第25話 アウグスの能力(ちから)
アウグスから生まれた光珠が彼の周りをゆっくりと旋回する。発光する珠は内部に魔力がうずまき、漏れ出した魔力が彗星のように尾をひいていた。
「それがあなたの能力ね」
ヴェトスの族長家の特長を知っているのか、特に驚いた様子もなくネクサは言った。
「でも、この狭い廊下でうまく動かせるのかしら?」
その言葉の終わりを待たず、アウグスは光珠を打ち放つ。光珠は独特な動きでネクサと黒装束の男に向かって突き進んだ。
ある程度まで進むとピタリと止まり、光を放つ。一人につき四本の光条が襲いかかる。ネクサは右にステップを踏むと、黒装束の男の影に身を隠した。後ろから服を捕まれ動けなかった男は体に四本の光の筋が突き刺さり、絶命する。残りの四本はネクサが元いた場所を虚しく撃ち抜いた。
ネクサはそのまま男の死体を盾に使い、男の影に隠れたまま前進する。光珠のうち半分が攻撃を続け、残り半分はネクサの後ろに回り込む。遮るもののない背後からの攻撃にネクサは男の死体を手放し、後転して光珠のさらに後ろに移動する。立ち上がると同時に剣を振るい、横並びに浮いていた光珠を破壊する。
ネクサは強化盾魔法を発動し、残り四つの光珠の攻撃から身を守る。
「やっぱり、室内との相性は悪いみたいね」
アウグスの光珠は広い屋外で使ってこそ真価を発揮する。光珠をそれぞれ独自に動かし、様々な方向から魔法を放つのだ。前後左右高低織り交ぜた攻撃に常人は対応できず、対人戦では無類の強さを誇る。しかし、この狭い廊下では光珠を分散配置させることができない。空間がないためまとめて複数を配置せざるを得ず、ネクサには一気にまとめて撃破されてしまった。
「ひょっとして弾切れもあるのかしら」
四つの光珠は最初の頃より小さくなってきていた。魔法を放つごとに大きさが小さくなるようだ。消えてしまっても補充はできそうだが隙は生まれる。
光珠はネクサに魔法を浴びせ続けた。しかし、強化された盾魔法はそのことごとくを跳ね返していた。跳弾によって壁や床がぼろぼろになっていく。魔法を撃ち続けた光珠はみるみる小さくなりついには消えてしまった。
「さあ、反撃の時間よ」
ネクサは盾魔法を解除し、魔力の集中を始める。選択したのは直進性の高い魔力氷矢だ。
「そう焦るものではない」
しかし、アウグスは動じず新たな光珠を生み出した。八つの光珠がアウグスの前面に展開される。今度は個別攻撃に移らず円形に並ぶ。八つ同時に光珠が光を放つと、円形の中心に九つ目の光が現れた。魔力の高まりに合わせて中心の光が大きくなっていく。光が円形の内周まで達すると極太のビーム状の魔力の奔流をネクサに向かって放出した。
「なに!?」
ネクサは驚いて目を見開き、魔力氷矢を取りやめて盾魔法の形成へ切り替える。魔力の奔流がネクサに迫る。高位の盾魔法は間に合わない、そう判断したネクサは最低限の盾魔法を発動させた。魔力膜の展開が終わると同時に魔力の奔流が着弾する。ネクサは腕に魔力を纏い顔の前で交差させる。
「あああああああああ!」
ネクサの上半身を包み込むほどの太さの魔力流が強力な圧力をもってネクサを打ちのめす。盾魔法は砕け散り、ネクサに魔力流が直撃する。
ネクサを飲み込み、通り過ぎた魔力の奔流は廊下の突き当たりの壁に大きな穴を開けた。
「ぐぅう……」
光の中から現れたネクサは右手をだらりと下げ、苦しそうに息をしている。身につけている服はあちこちが裂け、額から血が垂れていた。
「さ……さすがにそんなに……甘くないわね」
ネクサはさらなる追撃を警戒し、強化盾魔法を展開する。しかし、先程の威力を見る限りこれでも防ぎきれるかは怪しいものだった。
「アウグス・ラティオナル=ヴェトス。やるじゃない、ラティオナル族の御曹司」
(私の名前を知っている? この女、何者だ)
「いいわ、私も本気で相手をしてあげる」
ネクサの体から魔力が噴出する。裂けた服の隙間から紋様が垣間見える。
「やはりお前もヴェトスか!」
アウグスは再び魔力流を放つべく、光珠を活性化させる。狙いをつけた次の瞬間、ネクサの姿が掻き消えた。
「そうよ。しかも、特別な」
アウグスの耳元でネクサが囁く。肩に手を置かれる感触があり、髪には吐息がかかった。
「!」
恐怖を感じ、とっさに背後に腕を振り払うが、ネクサの姿はない。戸惑ったアウグスの右腿に激痛が走った。見下ろすと血で濡れた赤い刀身が腿から突き出している。
「ぐぅぁあ!」
腿から剣が引き抜かれると、アウグスの腰に衝撃が走る。後ろから蹴り倒され、アウグスは前に向かって倒れ込んだ。
「痛かった?」
アウグスが顔を上げると革で作られた女性用の靴が目に入った。
「い……ま、後ろにいた……はず」
「不思議でしょ?」
