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幸せのイリュージョン

作者: 仲瀬充
掲載日:2026/03/24

★プロローグ

リゾート地とはいえ秋も半ば過ぎとあって降りたのは母子(おやこ)づれの二人だけだった。

バスを降りたあと母と娘は道なりに歩いた。

右手前方にホテル群が見えてきたところでバス通りの国道をそれて海ぞいの道に下りた。

バス通りの崖下を縫う道は幅が狭く車も人も通行量は少ない。

数棟並んでいるうちの1軒のホテルの真下まで来た二人は道の海側の防潮堤に背を預けてホテルを見上げた。

西日を受けている壁面のまぶしさに娘は額に手をかざした。

「どの部屋なの?」

「201号室って言ってたからたぶんあそこ」

母親は2階の端の部屋を指さす。

「あ、虹。きれい」

娘はホテルの背後の空を見上げた。

「雨が上がったばかりだからね」

会話はそれきり途絶えた。

海とホテルを交互に見やって時を過ごすうち娘が()れた。

「まだなの?」

「日が沈みかけたからそろそろのはずよ。あ、ほらっ、カーテンが開いた」

「へえ、あれがおじいちゃんとおばあちゃんなんだ」

「手を振ってみれば?」

「そしたらお母さんがいるの、おじいちゃんにバレるんじゃない?」

「長く会ってないから大丈夫」

娘は片手を頭上で左右に振ってホテルに顔を向けたまま母親に言った。

「今日が最後になるんなら会いに行けばいいのに」

「合わせる顔なんてないし」

母親は少し()を置いて言った。

「でもそれは向こうもおんなじであんたは殺されかけ、」

「お母さん、あれ、おじいちゃんとおばあちゃんが!」

母親の言葉をさえぎって娘は振っていた右手でホテルの角部屋を指さし、今度は両手を大きく振り出した。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


