第23話 ウィスタンの謀略
二階の廊下は絨毯が敷かれていた。子供二人の足音は完全に吸収され全く音を立てない。
ウィルとリンは外の戦いの音を聞きながら、セオルがいるであろう部屋を目指して進んでいた。
シルフが運んできたセオルの声は上の方から聞こえてきていた。おそらくセオルは三階にいる、そう考えた二人はまずは上に登るための階段を探していた。
今のところ建物内では戦闘は起こっていない。傭兵騎士団の到着で敵は建物まで入れていなさそうだった。
廊下の角を曲がるとその先に階段が見える。一階に降りる下り階段と、三階に登る上り階段があった。
「リン、あれだ!」
ウィルはリンを促し階段に駆け寄る。もう少しで階段にたどり着くというところで、一階から何者かが登ってくる足音が聞こえた。
「隠れて!」
二人は廊下に置いてある台の物陰に身を隠した。台の上には花瓶が置かれ花が生けられている。
どたどたと、足音を立てて数人の男女が階段を登ってきたのが見えた。全員が黒い衣装を身に着けている。それは表にいるテロリストたちのものとも、傭兵騎士団のものとも異なる衣装だった。
(こっちに来るな。こっちに来るな)
ウィルの願いが通じたのか、黒装束の一団はさらに階段を上り三階へ向かっていった。
「行ったみたいだ」
「商会の人なのかな」
リンが不思議そうに彼らが登っていった階段を見つめている。商会の人間があんな忍ぶような服を着ているだろうか。それに武器を持っていたように見えた。
「とにかく、三階へ行こう」
頷き合った二人は慎重に階段へ向かった。
ウィルたちは三階の廊下から見られないように這うように階段を登る。最上段から様子を伺うようにそっと頭をのぞかせると、廊下の先で先程の黒装束の一団が何者かと戦っているのが見えた。
怒声と金属のぶつかる音が廊下に響く。
「戦ってる……」
と、ウィルたちへ向かって魔法が飛んできた。
「危ない!」
ウィルがリンの頭を抱えるようにして、少し下の段までずり下がる。魔法は二人の頭上を通り過ぎ、踊り場の壁に当たって黒い焦げを残した。
危ないところだった。あんなものが当たったら大怪我は免れない。目を見開いて被害を受けた壁を見つめた二人は冷や汗を垂らす。
もう一度慎重に三階を覗き込むが戦闘はまだ続いていた。
幸いにもセオルがいる部屋とは異なる方向の廊下だ。二人は目を合わせると頷き、物音を立てないようにこっそりと、戦闘が行われている廊下とは別の廊下に進んだ。
二人は慎重に、しかしなるべく急いで廊下を進む。三階の廊下には絨毯は敷かれておらず、板張りのままになっている。二人の歩みに合わせて足音がトントンと鳴る。誰かに見つかりはしないか、気が気ではなかった。
いくつかの扉の前を通り過ぎ、一つの扉の前で足を止めた。
「たぶんここだ」
ウィルが扉を叩く。部屋の中から「誰!」と鋭い声がした。
「セオル! 俺だよ。ウィルだよ」
ばたばたと部屋の中で音がしたかと思うと、扉が開いた。
「ウィル! それにリンも! どうしてここに?」
セオルが姿を見せる。後ろからフローラも覗き込むように顔を出した。二人とも怪我はなさそうだ。
「助けに来たんだ。ウィンステッド商会が危ないって聞いて」
「そんな……。と、とにかく中へ入って」
セオルは二人を招き入れ、扉に鍵をかけた。
「それで、どうやってここに? 今、外で何が起こっているの?」
状況がわからないセオルは情報を欲していた。落ち着く間もなくウィルたちに質問してきた。
「とにかく、二人とも無事でよかった。今外では――」
ウィルがセオルとフローラに状況を説明する。聞かされたセオルとフローラは青ざめた顔をしている。
「それで、さっき廊下でも戦っている人たちがいたんだ。全身黒ずくめの人たち、セオルは知ってる?」
「いや、商会では見たことないよ」
「私も見てないよ」
あの黒装束の集団は商会の人たちではないらしい。だったら誰なんだろう、ウィルとリンの疑問は解消されなかった。
「でも、外では戦闘が起こってるんでしょ? 二人ともどうやって来たの?」
フローラはここまでたどり着いた経緯が気になったようだ。
「そう! リンが精霊を召喚してくれたんだ!」
リンの精霊召喚を思い出したウィルが叫ぶ。
「え、大丈夫だったの?」
ウンディーネ召喚を覚えていたフローラは心配そうにしている。
「全然大丈夫だよ! ここまで来れたのもリンがシルフに二人の居場所を聞いてくれたからなんだ! リンは完全に精霊を使いこなしてる。俺、嬉しくって思わずリンに抱……き……」
「抱、き?」
興奮して喋っていたウィルが途中でトーンダウンしていく。だんだん俯いていくウィルの耳は真っ赤になっていた。
