第24話 因縁の決着
ガルムは大きく後ろに飛び、メアウェンの斬撃は空を切った。
追いすがろうとするメアウェンに、ガルムは左手のひらを突き出し止まるように求める。
メアウェンは訝しげな表情で歩みを止めた。
「ふふふ、やる気十分ではないか。嬉しいぞ、傭兵騎士団のメアウェン! 我が名はガルム・フリオニン=ヴェトス! 偉大なるフリオニン族の族長である! さあ! 貴様も名乗るのだ。決闘は互いの名乗りから始めるものぞ!」
興奮し、大声で叫ぶガルムを見てげんなりとしたメアウェンは、一度剣を下げガルムを鋭く見据える。
「勘違いするな。これは決闘ではなく取り締まりだ」
「つれないではないか。これは我らの決着をつける戦いだぞ」
メアウェンは、はあ、と一つため息をつく。ガルムは名乗りがどうしても欲しいようだ。
「……いいだろう。私はエンリック王国傭兵騎士団団長メアウェン・ハースウィン。王都を騒がすお前たちを取り押さえるために来た。大人しく縄につけ、ガルム!」
「はぁーっはっはっは! そうこなくてはな! いくぞ! メアウェン・ハースウィン!」
二人はまったく同時に走り出す。上段から振り下ろしたメアウェンの剣と、ガルムの手甲と一体化した拳鍔が吸い込まれるようにぶつかり合う。
大きな音を鳴らし火花が飛び散った。剣と拳は二人の強力な膂力がぶつかりあう反発力で大きく弾かれる。しかし、メアウェンは反動を無理やり抑え込み、再び上段から唐竹割りのごとく叩きつけた。なんとか反応できたガルムは手甲をつけた右腕を持ち上げ、メアウェンの剣を受け止める。メアウェンの斬撃の威力に押され、ガルムの体が数センチ後ろに押し戻された。
「ぬぅあッ!」
ガルムが右手を振り払い、メアウェンを押し返す。メアウェンは数歩後ろに跳び、剣を中段に構える。
「やはり強い!」
ガルムが笑みを浮かべながら言う。ガルムの手甲には以前メアウェンにつけられた傷と交差するように、新たな傷がつけられていた。
ガルムは気合を入れると右腕に魔力を集中させる。ガルムの気合に呼応するように、手甲を包む巨大な拳のような魔力塊が形成された。
「わが力、受けきってみよ! メアウェン!」
ガルムが大きく右手を振りかぶり、メアウェンに叩きつける。しかし、メアウェンは右手にステップし、魔力拳をひらりと躱す。
「そのようなものをわざわざ正面から受け止めるやつがいるか、馬鹿者」
ガルムはメアウェンに向かって右腕を薙ぎ払う。メアウェンはくるりと回転し、ガルムの懐に入り込むと、回転の力を活かして左肘をガルムの鎖骨に打ち付けた。ドンッという肉を打つ音とともに、ガルムの右膝が地面に落ちる。一瞬の間の後、ガルムの両腕が至近にいるメアウェンを抱き込み持ち上げた。立ち上がり、鯖折りの要領でメアウェンを締め上げる。
「うぅ、あ、あ」
メアウェンの喉から声ならぬ声が漏れる。メアウェンは足を後ろに大きく引くと、ガルムのみぞおちに膝を叩き込む。しかし、宙に浮いた状態ではうまく力が入らず、ガルムはびくともしなかった。
「このまま真っ二つにしてくれるわ!」
ミシミシと骨が軋む音がメアウェンの耳に聞こえる。メアウェンは右手の剣の柄頭をガルムの眉間めがけて振り下ろした。瞬間、ガルムの力がゆるんだ隙を捉えて、メアウェンは両膝を持ち上げ、自分とガルムの胸板の間に差し込んだ。そのままガルムの体を蹴るように力を込め、両腕の拘束を抜け出す。
蹴られたガルムは後ろに大きくよろけたが、メアウェンも受け身を取れず背中を地面に打ち付けた。
「く」
両者は態勢を整えると再び向き合う。ガルムの右腕を包む魔力拳がゆらゆらと揺れる。
メアウェンも愛刀に魔力を込め強化する。メアウェンの剣が淡い光に包まれ、薄緑色に輝いた。
二人はまたもや走り寄ると剣戟を繰り広げる。メアウェンの足首を狙った斬撃は飛んで躱され、ガルムの拳打はメアウェンを捉えられず空を切る。
お互いが致命傷を与えられぬ中で、攻撃の応酬は速度をどんどん増していった。
もはや、一般人の目には追えないほどの速度となった時、少しずつ赤いものが見え始めた。メアウェンの剣がガルムを捉え始め、小さな傷ができていたのだ。次第にガルムの体は傷口から流れ出た血液で赤く染まっていく。