耕造は妻の久枝(ひさえ)がベランダで洗濯物を干すのを見るのが好きだ。

物干し竿のハンガーに衣類をかけたあとはしわを伸ばすために両手の平でパンパンと軽くたたく。

目の前の作業に無心で向き合う姿は実にいいと耕造はいつも思う。

認知症の老人は過去も未来も考慮せず目下の関心事のみに忠実に行動する。

食事の途中でテレビ画面にくぎ付けになって箸を止める子供も同じことだ。

彼らに比べて多くの人間は最も大切な現在を十全に生きていないのではないか。

過去を振り返れば後悔、未来を思えば不安。

過去も未来も現存しないのに持ち越し苦労や取り越し苦労に苦しんでいる。

それは青空の下で雨を心配して傘をさしているようなものだ。

車を運転していて赤信号にかかったことにさえイラついて早く信号が変わらないかと気が()く。

不可抗力な事態に不満や不安を覚えて心を破る、不幸の正体はだいたいそんなものだと耕造は思う。


「行ってくるよ」

早朝からのワイドショーを30分ほど見て耕造は久枝に声をかけて日課のウォーキングに出た。

「おはようございます!」

登校する男子高校生が元気に挨拶をしてくれる。

出勤途上の若者たちを見るのも好きだ。

顔つきが明るかろうが暗かろうがかまわない。

彼らはこれから働きに出るのだと思えばそれだけで年金暮らしの耕造には尊く思える

しばらく歩くと新築マンションの工事現場にさしかかった。

ダンプカーの出入り口付近に道路を挟んで警備員が立っている。

二人とも60はとっくに超えていそうで耕造とそう変わらない年齢かもしれない。

さっき見たワイドショーを思い出した。

昨今の政治情勢について若いコメンテーターたちが華やかなスタジオで意見を述べていた。

一方彼らの親ほどの年齢の老人二人は立ちづくめでダンプの誘導や交通整理をやっている。

昔の耕造ならいろんな考えを巡らせたものだが今はもう両者を比べようとは思わない。

それぞれに自分の人生を生きているのだ。


歩き疲れた耕造は開庁したばかりの役場で休憩することにした。

1階のロビーのソファーに腰をおろした。

あたりを見回すと来庁者を所用の部署へ案内する役目らしい職員が目に留まった。

まだ若いのにその応対ぶりには業務を超えた誠意がにじみ出ている。

耕造は感心しながら彼についての想像をたくましくした。

まず彼のことを独身と決めつけた。

なぜかしら結婚する必要がないように思われたのだ。

夕方はスーパーに寄って帰り一人分のつましい食事の用意をすることだろう。

自分で作った食事なのに「いただきます」と合掌するさままで目に浮かぶ。

そんな彼は早朝に爽やかな挨拶をしてくれた高校生の将来の姿のように思えた。

そして耕造は自分も来世(らいせ)はこんなふうに生きたいものだと思いながら自宅に戻った。


「西さんの前世はインドの苦行僧だったんじゃないですかね」

定年退職まぎわに若い同僚から耕造はそう言われたことがある。

プライベートで誘って二人で飲んだ場でのことだった。

普段から目をかけていた後輩だが彼には予知能力があるともっぱらの噂だった。

「僕は人が亡くなるのが分かるんです」

当日もそんなことをさらりと口にした。

死を目前にした人は顔にもやもやとした薄い(もや)のようなものが見えると言う。

「僕の前世なんかも分かるかい?」

話の流れで耕造がそんなふうに問いかけたのかもしれない。

インドの苦行僧と言われて耕造は笑い飛ばしたが、時がたつにつれてそうかもしれないとの思いが強まった。


中学生のころ夏休みの宿題として水彩画が課された。

暑い中を写生に出かけたくなくて想像で風景画を描いた。

前景は下り斜面の木立ち、斜面のすぐ下を1本の田舎道がうねりながら横切る。

視線を少し上げると木立ちを透かして中景に田んぼや(かや)ぶき屋根の農家。

そして遠景にはなだらかな山並みが夕日に染まっている。

半世紀以上も前なのに構図をはっきりと覚えている。

あの絵と同じように前世の自分は山中で修業しながら夕焼けの村里を毎日見下ろしていたのではなかろうか。

そして寂しさに耐え切れず修業を放擲(ほうてき)して俗世への転生を願ったのだろう。

輪廻転生(りんねてんしょう)は確かにあると耕造は信じているがその根拠は単純だ。

前世を指摘した後輩もそうなのだがすばらしい若者たちを何人か知っているからだ。

彼らは転生を繰り返し、生まれたスタート地点が既に自分などとは異なっているのだろう。

そうでなければ20年や30年で驚嘆すべき人格に到達するとは思えない。

そういった人々は個の修業を終えて利他のレベルで何かをなすために転生したのだろうと耕造は考える。


ある日、自宅の周辺を散歩していて路上の奇妙な落書きに目がとまった。

道の端っこのほうにいびつな小さい円を描いた白いペンキの跡がある。

よく見るとほかにも点々と同じような塗り跡があったので謎が解けた。

それらは落書きではなく路側帯の白線がわずかに消え残った部分だった。

耕造の住む住宅団地は造成されて20年以上たつ。

その間に路側帯を示す白線がほとんど摩耗してしまったのだ。

