第7話 抑圧の末
「大通りはこっちだっけ……」
セオルは商業区の路地を歩いていた。ウィンステッド商会へ身を寄せて以来、商会内で過ごすことが多かったが、今日は久々に外に出ている。
「僕もウィンステッドの一員なんだ。ちゃんとやらないと」
今朝、セオルはウィスタンの執務室に呼び出された。これまでなかったことだ。
「おはようございます。叔父様」
「ああ、セオルか。よく来たね」
ウィスタンは取り組んでいた書類を置き、セオルに向き直った。
「今日で一週間か。ウィンステッドでの生活はどうだい?」
「はい、みなさんとてもよくしてくれて、安心して過ごせています」
「それはよかった。環境が変わって心配していたが、問題ないようだね」
ウィスタンは微笑み安心したように言った。
「ここでの生活にも慣れてきたようだし、セオル、君にはそろそろ私の仕事を手伝ってもらおうと思うんだ」
「仕事ですか」
「ああ、君もウィンステッドの人間だ。将来は商会を背負う人物になってもらわないといけないからね。私も兄さんも五歳頃から父さんの手伝いをして勉強してきたんだ。君にもウィンステッドのやり方に挑戦してもらいたい。どうだい、できるかい?」
一週間と少し前までセオルは父のキャラバンに連れられ様々な街を訪れるかたわら、勉強や遊びに毎日を費やしていた。いたずらなどはあまりしないほうだったが、それでも時折やりすぎて叱られ、すねて父母を困らせることもあった。父や母、使用人たちに見守られ幸せに暮らしていたあの生活はもう、セオルのもとから去ってしまった。
ウィンステッドという親類がいる彼は世間一般の孤児たちと比べてはるかに幸せだ。しかし、それを享受するためにはやらなければならないことがある。生きていくためには十歳という年齢にして、ただ楽しく過ごすだけの子供時代は終わらせなければならなかった。
「叔父様、僕やります。ここにいるためにやらなくちゃいけないことだと思うから」
セオルはウィスタンの目を見てそう答えた。
ウィスタンは満足げにうなずく。
「そうかい。やる気になってくれてよかった。では早速今日からお願いしよう」
そう言うとウィスタンは書類に視線を落としサインをする。
「大通りのルネドム魔法具店で注文した商品を受け取ってきてほしい。この書類を渡せば用意してくれるはずだよ。大事な取引先だから失礼のないようにね」
「わかりました。ではいってまいります」
差し出された書類を受け取ったセオルはお辞儀をしてから扉を開けると、部屋から出ていった。
残されたウィスタンはセオルが後にした扉を見つめていた。
◇
角を曲がると正面に大通りが見えた。ウィルたち四人は魔法街での用事を済ませ、ぐるりと回って大通りに戻ってきたのだ。
アルドは手入れを頼んでいたブーツを受け取り早速履いている。勝利の精霊と呼ばれる特別な霊の加護を受けた逸品で、靴底部分に反発力を高める魔法が封じられている。使いこなせば跳躍力や走力を高めることができるほか、武器を扱う際にも威力を上乗せできる優れものだ。慣れなければ転びやすくなるので普段履きにも使っているのだが、そのせいで傷みも早い。
フェイは魔力集中を助ける腕輪を魔法街の店で受け取っていた。魔法の発動速度を高めるためのもので、エルフであるフェイによく似合う植物を模した装飾で飾られている。
子供たちはというと、ウィルはまだ少しうかない顔だ。難しい問題に直面したこともあり、頭のなかでぐるぐると考え続けているらしい。
リンはもうスウェテセルト菓子店のことしか考えていない。まだかなり遠いはずだが彼女には店舗が見えているようだ。ロックオンしたかのように、一点を見つめている。
「リン、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」
「大丈夫。見えてるから」
フェイが心配して諭すも何が見えているのか目線は動かさなかった。
一行は王都の中心にある中央広場を抜け、傭兵騎士団本営に戻るためルセアル大聖堂に向かって歩いていた。すでに時間は正午を大きく回り太陽はすこし傾き始めていた。
「中央広場は知ってるか? 王都のど真ん中、市民たちの憩いの場ってとこだな」
直径百メートルほどの円形の広場の中心には大きな噴水が鎮座し、それの周りには間隔をあけてベンチが置かれている。広場の外縁にはカフェや露店、屋台が軒を連ね、市民たちは思い思いに過ごしていた。
「みんな楽しそうにしてる」
リンが人々を見てつぶやく。
ね、と隣にいたウィルを見るが、ウィルは違うことを考えているようだった。
「じゃあいくぞー、リンお待ちかねの菓子の時間だ」
「やったー!」
リンがウィルの手を引いて走り出す。