メアウェンは左下段に剣を構えると、両手で柄を握り裂帛の気合とともに左薙ぎを放つ。ガルムも同時に渾身の力を込めた拳打を打ち出した。
再び、剣と拳が激突する。二人の魔力を帯びた武器は接触と同時に閃光を放ち、反発力による強烈な力が周囲に溢れ出す。
「ぬぅぅううううう!」
「おぉおおおおおお!」
漏れ出す力によって、二人の周囲の石畳ががたがたと揺れる。両者とも一歩も引かず、自らの武器を相手に叩きつけるべく、力を込め続けた。
永遠に続くかと思われた力の均衡は、わずかにメアウェンが押し込み始める。剣と拳の間で圧縮され続けた力が、その瞬間一気にガルムに向かって流れ出した。
メアウェンは剣を振りきり、ガルムは大きく弾かれる。そして、ガルムの手甲はメアウェンにつけられていた傷から亀裂が入り、ついにはバラバラに砕け散った。
「っはあ、はあ」
膝立ちになり、肩で大きく息をするガルム。全身が小さな傷で覆われ、服の色は真っ赤に変わっていた。
「力比べは私に軍配が上がったようだな」
メアウェンが剣を突きつける。
「メアウェン……、メアウェンか。思い出したぞ、貴様の名を。先の戦争で我がヴェトス国の先王ガリエヌス陛下を討ち取り、王国最強と言われた女戦士。貴様があのメアウェンか」
「さあな、今の私はただの騎士団長だ」
「そうか、そうであるならば通常状態で倒せるはずもない。我の本当の力、見せてやらねばなるまい!」
ガルムは立ち上がると、魔力を練り始める。だんだんと魔力は膨れ上がり、ガルムの周囲を竜巻のように周りだした。魔力の竜巻に巻き込まれ、周囲の小石やごみが共にぐるぐると周りだす。竜巻の内部が見えづらくなってきた頃、その中央に人型に紋様が光った。次第に竜巻の大きさが小さくなってくる。集められたごみは上空に巻き上げられ見えなくなっていた。
魔力の渦がガルムに吸収されていく。全てが終わると、黒い粉のようなものを体にまとわりつかせたガルムが姿を現した。
「見よ! これが族長家の力である!」
黒い粉はガルムの体に沿い、自ら忙しなく動き回っている。メアウェンがこれまで見たことのある魔族=ヴェトスの覚醒とは異なるものだった。
一般的なヴェトスと族長家に属するヴェトスでは明確に異なるものがある。それは、族長家に属するヴェトスは覚醒後に特殊な能力を持つ、というものだ。一般的なヴェトスの覚醒は魔力の増強と紋様の発現のみだが、族長家の場合はそれに加えて特殊な力を発動する。
神々によって生み出されたヴェトスは六つの部族に分かれていた。それはそのまま六柱の神々に作られたことを意味している。族長家のヴェトスのみが名乗る家名は自分たちを生み出した神の名前であり、ガルム・フリオニン=ヴェトスはフリオン神によって作られたフリオニン族の族長だった。
族長家は神によって生み出された際に最初に生まれた一族で、神の力を強く受け継ぐとされている。彼らは神の力でより多い魔力を持ち、余剰分が特殊能力として発現すると考えられていた。
(なんだ、あの黒いものは)
姿を変えたガルムにメアウェンが警戒の眼差しを送る。なにかギミックがありそうだが見た目からはそれがなにかはわからない。
先手を取られるとまずそうだ、と考えたメアウェンは剣を構えガルムに斬りかかる。ガルムは腕を交差させ、顔の前に掲げて防御の姿勢を取った。魔力をまとったメアウェンの剣がガルムの両腕めがけて疾走る。両断されるかに思えたガルムの両腕はしかし、メアウェンの剣をしっかりと受け止めた。
「何!?」
ガルムの両腕が真っ黒に染まっているのがメアウェンの目に映る。ガルムの体表にまとわりついていた黒い粉が両腕に集まり、完全に覆い尽くしているようだった。
「これが我の力よ!」
ガルムが気合と共に魔力を放出すると、メアウェンは後ろに跳ね飛ばされた。空中で一回転し着地したメアウェンはガルムを睨みつける。
「知っておるか? 鉄というものはこの世界のあまねく全ての場所に存在しているのだ。それを集めて攻防一体の鎧となす。生半可な斬撃では我を斬ることは叶わぬぞ!」