そのことに気づいてからも散歩のたびに道路上の白いシミは気になった。

健気(けなげ)にも(みじ)めったらしくも見えたその消え残りの部分はしかしある日突然消えた。

白線が塗り直されたのだった。

新たに路側帯の白線を引くことを誰が言い出したのだろう、費用はどこが出すのだろう。

今度はそんなことが気になりだした。


自分の好奇心が旺盛なのは感受性が強いせいなのだろうと耕造はずっと思っていた。

あるとき親戚の幼児が何にでも興味を持つようすを見て耕造はふとジャネーの法則を思い出した。

年齢が幼いほど日常は未知な経験にあふれている。

そのために子供は大人に比べて1日が長く感じられるという説だ。

それを魂の生まれ変わりに当てはめると自分は転生回数の少ない未熟者だから好奇心が強いのではないか。

いくつになっても変に子供っぽいのもそれで合点(がてん)がいく。

人生とは何かを考えあぐねてたわむれに庭にうつぶせになったことがある。

目を閉じてじっとしていると芝が鼻腔に匂い手のひらと頬がチクチクする。

これが生きているということの正味(しょうみ)なのだろうか。

そんなことを思っていると手の甲がムズムズしだした。

目を開けるとアリが這っていた。

手はともかく耳の穴やズボンの裾に入りこまれるとやっかいだ。

それにまた庭に大の字に伏している自分を隣りの人が目にしたらどう思うだろう。

そんなこまごまとしたリスクを気にして立ち上がるのもまた生きていればこそかと苦笑した。

生きている実感をつかみたいと思いながら耕造は現実から逃避したくなるときもある。

そんなときには半透明のセロハン紙を透かして外を見る。

赤、緑、青、いろいろと試してみて一番しっくりきたのは黄色だった。

黄色いセロハン紙を顔の前に持ってくると眼前の実景が古い写真のようにセピア色に変貌する。

耕造はその非現実感に陶酔するのが今でも気に入っている。


「孤独」も耕造の長年のテーマだ。

気の置けない人とどんなに楽しい時間を過ごしていてもふいに孤独を感じてしまう。

親しい人であればあるほどその孤独感は強烈に襲ってくる気さえする。

これも一人きりで修業していたであろう前世の名残りなのだろうか。

孤独とはどういうものか、我が子で実験したことがある。

長女がまだ幼かったころ一緒に街に出かけた。

娘は何か買ってもらえると思ったようで喜んでついてきた。

繁華街のビルの谷間にある小さな公園のベンチに娘を座らせた。

「父さんはちょっとおしっこしてくるからここで待ってて」

そう言って公園の一角の公衆トイレに向かった。

そしてトイレには入らずに離れたところに隠れてようすをうかがった。

娘の表情はしだいに余裕をなくし目はトイレにロックオンされた。

さらに時間がたつと立ち上がってトイレに駆けこんだ。

すぐに出てこなかったのは個室一つ一つの中までのぞいて回ったのだろう。

トイレを出た娘の表情には不安を通り越して緊張と(おび)えが見て取れた。

後はやみくもにトイレの周辺をうろつきまわったあげく元のベンチに戻った。

泣きべそをかき始めた娘を不審に思ったのか、中年の婦人が娘に近寄った。

この辺が潮時だろうと耕造は姿を現わした。

「ごめん、ごめん。待たせたね」

娘はものも言わず両腕で耕造の腰にしがみついた。

我ながらひどい親だと思いながら耕造は娘を抱きしめた。

「どうしたのだろう」という疑問が「来ないかもしれない」という不安に変わる。

そして「もう来ないのだ」という悲しみが絶望に、あるいは絶望が悲しみに移行する。

悲しみと絶望がないまぜになったその孤独感は傍観していた耕造の胸にも痛いほど沁みた。

それでもやはり娘の孤独と自分の孤独は同質なものには思えなかった。

後年(のち)になって耕造はこの1件も長女との確執に影響したのではないかと後悔した。


ウォーキングをしていると耕造の脳裏を思い出があれこれと巡るがだいたいは後悔に傾きがちになる。

これまでの生き方全般にしてからが汗顔の至りだ。

前世が求道者だったとしたらそのせいか耕造は変に正義感が強かった。

警察官という職務において、また家庭において、自分にも他人にも厳しかった。

自分なりの信念に従ったつもりだが今にして思えばはた迷惑な筋の通し方だったろうと思われる。

具体的な行いのいちいちを思い起こすたびに懺悔(ざんげ)の念にさいなまれる。

耕造はそのつど修正液で誤字を塗り消すように「ありがとう」と心中でつぶやく。

「すみません」という謝罪を罪深い身で生きながらえさせてもらっているという感謝に代えて。

生前の父は小さな(ほこら)を見かけると片手拝みで念仏を唱えていたが、その姿にも贖罪(しょくざい)の趣きが感じられた。

膨大な借金があることが発覚してもリタイアした人間はもう働いて返済することはできまい。

精神的な負債もそれと同様で一人一人を訪ねて頭を下げて回るわけにはいかない。

「ありがとう、ありがとう」「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と他力(たりき)にすがって許してもらうほかはない。