「いこ、ウィル!」
「気を付けなよ!走ったら転ぶよ」
フェイの声が聞こえていないのか、走り去る子供達を追いかけて大人たちも歩き出していった。
◇
「こちらです」
ルネドム魔法具店の従業員は恭しく箱を差し出した。飾り気のない箱の中にクッション用の藁に包まれたガラス瓶が入っている。ありがとうございます、とセオルは中を確認し、ウィスタンから言われた通りの品であることを確かめると、ふたを閉め大事そうにカバンにしまい込んだ。
「それにしてもこんなに小さな方が使いに来られるとは思いませんでした」
「ウィンステッド家の習いなんです。本当はもっと小さい時から家業の手伝いを始めるんですが事情があって僕は今日から始めました」
「そうですか。そのあたりが今のウィンステッド商会のご活躍につながるのかもしれませんね。では、ウィスタンさんにもよろしくお伝えください」
「はい、ありがとうございました」
そう言うとセオルは踵を返し、扉の取っ手に手をかけた。少し押すと外の喧騒が耳に飛び込んでくる。しかし、何か様子がおかしい。街のざわめきから何やら困惑が伝わってくる。
セオルは店の外に出ると何かあったのかとあたりを見回した。人々は上を見て口々に何かを話したり、指を差したりしている。セオルが指さされた方を見ると、なんと通りの中央に建つ魔法灯の上に人が立っていた。どうやって上ったのか、人々を睨みつけるように見下ろしている。
よく見ると魔法灯だけでなく、向かいの商店の屋根の上にも人がいる。向こう側の屋根の上に三人、魔法灯の上に一人、こちらの建物の上にもいるのだろうか。
「聞け! 愚かな人間どもよ!」
魔法灯の上にいる男が叫びだした。
「我らヴェトスの民、貴様らに祖国を蹂躙されたことを決して許しはしない! 父も母も貴様らに殺された! 妹は空腹にあえぎ、いつ襲われるかもしれない恐怖の中にいる! すべて貴様らのせいだ! 我らの同胞が苦しみに苛まれ絶望に身を落としている間、貴様らは何をしていた! 安穏とした日常に身をゆだね、我らを魔族と蔑み目にすれば蹴りつける! 貴様らほどおぞましいやつらは見たことがない! その悪行に我らヴェトスの正義が天誅を下す! 我らの痛み、苦しみ、その身をもって味わえ!」
男は怨嗟をまき散らすと右手を高々と掲げた。周囲の空気が振動しているのが目に見える。男の体から爆発的に魔力が噴出し、その両腕に独特の紋様が現れた。掲げた右手の先に巨大な火球が現れる。屋根の上にいる三人も同様に右手を掲げ火球を出現させている。巨大な火球には膨大な魔力が注ぎ込まれ、脈動しながらその大きさを増していくようだ。収まりきらず漏れ出した魔力は周囲に吹き荒れ、直接浴びた人々は動くことができなくなっていた。
「悪よ! 滅びよ!」
男が叫ぶと火球は轟音とともに炸裂し、細かく分かたれた小火球が街に降り注いだ。直撃を受けたものは建物、人を問わず爆発し破壊されていく。セオルの少し前にいたふくよかな婦人は炎に包まれ、のたうち回っている。火球は平等に死を振りまき、それはセオルも例外ではなかった。
小火球の一つが狙いをつけたかのようにセオルに迫る。セオルの時間の進みが遅くなり、視界はまばゆい光で埋め尽くされた。
小火球が周囲の空気を焼き焦がし、灼熱にさらされたセオルの髪がチリチリと音を立てて燃えていく。
その殺意がセオル自身を破壊する寸前、真っ白の世界に一つの影が飛び込んでくる。影は青い半透明の大きな膜を三重に展開させると、灼熱の火球を受け止めた。膜に直撃した火球は爆発を起こし、衝撃と爆音をまき散らす。
「大丈夫かい! セオル!」
影は駆け付けたフェイその人だった。フェイは爆発の熱が霧散したことを確認すると、セオルに声をかける。尻もちをつき動けなくなっていたセオルは口をぱくぱくと動かし、視線は何も捉えることができずにいた。
「しっかりしな! 火がくるよ!」
火球による爆発は周囲の建物に火をつけごうごうと燃え上がらせていた。炎に炙られた木材が膨張しバキンバキンと弾けていく。向かいの商店の壁は大きな音を立てながら崩れ落ち、そばにいた数人を飲み込んでいった。
フェイは魔力を自身に集中させると、祝歌を歌い始める。エルフに伝わるこの歌は魔力を込めて歌うことで精霊との交信を行うことができた。フェイの求めに応じて水の乙女ウンディーネと風の舞姫シルフの姉妹が顕現した。
歌を通じてフェイは周囲の消火の助力を依頼する。現界にあらわれた二体の麗しき乙女は顔を見合わせたあとにうなずき精霊力を解放した。水と風、二つの自然の力が混ざり合い建物に霜が降りていく。霜によって温度を強制的に下げられ炎は次第に勢いを弱めていった。
