第5話 セオルの帰宅
翌朝、朝食を済ませた四人は傭兵騎士団本営に向かうためメアウェン邸を出発した。
盗賊による誘拐事件の調書の作成に協力したあと、セオルはメアウェンと共にウィンステッド商会に向かう予定だ。
家を出た四人を通りの喧騒が出迎えた。昨日王都についた頃にはすでに日が暮れており、人通りもまばらになった後だったが、朝を迎え眠りから覚めた王都はあわただしく活動を始めている。露天商たちはたたんでいた屋台を立ち上げ、職人たちが工房に向かうために急ぎ足で通り過ぎていく。
角を曲がり四人は大きな通りに出る。先ほどの道よりさらに多くの人々が闊歩し石畳が敷かれた広い道の中心には魔法灯が建ち並んでいた。
「おお~~~」
雑踏のざわめきの中、四人は本営に向かって歩き出した。あまりの人の多さに田舎育ちのリンは驚嘆の声を漏らし、口を三角に開けたままあたりをきょろきょろと見回している。
「リン、口開いてるよ」
ウィルがのぞき込み、指摘する。
「ぐ……、う、うるさいわね」
恥ずかしかったのか顔を赤らめて言い返すと、真一文字にギュッと口を結んだリンだったが、物珍しさは抑えられなかったのか、きょろきょろ見回すことはやめなかった。
それを見ていたセオルはクスクス笑っている。
「ここはベオルスリック大通りだ。王都で一番賑やかな場所だな。ああやって多くの高級商店が店を構えている。王都の中心街と言ってもいいだろう」
メアウェンが子供達に説明をしてやる。道の左右には高級商店が軒を連ね、従業員たちが掃き掃除など開店の準備を行っていた。高級服飾店グレームファット、エアルシェアルド武具店など名店と言われる店が立ち並ぶ。
ウィルが店の一つに近づき窓から中を覗き込む。店内にはいかにも高級そうな絨毯が敷かれ、金銀で彩られた用途のわからない道具やきれいな細工を施された何かの液体が入ったガラス瓶などが並べられていた。
掃き掃除をしていた従業員が窓に張り付くウィルに注意をしようと顔を向けるが、傍ら立つメアウェンに気がつき何も言わずに掃除に戻る。
「ここはルネドム魔法具店か。ポーションや魔法具などを扱っている」
「メア達もここで買い物をするの?」とリンが尋ねる。
「我々は仕事柄大量にポーションを消費するからな。ここで仕入れていてはさすがに金がいくらあっても足りないよ。ここを利用するのは貴族のお歴々だな」
ふ~ん、と漏らしたリンが何かに気づいた。
「なんだか甘い匂いがする」
ふんふんと、匂いのもとを探してリンがふらふらと歩き出す。たどり着いた先には『王室御用達スウェテセルト菓子店』とあった。出入りする従業員が扉を開けるたびに甘美な香りが漂ってくる。すでにリンはメロメロだ。
「お、おいしそう……」
子犬のようにはあはあと喘ぎながらリンは食い入るように店内を凝視する。店内のショーケースには黄金に輝く飴細工で飾られた美しいケーキや、まるで滴るようにしっとりと蜜をたたえた焼き菓子などが、リンの視線を意ともせず鎮座していた。
「すごくおいしそうだけど、値段も結構しそうだね」
「ああ、ここは王都でも有数の評判のよい菓子店だな。王宮にも納めていると聞いたことがあるぞ」
リンを引きはがしながらメアウェンがセオルに答える。
「頻繁には無理だが、また今度買いに来よう」
メアウェンが買ってくれると聞いたリンは、すでに想像の中で菓子に囲まれ、心ここにあらずだ。
「メア! あれなに?」
ウィルが指をさした先には豪奢な建物がそびえ立っていた。王都の正門から始まるベオルスリック大通りの突き当りに位置するその建物は、繊細な彫刻による装飾がびっしりと施され朝日を浴びてキラキラと輝いている。天に向かって高く突き立てられた無数の尖塔、円形のバラ窓にはめ込まれたステンドグラス、先の尖ったアーチになっているゲートと、見る人を魅了するデザインは優美さとともに威厳を感じさせる風格を備えていた。建物のゲートには多くの人が吸い込まれるように入っていく。
「あれはルセアル大聖堂だな。ルクサウレア教の本部だ」
「きれーい!」と、リンが声をあげる。