よかれと思って突っ走り結果として迷惑をかけたとしても過去の自分はそれで精一杯だったのだ。

若くして(わけ)知り顔で波風を立てずに世を渡る、耕造にはそんな生き方はできなかった。


同様に前世の影響なのか、耕造は自分が生まれてきた意味や目的をついつい追求したくなってしまう。

しかしそれはいつまでたっても難しすぎる問題だ。

「ほんとうにいい人ね。いい人はいいね」

『伊豆の踊子(おどりこ)』(川端康成)の一節で踊子が旅の道ずれになった青年のことを仲間の女性たちに語る。

「いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」

それがたった一つ真理らしく思われたと『人間失格』(太宰治)の主人公葉蔵(ようぞう)は述懐する。

そんな葉蔵をよく知るスタンドバーのマダムはこう言う。

「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」

世間から廃人扱いされた彼は人間として失格でなく十分に合格なのではないかと耕造は思う。

残り少ない命の耕造も死後は「いい人でした」と惜しまれたいと切実に願う。

ウォーキングの路上でもアリやバッタが目に入れば踏みつぶさないように気をつけたりしている。

そのくせ人間を相手にすると醜い想念が沸騰することが多々あって自己嫌悪に陥ってしまう。

そんな耕造が救われたのはSNS上で見かけた「人事も自然現象なのだ」という考えだった。

自然界に晴れの日もあれば雨の日もあるように人間界も善人、悪人がいる。

同様に個人の中に聖人めいた部分と醜悪な部分があってもそれは自然現象なのだ。


耕造はさらに次のように考えを展開してみた。

あらゆる苦悩は物事を比較して価値を判断することから生じるのではないか。

過去や他人と比べて最も大切な自分の現在を(おとし)めて嘆くのは愚の骨頂というものだろう。

それにまた厄介なことに幸せになりたいと願った瞬間に今現在は幸せでないという対概念(ついがいねん)が生じる。

ということは幸福を求めると不平や不安を抱えて毎日を過ごすことになるのだ。

幸せの身近な例を挙げれば親しい者どうしの飲食や旅行は楽しい。

しかしそれらは実現しても多幸感は長続きせず、すぐに枯渇感に襲われて欲望は肥大化する。

仏教は執着から離れよと教える。

欲しいものや失いたくないものがあるとすればそれらはみな執着のタネだ。

最近では耕造はこうも思う。

いい人になりたいと思うことすらも自らを縛る執着なのかもしれないと。

結局は瞬間瞬間の自分のありようをそのまま受け入れるのが肝要なのだろう。


耕造は両親の墓参りに出かけた帰りなどに行きつけの店で飲むことがある。

そんなある日のことだった。

女将(おかみ)銚子(ちょうし)を手にしてカウンター越しにお酌をする。

その手元を見るともなく見ていた。

「あんまり見ないでくださいな」

「ん?」

何を言われたのか分からず女将を見る。

「どうしたって手の甲には年齢が出ますもの。恥ずかしいわ」

そんなことを気にするのかと思った数日後に耕造は自分が似たような経験をした。

久枝を乗せて早朝に車を運転していて信号待ちで停車した。

車窓を通してほぼ真横から朝日がさしていた。

耕造はハンドルに置いた自分の手を見てぞっとした。

手の甲の全体に微細な縮緬皺(ちりめんじわ)が鮮明に浮かび上がっていた。

助手席の久枝にも見られたのではないかと気恥ずかしい思いがした。

それにしても老いたものだと手の(しわ)に限らず耕造は思う。

寒い季節は手足が冷えるので靴下を履いて寝るようになった。

近ごろ聞き知った凍傷の話と同じだ。

雪山での遭難者は凍傷がひどければ手足の指を切断せざるをえない。

寒さが人間を痛めつける、耕造は凍傷をずっとそんなイメージでとらえていた。

ところが実際は遭難者自らの体が命を守るために心臓周辺に血液の循環を集中させるためだという。

老いた自分の心臓も体のすみずみまで血液を送ることにもう疲れたのだろう。


トランプに『神経衰弱』というゲームがある。

カードをすべて裏返しに伏せておいて任意の2枚をめくる。

数字が合致していればその2枚は自分の取り分となり次の2枚をめくる。

数字が合わなければ対戦相手の番になる。

初めはなかなかそろわないが暗記したカードが増えるにつれて符合する確率が高くなる。

この遊びはまるで人生の答え合わせだ。

年をとるにつれてそれまでに見聞きした人生の断片の持つ意味が腑に落ちてくる。

耕造は晩年の父と同じように椅子に座ってズボンを履くようになった。

立ったままスッとズボンに足を通せばいいのにと思いながら若いころは父を見ていた。

しかし自分が年をとって分かった。

体の柔軟性や筋力が衰えるとふらつくし履ける高さまで(もも)を引き上げるのも難しくなる。

柔軟性に関しては靴下を履いたり足の爪を切ったりするのも手が足先に届かず難儀する始末だ。


年老いてようやく実感することはほかにも多々ある。

車の運転もそうだ。

ろくに歩けもしないような高齢者の自動車事故のニュースに接するたびに早く免許を返納すべきだと誰しも思うだろう。

耕造もその意見に反対ではないが高齢者の身にもなってほしいと思う。

よぼよぼの高齢者が自宅を出てバスの座席に座るまでの行動がいかに大変かをまず健常者はリアルに想像できまい。

そんな老人が公共交通機関を利用するのは自分もつらいし他の乗客に迷惑をかけるのも気が引けることだろう。

バス停に行くのに片側数車線の広い道路を横断しなければならないとしたら困難を通り越して命がけだ。

ウォーキングにしても耕造自身が以前は老人の暇つぶしか気ままな散歩のように思っていた。

しかし多くの老人にとってウォーキングは苦行なのだ。

長く寝ついて周囲に迷惑をかけないよう足腰の衰えを防ぐ義務として自分に鞭打ち寒い日も暑い日も歩かざるをえない。

そんなウォーキングやジョギングを皮肉った川柳がある。

「足腰を鍛え鍛えてガンで死に」

ネット上で見つけて思わず笑ってしまったが耕造はまさか自分がそうなるとは思いもしなかった。


腰痛が慢性的な痛みを超えたように感じられて耕造はかかりつけのクリニックを受診した。

するとすい臓がんの疑いがあるとのことで総合病院での精密検査を勧められた。

結果はかかりつけ医の()たてどおりでしかも最終ステージ。

死に方としてがんはありがたいと耕造は常々思っていた。

急病や事故による突然死と違い、死に向き合う時間が取れるし死後の様々な手配も可能だからだ。

最終段階に入ると長く寝つくことなく命が尽きる点も気に入っている。

「それはそれは大変ですね」

診断結果を知らせると久枝は他人事のように言った。

なにごとにも動じない妻は耕造にとってはありがたい存在だ。

「どうせ死ぬなら認知症なんかでなくがんがいいと思ってたけどすい臓がんってのはちょっとね」

「ほかのがんと違うんですか?」

「いちばん痛いガンなんだってさ」

「まあ」

「すい臓の近くにはいろんな神経の束が分布していてそれをがん細胞が圧迫するから激しく痛むんだそうだ。延命治療をする気はないけどモルヒネでも何でもバンバン打ってもらって痛みだけは散らしてほしいもんだ」