どうやら、ガルムの体を覆うのは砂鉄の類であるらしい。体表を自由に移動させ強化したい場所に集めるようだ。
(さて、どうしたものか)
メアウェンがどう切り崩すか考えていると、ガルムが叫んだ。
「いくぞ! メアウェン!」
ガルムが左肩を突き出し体当たりの構えを見せた。黒い粉はガルムの前面に移動し集まっている。強化された脚力を使い、爆発したようにガルムは飛び出した。
メアウェンは紙一重のタイミングでガルムの突撃を回避するが、そのあまりの速さで生まれた衝撃波をくらい、大きく煽られる。
ガルムはメアウェンの背後にあった建物に突っ込み、壁に大穴を開けていた。
瓦礫の中からガルムが姿を表す。特に壁にぶつかったダメージは見られない。
ガルムは再度メアウェンを捉えると、高く上空に飛び上がった。黒い粉はガルムの右拳に集まり一回り大きくなったガルムの拳は、メアウェンの位置めがけて振り下ろされる。メアウェンはなんと後ろに跳んで直撃を回避。ガルムが着地するとともに轟音が鳴り響き、めくれ上がった石畳が宙を舞う。ガルムを中心に道は陥没し石畳の下にあった土がむき出しになっていた。
「どうした、メアウェン。逃げてばかりでは我は倒せぬぞ」
地面から立ち上がりガルムが言う。すでに勝利を確信しているかのような表情だ。
「そうか、随分と頑丈になったようだな」
しかし、メアウェンに慌てた様子はなかった。
「傭兵騎士団は戦闘行為も行うが、罪を犯した犯人を捕らえるのが主任務でな。相手を殺してしまうことはなるべく避けるようにしている。事件の全容を解明するには当人の証言が不可欠だからな」
メアウェンは冷静な口調で話しながら、愛刀を両手で握り締め高く掲げる。
「この技は傭兵騎士団についてからは使いにくい技になってしまったんだ。相手を殺すわけにはいかんからな」
メアウェンの剣の刀身に魔力が集まる。魔力は光の刀身を形成し、時を追うごとに大きくなっていった。
「だが、今のお前なら大丈夫そうだ」
メアウェンの周りを溢れた魔力が渦巻く。その勢いにメアウェンの赤髪が大きくたなびく。今や光の刀身は巨大な刃と化し、その頂点は周囲の建物よりも高い位置にある。
「死ぬなよ」
メアウェンはガルムに向かって巨大な光の刃を振り下ろした。ガルムの横幅よりも厚みのある光の塊がガルムに迫る。ガルムはなんとか抵抗しようと上半身に砂鉄を集合させるが、全く歯が立たず一瞬で光の刃に飲み込まれた。
雷が一度に何度も落ちたかのようなとてつもない轟音とともに、石畳の道が爆発したかのように土煙を上げる。周囲の建物の壁は衝撃を浴び次々と亀裂が走っていく。高級なガラスがはめられた窓は全て粉々に砕けていった。
メアウェンが魔力の集中を解除すると、刀身が霧散し急遽生まれた空隙を埋めようと周囲の空気がなだれ込んだ。その影響で暴風が吹き荒れる。風に吹き飛ばされ土煙が晴れると、そこに現れたのは完全に石畳が吹き飛びむき出しになった土の道、いや、その土もえぐれ、堀のようになったかつての道であった。
メアウェンが堀を覗き込むとその底で横たわるガルムを見つけた。堀の中に降り、生死を確認する。
まだ息があるようだ。
「かひゅ、ごぽ」
内臓をやられたのか口から血を吐き、その自らの血で溺れそうになっている。メアウェンは足で仰向けのガルムをひっくり返すと、口に溜まった血を吐かせた。そして、首の付け根に魔封じの魔法具を装着する。
「これくらいならポーションで治るな。本当に頑丈なやつだ」
メアウェンは堀を覗き込んでいた騎士団員に合図し、ガルムの手当をさせた。自らは堀の上に登り、他のテロリストたちの様子を見る。
今のメアウェンの技を見たせいか、すでに抵抗をしている者はいないようだ。
「被害状況を知らせろ。逮捕者の名簿を作るのを忘れるなよ」
アルドが団員たちに指示を出している。団員たちはテロリストを縛り上げ一か所に集めていた。
メアウェンがウィンステッド商会の建物を見上げると、戦闘のような光が窓から見えた。
「商会内に侵入した者がいたのか!」
メアウェンは商会の建物の入口に向かった。
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