セオルがリンの方を見ると、いつの間にか壁際まで移動し、誰もいないカーテンを見つめていた。
フローラは妙に離れている二人を見て不思議そうな顔をしている。
「と、とにかく、精霊召喚はうまく行ったんだね。よかった」
何かを察したのかセオルが話を進めだす。
「これからどうしよう。せっかく二人に来てもらったけど、建物内でも戦闘が起こっているならここも危ないかもしれない」
「ここから脱出しよう。このままここにいたら誰か入ってくるかもしれない」
立ち直ったウィルが皆に向かって言う。
「そうだね。味方してくれる人ならいいけれど、そうじゃなければ何が起こるかわからない。脱出して傭兵騎士団に保護してもらおう」
セオルは賛同し、残りの二人に確認の視線を送る。
「そうね。そのために来たようなものだし」
「私もそのほうがいいと思う」
リンとフローラも賛成のようだ。
「じゃあ、いこう!」
ウィルの掛け声に三人は頷いた。
◇
外からの爆発音が続いている。
オスリックは椅子に腰掛け、様子を見に行かせた使用人の帰りを待っていた。
何が起こっているのか、音からすると商会の近辺で戦闘が起こっていることは間違いないが、オスリックの部屋の窓からは戦いは見えなかった。
使用人が中々帰って来ないため、しびれを切らしたオスリックは自ら確認しにいくべく、椅子から立ち上がる。
ちょうどその時、扉がノックされた。
「戻ったか! 早く入れ」
扉がゆっくりと開く。そこに立っていたのはオスリック付きの使用人ではなかった。
「オスリック様、ご無事で」
銀髪の女性使用人が頭を深々と下げる。
「お前は、ウィスタンの」
ネクサは頭を上げると、後ろ手に扉を閉めた。
「ネクサと申します。オスリック様。ウィスタン様の秘書をしております」
爆発音が断続的に鳴る。しかし、そんなものは聞こえていないかのように、静かにネクサは名乗った。その表情はにこやかな微笑みをたたえていた。
そして、彼女はゆらりと長剣を取り出す。
「な、なんのつもりだ」
ネクサは答えず、長剣を構えた。間を置かず、ネクサは突きを繰り出す。迫りくる殺意から逃れようとオスリックは体をひねる。
ネクサは一瞬のうちにオスリックに肉薄し、その切っ先はオスリックの左肩に突き刺さった。
「ぬぅうう」
痛みに思わずオスリックの口から声が漏れる。
「あら、機敏なおじい様。一撃で済ませてあげようと思ったのに、ずれちゃったじゃない」
「き、貴様は……。なぜ、こんな……ことをする」
痛みに苦しみながらオスリックはネクサを睨みつける。
「言ったでしょ。ウィスタンの秘書だって」
ネクサはオスリックの胸に足をかけ、ゆっくりと剣を引き抜く。
「ぐぅぅぅぅっ」
「ね、そういうことよ」
「ウィスタンが……まさか」
はあ、とネクサがため息をつく。
「今をときめくウィンステッド商会。その商会長オスリック・ウィンステッドをしても、家族のこととなると全然なのね。そうよ、これはウィスタンの指示。この混乱に乗じてあなたを殺せってね」
オスリックは傷口を押さえ後退りする。
「なぜだ……なぜウィスタンは……」
「あなたが悪いのよ? セオルを受け入れたりなんかするから」
「セオルだと」
「そう、セオル。あなたの愛する長男が残した一粒種。せっかく商会が自分のものになると思っていたのに、セオルに持っていかれるかもって不安になったのね。可哀想なウィスタン」
「ばかな……」
ネクサはオスリックから離れ、ソファの背に腰掛ける。
「せっかくだから私が何者なのかも教えてあげようかしら」
ネクサがにやにやと笑い出す。
「私は、ケンワルドの取引相手よ」
「なんだと!?」
「まあ、実際に会ってたのは私の部下だけどね。そして、私はウィスタンの秘書。この意味がわかるかしら」
「ま、まさか……」
「まさか?」
「ケンワルドのことも……、ウィスタンの差し金だと……」
「あら賢い! 正解よ。まあ、持ちかけたのは私だけどね」
ネクサは顔の前で小さく拍手する。
「せっかくケンワルドを消したのに、セオルが現れるなんてうまく行かないものね。さて、終わりにしましょうか。何も知らずに死ぬはめにならなくて良かったわね」
ネクサはソファから立ち上がると、呆然とするオスリックに向かって剣を突きつける。
「さようなら、オスリック様」
ネクサが剣を振り上げた時、背後の扉が開いた。
◇
扉を開けたアウグスは素早く室内を確認した。中にいたのは見知らぬ老人と銀髪の女。
ガルムから聞いていたウィスタンはもっと若い男だったはずだ。それにこの女は連絡役の女だ。ウィスタンがその女に剣を突きつけられているとは考えづらい。この老人はウィスタンではない。ならばこの女にウィスタンの居所を吐かせるまで。