ルクサウレア教はエンリック王国の建国王アウレクスを神とあがめる宗教だ。自由と正義、そして寛容を教義とし、アウレクスの子孫である王家をはじめ広く民衆に信仰されているこの宗教は、エンリック王国の国教に指定されている。
「ルクサウレア教は国民生活に深く根差している国教さ。敬虔な信徒はああやって毎朝祈りを捧げに行くんだ」
「メアはいかないの?」
「私はあまりまじめな信徒じゃないんだ」
肩をすくめリンの問に答えるメアウェン。
「広く奉仕活動もやっているから何かあったら頼ってもいいかもな。力になってくれるはずだ」
大聖堂前広場を通り抜け、四人は騎士団本営に向かった。
◇
事情聴取を終え昼食をとると、メアウェンはセオルに声をかける。
「そろそろ出発しようか」
それを聞いたセオルは少し硬い表情で「はい」と答えた。
「セオル、落ち着いたらまた遊びにきてね」
「俺たちのこと忘れたらだめだよ」
リンとウィルが名残惜しそうに声をかける。
「うん、また会いに来るよ」
セオルは二人の手を握り、答えた。
「まあ、同じ王都にいるんだ。また会えるさ。じゃあ行こうか」
セオルの肩を抱きメアウェンが促した。
セオルは二人にお辞儀すると、メアウェンとともに騎士団本営を後にした。
ウィンステッド商会はベオルスリック大通りから一本入った通りに位置する。大通りから外れるとはいえ大きな四つ辻の角にあり、かなりの好立地と言えるだろう。人気店らしく、ひっきりなしに買い物客が訪れている。
二人は正面入口の前に立ち、建物を見上げている。視線の先には太陽光と麦畑を意匠化した紋章が掲げられていた。これがウィンステッド商会の会章なのだろう。
「ここだな。セオル、大丈夫か」
一昨日、セオルの出自が明らかになったときから、ウィンステッド商会の話になるとセオルの様子がおかしくなることをメアウェンは気にしていた。両親を失ったセオルにとって身を寄せる肉親がまだいることは喜ばしいことのはずだが、この話題になると明らかにセオルの表情は曇っていた。何か事情があるのかと尋ねてもみたが、セオルは「大丈夫です」と答えるのみであった。
「大丈夫です」
セオルは以前と同じ答えを返したが、その目にはどこか決意のような覚悟のようなものが宿っているように感じられた。
「そうか、では入ろう」
二人は大きな入口をくぐり建物の中へ入っていった。
「すまないがご店主はいらっしゃるか」
メアウェンが店内にいた従業員らしき人物に声をかける。
「どういったご用件でしょうか」
声をかけられた男は恭しく答える。年のころは三十歳くらいか、メアウェンより少し背が低く小太りな体格をしている。人の好さそうな柔和な顔つきをしていた。
「お初にお目にかかる。私は王都傭兵騎士団を預かるメアウェンというものだ。この少年のことでご店主にお話したいことがある」
「この少年についてですか」
男はメアウェンの傍らに立つセオルに目をやり、いぶかしげな表情をしている。騎士団長が幼い少年について何を話すのだろう、と用件の想像がまったくつかないようだ。
「彼の名前はセオル・ウィンステッド。こちらのご店主であるオスリック・ウィンステッド殿のご子息であるケンワルド・ウィンステッドの一子とのことだ」
ケンワルドの名を聞いた男の顔色がわずかに変わる。メアウェンの声が聞こえたのか店内にいた何人かの従業員もケンワルドの名に反応してこちらを気にしているようだ。
「なるほど、かしこまりました。奥で詳しくお話をうかがえますでしょうか」
男は奥に続く扉を開けると二人を中へ招き入れた。
廊下を抜け二階に上がると二人は応接室に案内された。緑のじゅうたんが敷かれた室内は品の良い調度品が揃えられ丸いテーブルと四脚の椅子が揃えられていた。商談などに使われる部屋なのだろう。二人は美しい刺繍の施された肘掛け椅子に腰掛けた。
「私はウィスタン・ウィンステッドと申します。当店の店主であるオスリックの一子であり先ほど話に出たケンワルドの弟です」
二人を案内した小太りの男はテーブルを挟んで対面に座り自己紹介をした。彼はセオルの叔父に当たる人物のようだ。
「あいにくオスリックは多忙でして、まずは私がお話をうかがいますが構いませんか」
