくれって注文もつけておいたから」


食事は6時から1階の和室でと言いおいて達也と奈々は隣室へ移った。

「まだ4時半すぎだからしばらくありますね。先にお風呂に行きます?」

「そんな元気はないな」

「じゃベッドで横になれば?」

久枝に勧められるままに耕造は隣りの寝室に身を横たえた。

今日こそ家族の最後の晩餐か、そう思っても耕造に悲壮感はない。

ソファーに座っている久枝を見ると昨日と同じ本を開いている。

「通販の本を持ってきたのか。よく飽きないもんだ」

「愛子も奈々も女はみなこんなのを見るのが好きなんです」


愛子の名前が出たとたん耕造の潜在意識下からある記憶が立ち上がった。

それは愛子が家を出る少し前、外泊が数日続いていたときのことだった。

外泊先の手がかりになるメモなどないかと耕造は愛子の部屋に入った。

すると勉強机の端のほうに通販のカタログが載っていた。

社会人ならともかく高校生もこんなものを見るのかと耕造はパラパラとページをめくった。

上端の角が折りこまれたページがあり、商品は確かベビー服だったと記憶してる。

そのときは愛子の妊娠を知らず一瞥(いちべつ)しただけで本を閉じた。

耕造は今になって心が波立った。

愛子は赤ん坊を産む気でいたのだろうか。

もしそうなら無事に出産できただろうか。

蹴られたことで流産したり、あるいは胎児に障害が発現することを恐れて堕胎したりしなかったろうか。


「いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」

それがたった一つ真理らしく思われたと『人間失格』(太宰治)の主人公葉蔵(ようぞう)は述懐した。

葉蔵をよく知るスタンドバーのマダムは言う。

「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」

世間から廃人扱いされた葉蔵をマダムは人間失格でなく十分に合格なのだと評価したのだろう。

今なら耕造もこう思う。

愛子の生き方に共感できなかったとしてもせめてただ一さいは過ぎていくと見守ればよかったのだ。

あの子もよく気のきくいい子だったのだから。

耕造は目を閉じた。

愛子よ、父さんはもうすぐ死ぬから許してくれ……


「お父さん、きれいな夕日ですよ。こっちに来ませんか」

まどろみかけていた耕造は久枝の誘いに生返事をした。

「そっちは窓がないから見えないでしょう。急がないと日が沈んでしまいますよ」

久枝は寝室まで来ると半ば強引に耕造の腕を取ってリビングの窓辺に立たせた。

そしてレースのカーテンを勢いよく全開にした。

「ほう、きれいな海だ」

耕造は沈みかけている夕日と海をまぶしそうに見やった。

そしてしばらく眺めたあと手前の海岸に視線を移した。

「おや、母さん、あれ」

耕造はホテルの真下の道に立っている二人の女性を指さした。

「手を振ってますね。このホテルのどこかの部屋に知り合いが来てるんでしょうか」

「逆光でよく見えんが高校生くらいかな。横にいるのは母親だろうかね」


広島の原爆を題材にした『黒い雨』(井伏鱒二)という小説がある。

今、向こうの山に虹が出たら(めい)の原爆症は治る、小説のラストで主人公の男性がそんな奇跡を願う。

いつだったか耕造は愛子が死んだ夢を見たことを思い出した。

耕造も生涯のラストステージに立っている今、祈らずにはいられない気分だった。

雨はさっきあがったが虹が出るとすれば太陽と反対側だ。

「もし今、このホテルの背後の山に虹が架かったら愛子はきっと親子ともども生きている、あの二人づれのように」

耕造は心に強くそう念じて眼下の女性たちに小さく手を振った。

それを見て微笑んだ久枝も耕造に合わせて手を振った。

水平線に沈みゆく夕日の緑閃光(グリーンフラッシュ)(またた)いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


★エピローグ

・10月24日

昨日(きのう)から昏睡(こんすい)状態でもう意識も戻りそうにないから来れば? 達也も奈々も会いたがってるし。え? そう言ってくれてるんなら一緒に来ればいいじゃない。ううん、気づいてない、偶然見かけて感じがよかったって言うからそれとなくほのめかしてはみたんだけど。じゃ切るわよ、今夜が峠だと思うから間に合うようにね。お医者さんの話じゃ意識はなくても耳は聞こえるらしいから耳元で話しかけて許してあげて。あんたのことずっと後悔してたんだから」


・10月25日

午前4時03分 西耕造死去 享年(きょうねん)69 



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