耕造夫婦がそんな話をしてからほどない土曜日の夕刻、ドアフォンが鳴った。

「子供たちが来たみたい」

自分の病勢を久枝が知らせたのだろうと耕造は思った。

隣県から連れ立ってやって来た長男の達也と次女の奈々を久枝は和室に通した。

耕造もリビングから移って親子4人での宴会が始まる。

「さあ食べて。でも親子水いらずもいいけど4人じゃちょっと寂しいわね」

久枝の言葉に達也が頭をかく。

「甲斐性がなくて申しわけないな。嫁さんや孫の顔も見せられずに」

「そうね、今から急いでもお父さんはもう間に合わないし。それに奈々こそ焦らなくちゃ。来年は30の大台でしょ?」

辛辣(しんらつ)な久枝の舌鋒に3人ともたじたじだ。

「まあ、そう言うな。父さんが結婚したのは達也より1歳若いだけの31で母さんだって今の奈々の年だったじゃないか」

耕造はそう言ってビールのコップを手にした。

「じゃ最後の晩餐の乾杯といくか」

耕造の乾杯の音頭に奈々が眉をひそめた。

「お父さんそんなこと言わないで。最後の晩餐はまだ早いよ」

達也のほうはビールを一口飲むと耕造の自虐を話の()ぎ穂にした。

「父さん、余命1か月って聞いてどうだった?」

「そうだなあ、若い者とは受け止め方がだいぶ違うと思う。個人という言葉があるがお前たちにとって死はかけがえのない個の消滅という恐怖なんじゃないか?」

「父さんは?」

若いころは3次元の座標の原点に屹立(きつりつ)して世界を観察していたような感覚だったが今の耕造は自己の存在が希薄化して座標空間に遊離しているように感じられる。

最近よく見ているSNSの量子論の解説によれば過去、現在、未来は同時に存在しているという。

デジャブはその(あかし)なのではないか。

懐かしいという感覚も過去、現在、未来の同時存在と関係があるのでは。

耕造は自分なりにそんなことを考えたりもする。

「年をとると個人という感覚が薄れて周りの世界や過去、現在、未来とつながってる感覚が強くなる。だから死は次の世界へのなだらかな移行という感じだな」

「じゃお父さんは怖くないのね。よかった」

奈々が安堵の表情を浮かべたが耕造も子供たちと自分の死を気楽に語れることが嬉しい。

「起きるのが誕生、寝るのが死と考えれば人間は毎日死ぬ練習をしているようなもんじゃないか。寝入る直前と同じで死ぬまぎわもぼんやりしてて恐怖も苦しみもないはずさ」

「1日と一生を結びつける考えは面白いね。生まれてスタート、死んだらゴールの短距離走じゃなく生と死が循環してるっていうのは仏教の転生輪廻みたいだ」


「転生が本当にあるなら父さんなんかよほど生まれ変わった回数が少ないんだろうなあ。最近は自分の生き方を反省してばかりだ」

そう言って耕造はビールの入ったコップを持ったまま視線を落とした。

「どうしたの? お父さん」

黙りこんだ耕造に奈々が呼びかけた。

「愛子にはすまないことをした」

家族の間でタブー視されてきた長女の話題を耕造はあえて口にした。

親子がじっくり話をするのは最後かもしれないと思えば今日はいい機会だと思われた。

「お姉ちゃん、どうしてるんだろう」

今度は奈々がそう言ったきり口をつぐんだがそこへ久枝が新たに料理を運んできた。

「だから4人じゃ寂しいって言ったのよ。お父さんがあんまり愛子に厳しく当たるから出て行っちゃって」

久枝のあっけらかんとした口調が沈みかけた場を救った。

「でもそのおかげかな。姉さんがいなくなってから父さん、僕と奈々を叱らなくなった」

耕造は苦笑するほかない。

「お前たちは反抗期らしい反抗期はなかったからな。それとも我慢していたのか?」

「いやなことと言えば名前をいじられたくらい」

そう言う奈々を久枝が怪訝(けげん)そうに見た。

「小学校でも中学校でも『はっちゃん』って呼ばれたりした。西なら奈々じゃなくてハチだろって」

算数の九九(くく)の話だとは耕造はすぐには分からなかった。

7月生まれだから『奈々』と名付けたが子供というのは何でもからかいのタネにするものだ。


「あんたは何かなかったの?」

「僕はいじめとかはなかったな」

達也は久枝にそう答えたが耕造は一度だけ達也が不満をもらしたことを覚えている。

彼が近所のガソリンスタンドでアルバイトを始めた学生のころだった。

スタンドは耕造の出勤経路にあり、ある朝徐行しながら車の窓ガラスを下げて「おう、がんばってるな」と声をかけた。

「ガソリン入れないなら声をかけないでよ」

すねたような返答は達也にしてみれば照れ臭さを紛らわせたのだろう。

しかし反抗的なその返答は耕造には親離れの芽生えのように感じられた。

むしろ親のほうがいつまでも子離れできなかった。

達也が隣りの県の工務店に就職して数年後のことだった。

電話で近況報告とともに係長に昇進したと知らせてきた。

耕造と久枝はさっそく小雨の降る中を彼が受け持っている工事現場に向かった。

そして気づかれないように停めた車の中から職人たちを差配する息子の姿を長いこと見ていたものだった。


「お姉ちゃんから連絡はないの?」

耕造ははっとして思い出から我にかえったが奈々の問いかけは久枝に向けられたものだった。

「知らないわよ」

「そう」

耕造にとっても大事な問題だったが女どうしのやりとりはそっけなく終わった。

ひょっとしたら久枝は愛子と連絡を取り合っているのではないか。

耕造は折々にそう思ったりもするが確かめたことはない。

根拠のない勘にすぎないし聞いてもはぐらかされるのがおちだろう。

愛子が家を出て17年になる。

一言でいえば子育ての失敗ということになるのだろう。

「真逆だったんだ」

コップのビールを飲みほして耕造は独り言のようにつぶやいた。

すると達也が聞きとがめるように言った。

「真逆って?」

耕造は達也に顔を向けた。

「子育ての話さ。達也、人生は思い通りになるという説があるんだがどう思う?」

「世の中、思い通りにならないことのほうが多いんじゃない?」

「そう考える人間だって同じさ。思い通りにならないという思いの通りの人生になる」

「なんか屁理屈っぽいなあ」

「もう一つ気に入っている話がある。予備校の先生が『志望校を書いた紙を毎晩枕の下に敷いて寝れば合格する』と言ったんだがそれを実行した生徒たちは実際に合格したんだそうだ」

「たまたまというか、偶然じゃないの?」

「ほとんどの生徒は眉唾ものだと思っただろう。しかし、いいことを聞いた、やってみようと思った生徒たちがいたということは?」

「そうか。ばかばかしいことでも素直に受け入れる生徒のほうが勉強にも一生懸命に取り組むはずで結局は実力が伸びたってことか」

「うん、ポジティブ思考が大切ということだ。父さんはそれが分かっていなかった。警察官という職業柄もあってお前たちの長所を伸ばすよりは悪いこと、卑怯なことをしないようにという子育てをしてきた。特に愛子は」

そういった求道者的な正義感が前世の影響かもしれないということは言い逃れになる気がして耕造は口にしなかった。


「でもそれはそれで大切なことなんだから間違いじゃないよ」

奈々のフォローの言葉を耕造は複雑な思いで聞いた。

社会人として正業を得て自活する、二人ともそれを実現して生きているだけで十分立派なことだと思う。

と同時に、可もなく不可もない人間に育ててしまったのではないかとの思いもぬぐえない。

「しかしなあ奈々、幼いころに食事中にテレビで聞いた曲に衝撃を受けて音楽の道を志したとか散歩中に道端で見かけた虫とか花がきっかけで学者になったとか、そんな話を有名人たちが語るじゃないか」

「うん、それが?」

「父さんの場合はテレビなんか見ずに早くご飯を食べてしまえとか、散歩でも立ち止まらせずに手を引っ張ってさっさと帰ったりとか、そんな育て方だったからお前たちの可能性を伸ばしてやれなかったのかもしれん」

