第28話 見習いのウィル
第一部最終話です。
お話は第二部へ続きますが、その前に閑話が二話入ります。
「ウィル! まだか!」
メアウェン邸の玄関でメアウェンとリンがウィルを待っていた。
二人とも身支度を整え、出かける準備はできている。
「ごめん! おまたせ」
ウィルが二階から駆け下りてきた。焦って着替えたのかチュニックが肩からずれ落ちている。
「もう、ウィル。ちゃんとしないとだめじゃない」
リンがウィルの服をきれいに整えてやる。ふと、ウィルの顔を見ると口の端に食べカスが付いていた。リンは布をとりだし、ウィルの口元を拭ってやった。
「ほら、きれいになった」
「ありがと!」
二人のやりとりをメアウェンは微笑みながら見ていた。
「ふふ、朝から大騒ぎだな。よし、では行こうか」
今日はウィルとリン、二人の傭兵騎士団への入団日だ。
ウィンステッド商会襲撃事件から三か月がたっていた。事件の事後処理や入団試験などのせいで結構な時間が経ってしまった。
二人はまだ幼いため、正団員ではなく見習いとしての入団となる。見習い団員の入団は過去に例がなく、入団させるべきか、試験はどうするのか、それもまた入団が遅れた要因の一つになっていた。
議論が尽くされた末、見習い制度が整備され二人は試験が課された。試験といっても子供を対象としたものなので、大人の言うことがちゃんと聞けるか、健康状態は良好かといったもので、大人の入団試験とはまったく異なるものだ。
ウィルとリンは問題なく試験を合格し、晴れて今日、入団日を迎えたのだった。
「今日から傭兵騎士団かあ」
路地を歩きながらウィルが嬉しそうに言う。空は晴れ上がり温かい日差しが三人に降り注いでいた。
「まだ見習いなんだからね! ウィル調子に乗っちゃだめよ」
リンがウィルを嗜める。
「わかってるよ」
「心配していたが、緊張はなさそうだな」
メアウェンは騒ぐ子供たちに苦笑しながら呟いた。
路地を曲がるとベオルスリック大通りに出る。王都の中心街は今日も多くの人々が行き交っていた。
まだ朝は早いが大工たちがすでに仕事を始めている。三ヶ月前のベオルスリック大通りテロ事件で破壊された街並みはまた往時の姿を取り戻せていなかった。
剥がれた石畳はすでに補修されており、歩くのに支障はないが、焼け落ち、取り壊された建物は建て直されている最中であった。
「少しずつ元に戻ってきたね」
「うん」
ウィルとリンは大工たちの仕事ぶりを眺めている。
街の修繕の費用はウィンステッド商会が負担していた。ウィスタンの所業は取り調べと裁判によって明るみになり、読聞屋たちによってたちまち王都中に知れ渡った。
読聞屋は広場や酒場などで、文字の読めない民たちに布告の内容を詳しく解説したり、独自に手に入れた情報などを語り、民たちに情報を伝える業者たちだ。吟遊詩人と異なる点は取り扱う内容が英雄譚などではなく、王都で起こった事件や貴族や豪商たちのゴシップが主になるところだ。地方の町や村を巡回する読聞屋たちも存在し、情報を地方に拡散させる役目も担っている。
もっとも、話を盛り上げおひねりを稼ぐために嘘や誤情報を織り交ぜる者も多く、話の信憑性は怪しいものだったが、娯楽の少ない民たちにとってそんなことはどうでも良かった。
事件の後、読聞屋たちの喧伝によって、ウィスタンの行いは商会ぐるみのものとの誤情報が出回り、ウィンステッド商会に対しての厳しい批判が王都を席巻した。
オスリックは商会を守るため謝罪を表明し、あくまでウィスタンの独断であったことを民たちに訴えた。ただ、親として罪を犯した子の責任を取りたいと、私財から街の修繕費用の負担と被害遺族に対して見舞金の提供を申し出た。もちろん、商会が得たこれまでの公金からの売上を国庫に返却したうえでのことである。
この対応が功をなし、批判は次第に鳴りを潜めていった。オスリックの私財は底を突いてしまったが、ウィンステッド商会はなんとか存続することができたのだ。
ウィスタンがすでにこの世にいないことも、人々が溜飲をさげた要因の一つだった。謀によって多くの人の人生を壊し、命を奪った罪は自らの命を差し出す以外に許される道はなかった。
「フローラが言っていたのだけど、難民街も修繕がすすんでいるみたいよ」
「へえ、そうなんだ!」
あれから、リンとフローラは仲良くなり頻繁に遊びに出かけているようだった。年の近いの女の子同士、話も合うのだろう。どんな話をしているのか気になったが、多分自分とセオルにとっては聞かないほうがいい話だろうなとウィルは考えている。
あまり王都の人々には知られていないことだったが、難民街の復興にもウィンステッド商会が関わっていた。難民街は王都の外にあるので、公金による修繕は行われず放置される運命にあった。オスリックは新たに薬草畑のプランテーションを増やすため、王城から金を借り入れた。それを元手に難民街の魔族たちを雇い入れ、畑の開墾に従事させたのだ。そして、従業員の生活を守るためという名目で難民街の建物の立て直しを行っていた。以前はあばら家ばかりだった場所も、小さいがきちんとした家が建ち始めている。
突然需要が大きくなり、人手不足に慌てた大工たちも見習いとして魔族を雇い入れるようなこともあり、難民街の住民たちの生活は次第に良くなってきているようだ。