一瞬でそこまでの思考をこなし、アウグスは銀髪の女に切りかかった。
「ネクサァッ!」
アウグスが放った銀色の軌跡は振り返ったネクサの剣に受け止められる。剣を打ち合わせたままアウグスは押し込むように力を込める。二人の剣がギリギリと音を立てる。ネクサは剣の角度を変え、アウグスの剣をいなす。アウグスとネクサは位置を入れ替える形で離れた。
「あら、アウグスじゃない」
「ネクサ、ウィスタンの居場所を教えろ」
「それはできない相談ね」
ネクサが右袈裟に切りかかるが、アウグスは屈んで躱す。
「今あなたの相手をしてる時間はないの。おとなしく倒されなさい」
横薙ぎで斬りかかるネクサの剣をアウグスは後ろに飛んで躱した。それを追いかけるようにネクサは突きを放つ。三連続の突きをアウグスは首を捻って躱すが、三度目の突きは引き戻されず、ネクサの剣は垂直に振り下ろされた。
「くっ」
左肩口を切り裂かれ、アウグスの服に血が滲む。しかし、それほど力が入らなかったのか、傷は浅いようだ。
「貴様!」
アウグスは跳ねるように上段からネクサに斬りかかる。ネクサは左に跳ぶとその勢いのまま執務机の上に登った。ネクサの脛めがけてアウグスの剣が襲いかかる。ネクサはそれを飛んで躱すとアウグスを飛び越え床に着地した。
「ここはやりにくいわね」
ネクサはアウグスを残し、扉を抜けて部屋から走り出ていった。
「待て!」
アウグスもそれを追い部屋を後にする。
廊下に出ると、ネクサと二人の黒装束の男が待ち構えていた。
「敵よ。やりなさい」
ネクサの命令を受けて、男たちが飛び出してくる。男たちは短剣を持ちアウグスに襲いかかる。一人はアウグスの首を狙い、もう一人は姿勢を低くして大腿部を狙ってきた。同時攻撃でどちらかは確実にダメージを与える連携攻撃の狙いだ。
アウグスは右半身をとり、右壁に少し寄る。剣先は向かって右側の首狙いの男にピタリと据えられていた。アウグスが右寄ったことで、左にいた腿狙いの男はアウグスとの距離が空く。もう一歩踏み込みが必要になったために攻撃のタイミングがズレた。
首狙いの男の攻撃に合わせて、アウグスは剣を払う。右腕を切り裂かれ男の前進が止まった。そのまま、剣先を後ろにいた腿狙いの男の方まで突き出す。思わぬ方向から繰り出された攻撃に腿狙いの男は反応できず、左肩に切っ先が突き刺さる。アウグスは動きを止めず右側の男を壁に押し付けるように体当たりをした。そのまま剣を引き抜く勢いを使い後ろ手に柄頭を顔面に叩きつける。運悪く柄頭は右目に突き刺さり、男は叫び声を上げた。アウグスは左手で男の服を掴み、回転の力を使って男を放り投げた。男は距離を取っていたもう一人の方へ流れる。
アウグスは右手を後ろに引くと溜めを作り、投げた男に向かって一気に飛び出した。態勢が崩れていた男は避けられず首を貫かれた。相方の死体に覆いかぶさられた男は必死の体でそこから抜け出す。その隙にアウグスは剣を首から引き抜いた。
アウグスは残る一人を追撃しようと構えたが、首筋にちりちりと殺気を感じる。振り向くと目の前に肉薄したネクサが剣を振り上げていた。
「死になさい!」
とっさに剣を持ち上げ防御を試みるアウグスだったが少し間に合わず、右肩に剣が食い込む。
「ぐっ」
力任せに剣でネクサを振り払ったアウグスは、後ろに飛びネクサから距離を取る。もう一人の男は態勢を整え、ネクサの横で短剣を構えた。
「しぶとい男ね。こっちは忙しいのよ。あの火事で死んでいればよかったのに」
「あの火事だと」
「あったかかったかしら? 難民街であなたたちがもたもたしていたから火をつけてあげたのに」
「貴様……」
あの火事では一般のヴェトスにも多くの被害が出ている。それが見えていたために火の使用を同志たちには厳しく戒めていたのだが、火事は起こってしまった。曲がりなりにも民を守る立場の聖騎士が火を付けるはずもなく、てっきり同志の誰かが火を使ったのだと思ったのだが、行ったのは同志ではなく、ネクサだった。
「……お前を倒さなければならない理由ができたようだ」
アウグスの剣を握った手が怒りのために震える。そもそも、あのときに抵抗するように指示をしてきたのもウィスタンとネクサなのだ。あの時命を落とした者はこの二人に殺されたと言っても過言ではない。
「あああああああああッ」
アウグスが気合とともに魔力を集中させる。爆発的に膨れ上がった魔力が漏れ出し、アウグスの周りに八つの光珠を発生させる。
「お前は殺す」
体に浮かび上がった紋様を光らせながら、アウグスは宣言した。