今度は達也がこともなげに言った。

「僕も奈々もたいした才能はなかったんだよ。『嚢中(のうちゅう)(きり)』だっけ? 僕らに才能があったなら父さんがどんな育て方をしようがそれなりに世に出たはずさ」

子供は子供なりに考えているのだと耕造は感心した。


ただ愛子の育て方だけはやはり心残りだった。

最初の子供だったのできちんとしつけなければという義務感が愛情を上回ってしまった。

幼いころから食事をこぼすのさえ厳しく叱りつけた。

クッキーやビスケットを食べるときはゴミ箱を抱えさせたこともあった。

叱るということの根底には自分の力で事態を思いどおりに処理できるという思いこみがあるのだろう。

そんな耕造に復讐するかのように思春期になると愛子の不満が爆発した。

ことあるごとに反発し荒々しい言葉を発するたびに唇の端が醜くねじれた。

高校生になるとよからぬ仲間と夜遊びを繰り返した。

3年生になると深夜のアルバイトも始めたようで外泊までするようになった。

我が子が風営法で補導されでもしたら警察官たる自分の面目が立たない。

愛子の生活の乱れを耕造は詰問し叱責し手も出した。

久枝は夫と娘の間に立ってとりなしはするものの基本的には夫唱婦随(ふしょうふずい)の立場をとった。


寒いさなかの2月のある日の明け方、愛子は家を出た。

学校は自宅学習期間に入っていたので卒業に支障はなかった。

家、特に耕造に対する積もり積もった鬱憤を晴らすために卒業を機に家出。

久枝と達也と奈々はそんなふうに解釈したろうと耕造は思った。

しかし耕造だけが胸に秘めている真相はもっと深刻な修羅場だった。

その日、久枝は急死した友人の葬儀で前日から不在、達也と奈々はまだ寝入っている時間帯だった。

愛子の朝帰りの気配に目を覚ました耕造はリビングに愛子を正座させて叱った。

耕造の説教に愛子も口答えして互いに興奮を募らせた。

ただ、いつもと違っていたのは愛子の口から妊娠の事実が語られたことだった。

もう3か月目に入っていると言う。

耕造は激高して立ち上がり愛子の横腹を蹴りつけた。

横さまに床に倒れた愛子は腹部に手を当ててうめいた。

耕造もさすがに血の気が引いてしゃがんで手を差し伸べた。

その手を払いのけた愛子の鬼の形相(ぎょうそう)を耕造は今も忘れていない。

力なく身を起こした愛子はそのまま家を出てそれきり二度と戻ることはなかった。


「じゃ父さん、また。元気にしといて」

達也と奈々は一晩泊まって帰った。

元気にしといて…か、うまいことを言うものだと耕造は思った。

「早くよくなって」とはもう言いたくても言えない言葉になったのだ。

二人が帰ったあと耕造は昨日に続いて愛子の追憶にふけった。

子供から少し離れたところで腕組みをして冷静に観察する。

それが父親としての子育てのあるべき姿、そんなふうに耕造はとらえていた。

しかし子供が切実に親に求めるのは共感というものだったのだろう。

自分を捨ててでも相手に寄り添うという姿勢は当時の耕造には求めるべくもなかった。

ふしだらの相手はどうせ遊び仲間の誰かだろうと頭に血がのぼり蹴ってしまった。

誰からも愛される愛らしい子に育つようにと願って名づけた愛子。

それなのに家族との折り合いさえつかなかった子だった。


その夜、布団に入った耕造は愛子が死んだ夢を見た。

棺の中の愛子は穏やかな顔をしているのが救いだった。

生前は眉と目がつり上がり口を開けば唇まで醜く歪んだ。

愛子でなく哀子……、あの子は生きているあいだが苦だったのだ。

小学生のころランドセルを背負って集団登校する側を車で通りかかるとき軽くクラクションを鳴らすとはにかんだものだった。

その当時のあどけない面影を夢の中の愛子の死に顔は宿していた。

耕造は夢からさめて愕然(がくぜん)とした。

虫の知らせ……、愛子はもうこの世にいないのかもしれない!