新しい薬草畑は開墾中だが、実験的に魔族たちを農夫として使った畑ではかなり質の良い薬草が収穫された。魔族たちから漏れ出す魔力を薬草が吸収しているのだろうか、と仮説が立てられているが、それはこれからの検証で明らかになるはずだ。いずれにせよ、その薬草から作られるポーションも上質のものになることが約束されており、ウィンステッド商会にあらたな高級ポーションの商品が誕生しそうだ。
「リン?」
ウィルが立ち止まってある建物を眺めているリンに声をかける。
リンが見ていたのは、憧れのスウェテセルト菓子店だった。テロ事件によって被害を受け、建物が全焼したスウェテセルト菓子店は、店の建て替えが終わるまで営業停止を余儀なくされた。結局、今にいたるまで、甘い菓子はリンの口には入っていない。
新しい建物は八割ほどできあがっており、営業再開までもう少しというところだ。その日を夢見るリンは店が建て直されていくところを、この三ヶ月よく見に来ていた。
「リン! 行くよー」
付いてこないリンにウィルが声をかける。我に返ったリンはメアウェンとリンを走って追いかけた。
「そういえばメア、あの人はどうなったの? テロリストのでっかい人」
「ああ、ガルムか。奴はいま聖騎士団が取り調べを行っているな」
一行はルセアル大聖堂の前まで来ていた。大聖堂の警備についている聖騎士が槍を立て、立っているのが目に入る。
ポーションで治療されたガルムは傭兵騎士団に連行された。取り調べにより新たにわかった事実は、テロリストの構成員はもう残ってはいないこと、ガルムが魔族のフリオニン族の族長であること、そして逃げたもう一人の男はアウグスといい、ラティオナル族の族長家の子息であるということだ。
もちろん、ガルムが簡単に口を割るはずもなく取り調べは難航した。しかし、ポーションによって多少の傷なら直せてしまうこの世界では、情報を吐かせる方法も多岐にわたる。長時間にわたる苦痛にさしものガルムも折れ、一つ、また一つと情報を漏らしていった。
事件のあらましや背後関係などの確認が済み、ガルムを裁判にかけようとした時、また聖騎士団から容疑者引き渡しの要請が入った。メアウェンたちはガルムから得た情報を聖騎士団に渡したが、聖騎士団はそれでも要請を取り下げなかったため、ガルムは聖騎士団に移送された。
今回はカエレンのときのような奪還の襲撃もなく、ガルムの証言どおりテロリストたちはもう残っていないことが予想されている。
今、ガルムは聖騎士団本営に勾留され、取り調べを受けている。ほとんどの情報は吐かせたはずだが、それ以上に聖騎士団は何かを知ろうとしているようだ。メアウェンには思い当たる節もなく、聖騎士団の行動には疑問が残るばかりだった。
いずれにしろ、取り調べが終わった後は裁判になり、罪の重さが計られるはずだ。そして科される罰は彼にとって優しいものにはならないだろう。
「さあ、着いたぞ」
一行は傭兵騎士団の本営にたどり着いていた。ウィルとリンは真剣な表情をしている。いよいよというところで緊張が高まってきたようだ。
「そう堅くなるな。ここには何度もきているだろう」
メアウェンが苦笑しながら言う。ウィルとリンは無言でこくこくと頷くばかりだった。
「よう、よく来たな」
門の内側から声をかけてくる人物がいる。
その大きな体は副団長アルドのものに違いない。
その傍らにはフェイとガーの姿もあった。ウィルとリンが初めて出会った傭兵騎士団の面子が揃っていた。
「出迎えに来てくれたのか」
驚いたメアウェンが言う。
「未来の新しい仲間のご到着だからな」
フェイが進み出てリンに声をかける。
「リン、あたしの教えは厳しいよ? ちゃんとやれるかい?」
フェイの言葉に直立不動になったリンが「はい!」と大きな声で答える。
「いい子だね」
フェイがリンの頭を撫でた。
メアウェンが子供たちの肩を抱き、話しかける。
「今日からここが君たちの職場だ。子供だからって甘やかしたりはしないぞ? 二人ともここで大いに学ぶといい」
「「はい!」」
ウィルとリンの元気な声が響く。
「俺、この街に来て色んな経験をしてたくさんのことを知った。でも、まだわからないことだらけだ。魔族のこと、この国の人たちのこと、そして自分の力のこと。これからたくさん勉強して自分に何ができるか考えたい。だから、俺に色々教えてください! これからよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
ウィルの挨拶にリンが続く。
「おう、まかせとけ、よろしくな」
「しっかりがんばりな」
「よろしくな、ウィル、リン」
頼もしい大人たちがウィルたちを受け入れてくれる。
「さあ、本館に行こう」
メアウェンが二人の背を押し、一行は本館に向かって歩いていった。
これにて第一部完結です!
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次話から、閑話としてのお話が二話続き、その後第二部が開幕します。
ウィルたちのお話はまだまだ続きます。
引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いします。
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