「ああ、ご身内の方なら構わない」
メアウェンはうなずく。
「ありがとうございます。それでこの少年についての話とは」
「今回訪問したのは彼の身元の照会と彼を引き取ってもらえないか、という話だ」
「引き取る?彼がセオルであるのならば、わが兄ケンワルドはどうしているのです。彼に何かあったのですか」
ウィスタンは特に驚いたふうもなく聞き返す。
「お父様は盗賊の襲撃にあい命を落としました。お母様もキャラバンの使用人たちもみんなその時に」
思い出しているのかセオルが弱々しい声で答える。
「兄と義姉が亡くなったと。それで君は一人だけ助かったと言うのか」
「はい、そのあと盗賊に捕まって」
「人身売買の商品にされそうになっていた」
答えるセオルの後を受けてメアウェンが続ける。メアウェンはケンワルドのキャラバンが盗賊の襲撃にあったこと、セオルは命を拾ったが盗賊に捕まり奴隷に落とされそうになっていたこと、傭兵騎士団がたまたま盗賊のアジトに乗り込んだ際に救出したこと、セオルから聞いたキャラバン襲撃の場所には現在騎士団員が調査に向かっていることなどを詳しく説明する。
「なるほど、それで彼は天涯孤独となり血縁である我々を頼ってきたということですか」
「一つ聞いていいだろうか」
「なんでしょうか」
メアウェンは気になっていることを確認するべく質問をぶつけてみる。
「今の口ぶりだと、そちらもケンワルド殿の訃報を把握していなかったようだ。騎士団でも被害届のようなものも受け取っていない。彼のキャラバンはこの商会のものを運んでいたのではないのか」
「それは……」
メアウェンが投げかけた問いになぜかセオルが答えかけ口ごもる。
「これはあまり大きな声で話せることではないのですが」
セオルにかわりウィスタンが話はじめる。
「兄ケンワルドはウィンステッド商会を追放されているのです」
思わぬ話にメアウェンが眉を寄せる。
「あれは大戦中のことでした」
六年前、人間の国であるエンリック王国と魔族の国との戦争が行われた。現王であるエアドヘルム二世はルクサウレア教の進言を受けて、魔族の国に侵攻を開始。個人の戦闘力においては圧倒的な魔力量を誇る魔族に対して人間はかなり分が悪いが、聖戦と称したこの戦いでは団結力と兵数によって押し勝ち、エンリック王国の勝利で戦争は終結した。
戦時中エンリック側は総力戦の覚悟で戦争に臨み、官民一体となって戦っていた。ウィンステッド商会も例外でなく、オスリックのみならず、ケンワルドやウィスタンも物資の調達に駆け回る日々であった。そんな中一つの事件が明るみになる。
「当時、戦争の特需でかなりの売り上げが上がっていました。それをさらに伸ばそうとしたのか……兄は魔族側とも取引を行っていたのです」
魔族たちとの密会を行っているところを当局に踏み込まれケンワルドは捕縛された。エンリック王国では敵との内通は極刑と定められているが、軍事情報の漏洩の形跡が見つからなかったこと、内通が原因とみなされる不利な状況が起こらなかったこと、物資調達の功績の大きいウィンステッド商会の一族であることなどから極刑は免れ、国外追放刑に処された。戦後、戦勝の恩赦として国外追放は解除されたが、王都への入都は許されぬままであった。
「父オスリックは国外追放刑となった兄を廃嫡し勘当しました。その後商会では兄の所在を把握していません。今回の兄の訃報も私は今初めて聞いたのです」
メアウェンは傍らのセオルを見やる。セオルはうつむき表情をうかがうことはできなかった。
ここまでのセオルの表情はこれが原因だったのだ。彼の父は問題を起こし、商会を追放されている身であった。セオル自身が何かをしたわけではないとはいえ、追放者の子だ。この商会にセオルの居場所があるのか、あったとしてどのような扱いを受けるのか不安になっても無理はない。
「当時は多少話題にもなりましたのでこの話を知るものもそれなりにはいますが、身内の恥ではありますからあまり公言は控えるようにしているのです」
メアウェン自身戦時は前線にいたため、この話は初耳だった。だが、躍進目覚ましい新進の商会のスキャンダルだ。口さがない人々のうわさの的だっただろう。