しかし、どこでどんな死に方をしようとも所轄の警察署が身元を調べ上げて連絡をよこすはずだ。

そう思い直すと今度は不吉な夢の反動のような思い出があれこれとよみがえった。


朝食を食べながら耕造は久枝に語りかけた。

「母さん、達也の端午の節句のときの愛子、覚えてるか? 組み立て式の張子の虎の人形」

「差し込み式のしっぽを握ったらスポンと抜けたとき?」

「そんなに面白いか?って不思議に思うくらい笑っていたな」

「愛子があんなに大笑いしたこと、後にも先にもないですね」

久枝も昔を懐かしむように目を細めた。

耕造は毎朝電気ポットの湯でインスタントコーヒーを飲む。

ところが湯を出すスイッチを押すとスカスカして湯量が足りないことがあった。

愛子が家出したあとにそれが数回続いたところで気づいた。

湯量をチェックしていつも水を補充していたのは愛子だったということに。


宣告された余命が半月を切ったころ耕造は外出先で失神した。

所用で街に向かうバスに乗って20分ほどしたころ具合が悪くなった。

そこから二つ先のバス停までがまんしたが生汗(なまあせ)まで出てきたので降りた。

バス停のベンチに座って治まるのを待っているうちに気を失ったようだ。

「大丈夫ですか?」

耳元で呼びかける心配そうな声で目を開けると耕造は地面に横たわっていた。

声をかけた中年女性はさぞ驚いたことだろう。

ベンチに座っている人間がベンチから路上へ滑り落ちたのだから。

「救急車を呼びましょうか?」との重ねての問いかけに耕造は気丈さを発揮した。

「大丈夫です」と答えて女性へのお礼もそこそこに流しのタクシーに手を挙げた。


帰宅後に高血圧が原因なのではないかと思って家庭用血圧計で測ってみた。

すると血圧の値は逆にこれまで見たことがないほど低く、上が70台、下が40台だった。

失神した時点ではもっと低かったろうと思うとぞっとした。

シャワーを浴びてベッドに入って安静にしていると数時間後に普段の血圧値に回復した。

血圧の異常低下とすい臓がんとの関連は分からないが帰宅直後に少し失禁もしていたのに気づいたときはショックだった。

死刑囚が刑の執行後に糞便を垂れ流すという話を思い出した。

普段は脳が肛門の筋肉が緩まないように指令を送っているのだから自分は一時的に死にかけたのではないかと耕造は思った。

もしそうならば死ぬという体験の実感がつかめたわけでそれは収穫だったとも思った。

失神直前の感覚は具合が悪いとしか言えない不快感で、痛みや苦しみではなかった。

その不快感の昂進(こうしん)のあげくに気を失ったわけで意識が戻らなければ死んでいたというだけのことだ。

腹痛、背部痛、黄疸などの悪化に加えて今回の失神もあり耕造は終末期の患者を受け入れる病院への入院を決断した。


科学技術の進歩の分かりやすい例は天気予報だろうと耕造は思っている。

数十年前に比べて格段に精度が向上している。

小学生のころは予報がよく外れて遠足のときなどは悔しい思いをしたものだった。

天気予報と同じようにあと半月たらずの命だという医者の推定も耕造には実感として確かなものに感じられる。

体重が急激に減少してきたのは食欲がなくなったせいもあるががん細胞の生長が栄養を必要としているのだろう。

腹をすかせた腕白盛りの子供がご飯をかきこむようなものだと思えば微笑ましくさえ思えてくる。

耕造の入院を知って訪れた近しい親戚や知人の見舞いも一段落した。

「また来るから元気にしていて」

彼らは耕造のやせ衰えて黒ずんだ姿を目にしても一様にそう声をかけて帰っていった。

人は優しいものだと耕造は思う。

また生きて会うことはおそらくないのにそう言わざるをえないのだ。


疼痛管理(とうつうかんり)は弱オピオイド系鎮痛薬に始まって最終段階のモルヒネにまで進んだ。

モルヒネを投与すると聞かされて最初に考えたのは麻薬中毒になりはしないかということだった。

すぐに気づいたが余命いくばくもない身でそれはあまりに愚かな心配だった。

つけっぱなしにしておいたテレビから流れてきた情報も気になった。

専門家が言うには(オー)型の人間は蚊に咬まれやすいとのこと。

耕造もO型なので困ったことだと思いながら見ていたがふと疑問がわいた。

蚊はどうやってO型の人間を識別するのだろう。

その識別の仕組みが判明すれば血液型の判定に血液の採取は必要ないのではないか。

そこまで考えて余命少ない身にはこれもどうでもいいことだと自嘲した。


回診で耕造の余命はとうとう1週間であることを告げられた。

モルヒネの影響もあるのだろうが翌朝は目覚めてしばらくのあいだぼうっとしていた。

意識がはっきりしてくるとさっきまでは至福の時間だったと思った。

宇宙と一体化して神と共にあるかのように完全に平穏な没我の状態。

母親の胎内にいたときもこうだったのだろうかと思わせるような心地よさだった。

思えば入院生活自体、規則正しい平穏そのもののありがたい毎日だ。

それなのに世の入院患者の多くは無聊(ぶりょう)(かこ)って刺激を求めたくなる。

神が宇宙を創造したのもすべてが入り混じって混沌とした状態のままでは退屈だったからなのではないか。


耕造がそんなことを考えながら夕食を終えると久枝が病室のドアをノックして入ってきた。

いつもなら午後の面会時間になるとすぐに姿を見せるのだが何か用事があったのだろう。

「ごめんなさい遅くなって。どうですか、調子は?」

「昨日の回診であと1週間って言われたんで子供っぽいことを考えてね」

「どんなこと?」

久枝はいつものように耕造のベッド脇の椅子に腰かけた。

「子供のころ親に連れられて山登りに行ったときのことなんだけどね。山の頂上の部分ってそんなに広くないんだ。これなら頑張ればスコップで1メートルくらい掘れると思ったんだ。そしたら地図帳はその山の高さを書き直さなくちゃならなくなるから困るだろうなって」

「ほんとに子供っぽい。でも病気とどんな関係があるんです?」

「あんまりきっぱりと1週間って言われたんで意地でも頑張って2,3日長く生き延びてやろうかなって。そしたら医者はどんな顔をするだろうかと思ってさ」

「それはとてもよい思いつきです」


久枝が真面目な顔つきで応じたので耕造は面食らって話題を変えた。

「年をとると郷土史に関心がわくように死期が迫ると子供の昔を思い出すみたいだ。この時期なら落ち葉焚きの焼き芋だな。昔はアルミホイルなんてなかったから直接サツマイモを放りこんだ」

「でも待ちきれなくて早めに取り出すと外側はいいんだけど中はよく焼けてないんですよね」

共通の経験に久枝の顔もほころぶ。

「その生焼けの触感を『ガジガジする』って言ってたな」

「今の子供たちはそんな、」と言いさして久枝は大事なことを思い出したように両手を打ち合わせた。

「そうそう子供たちが、達也と奈々が明日来ますよ」

「そうか」

「それでね、ここから近い海辺のホテルを予約したから泊りがけで一緒にご飯食べようって」

耕造がもう長くないことを久枝から知らされて計画したのだろう。

心づかいは嬉しいが耕造は少し不安に思った。

「外泊していいんだろうか」

久枝は微笑してうなずいた。

「あの子たちしっかりしてますよ。前もって電話でお医者さんに相談したら遠くないところならって言われたんですって」

耕造は少し疲れを覚えて目を閉じた。


しばらくうとうとして目を開けると久枝は窓辺のソファーで本を見ていた。

その横顔を見ながら耕造は胸が詰まる思いがした。

入院して以来こうやって命短い夫の見舞いに日参する。

帰宅後は毎日どんな思いで夕食を作って一人で食べ、そして眠るのだろう。

本のページをめくる久枝と目が合った。

手にしているのは通販のカタログのようだったので耕造は遠い昔を思い出した。

「それ、通販のカタログだろう? 何か買うのか?」

「ううん、ただ見てるだけ」

そう言って久枝は本を閉じた。

「アーケードの本屋で母さんと最初に待ち合わせたときもそんなやつを見ていたね」

耕造の言葉に久枝は驚いたような顔を向けた。

「そうだったかしら。よく覚えてますね」

久枝とは高校の文芸部の先輩後輩の間柄だったが卒業後はそれぞれに進学して就職した。

仕事が非番の日に市内のアーケードを歩いていた耕造はばったり久枝と出会った。

久枝は街なかのセレクトショップに勤めていて小用で店を出たところとのことだった。

高校卒業以来だから十数年ぶりの再会だった。


この偶然をきっかけとして耕造は次回の待ち合わせを持ちかけた。

「実はあの日の件で母さんに申しわけないことがあるんだ」

「あら何でしょう?」

久枝は答えを楽しむような表情を向けた。

「本屋に入って母さんを見つけたとき、付き合うのは早まったかなと後悔したんだ」

「どうして?」

「変にぶさいくに見えたんだ」

「まあ」

今度は不愉快そうに眉を寄せたので耕造は慌てて言葉をついだ。

「人違いだったんだよ。前回ばったり出会ったときよく顔を見ておかなかったせいかな。母さんは少し奥の無料のカタログ本が平積みされてるとこにいた」

「私はね、もっと謝らねばいけないことがあります」

久枝はソファーを立って耕造のベッド脇の椅子に移った。

「お付き合いを始めて最初の誕生日プレゼントにもらった黄色のスカーフです」

「それが?」

「私が身に着けているの見たことないでしょう?」

「よく覚えていない」

「色が私には合わない気がして」

「そうだったのか。黄色の財布は金運が上がるって言うしいいと思ったんだけど。そういえば車を買い替えるときに広い駐車場でも一発で分かる黄色にしようって言ったら母さんは反対したな」