ウィルたちが中央広場を抜けたころ、最初に異変に気付いたのはアルドだった。魔力の不自然な流れに気づいたアルドは突如猛然と走り出した。一息も立たず最高速に達したアルドは振り向きながらウィルたちに声をかける。
「お前らは広場にいろ!」
「先に行くよ!」
フェイが横をすり抜け、あっという間に遠ざかっていく。魔法のブーツの助けがあろうとも、フェイの速さには追い付けない。あっという間にフェイは混乱の中に飛び込んでいった。
前方に男が火球を生み出しているのが見えた。現場から遠ざかろうと逃げ惑う人々の間を縫い、アルドは巨体から想像もできない速度で駆け抜けていく。
(くそ、間に合わねえか)
アルドが現場に到着すると同時に魔法灯の上の男が叫び、火球が炸裂した。速度を落とさず、ブーツにかけられた反動の魔法を生かし勢いのままに魔法灯を駆け上がっていく。
(こんなにすぐブーツが役に立つたぁな……取りに行って良かったぜ)
魔法灯の頂にたどり着いたアルドは男の背中に掴みかかり、体重をかけ自分もろとも地面に叩き落とした。空中でうまく姿勢を整え、ダメージを受けないように着地する。
うつぶせに落ちた男の腕をひねり上げ、魔力の集中を乱すために自分の魔力を送り込もうとしたが、すでに男は気を失っていることに気づいた。
「ったく」
立ち上がり、周りを見渡し警戒する。すでに男以外のテロリストは姿を消していた。
「アルド! 何があった!」
メアウェンが部下を連れて駆けつけてきた。
「わからんが、魔族のテロだろうな。一人は捕まえたが、他は逃げられちまった」
メアウェンはうなずくと矢継ぎ早に指示を出していく。
「負傷者の救助と消火活動を! ガーは本部から応援を出して周囲の捜索の指揮を取れ!」
街は炎に包まれ、悲鳴や誰かの名前を呼ぶ声、建物が崩れる音が鳴り響いている。瓦礫が散乱し、その間を縫うように地面に倒れて動かない何人もの姿が目に入った。
アルドは持ち物を調べるため、しゃがみ込み、うつぶせの男をひっくり返す。男の顔を目にしたとき、アルドははっとした。それは路地裏で絡まれていた魔族の若者のものだった。
◇
アルドたちが走り去ったあと、残されたウィルとリンは何が起こっているのかわからないでいた。しかし、通りの向こうに大きな火球が現れると、危険なことが起ころうとしていることが二人にも理解できた。
広場に向かってたくさんの人が逃げ込んでくる。ぶつかりそうになりながらも二人は現場から目を離せなかった。
「魔族だ!」
「魔族たちがまたテロを!」
「早く避難して!」
避難民たちの言葉を聞いたウィルが走り出す。
「ちょっとウィル!?」
「止めないと! あんなことさせちゃだめだ!」
「あなたが行って何ができるの!」
「リンはここで待ってて!」
「もう!」
ウィルを追ってリンも走り出した。人の流れに逆らい走るのは十歳と十一歳の子供でなくともなかなかに難しい。何度も人とぶつかりながら二人がなんとか現場にたどり着いたときには、すでに一番危険な状態は過ぎ去っていた。
道に落ちている瓦礫を避けながら二人は進む。あちらこちらでくすぶった火が煙をあげていた。
「ウィル、危ないよ! 戻ろ?」
リンの声にも応えず、ウィルは進んでいく。
「ひどい……」
崩れ落ちた壁の下に人の手のようなものが見える。ピクリとも動かないのを見るとすでにこと切れているのだろう。リンは精霊の加護を祈った。
崩れた建物には霜が降りていた。見ると周りの建物にも同様に霜が降りている。なぜ霜が、と疑問に思うリンのまわりにウンディーネとシルフがまとわりついた。エルフの娘を見かけて挨拶しに来てくれたようだ。リンはフェイの歌声に気づく。
「これ、姉さまの歌と同じ――」
「アルドさん!」
ウィルがアルドを見つけ駆け寄っていく。
「ウィル!? リンも来たのか! 広場で待ってろと言っただろう」
アルドは立ち上がりウィルに向き直った。
「まだ火が残ってる。危ないから広場に戻るんだ」
アルドがウィルを諭すが、ウィルは別のところを見ていた。
「この人……さっきの……巻き込まれたの!?」
「いや……」
ウィルがアルドを見る。
「こいつがやったんだ」
「……えっ」
「テロの主犯はこいつだ」
先ほど同情した相手が大量殺人の罪を犯していた。何が正しいのか、どちらが救われるべきなのか、事態の理解にはウィルの幼い頭では追いつかなかった。
「だって、この人さっき……」
「ああ」
「ねえ――魔族ってなんなの!? もうわかんないよ!」
ウィルの訴えにアルドは何も答えられなかった。
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