「そういう事情があるので、私はあれ以来兄と顔を合わせていません。確かに兄の子はセオルという名前でしたし、彼には兄の面影を感じますが、それだけでは……。実はこの六年で何人も来ているのですよ、セオルと名乗る少年は。我々もすべてを受け入れるわけにはいかず確証がなければお引き取りいただいている次第なのです」
ウィスタンは何か身分を証明するものを出せと言っているようだ。話をうけてセオルが自分のカバンをあさり始める。盗賊に奪われたもののうち、セオルの私物は先ほど騎士団本営で返してもらっていた。キャラバンの品物などは仕分けが終わり次第返却されることになっている。
「これならどうでしょうか」
セオルが一つの指輪を取り出した。くすんだ銀で作られた指輪には太陽光と麦畑の紋章が刻まれている。それは目の前にいるウィスタンが指にはめている指輪と同じものだった。
「なるほど、それはウィンステッド商会の会章の指輪ですね。持つものをウィンステッドの一族だと示すものです。しかし……兄は」
ウィスタンの言葉の途中で部屋の外から声がかかる。
「ウィスタン様、オスリック様がお越しです」
「会長が? お通しして」
ウィスタンが招き入れると、扉が開き老年の男性が入ってきた。すでに髪は白髪となりその顔には深い皺が刻まれている。しかし背筋は伸び、その鋭い眼は周囲を威圧する光をたたえていた。
「お初にお目にかかります。私は当商会の会長を勤めているオスリック・ウィンステッドです」
オスリックがメアウェンに対して丁寧に礼をする。
「ご丁寧に痛み入る。私は傭兵騎士団のメアウェンだ。そしてこちらが」
「セオルです。お祖父様」
オスリックがセオルに向き直り、顔を近づけにらみつけるように眺める。
「なるほど、記憶にあるセオルによく似ているな。ケンワルドの面影もある」
「会長、こちらを。彼が所持していたものです」
ウィスタンはセオルが取り出した指輪を差し出した。受け取ったオスリックは眼鏡を取り出し、指輪を念入りに調べだした。ひとしきり調べた後、指輪をテーブルに置く。
「……本物か。そうか。何の用で来た。ケンワルドの使いか。あれはどうしている」
「会長、それが……」
ウィスタンが先ほど二人から聞いた話をオスリックに伝える。オスリックは無言で聞いていたが、表情は特に変わらなかった。
「そうか、事情はわかった。ウィスタン、部屋を用意してやれ」
オスリックは短く命じると足早に部屋から出ていった。
「会長が認められたなら、私からは何も言うことはありません。勘当されたはずの兄が指輪を持っていたことも何か理由があるのでしょう」
言ってウィスタンは立ち上がりセオルのもとへ歩み寄る。
「セオル、君はあの小さなセオルなんだな。つらかったろうにがんばったね。よく帰ってきてくれた。君を歓迎しよう」
セオルの頭を優しくなでつつウィスタンが続ける。
態度を変えたウィスタンにメアウェンは疑問を感じやや怪訝な表情で見やる。
「兄は父の教えをよく守り、仕事もこなしつつ家庭でも子煩悩な優秀な人でした。私にもとてもやさしく尊敬できる人物でした。私は兄とは仲が良かったのですよ」
振り返りながらウィスタンはメアウェンに向かって言う。
「そんな兄が残した忘れ形見です。本物なら拒絶する理由はありません。兄の替わりとまではいかないかもしれないが、私が責任をもって面倒を見ますよ」
兄弟仲は特に悪くはなかった。ケンワルドがなぜ裏切り行為を働いたのか、理由はわからないが、それをきっかけに二人の兄弟は離れ離れになってしまった。兄は不幸にも命を落とし、ここへ帰ることはかなわなかったが一人息子のセオルは帰ってきた。兄への嫌疑を晴らすこともできず見送るしかできなかった弟の後悔の念は兄の忘れ形見を助けることで晴らしていくのだろう。
「よかったな」
メアウェンはセオルに声をかける。これでセオルはウィンステッド商会で生きていけるだろう。
「……はい、はい」
涙声のセオルは肩を震わせながら答えたのだった。
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