「でもお父さんの気持ちは嬉しくて今も大事に取ってあります。私が後からお父さんのところへ逝くときはあのスカーフを巻いて逝きます。黄色は目立つでしょうからそれを目印に見つけてくださいね」


久しぶりの夫婦らしい会話に耕造の心は温まった。

そして自分が求め続けていたのはこういう平穏な境地だったのだと思った。

「こんな話はひさしぶりだな。すなおな子供のころにかえったみたいで実にいい気分だ」

「小さいころが一番幸せでしたね。遊ぶことが仕事で何の苦労もなくて。つらいことがあれば親が『おう、よしよし』って頭をなでてくれて」

「そうだったなあ。冬は寝るときに掛け布団が体に密着するように端々を押さえてくれた」

「年をとるって寂しいものですね。なでてくれる親はとっくにいないし達也や奈々の頭を今さらなでるわけにもいかないし」

「しかたないさ、人生は順ぐり順ぐりだ。達也や奈々もそのうちこんな話をするようになる。それにしても気分がいい、今夜はよく眠れそうだ。遅くなるからそろそろお帰り。雨が降り出しそうだよ」

「そうね。それじゃまた明日」

久枝はそう言って立ち上がると耕造のベッドの掛け布団の四隅を押さえた。

そして病室を出ようとして言った。

「お父さん、明日はね、」

久枝は言いよどんだ。

「うん?」

耕造が顔を向けると久枝はドアのノブに手をかけたまま振り返った。

「明日は達也たちが車でここに寄ってホテルに送ってくれるんですって」


翌日、夜来の雨も上がりかけの夕方、達也が奈々と共に車を病院に乗りつけた。

病院のロビーで待っていた耕造と久枝が乗りこむと予約しているホテルには30分弱で到着した。

フロントで確認すると耕造夫婦が角部屋の201号室、達也と奈々が隣りの202号室。

リゾートホテルだけあって全室がオーシャンビューとの案内だった。

4人はとりあえず201号室のソファーでくつろぐことにした。

「お父さん、ガリガリじゃない。ちゃんと食べてないんじゃない?」

奈々はやせ細った耕造に遠慮のない感想をぶつける。

「確かに食欲はないな」

達也がとりなすように言った。

「ここのコース料理は味で評判なんだ。父さんの分は量は少なくていいから食べやすいような調理をって注文をつけておいたよ。朝食もここは充実してるんだ」


食事は5時半に1階の和室だからと言いおいて達也と奈々は隣室へ移った。

「まだ4時すぎだからしばらくありますね。ベッドで横になれば?」

久枝に言われるまま耕造は寝室のベッドに身を横たえた。

今日こそ家族の最後の晩餐か、そう思っても耕造に悲壮感はなく心は静かだった。

ソファーに座っている久枝を見ると昨日と同じ通販のカタログを見ている。

「また通販か。よく飽きないな」

「愛子も奈々も女はみなこんなのを見るのが好きなんです」

愛子の名前が出たとたん耕造にある記憶がよみがえった。

それは愛子が家を出て数か月たったころ、ほこりが目立つようになった部屋を片付けたときのことだった。

勉強机の端のほうに通販のカタログが載っていた。

社会人ならともかく高校生もこんなものを見るのかと耕造はパラパラとページをめくった。

すると上端の角が折りこまれたページがあった。

そのときは気にもせずに本を閉じたがあのページの商品は確か……赤ちゃん用のおくるみ!

にわかに耕造の心が波立った。

赤ん坊を産む気でいたのなら無事に産むことができただろうか。

蹴られて流産したり胎児に障害が発現することを恐れて堕胎するようなことはなかっただろうか。

耕造は目を閉じた。

愛子よ、父さんはもうすぐ死ぬから許してくれ、ありがとう、ありがとう、ありがとう……


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


★エピローグ

「お父さん、きれいな夕日ですよ。こっちに来ませんか」

久枝が声をかけた。

「そうか」

まどろみかけていた耕造は生返事をした。

「そこからは見えないでしょう。急がないと日が沈んでしまいますよ」

久枝はベッドの脇まで来て半ば強引に耕造の腕を取って立たせリビングの窓辺に誘った。

そしてレースのカーテンを勢いよく全開にした。

「ほう、きれいな海だ」

耕造は沈みかけている夕日と海をしばらく眺めた。

それから手前の海岸へと視線を移動させた。

「おや、母さん、あれ」

耕造はホテルのすぐ真下の道に立っている二人の女性を指さした。

「娘さんが手を振ってますね。このホテルのどこかの部屋に知り合いがいるんでしょうか」

「逆光でよく見えんが高校生くらいかな。横にいるのは母親だろうかね」

いつだったか耕造は愛子がこの世にいない夢を見たことを思い出した。

広島の原爆を題材にした『黒い雨』(井伏鱒二)という作品がある。

今、向こうの山に虹が出たら(めい)の原爆症は治る、主人公の男性が最終場面でそんな奇跡を願う。

耕造も生涯のラストステージに立っている今、奇跡にすがりたくなった。

さっき雨が上がった、今、虹が出たら愛子は親子ともども生きている、あの母子のように。

心の内で自分にそう言い聞かせた耕造はこちらに手を振っている二人づれに向けて小さく手を振った。

それを見た久枝も微笑んで耕造に合わせて手を振った。

水平線に沈む夕日の緑閃光(グリーンフラッシュ)(またた)いた。


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