魔法による効果には間違いないが、このような瞬時に移動する魔法などアウグスは聞いたことがなかった。
アウグスは伏せたまま右手の剣を目の前の足に向かって振り回す。しかし、ネクサは垂直に飛び上がり、剣を避けた。その隙に右足の痛みを無視して無事な左足で無理やり立ち上がる。そのままネクサにタックルを仕掛けるがまたしてもネクサの姿は掻き消えた。
勢い余ってアウグスはまたも転倒する。その衝撃に右足に鋭い痛みが走る。
「ぐっ」
上体を起こし振り向いたアウグスは、少し向こうにネクサが佇んでいるのを見る。光珠の狙いをネクサにつけたままアウグスは側の壁に背をもたれかけた。持っていたポーションを取り出し右腿に振りかける。傷口がポーションに浸されると痛みが少し和らいだ。
ポーションによる治療が終わると、アウグスは立ち上がる。傷口は塞がったようだが内部の筋繊維はまだ断裂したままだ。内部まで修復されるにはまだしばらく時間がかかるだろうが、敵が目の前にいる状況でそこまで待ってもらえる訳もない。
「お前は、族長家の者なのか」
「……教えてあげない」
ネクサの姿がまた掻き消える。それを見たアウグスは前方に向かって体を投げ出した。前転し振り返ると、自分が元いた壁に向かってネクサが剣を叩きつけるのが見えた。
攻撃が失敗したことに気がついたネクサは再び姿を消す。アウグスもまた位置を移動させる。ネクサが姿を現すのに合わせて、自分が元いた場所に魔法を打ち込む。しかし、ネクサは予想していたのか一瞬姿を見せたあとすぐにまた姿を消し、アウグスの魔法攻撃は空振りに終わる。
アウグスは背後を取られないように壁に背をつけ、廊下の左右を見渡す。しかし、ネクサの姿はない。
「……逃げたのか」
アウグスがそう口にした瞬間、アウグスが背をつけていた壁が爆発した。爆風に吹き飛ばされ、反対の壁にアウグスは叩きつけられる。
アウグスが苦悶に喘いでいると、壁の穴からネクサが現れた。
「はあ、やっと捕まえたわ」
瓦礫をまたぎアウグスを見下ろすように立つネクサ。爆発に巻き込まれたのか、アウグスの光珠は見当たらなかった。
「これで終わりね」
ネクサがアウグスを仰向けにひっくり返す。ネクサの目に入ったのは高濃度の魔力が溜められたアウグスの輝く右手だった。アウグスの右手を囲むように光珠が回っている。
「終わるのは貴様だ!」
アウグスが火球魔法を放つ。火球は二人の間で炸裂し、破壊の光が二人に襲いかかる。アウグスは身を守ろうと光珠を引き寄せ、簡易の盾にした。爆発の力は先程のアウグスの魔法攻撃でボロボロにされていた壁と床にも及び、メキメキと破壊していく。床は二人を支える力を失い、崩れ落ちる。アウグスとネクサは崩壊に巻き込まれ、階下に落下していった。
◇
オスリックは二人が出ていった扉を呆然と見ていた。
ケンワルドはウィスタンに陥れられていた。あの、ネクサという女と共謀し魔族との取引をでっち上げていたのだ。
戦時中に敵方である魔族との取引の容疑をかけられたケンワルドは、当局の取り調べに否認していた。ケンワルドは正しかった。あいつは取引相手が魔族だとは知らなかったのだ。
ケンワルドに判決が下った時、商売で培った伝手を活用し減刑を願い出た。嘆願は受け入れられケンワルドの処刑は回避された。オスリックは息子の命が助かったことに安堵したが、それはオスリック自身もケンワルドの罪を受け入れたことの証左だった。
なぜ、信じてやれなかったのか。オスリックの胸に重い後悔の念がのしかかる。
実の親にも信じてもらえず、ケンワルドは無念を抱え王都を去ったのだろう。しかし、ケンワルドは息子のセオルに恨み言を伝えることもなく、正しさを持つ人間に育てていた。
――セオル。そうだ、あの女はオスリックの命を狙った理由をセオルの受け入れだと言っていた。商会を手に入れるには、オスリックの命を狙う以外にもう一つ方法がある。セオル自身を害することだ。真実を知った今、セオルがいなくなってもウィスタンに商会を渡す気はないが、ウィスタンが二人とも殺害する計画をたてている可能性もある。
「セオル……」
オスリックは肩の痛みに呻きつつ立ち上がる。戸棚から瓶入りのポーションを取り出し肩に振りかける。まだ肩はうまく動かせないが、出血は止まった。
戦闘音が聞こえていた廊下で大きな爆発音が鳴り、驚いたオスリックは再び倒れ込む。
「外は……どうなっているのだ」
オスリックは立ち上がり、開いたままの扉から廊下の様子を伺う。廊下には二人の黒装束が倒れていたが、ネクサと乱入してきた男の姿はなかった。
「セオル……無事でいてくれ」
オスリックは安全を確かめ廊下を進んでいった。
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